『財界 にっぽん』 1999年2月号



平成幕末を襲うユーロ発足の大津波

 --タイタニックになりつつある日本丸の舵取りがいない--






 1999年も昨年と同じく先行き不透明な閉塞状況の中に幕を開けた。しかし、日本が不況に苦しみ、改革を先送りしているのに対して、ヨーロッパでは新年から単一通貨ユーロがスタートし、二一世紀への新たな胎動が始まっている。昨秋、ヨーロッパ各地を回り、その胎動を肌で感じてきたアメリカ在住の国際コメンテーター・藤原肇氏は、99年早々、ユーロ発足に伴う大津波が瀕死の日本経済を直撃する可能性があると警告する。表経済と裏経済の壁が崩壊した混乱状況にあり、アメリカにいいように資金をカモられる日本経済。このままでは日本丸はタイタニック号になると、藤原氏は憂えている。



ユーロをスタートさせるヨーロッパの狙い


 去る10月下句、ヨーロッパを回って歩いた。昼間はグルノーブル・オリンピックのときに知り合った旧知のヨーロッパの貴族たちと語り合い、夜は音楽会を楽しんだりした。
 その間、日本の新聞杜の特派員たちに電話をかけ、ヨーロッパの情勢について話を聞いたが、ドイツの新首相に杜民党のシュレーダーが就任したレベルの話にてんてこ舞いしており、金融問題に関しては関心が薄かった。しかし、ヨーロッパの最大の関心は、新年1月1日の単一通貨ユーロのスタートであり、それに向け秒読み段階に入っていた。
 ヨーロッパがなぜユーロを誕生させるのかと言えば、アメリカの国際金融市場でのやりたい放題に歯止めをかけるためである。日本がアメリカ主導の金融ビッグバンにより金融市場に大きな風穴を開けられ、金融界がミイラの風化状態になりつつあるのとは、大変な違いである。
 1971年にニクソンがドルと金の結び付きを断ち切り、ニクソンショックが起きた。それ以来、アメリカは金の裏付けもなしにドル紙幣を大量に印刷し、世界からモノを購入してきた。その意味では、アメリカの最大の輸出商品は紙と緑色のインク、すなわちドル紙幣である。
 その間、日本はせっせと自動車を作ってアメリカに輸出し、緑色の紙切れをもらっていたわけだ。最近は、その紙切れさえもらわないで、ニューヨークで30年物の財務省証券・Tボンドに投資してしまっているのが日本である。
 ヨーロッパは長年、メルセデスやグッチやボルドーワインやコニャックをアメリカに輸出してきたが、その代わりに緑色の紙切れをもらっていたのではやり切れない、と考えていた。しかし、アメリカは軍事的に世界を支配してきたし、ドルは世界の基軸通貨として君臨し、ヨーロッパでもユーロダラーが大きな力を持っていた。また、アメリカの多国籍企業がヨーロッパで広範に活動していた。したがって、ヨーロッパとしてもドルの支配から逃れることは容易ではなく、やっと10年前から、ドルの支配から抜け出すため、単一通貨の準備を始めたのだ。
 ヨーロッパの単一通貨が正式にスケジュールに乗ったのは、1992年にオランダのマーストリヒトで調印されたいわゆるマーストリヒト条約が、翌93年2月に発効してからだが、それから今回正式にユーロがスタートするまで、5年の歳月を要している。いかにドルのしがらみが強いかということだろう。



