『ザ ・ フナイ』 2017年 11月号
 



【特別寄稿】                      '
世界に立ち遅れ存在感を失ったニッポン        
―― 経産官僚と公安警察に支えられた自公政権のツケ



フリーランス・ジャーナリスト、慧智研究センター所長 藤原肇




世界の動きから後退し続ける日本

 21 世紀の幕開けは9.11事件で始まった。2棟のニューヨークの世界貿易センタービルが大崩壊する 不可解な事件として、人々に強い印象を生みつけ、せっかくの新世紀は暗い影に包まれた始まりだっ た。そして米国政府は、「9・11は回教徒テロの仕業で、ムスリムは敵である」と宣言して、イラクとアフガンに対し攻撃した。
 だが、公式発表をいくら調べても、民間機が堅固なビルに突入し、いくつものビルが同時崩壊した理由は分からないまま迷宮入りした。米国ではブッ シュと(当時の副大統領である)チェイニーが仕組 んだ、インサイド・ジョブと論じた、何冊もの本がベストセラーになり、ヨーロッパでも同じように、ブッシュ政権の仕業だという陰謀論が根強く支持されている。
 情報革命が進んでいるから、コンピュータ技術の活用で、どんな映像でも作れることは、映画の『マトリックス』を見れば、誰にでもその予測ができる。だが、「人の噂も七十五日」というが、すでに事件から16年が過ぎて事件への関心も風化してしまい、人々の記憶から忘れ去られていく。
 そして、「ひょうたんから駒」に似た現象で、トランプという不動産王が大統領に選ばれた結果として、猫の目のように変わる発言と、支離滅裂な政治路線が生まれ、米国の威信が損なわれている。それを絶好の好機だと捉え、混迷する米国の隙を窺うかがうような形で、プーチンと習近平が目を輝かせ、空き巣狙いに似た動きをして、勢力圏の拡大に熱中している。
 そんな枠組みの中で、世界の政治は極めて流動的に動いているが、流れの逆方向に動き続け衰退していく日本の姿に、多くの人は気づかないでいる。その理由は日本のメディアが、「井の中の蛙(かわず)」 になっていて、国内にゴミ情報が溢れていても、重要なメタ情報(情報に関してのより高次元の情報)に欠けており、状況が分からないからである。
 「国際化」というかけ声の中で、国内に世界中の商品が溢れ、ファッションも先端レベルを競い、世界各地のレストランがあって、よりどりみどりで賑わう。だが日本は情報の質の面では落第である。国民は重要なことは何も知らずに、ゴミ情報の洪水に押し流され、お笑い番組に馴らされ、愚民政策の中に埋没している。
 それは国会で行われている議論を見れば一目瞭然であり、その中身は空虚そのものである。自分の言葉で喋れない大臣が幼稚な発言を繰り返しており、新聞報道や論説の質の低さから、日本の衰退は誰の目にも明らかである。
 シャープは外資になり三洋はパナソニックの完全子会社となり、経団連会長を出していた東芝は破産状態で一部上場が危ぶまれ、市場から退場しようとしている。また、東京電力は原発の事故で、債務超過をごまかし続けるが、いつご破算かは誰にも分からない。
 香港やシンガポールの街を歩くと、いたるところにサムスンの広告があり、ソニーの名前はあまり見かけない。日本時代のサンヨーやシャープの看板が野ざらしになっていたりする。
 米国ではトヨタやホンダも性能では韓国車を寄せ付けないものの、技術の革新性においてはかつての名声を誇れなくなった。福島原発の事故による信用失墜で日本の技術力は傷ついている。自動車の原理は130年前のもので、今ではどこの国で作れるし、生産量では中国が世界のトップだ。米国では自動車は斜陽産業に属す。だから、英国では車の生産に見切りを付け、人材教育や研究開発の分野で、航空機のエンジンに特化した社会のソフト化を推進している。
 こうした大きな変化を指摘する評論家や旧体制の破綻を論じる学者が、たちまち袋叩きにされ、発言の場を奪われるのが、言論統制が進む日本の現状だ。ポテンシャルを失って萎縮し、鎖国化を進め存在感を喪失して、国家主義ばかりが目立つ日本は、近隣諸国からも見放されている。


