『財界にっぽん』2007年6月号

[遠メガネで見た時代の曲がり角] 連載第7回



日本の荒廃を世界に曝した安倍政治の醜態


藤原肇(フリーランス・ジャーナリスト)在米



 世界に通じる教養に不足した日本の首相が、慰安婦問題について十分に熟慮しないで、「強制した事実を裏付ける証拠は無い」と断言して、政治責任(アカウンタビリティ)の欠如を明白に露呈したために、それが世界から反発の嵐を巻き起こした。幼稚で粗野な安倍晋三の思い込みに従い、その場逃れと嘘の上塗りを放置したので、安倍首相に向けた「恥知らず」という非難は、世界のメディアが書く責任論の洪水として、日本の悪名の形で世界を駆け巡っている。

 3月6日の『LAタイムス』のオピニオン欄には、ジョージ・ワシントン大学法学部のシェルトン教授が、「日本はこの恥知らずを隠蔽できない」と題して寄稿したし、同日の『ニューヨーク・タイムス」の社説は安倍発言について、「女性たちは強制徴用されたのに、日本は事実を捻じ曲げ恥を晒している」と書き、8日には一面を使った記事で「安倍は戦時中の過去を抑え込んで、成り上がった国家主義者だ」と糾弾した。

 韓国と中国の非難は定番通りで激しかったが、東南アジアで侵略された国ぐにも声を荒げて、『マニラ・タイムス』や香港の『明報』は「歴史の改窟だ」と日本政府の卑劣さを攻撃している。

 だが、問題は未だ「慰安婦」が中心になっており、戦時中の植民地人や捕虜の強制労働を始め、日本兵による戦場での残虐行為については、表立った形で取り上げられていない。だから、強制労働をした麻生炭鉱の御曹司が、靖国カルトの外務大臣である点は見過ごされており、内閣全体が火ダルマになるには至っていない。

 それにしても安倍首相は相変わらず居直り続け、鉄面皮で責任逃れの愚策を弄しているのに、言論界はこの破廉恥男の辞職さえ求めていない。しかも、刻々と日本の立場が損なわれて行くのに、こんな人物が首相である事実により、世界で生きる私でも日本人であることが恥ずかしくなる。

 日本人なら誰でも知っていることだが、安倍は閣僚になった経験がないだけでなく、政治家としての経験も至ってお粗末であり、世界に通用する常識や政治理念も持ち合わせていない。だから、3月13日に岡山で記者会見した小沢一郎は、「首相というのは政治理念 や哲学をきちんと勉強し、持っているのが普通の場合は要請されるが、そういう点が見られない。その時々に言葉を発しているだけだ」と安倍をけなしている。

 『小泉純一郎と日本の病理』に書いたように、留学と称してロスに滞在していた安倍青年は、取得した単位がゼロだっただけでなく、学歴詐称と同様に不透明な過去を持っている。そして、韓国の諜報機関や統一教会と密着した、政治フィクサーだった朴東宣に手なづけられ、「ぺーパークリップ作戦」で反共闘士の洗礼を施されたとか。

 しかも、北朝鮮に対しての強硬姿勢を前面に出し、祖父が首相の血筋と若さを売り物にして、ヤラセ同然だった総裁選挙に勝ち、自動的にトップに立ったのが安倍の経歴だ。だから、党内では「ぼくチャン首相」と呼ばれるし、安倍晋三の実態は「ふ金総裁」に過ぎないから、難局に直面すると簡単にボロを出してしまう。

 小沢が言う政治理念の無さに加えて、政治を語る自分言葉も持ち合わせていないので、発言の中身がないのを直ぐ見抜かれてしまう。そして、施政方針演説が「空虚な言葉の羅列」だったと、『フィナンシャル・タイムス』が世界に報道したように、実力の無さは見くびりの対象にと転化する。小泉劇場に見とれる程度の大衆が相手なら、奇兵隊員向けの田舎芝居でも済むが、世界に向けてメッセージを発信するためには、感情ではなく論理と知性の裏づけが必要である。