日本の資金を吸い上げたデリバティブの落とし穴


 最近の世界経済の混乱の根本的要因は、ドルのタレ流しにある。アメリカはドルのタレ流しをしながら、金利の操作をしているのだ。アメリカの場合、Tボンドが金利の指標になっているが、Tボンドの金利を日本の長期金利より3.5%〜4.0%高く維持することによって、日本の資金を吸い上げる仕組みを作っている。
 日本かTボンドをどれだけ保有しているか、一切公表されていないからわからないが、日本の外貨準備高2000億ドルのうち、20%ぐらいはTボンドになっていると見られている。中国の外貨準備高に占めるTボンドの割合はもっと高いと言われる。
 アメリカの金融界には頭のいい連中がいて、アジア各国の政府や機関投資家は金利の高い商品が好きだと見透かし、リスクは大きいが一見高金利に見えるデリバティブを作ったわけだ。デリバティブは組み合わせ方によっては、金利の高い商品をいくらでも作ることができる。
 金利を高くして外国の資金を吸い上げるアメリカのやり方を真似しようとしたのがロシアであり、それにひっかかったのが韓国である。韓国はロシアの債券を大量に保有していたために、ロシアの金融危機で一気に経済にガタがきた。韓国と同様、ロシアの金融危機で22億ドルの損失を出したと言われるのがジョージ・ソロスだ。
 アメリカではヘッジファンドのLTCM(ロングターム・キャピタル・マネジメント)が破綻したが、日本の機関投資家がデリバティブで巨額の損失を出していることは、向こうでは周知の事実となっている。
 さらに日本ではあまり言われていないが、アメリカでは日本銀行自身がデリバティブで100兆円の穴を出していると噂されている。実際、1995年9月3日付けの朝日新聞には、「日銀のデリバティブの損失は一兆ドルに達するという試算もある」と書かれていたから、それから三年、損失はもっと増えているかも知れない。
 日本の銀行が債務超過で相次いで潰れている。長銀は国有化されて債務超過だったことが明らかにされたが、デリバティブでの損失などを含めて、厳正な情報公開を行えば、銀行の大半は債務超過に陥っているのではなかろうか。
 デリバティブというのは、先物取引などを組み合わせた複雑極まる金融商品で、タイミングが勝負であり、のめり込むと、やっている本人が何をやっているのかわからなくなってしまう。そして、買う場合は有限責任だが、売る場合は無限責任が発生する。
 日本の機関投資家は主として無限責任の方の取り引きをやっており、失敗した場合、巨額の損失を被ることになる。イギリスのベアリング杜がシンガポールでのデリバティブ取引に失敗し倒産したのも、無限責任の方にのめり込んでいたからだ。
 無限責任の方の取り引きは、ある程度損が出たら、そこで取り引きを止め、買い戻して損失の拡大を食い止める必要がある。それを決断しないで、無限責任の方で損失を取り返そうとしていると、墓穴を掘るのである。日本の銀行や証券や生保は無限責任の方で大きな損失を出しているから、情報公開ができないのである。また、大蔵省も監督責任を問われるから、不十分な情報公開を容認し、実態を隠すことを手助けしている。



幻想にすぎなかった日米欧の三極構造


 今から10年ぐらい前までは、「日米欧のトライアングル」などという言葉が使われていた。しかし、私は20年ぐらい前から「日米欧」というのは日本の思い上がりで、日本はアジアと連帯しないとダメだと思い、努めて台湾、香港、韓国に足を運ぶようにしてきた。
 アメリカは州が一つのステートであり、それが集まって連邦を形成している。ヨーロッパは多くのステートが存在するが、従来、連合体を作っていないために、アメリカにいいようにやられてきた。そこでアメリカに対抗するために、まずEC(欧州経済共同体)を作り、今回EU(欧州連合)を作って単一通貨を発行することにしたわけだ。
 それに対して、アジアは日本、韓国、台湾、香港、東南アジア各国がバラバラにやってきた。特に日本は「日米欧」という言葉に有頂天になり、アジアの中で日本だけは特別だと、間違った考え方をしてきた。日本だけでアメリカやヨーロッバに対抗できるわけはなく、日本にとってアジア各国との連帯は欠かせない。
 現在、東南アジアはもとより、韓国も香港も日本も経済が低迷している。結局、「日米欧」の三極構造というのは、一種のディス・インフォメーションであり、日本人が抱いた幻想に過ぎなかったのである。
 実際問題として、EUの人口は、約3億人、アメリカは2億5000万人に対して、日本は1億2000万人である。また、GDPを比較すると、EU約7兆ドル、アメリカ8兆ドルに対して、日本は3兆ドル台である。これでは日本だけでアメリカ、ヨーロッパと対抗するには無理がある。しかも、日本経済は低迷しているから、日本とアメリカ、ヨーロッパとの差はいよいよ拡大する。
 ここで忘れてならないことは、EUに加盟するに際してハードルが設けられていたことだ。そのハードルとは、一つは「財政赤字がGDPの3%以下」というものだった。日本の財政赤字はGDPの約6%だから、とてもEUの仲間入りはできない。
 また、「赤字国債など政府の債務残高はGDPの60%以下」というハードルも設けられていたが、これも日本はクリアーできない。つまり、日本はEUの最後尾の国にも追いつけないという、情けない財政状態に陥っているのだ。
 いずれにしても、新年になると、いよいよユーロがスタートする。そうなると、ヨーロッパ各国は外貨準備としてドルを保有する必要はほどんどなくなる。それに対して、日本をはじめアジアの国々は外貨準備としてのユーロを持つ必要が出てくる。その場合、保有しているドルやTボンドを売って、ユーロを買うことになるだろう。
 そうなると必然的にドルは安くならざるを得ない。このドル安によって、相当の津波がくる可能性がある。本誌が読者の目に触れる頃には、その津波の第一波が襲来しているかも知れない。