「茹でガエル症候群」 の日本

 世界的な経済活動の低下で、産業界が不況風に見舞われ低迷状態を示しているため、ほとんどの国の経済成長は、2%から5%の水準に留まっている。中国政府は7%だと報告するが、あの国の統計は欺瞞に満ち、とても信用できない数字だから、おそらく5%前後が正味だろう。しかし、それに比べても日本は絶望的だ。
 なぜならば、 日本の成長率は前年割れで、それが20年近くも続いてきた。今年のGDPは1990年からそれほど伸びず経済は停滞し続けてきた。中国は2009年にGDPで日本を追い越し、2016年には2.3倍となり、2025年には3倍になると予想されているのに、日本人はその意味が分からず、過去の栄華の夢を見続けている。
 日本が「経済大国」だと胸を張り、米国を目指して進出してロックフェラー・センターを買い占め、ハリウッドの映画会社を買ったのは四半世紀ほど昔のことだった。それも見え透いた甘い言葉で、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」とおだてられ、中曽根バブルに陶酔して、有頂天になって投機したが、その結果はやくざ政治の破綻と共に、「槿花一朝(きんかいっちょう)の夢(※1)」で終わった。
 そして、「失われた10年」の歳月が過ぎ、さらに「失われた20年」となった。中国に経済力で追い抜かれ、若者たちは正社員になれず、パートの仕事が就職の道だ。企業経営者のほとんどがサラリーマンによって占められ、挑戦や創造への意欲は薄れた。新事業への投資がされず、画期的な新製品が生まれないから、過去の惰性で企業は不振に喘ぐ。
 4半世紀も経済成長せずに低迷した国は歴史上少ない。多くの場合は急速に没落するために、危機感を抱くことがまともな歴史意識である。だが、そうした感覚が働かず、日本は緩慢にご臨終を迎える「茹でガエル症候群」と名付けられ、国の場合は「亡国」と呼ぶ。沈没船から鼠 が逃げるように、利口な者は救い難いと判断して脱出を試みてきた。
 1997年の経済破綻を目撃して、金持ちが国外に資金を移転し資産の保全に励んだのを知ると、権力者は強い危機感を抱き、政治改革の必要性を意識した。だが、それを察知したHSBC(香港上海銀行)は、日本での業務を打ち切り、いち早く日本から離脱した。金持たちの送金を終えたからだ。密室の闇取引で小渕内閣を葬り、派閥の均衡を逆転させて小泉が強引に自民党を改組したが、郵政事業を分解しただけで日本の改革は実現しなかった。しかも、自公体制が失態続出によって一時的に政権を失ったのに、無能な民主党が自滅したお陰で、安倍政権が再び復活した。
 21世紀の最初の10年間で政治への信頼は大暴落し、日本にはアノミ−(無規範状態)が広がり、国民は考える力を失い、国力の低下は急激だった。近隣諸国から愚弄された反動で国家主義への熱狂が生まれ、日本会議の君臨のように日本全土にカルト集団が蔓延 し、首相の妻が旗振り役をした。
 しかも、世界での「2025年問題」とは別に、危惧されていた少子化によって、日本の人口は 1億2800万人を頂点に、2010年以降は人口が減り始め、2050年における人口予測は1億人 以下になるという。そして、いくら希望的に予測し ても、2100年に日本に住む人の数は5000万 人を下回り、四流国へと転落してしまうだろう。船長と航海士が無能なら船は難破して海の藻屑 になるし、判断力があれば船長を替えて、 不幸な運命の回避を考える。 しかし、 それは国内にいる限りで は、見えてこないのである。
 HSBCの支配人と議論した時に、業務の中止を決めた国の名が、日本と韓国だと教えられた私は、彼らの判断の真意を察知した。だが、そんな日本人がいないことは、小泉の人気稼ぎに騙されて時間を無駄にした事実から、 誰の目にも明らかなことだった。
 こうした日本の前途を考えて何をすべきか。少ない人口で経済を成り立たせるには、現在ある施設を整備して教育を充実させ、優れた人材を育てることだ。
 また、従来型の輸出志向よりも、最先端の技術革新と結びついた生命科学や、IT技術の発展を生む 新産業分野の育成が決め手になる。しかし、そんな政策は出現していない。

