『財界にっぽん』2007年1月号

[遠メガネで見た時代の曲がり角] 連載第2回



安倍内閣の激情を煽るネオコン勢力の連携ブレー


藤原肇(フリーランス・ジャーナリスト)在米



日本の核武装を炊きつけたネオコン

  強烈な国家主義と北朝鮮に対しての強硬姿勢が売り物で、主要閣僚の経験もない政治的に未熟な安倍晋三が総裁選に勝ち、安倍内閣の発足直後の10月9日のことだ。新首相が北京訪問を終え韓国のソウルに立ち寄った時に、北朝鮮が核実験をしたという情報が飛び交い、世界のメディアが大騒ぎして金正日(Kim Jong Il)が時の人になった。誰がこのプロットを仕掛けたかに関しては、911事件と同じで真相が判るまでに、数十年の歳月が必要になることだろう。それもタイミングを合わせたように、翌日の「ニューヨーク・タイムス」の「オピニオン欄」に、デービッド・フラムの「相互確約の破断」と題した記事が出た。

 「日本は核拡散防止条約(NPT)から脱退して、独自の核防衛を築くのを奨励せよ」とか「日本の核武装は中国と北朝鮮への懲罰になる上に、イランの核武装を断念させる狙いに合致する」というのは暴論だし、付会牽強で非理性的な内容と言っていい。日本の核装備でイランや北朝鮮を牽制するという、目先の利害だけのフラムの戦術レベルの論旨には、文明を見据えた戦略的な発想が欠けていた。

2002年1月29日の「ユニオン年頭教書」でブッシュは、「イラン、イラク、北朝鮮を悪の枢軸」と糾弾したが、この演説のスピーチ・ライターがフラムだった。感情的な「悪の枢軸」のレッテル貼りは余りにもお乱暴で、外交感覚に乏しく世界から冷笑されたが、こんな人物が大統領のスピーチ・ライターだったのは、米国の政治の荒廃と行き詰まりを示していた。だが、フラムの現職がタカ派のシンクタンクである、AEI(アメリカン・エンタープライズ研究所)の所員であり、そこにネオコンが結集している事実を知れば、「ジャパン・カード」を切った可能性も強かった。


ネオコンのお眼鏡にかなった安倍の売り込み演説

2004年5月1日の「毎日新聞」はワシントン発で、「安倍幹事長、幸運なお披露目に」という見出しで、「訪米中の安倍晋三自民党幹事長と冬柴と鉄三公明党幹事長は30日、主な滞在日程を終えた。安倍氏にとって幹事長として初の外国訪問だったが、パウエル国務長官、ラムズフェルド国防長官、ライス大統領補佐官(国家安全保障担当)ら米政府の主要メンバーが会談に応じるなど、ブッシュ政権の厚遇ぶりが目立った。・・・米政権の期待に応えるように、安倍氏は保守系のシンクタンクで行った講演(29日)で『集団的自衛権を行使できないという日本政府の解釈は限界に来ている』と明言。『サダム・フセインが大量破壊兵器を持っていたと疑うのは極めて合理的だ』とも語った。・・・」と報じた。

この保守系のシンクタンクがAEIであり、そこで講演した安倍は「日米同盟の双務性を高めるため、集団的自衛権の行使を認める憲法改正が必要だ」と主張し、「私をタカ派というならそう呼んでもいい」と断言。この発言がチェニー副大統領、ラムズフェルド国防長官、ウォルフォウィッツ国防副長官という、ブッシュ政権の戦争屋三羽烏に強い印象を与えて、この時点で安倍は「使える男」と評価されたのだと、ワシントンの事情通の間では言われていた。特にポール・ウォルフォウィッツは卓越した経歴を誇っていて、シカゴ大学でネオコンの元祖のレオ・シュトラウスに薫陶を受け、サイエンスの専門知識で核兵器問題にも精通している。そして、ネオコンの正統のプリンスとして輝くだけでなく、イラク侵略の仕掛け人として君臨しいていたから、安倍にとっては願ってもないパトロンだ。

その後に世界銀行の総裁になったように、ウォルフォウィッツは選民中のエリートだから、人によってはシナルキズムの帝王だとも言うが、彼に注目されたことが安倍の運命を変えた。それで安倍は「日本のネオコン」の代表権を与えられて、小泉に続く日本列島の総督に推挙されたのであるし、中国が最も嫌う日本の核装備を目指して、改憲という仕事を請け負ったという理解に結びつく。


情報後進国「日本」混迷と脇の甘さ

2006年9月20日に安倍が自民党総裁に選ばれ、26日に組閣して安倍内閣が発足する前後にかけて、日本の電網界のブロッグが異常な興奮に支配されたが、誰が最初に発信した記事かは分からないけれど、以下のようなタメにする記事のコピーが氾濫した。     

2005年10月25日、26日、ブッシュの支持基盤であるネオコン派の政治家、知識人が集まるワシントンの政策研究所、AEIアメリカン・エンタープライズ・インスティチュートが主催して、日本の国会議事堂裏のホテルキャピトル東急で、「政策研究集会」が開かれた。テーマは「日本と中国を、どのようにして戦争に突入させるか、そのプラン作り」である。参加者はAEI所長クリストファー・デムス、次期総理・安倍晋三、鶴岡公二(外務省、総合外交政策局審議官)、山口昇(防衛庁、防衛研究所副所長、陸将補)、民主党・前党首・前原誠司、その他自民、民主の複数の議員。テーマは「有事、戦争にどう対処するか」では無く、「中国と日本をどのようにして戦争に持って行くか」である。以上は裏付けが取れた正確な情報である。以下は裏付けの取れていない未確認情報である。今後2年前後に、日本海側の都市に、「米軍の」ミサイルを着弾させ死傷者を出させ、それが北朝鮮からのものである、とマスコミ報道を行い、一気に日本国内の世論を戦争賛成、治安維持体制に持って行く、また京都、大阪付近で新幹線の爆破テロを起こし世論を戒厳令体制、戦争賛成方向に誘導する。・・・(後略)

これがいい加減な情報であるのは一目瞭然だのに、この記事が100以上のブロッグで取り上げられた理由は、「中国と日本を戦争させる」という記述のせいだ。国際電話で私に知らせてくれた人まで現れたが、こんな粗雑な記事が次々にコピーされて、撹乱情報に操られて慌てふためくというのは、デマに弱い日本の現状を見事に示していた。

というのは、AEIが「日米同盟の変遷」と題してゼミを行うことは、元ニューヨーク・タイムスの記者の上杉隆が「週刊東京脱力」というサイトで、前年の10月26日に出席名簿と共にレポートしていたし、AEI自体が500頁ちかい議事録を出していたのに、電網界は「裏づけのある」という虚報に踊って大騒ぎした。ことによると、日本人の政治感覚のお粗末さを嘲笑する目的で、日本語の出来る近所の国の誰かがいたずらして、安倍内閣の発足を記念して一杯食わせを狙ったのか、慌て者の日本人が早とちりしたのだろう。あるいは、核武装やミサイル防衛(MD)に熱中するよりも、情報感覚を研ぎ澄ましてソフトに習熟すれば、安全保障の力は格段に高まるのだから、そのことを考えろという天の啓示だったのかも知れない。

実は、AEIのゼミの実態はミサイル防衛が主体で、見え透いた兵器の売り込み工作だっただけでなく、「ジャパン・カード」を切る予行演習にもなっている。そんな刷り込み作業の集会だったのに、ネオコンのフランチャイズを貰った安倍だけでなく、野党の代表や国会議員が集団でゾロゾロと出席して、洗脳工作を受けた事実が問題だったのである。 


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