長期の姿勢に欠けた長銀のいかがわしさ


 そんな状況の中で、日本の金融は国際社会で完全に信用を失墜させている。長銀が特別公的管理の国有化銀行になったが、海外では、日本はなぜあんな銀行を救うのか、不審に思われている。資本主義の原理から言えば、ダメな企業は潰れて淘汰されるのが自然である。日本は公的資金によってそれを無理やり止めているわけだが、たとえ救ったとしても、ダメな企業は結局潰れるのである。
 20年ほど前、長銀にいた私の友人が、「これからは長銀の時代である」と自慢していた。既存の基幹産業は興銀と財閥系銀行が押さえているが、これからの新興企業を育てるのが長銀の役目だというのだ。そしてその新興企業というのがキャバレーであり、パチンコ屋であり、不動産屋だった。
 そういう体質の銀行がバブルの時代に、いかがわしい融資を行い、多額の不良債権を作って破綻に追い込まれたのである。その長銀を公的資金で救済して助けられるのは誰かと言えば、キャバレー、パチンコ屋、不動産屋が主体で、ズバリ言えば、それは第三国人が支配している世界ではないのか。
 東京銀行が三菱銀行と合併する前、東京銀行の幹部をしていた友人と食事をしたとき、友人は長銀についてこう言っていた。「長銀は日本長期信用銀行というが、長期の姿勢は全然ないよ。信用もない。単に短期のカネを貸す金貸しにすぎないよ」と。
 まだ長銀の経営が安泰を誇っていた時代の話である。その頃から、金融界の一部には長銀の姿勢に疑問を投げ掛ける声があったのだ。そういう銀行を日本は公的資金で救おうとしたのである。これがアメリカだったら、長銀は倒産し、破綻の原因を作った幹部たちは、退職金没収は言うまでもなく、私財も取り上げられ、監獄行きは免れなかっただろう。
 バブルの時代、日本人がラスベガスてカジノ買収に走ったが、その資金を提供したのが長銀であり、その手の日本人とは日本国籍を持った韓国系の人たちだった。現在の日本債券信用銀行は戦前の朝鮮銀行を引き継いだ銀行だが、ある意味では長銀は新しい“朝鮮銀行”だったのではないか。
 長銀がデタラメをやっていた時代に、そのチンドン屋をやっていたのが日下公人という人物である。彼は「大東亜戦争はこうすれば勝てた」とか、長銀のエコノミストとしていい加減なことを書きまくった。彼には長銀破綻に関して、自分の著書をすべて絶版にして引退するぐらいの責任がある。
 長銀を国有化し公的資金を投入して“清算”するというのは、長銀と一緒にバブルに踊った企業を助けるだけでなく、長銀破綻の責任を曖昧にすることでもある。これでは、長銀のまともな“清算”は覚束ない。長銀はすでに98年春に「わが行は健全だ」と強弁して、1300億円の公的資金を注入してもらって、結局ムダにした経緯がある。またここで“清算”に注入した公的資金がムダになる可能性がある。



金券ショップ隆盛は何を意味しているか?


 最近、東京の街中を歩いて気づくのは、金券ショップが多くなったということだ。金券ショップというのは日本の裏経済を象徴する店で、少し前までは街の隅の方に小さな店を構えて、テレフォンカードとか映画のチケットとかを値引きして売っていたものだ。
 ところが最近の金券ショップは、人目につく一等地に店を構え、航空券、新幹線の特急券、高速道路のカード、切手や収入印紙まで扱っている。以前はそうした金券は裏ルートから流されたものだから、日陰で商売していたのだが、最近は大手を振って商売している。
 では、そうした金券はどこから流れてくるのかと言えば、いかがわしい企業が長銀などずさんな銀行で金融をつけ、手形の期日内に金券を大量に購入して、金券ショップに持ち込み現金化し、最後は雲隠れして手形を不渡りにするというやり方をしているのだと言う。つまり、金券ショップが栄えれば栄えるほど、銀行の不良債権が増え、公的資金の注入額も増えるのである。
 また、裏経済を象徴する金券ショップが一等地に出てきたことは、日本のアングラ経済が表の経済に出てきたことを物語っている。
 1989年にベルリンの壁が崩壊し、東西冷戦時代に終止符が打たれたが、日本では中曽根政権時代に表の経済と裏の経済の壁が崩され、アングラマネーが表面に出てきた。そして、日本のバブルをリードしたのは裏の世界の人脈だったのだ。バブル当時に日本の政治を担った中曽根、竹下、渡辺美智雄といった政治家絡みのスキャンダルを想起してみれば、それは明らかだろう。
 また“京都の宴”などの不祥事で大蔵省を去った中島某は渡辺の秘書官だったし、証券会社からの利益供与事件で自殺した新井将敬も大蔵官僚時代に渡辺の秘書官を務めている。裏の世界と通じる政治家の秘書官をやった連中が、いかがわしい事件に巻き込まれてるのである。
 リクルート事件のとき、中曽根、竹下といった大物が責任を取って、一時自民党を離党した。しかし、その後、二人とも復党し、自民党は相変わらず裏の世界との関係を断ち切れないままになっている。これでは自民党政権がいくら大胆な改革を打ち上げても、できるはずがない。
 昨今の日本を見ていると、日本は政界、官界、財界がグルになって税金、預貯金、保険金、年金など国民のカネを食い物にしている国だと、つくづく思う。それをマスコミも真剣に追及していない。マスコミ自身が子会杜を作って天下りを行っており、政・官・財からいろいろ便宜を図ってもらっているから、結局同じ穴のムジナであり、批判精神を失っているのである。