※1 槿花一朝の夢:栄華がはかないこと。


新しく始まっている第四次産業革命

 ドイツを始め欧州諸国では、「インダストリー4.0」の名で、第四次産業革命の実現を目指している。新鋭産業の育成を国家の課題とし、力を合わせて推進しているのである。それが米国の覇権主義に対する最優先の戦略になっている。このコンセプトが生まれた背景には、「モノ作りを根底から変え、新しいプラットフォームを創設することが、未来と結ぶ決め手だ」と考え、政官財が協力し合う姿勢がある。
 人口が減ってもAI(人工知能)で生産性を高め、自国でモノを製造することで、中国やBRICs(ブリックス)諸国を相手に産業の競争力を維持したい。そして、AIやビッグデータを活用して、社会全体の構造を変化させ、21世紀型の社会の育成を目指し、国民に豊かな生活を与えたい、そんな思いが盛り上がっている。
 それに対し日本の取り組み方は、かつて発展途上国が使った、経済特区の造成というレベルである。閉塞感の中でそんな旧態依然とした政策しか構想に結びつかない。経産省は政治に取り込まれ、原発の再稼働や海外への売り込みに、のめり込んで暴走している。首相は原発セールスマンとして稚拙な外交路線を展開している。そんな支離滅裂な状態を呈しているのが、今の日本である。
 この国の行く手は、未来に向かうために活路を開く政策を推進しない限り袋小路なのに、それを考える政治が不在で、利権漁りに明け暮れている。また監視役のメディアも愚民政策のお先棒を担いで、幼稚で愚劣な安倍政権と手を組み、どうでも良いことを騒ぎ立てている。政府の言うことに忠実で、批判抜きで盲目的に従う御用学者や政商をかき集めて、「有識者」を騙る諮問会議を作り、利権漁りを推進したのが、自公体制の政治の正体だった。経済の活性化と景気の浮揚は国民が願うことなのに、その中身は利権漁りを伴った国有財産の私物化である。自公体制はそれに「アベノミクス」と名付け、マスコミを引きずり込んで賑やかに宣伝した。
 だが、最初は進軍ラッパだった旋律が次第に狂い出して、幼稚園児が「愛国行進曲」を歌い、利権漁りが露呈した段階で、「曳ひかれ者の小唄」(※2)になった。国会を舞台にした討議があまりにも醜悪だったので、外国の特派員は、呆れ果てた。そして、それを世界に報道した結果、首相が主役の醜態劇が、「悪事千里」の勢いで伝搬した。