 「事実を裏付ける証拠は無い」と断言した安倍晋三は、この言葉で十分に説明を果たしたと思っただろうが、政治家としての彼の経験と頭脳程度では、役人に教えられた発想しか出来ないために、事実や証拠を物質的なものに限定して、公文書だけが証拠だと考えたに違いないと思う。公文書を抹殺すれば証拠が無いので、責任の追及から逃れられるというのが、役人の特徴的な発想だからである。

 昔から落城のときに証拠になる文書を燃やし、領主に責任追及が及ばなくするという仕事が、家老に与えられた最大の責務だった。また、現在でもライブドアー事件の時の手入れ直前において、シュレッダーで書類を徹夜で破壊したことは、活字になって衆知の事実として知られている。

 現に橋本内閣による省庁大合同によって、どれほど大量の書類が廃棄になったかは、当事者たちしか知らない事柄に属しており、国民の知る権利は闇に葬られている。特に大蔵省は竹下や橋本が牛耳った時代に、現在の金融崩壊と経済破綻があったので、合理化の口実に便乗した証拠隠滅が、試みられていた可能性は濃厚だ。自民党体制の崩壊を前にした1990年代は、責任追及を回避するために証拠を隠滅し、誰も責任を取らずに済むように考えて、敗戦の時の知恵を借りた者がいたはずだ。


敗戦の時の証拠隠滅工作のエピソードと責任の回避

 拙著の中に『情報戦争』と『インテリジェンス戦争の時代』があり、その中に次のような記述が記録としてあるが、敗戦に臨んだ外務省であった情景である。

 「この時期の外務省は大混乱に陥っており、外相は東郷茂徳から重光葵に代わって、引継ぎや閣議であわただしかったが、暗号解読の特別情報班はすべてが支離滅裂で、ロッカーの中から書類を全部庭に持ち出し、大急ぎで掘った穴の中で焼却処分した。暗号帳などはなかなか燃えにくかったから、石油をかけて二日がかりでやっと灰にしたが、最後にはマル秘のハンコまで火の中に放り込んだ…。」

 これは外務省のブラックチェンバーの統括責任者だった、早川聖さんが物語った体験談であり、当時カナダにいた私は彼に出会い、毎週のように彼を招いて夕食を共にしながら、八年を費やして全体験を聞き出し、数十本のテープに録音したものを書き起こして、歴史の証言として本にしたのである。

 この例を見ても明らかなように、書類を保存して資料として残すよりは、証拠を隠滅して責任追及を逃れることが、役人や政治家にとって優先事項であり、職員が総出になって書類を燃やす伝統が日本にはある。

 しかも、慰安婦問題を取り上げたNHKに対して、権力者として放映直前に圧力をかけ、安倍幹事長代理と中川経済産業相が番組改鼠を要求し、憲法や放送法違反を犯した事実がある。それだけではなく東京高等裁判所が、番組改竃だ違法だとの判決を下したのに、安倍は「介入はなかった」と開き直っており、嘘つき男としての悪名をテレビで広め、首相の名前を汚辱まみれにしている。

 こんな不塔な暴虐政治が行われているのに、安倍は現在も首相のままで中川昭一は政調会長であり、違法行為に対しての反省も無いまま、今度は世界に向かって嘘をつきまくっている。こんな日本のでたらめ政治と暴君に対して、世界が猛反発するのは至って当然であり、亡国路線を改めない限り日本に未来は無い。

 これを見ても日本がいかに狂った国に成り果て、自力ではとても正常な状態に戻れないので、世界からの外圧に期待するだけという、実に惨めで情けない状況に陥っていると分かる。だが、こうした破廉恥な政治家たちの放置を止め、狂気に満ちた火遊びを防ぐ努力をしない限りは、日本は世界から嘲笑され続けるだけで、亡国路線の中で悲惨な状態を目指して没落して、最後には天罰まで受けるのではないか。


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