人材が枯渇した日本はタイタニック号になる?


 日本人は1200兆円の金融資産を持っているから豊かだ、という見方がある。しかし、今や日本はタイタニック号と同しなのだ。タイタニック号にはアメリカ、イギリスの富豪がダイヤモンドで着飾って乗り込み、まさかタイタニック号が沈むとは思わないで、ダンスに興じていた。
 私が映画「タイタニック」を観て最大のポイントだと思った場面は、タイタニックが氷山に衝突した際、設計技師が「二時間後に沈む」と明言したシーンだ。日本丸はすでに氷山に衝突しているのだが、今後どうすればいいのか、明言できるエンジニアがいない。このままでは、いくら1200兆円の金融資産があろうとも、沈没して海の藻屑と消えてしまうことだろう。
 私が日本へ戻ってくると、地方からわざわざ会いに来る人がいる。先日、北海道から来た人が「北海道は大変だ」と嘆いていた。北海道拓殖銀行が潰れたために、北海道経済全体が冷え込み、札幌のすすきのなどは閑古鳥が鳴き、文字どおり“すすきのが原”になっているそうだ。たまにすすきののバーへ行くと、かつては酒の匂いと夕バコの臭いがしていたが、最近はトイレの臭いしかしない、と笑っていた。
 その人はまた、北拓には比較的優秀な人材がいて、事業計画書や決算報告書が読めたのに、北拓が潰れて、北海道の銀行にはそうした書類を読める人がいなくなってしまったと言っていた。ただお辞儀して預金を集めているだけで、貸し出しができないようでは銀行とは言えない。北海道経済が冷え込むのも無理はない。その意味でも、北拓を破綻させた無能経営者たちの罪は重い。
 北海道には「北海道は日本に捨てられた」という気持ちを持っている人が少なくないと言う。私は、北海道も沖縄も日本から独立するぐらいの気概を持った方がいいと思うが、北海道にはそういう人材はいないらしい。ただただ寒さに震えて、本州からくるカネを当てにしていたのでは、北海道の将来は暗い。
 しかし、考えてみれぱ、本州の人が安心かと言えばそうではない。中央政府の失政とともに沈没する危険性は、本州の人たちの方が大きいかも知れない。北海道には広大な土地があるから、農業をやればいいが、本州の首都圏や大都市圏の人たちは、日本経済が沈没したら流浪の民とならざるを得ないだろう。終戦直後、都会の人たちが田舎に買い出しに行った状況が再来しないとも限らないのだ。
 私は以前から日本は“平成幕末”の時代を迎えていると言っているが、徳川幕府がなぜ15代で滅びたかと言えば、人材がいなかったからだ。このことは勝海舟が『氷川清話』の中で指摘している。
 ひるがえって現在の政界、官界をみて、人材がいるかと言えば、徳川末期よりひどい状態ではないか。徳川末期には少なくとも阿部正弘、小粟上野介、勝海舟といった人材がいた。現在、この三人に匹敵する人材は見当たらない。福沢諭吉などは徳川末期には大した人物ではなかったが、その福沢に相当する人物さえ今はいない。
 徳川末期には優秀な人材がいなかったから、徳川幕府は薩摩や長州に倒されたのである。徳川末期より人材が枯渇している現在、北海道からでも沖縄からでも、有能な人材が現れれば、新しい日本をつくることができるだろう。人材が出なければ、日本は事実上、外国に席巻されることになろう。                            

(11月9日・談)


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