モノ作りを忘れ権勢欲に狂った経済産業省

 明治以来、日本発展の道は欧米技術の導入だった。日本はモノづくりに熱心に取り組んで、この国を産業社会として育て上げ成果を生み出した。だが、戦前は富国強兵を国是に一流国に肩を並べたとはいえ、それが侵略主義と結びついて軍国主義が肥大化した。そして、原爆を見舞われ、すべては灰燼に帰した。
 戦後の日本は復旧の過程で、産業革命の体質を受け継ぎ、重工業主体の製造業を中心に、そこに電子や機械工業が加わり、奇跡といえる経済成長を遂げ、世界第二の経済力を築きあげた。だが、エネルギー政策の失敗で、海外での石油の開発は全滅状態。石油公団は解散させられたし、電力会社の地域独占と共に、「安全神話」の嘘を使いまくり、54基もの原発を作り上げた。
 この間違ったエネルギー政策は、原価をまったく考慮せずに売り上げ利益が保証されるという、悪辣な総括原価方式に基づいて、電力料金が決められたからだ。そのため、日本の電気代は世界でも最高レベルになった。韓国に比べて四倍も高いし、米国や中国の電気代でさえ日本に比べ半分だった。だから、製造業は工場移転を続け、国内産業の空洞化が進んだ。
 電力会社のエゴを守って独善的な経営を許したのが、岸信介式の伝統を墨守した経産省のエネルギー政策だった。今を時めく権勢の背景には、国民と産業界の犠牲があったのだ。
 日銀は経済不振を誤魔化すために、マイナス金利を導入したが、円の価値を半減させたために、日本の叩き売りが進行した。取引が株や持ち株会社を通じて間接的に行われたために、所有権の移転が明白に姿を見せなかったせいもあり、その実態は見えなかった。企業や不動産の所有権は明らかに、日本人の手から外国のファンドに移っていたのに、それに気づく人は僅かで、誰もそれを指摘していない。武田製薬やサントリーの海外投資は1兆円レベルだが、ソフトバンクが3兆円 を使い、外国企業の買収をしても、それは借入金に頼ったものだ。
 出資が自己資金ではなく、ファンドからの借金ならば、所有権はカネを貸した側にあり、名義上だけは親会社でも、真の所有者は別人である。しかも、買った会社が評価額と違って、それだけの価値がないとか、含み負債を抱えていれば、 連結決算でそれが波及する。それで破綻した好例が東芝であり、それは油断も隙もない世界の出来事である。
 「安く買って高く売る」ことは商売の基本だが、その他にババ抜きの「ババ」があるのだ。見掛け倒しの「のれん代」に東芝や日本郵政が引っ掛かり、何千億円もの虎の子を失っている。
 同じことは商社にも言える。米国の「シェールガス」開発は「オースチン・チョーク(※3)」の二番煎じである。「詐欺師天国」の名に恥じず、三井や住友が大火傷して何千億円もの損失を計上したが、商社は氷山の一角に過ぎず、銀行や保険会社がその後に続く。
 なにしろ、 資源開発は山師の天国である。無能な通産官僚に率いられて、石油公団は血税を浪費した挙句、破綻して姿を消しているが、無謀なインパール作戦に似て、誰も責任を取らなかった。実力のない経産省の役人は、石油開発や原発の建設において、支離滅裂な政策を推進し、国の運命を損なってきたが、海外での失敗の多くが闇の中だ。
 低金利の愚策に煽られた企業は儲け話に釣られて海外進出した。企業買収の名で多くの「ババ」物件に投資をさせられた。しかし、その多くは評価力がないために嵌められて、ババ抜きゲームの敗者になっている。その背後には経産省の指導があり、多くの日本企業が泣いている。それなのに経産省の幹部たちは、稚拙な安倍政権に取り入り、警察官僚と手を組むことで日本の運命を弄んでいるが、その無責任さは万死に値する。

※2 曳かれ者の小唄:どうにもならない状況に陥った者が、 負け惜しみを言ったり、 開き直って平気なふ りをすることのたとえ。
※3 オースチン・チョーク :白亜系の多孔質石灰砂岩で、 簡単に石油を産出するが短命だから、 石油ビジネスで罠に使われる含油層で、 テキサスでは詐欺師が投機の種に使う。


高い電気料金の錬金術 「総括原価方式」

 日本の高い電気料金の背後に、「総括原価方式」という魔術がある。 固定資産を持てば持つほど、電気を高い値段で売れるという、不明朗な仕組みだ。固定資産に3%を掛けた値段が、利益として保証されており、電力会社は眠っていても儲かり、コスト低減への企業努力は、しない方が高収益に結びつく。
 それどころか、原発のような巨額の施設は作れば作るほど資産になる、利益を生む打出の小槌だから、原発をどんどん作ってしまう。それも建設費が高いほど良いので、出費の濫用もチェックなし。関連施設を作り上げ、地元に次々に箱ものを増やしてきた。
 しかも、固定資産には核燃料や使用済みの核のゴミまでが、資産勘定として計算される。だから、ゴミが増えるほど儲かり、利益はネズミ算で増えていく。こんなボロ儲けの商売は他にない。この利権の分け前に狙いを定めて、業者や政治家が群がる。役人や学者は天下り先として、電力業界を利用し尽くしているのだ。
 電力事業は地域独占だから何をやっても好き放題。発電と送電を押さえているので、競争がないことも関係して、統制経済とまったく同じように、消費者利益を無視できる。これは岸信介が商工省時代に推進した産業統制であり、国家社会主義という意味で英訳すれば「ナチズム」となる。安倍に影響を及ぼしているジョージタウン大学のCSIS(戦略国際問題研究所)は、ナチスの地政学の普及を目指すイエズス会が作ったシンクタンクで、ネオコンの米国における砦でもある。ハウスホーファーの地政学(※4)とは、生存圏と支配欲を結ぶ膨張思想であるし、ナチズムが持っていた侵略性は、「弱肉強食の掟」に由来した。
 エネルギーは甘い利権である。補給と防備の所轄官庁は経産省で、軍事産業の側面も持っており、国防事業と結びついている。また、原発はプルトニウムを生むから簡単に核兵器が生産できる。核武装の可能性と結びついて軍事大国への足場になるから、核武装論者のお花畑である。私の読者だったある通産官僚は、防衛庁高官として出向した後で、資源エネルギー庁(経済産業省の外局のひとつ)の幹部として戻っていたが、ある時 の食事の席の話題に、核武装について触れ、「核オプション」という言葉を使った。天下りした組織での仕事はウラニウム関連で、世界中を飛び回って死の商人の仲間入りをして、最後に外国の企業に迎えられた。彼は現在の安倍首相秘書官・今井尚哉(いまいたかや)の先輩である。
 現在の安倍内閣の陣容は、首相補佐官や官房副長官が、公安警察と経産官僚で占められている。彼らは危機管理や情報操作を武器に、実務に疎い首相に取り入り、側近政治を利用している。この官邸主導の独断政治は、ナチス体制でないとすればスターリン方式に似ており、これは日本の運命にとって極めて危険な様相を呈している。「ナチスの手口を真似ろ」という物騒な発言をした元首相とか、徴兵制を論じた総裁候補もいるし、首相自身が改憲論者として憲法の精神を蹂躙し続けて来た。
 憲法は権力者の横暴を防ぐ国民の命令であり、国家の進路と理想を記した最高レベルの契約書でもある。しかも、憲法の第99条は公務員に対してその遵守を義務付けており、違反する者に対し尊重を命令し、憲法によって統治することが原則である。
 戦後の政治は憲法を破る不埒者たちによって支配されてきたが、それは憲法の意味を知らない、意識が低い政治家たちによって、この国の統治が続いた結果である。

※4 カール・ハウスホーファー (1869〜1946) :地理的環境が国家に与えるさまざまな影響を研究する 「地政学」 創始者の一人。 CSISの礎を作ったエドマンド・A・ウォルシュの師にあたるドイツ人で、 CSISはその思想を米国に移植するために作られた。


お粗末な大臣人事の恥さらし

 私自身の、30年も前のまったく呆れた思い出話がある。それを昨年記事として書いたから、 それを引用することにしたい。 それは『ニューリーダー』の 2016年5月号であり、私はその記事で情報力について、次のような発言をしているが、この話は1980年頃の追想である。
 「……それ以上に重要なのは情報力で、英国はレーダーによる探索と、航空写真の解読法を開発して、そのノウハウを米国に提供し、大量使用で実戦にそれを活用しています。日本人は平面の次元で見るだけで、ゲシュタルト(※5)が理解できないから、抽象的な思考をする理性に欠けていた。
 40年前に石油会社で働いた時に、人工衛星の写真解析をしていたので、国家の安全保障を考えると題し、関西経済同友会で講演したら、ある陸将から防衛大学校の学長に、その話をして欲しいと頼まれた。そこで久里浜の防衛大学校に行って、空間と次元の転換の重要性を論じた。
 そうしたら、昼食を食べて帰ってくれと接待され、『わが校では三割の麦飯ご飯に、柔道と剣道で学生を鍛えています』と言われ、呆れ果てて愕然とした経験がある。情報化が進んでいる今の時代に、頭を鍛えずに幾ら体を鍛えても、次元の転換などは出来ない……」
 この時の学長は元警視総監であり、爆弾小包で奥様を殺害された、剣道の達人と言われた人で温和な性格で知られていた。しかし、「麦飯と剣道」と言われたから、私があ然としたのは当然だ。いくら自衛隊の前身が警察予備隊で、警察官僚の君臨が伝統にしても、軍隊と警察では役目が違う。警視総監が警察大学校学長なら天下り先として話が分かるが、防衛大学校では筋違いである。
 宇宙に人工衛星が飛び交い、世界の防衛はミサイル時代で、超高速巨砲でも時代遅れなのに、「麦飯や剣道で訓練」の発想は、「B−29に竹やり」と大差がない。しかも、情報化が進んだ現在では、ハードウエアとしてのモノより、ソフトに卓越した人間育成へと世界の流れは動いているのだ。
 ところが、国防を武器で捉え、人材の質で考えない日本では、戦略思考や歴史感覚がない、弁護士出身の稲田朋美が防衛相に任命されるような「お友達の閣僚人事」が罷り通る。だから、 今年の2月3日に訪日した米国のマティス国防長官は、稲田の無能無策ぶりに辟易して、帰国して大統領にそれを報告した。そして、2月中旬のフロリダ訪問の時に安倍は、「あの役立たずを交代させろ」とトランプから言われて、大いに恥をかいたのだった。
 東京大空襲を指揮していたルメイ大将に日本最高である勲一等旭日大綬章を贈ったために、昭和天皇が嫌悪したダメ男は、佐藤内閣時代の伴食閣僚(※6)で防衛庁長官の小泉純也だった。その息子の純一郎が首相として、防衛相に任命したのが小池百合子だったが、渡米してライス国務長官に、スシ姉妹だと言って嘲笑された。それと同じように、稲田を防衛相にした安倍も米国で大恥をかいたのである。
 こんなお粗末な人事が横行し、国家の安全保障の根幹が大きく損なわれているというのに、 日本人は その災難がもたらす悲劇について気づかずにいる。この指導性の欠如は悲惨であり、 世界中から嘲笑されているが、それを改める努力をしない安倍は、独裁政権にあぐらをかいて太平楽の夢をむさぼり続けている。
 しかも、近隣では覇権主義が台頭し、領海問題でゴリ押しを進め、南シナ海に勢力圏拡大を狙う<中国が、アセアン諸国の安全に対して大きな脅威を与えようとしており、米国がそれに苛立っている。いくら追従とばかりにヘリ空母の「いずも」を送って米国軍の機嫌を取っても、長官が無能なら無意味であり、自衛隊員の士気の衰えは著しいはずだ。

※5 ゲシュタルト :ものごとをひとつのまとまりとし て捉えて、より上位の次元で認識すること。
※6 伴食閣僚:持っている地位に見合った能力がない。伴食大臣に同じ。


時代遅れの発想や人材不在を克服する教訓

 無能大臣の首も飛ばせないで、もたもたしているうちに、別の恥さらしが登場して、日本の政界はテンヤワンヤの田舎芝居が連日くり返され、国民はそれにうんざりしている。なぜならば、世界の動きに取り残されて、時代錯誤の茶番劇が演じられ、政治が完全に狂ったからである。
 21世紀の直前に始まった、グーグルによる検索法と、AI技術の大進化によって、ドイツ流の「インダストリー4.0」が急速に国際舞台で普及し始めた。また、数学の歴史と伝統を誇るインドでは会計処理をはじめ、IT技術の国際分業の仕事が世界中からの需要に応えて、24時間体制で行われている。
 そして、本場の米国のお株を奪う形で、インド版のシリコンバレーとして、デカン高原のバンガロールは目覚ましい勢いで成長している。新産業都市のこの町には、STPI(ソフトウエア技術パー ク)やエレクトロニクスシティが育っており、世界の先端企業が競い合い、研究所や会社が目白押しである。戦略特区などと自称しなくても、最新の技術開発で非常に忙しい。 インドの誇る最難関のIIS (インド科学大学院)を始め、各種の高等教育機関も充実している。バンガロールの小学校では高学年に3桁の掛け算を暗算で行う教育を授けており、それがインド中に広がっている。
 ところが、日本では幼稚園の子供たちが教育勅語を暗記するという、時代錯誤の教育が罷り通っている。そこで首相の妻が名誉校長を引き受け、防衛大臣が顧問で弁護に関係し、国会で嘘の答弁まで行って日本女性の評判を暴落させている。しかも、続いて発覚した疑惑では、時代遅れの「戦略特区」に無用な獣医学部を建設することで、巨額の血税が流用されかけ、利権に化けようとしている。
 それにしても、戦略特区の名前を利用して埋め立て地を利権に転化し、沈滞した経済を活性化するというカビの生えた土建屋発想は、30年前に流行したものであり、政策的にも時代遅れの考えだ。また、そうした不正の隠蔽のために、菅官房長官が真相追及を妨害し、警察と内調(※7)まで総動員して、デマと脅迫を武器に使い、暴虐の限りを尽くしている。
 さらに、レイプ事件を起こした首相の御用記者に対して、逮捕状まで用意していたのに、当時の警視庁の中村 格(なかむらいたる)刑事部長の命令で逮捕が突然中止になったこともある。これは司法精神に対する蹂躙ではないか。中村部長は2015年3月まで菅官房長官の秘書官を務めていて、官邸とは緊密な関係だった。女性の敵の強姦魔を自由放免しておきながら、検察や司法当局が傍観して何ら行動を起こさないのは、法治国家を汚す犯罪である。
 このような官邸が主役を演じた不正行為の横行に対しては、その横暴を糾弾し綱紀粛正を徹底することによって、歪んだ政治を糺す必要がある。その上で未来の路線を確定し、国造りの基盤を固めることだが、まず必要なのは人材である。優れた人が集まることで産業は後に続いて育つものであるし、新しい発想が生きる環境には、若い人材が希望の瞳を輝かせて世界中から駆けつけてくる。
 そのような新時代の発想は、世襲議員にはとてもできない。また、現状維持が身上の官僚たちにも無縁の世界である。革命的な構想が先ずあって、優れた指導者が声を掛けることで人材は挑戦にやって来るのだが、今はそれだけの人物が不在である。
 明治のご一新を迎えた1880(明治3)年に、北海道の開拓の夢を抱いて訪米した黒田清隆開拓司長官は、その情熱で相手に感銘を与え、現職の米国農務長官だったケプロン(※8)の招聘に成功した。幕末期の日本の政治家には、米国に出かけて行って、現職の大臣をスカウトするだけの能力があったのだ。
 黒田は札幌農学校を創立し、ケプロンの後任にはクラーク博士を招いた。札幌農学校の教頭に就任したクラーク博士は北海道開拓の父として知られ、「青年よ大志を抱け」の言葉を残したが、教え子には北海道帝国大学初代総長の伊藤昌介、言語学者の大島正健を始め、新渡戸稲造、内村鑑三、政治家の町村金弥など、明治に活躍したパイオニアがいた。
 こうした歴史を追想すると、実に「明治は遠くな り」である。それに較べると今の日本は何と落ちぶれたことかと痛感し、亡国の悲哀に胸が詰まり嘆息(※9)させられてしまうのである。

※7 内調 (内閣情報調査室) :内閣に属する情報機関で、 職員は約200人 (2016年現在) 。
※8 ホーレス・ケプロン (Horace Capron、 1804〜1885) :米国の軍人・政治家。 1871年7月に訪日、 開拓使御雇教師頭取兼開拓顧問となる。 1875年5月に帰国。
※9 嘆息:悲しんだりがっかりしたりし てため息をつくこと。


(筆者註) 公人は名前を呼び捨てにして、氏などの敬称を付けないのは、世界の言論界では常識だし、首相を総理と書かないのは、主権者で納税者である筆者の意味論である。


『宇宙巡礼』 (藤原肇、 張錦春 ・ 著 東明社)
         
『さらば、暴政―自民党政権 負の系譜』 (藤原肇 ・ 著 清流出版  1,512円)
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藤原 肇 (ふじわら はじめ)
1938年、東京生まれ。仏グルノーブル大学理学部にて博士課程修了。専攻は構造地質学、理学博士。多国籍石油企業の開発を担当したが、石油ジオロジストを経て、米国カンサス州とテキサス州で、石油開発会社を経営した。コンサルタント、フリーランス・ジャーナリストとしても活躍。ペパーダイン大学(米国カリフォル ニア州)の総長顧問として、21世紀の人材育成の問題を担当した。処女作の『石油危機と日本の運命』(サイマル出版会)で、石油危機の襲来を予告したのを手初めに、『平成幕末のダイアグノシス』『朝日と読売の火ダルマ時代』、『夜明け前の朝日』などで、ジャーナリズム論を展開した。『情報戦争』(共著)、『インテリジェンス戦争の時代』などの情報理論もある。 また、『賢く生きる』、 『さらば暴政』(清流出版)、『生命知の殿堂』(ヒカルランド)、『小泉純一郎と日本の病理』(光文社)、『Japan's Zombie Politics』、『Mountains of Dreams』(Creation Culture)など多数が最近の著作。 藤原のE-mail fujiwara20002@hotmail.com



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