『産経新聞』 1974年03月28日

メジャーを買い取れ!

若手の石油専門家・藤原肇氏




「石油確保」への雄大な発想


わが国が将来、いかにして石油を確保するか――これは、日本経済にとって最も重要な課題だが、「その最善策は、国をあげて、世界のメジャー(国際石油資本)クラスの石油会社そのものを買い取ることである」と主張している石油専門家がいる。この人は藤原肇氏。カナダの山奥で石油開発に従事しながら、すでに年二年前の著作で、今日の“石油危機”をピタリと予想し、注目されたオイルマンである。こんどはその危機演出の張本人である石油資本を買収するとは、なんとも“雄大”な発想、見方によってはなかなか夢のあるプランでもある。



80億ドルで可能
外貨保有高の3分の2

 藤原氏がこの「石油資本買い取り論」を主張しているのは、最近の著作「石油飢餓」(サイマル出版会)のなか。それによると、まず、これからの石油政策について「石油産業を中心としたエネルギー事業を国家管理のもとにおくことは、世界のすう勢である。すでに先進工業国のなかでは、フランス、イタリアがこれを実現し、イギリス、カナダ、ノルウェー、スウェーデンなどが一部国有化を行い、西ドイツでも動き出している」と述べ、わが国としては、民族資本系の精油所、石油開発事業を統合して、その40%を国家の直接管理に、11%を石油公団、残り49%を民間分として一般株式市場に公開すべきである、と提案している。

 こうした体制のもとで、国が手持ち外貨を思い切って投資し、メジャーあるいはメジャークラスのアメリカの総合石油会社の経営権を獲得しよう、というわけである。藤原氏はこの資金を80億ドルと見積もっている。わが国の手持ち外貨は石油ショック以前は190億ドルあったが、いまは120億ドルに減っている。そのなかから80億ドル出すのは、大変なこと。

 このアイデアについて藤原氏は、「日本の経営者の水準からすると“なんと突拍子もないことをいいだすか”と冷笑されるかもしれないが、それは“無知の半知恵”。案ずるよりは産むがやすしである」と実現の可能性を強調している。

 そして、買収可能な石油企業を具体的に7社ピック・アップし、別表のように、各社の財務内容を紹介しながら、次のような品定めをしている。





買収可能の7社品定め

 スタンフォード・オイル・オブ・カリフォルニア=メジャーのひとつ。アラムコやカルテックスを通じて、サウジアラビアやインドネシアにばく大な石油と鉱区を持ち、すぐれた経理内容を誇る優良会社。石油のほかに原子力発電や百以上の子会社の経営権も持ち、全権益の総額は日本の全産業を束にしたくらいの額にのぼる。

 しかし、日本がこの会社にネライをつけたとしても、同社はすぐれた経営スタッフがいるので買収もひとスジ縄ではいかず、日本の手持ち外貨の全部をはたいたとしても買いきれないかもしれない。

 テネコ=石油ビジネスの中心地、テキサス州ヒューストンに本拠地を構え、天然ガスの開発とパイプライン網の建設工事に積極的に取り組んでいる。シベリアの天然ガス開発にも意欲的。石油資源に限らず、鉱物資源全体にバランスを持たせた経営能力は、日本にとって魅力ある買収対象である。

 オクシデンタル・ペトロリアム=レーニンとも親交があったといわれるアルマンド・ハンマー解消のワンマン経営。かつてリビアの鉱区取得のために、あらゆる手段を使い、こんどはシベリア開発にも活発な動きを見せている。“山師”的石油会社。日本側のやりようによっては、経営権取得のチャンスはある。

 フィリップス・ペトロリアム=北海開発のパイオニアとして名高いが、すぐれた人材を多数擁し,アジアにも食指を動かしている。すでに北海で、1980年のヨーロッパ石油需要の10%をまかない得る大油田を発見したグループの40%近い権利を獲得しているので、買値は大幅につり上げられるだろう。同社を支配しているデュポン財閥をどう扱うかが、成否のカギである。

 サン・オイル=他社に先がけてタール・サンドの開発を手がけているが、経営内容は苦しい。しかし、蓄積した知識と記述、経験を積んだ人材は、将来実を結ぶ見込みもあり、日本から見て買いやすい相手。

 アッシュランド・オイル=米国東部に一連のマーケット網を持つ。企業自体にはあまり魅力はないが、この販売網を利用すれば、日本の資本でカナダの石油を生産し、アメリカ市場で商売するという多国籍型企業をもっと手っとり早く獲得できる。同社の財務評価からして、買収は最も安上がりと思われる。

 ◇ ◇ ◇

 藤原氏は37歳の若手石油地質学者。埼玉大学、仏・グルノーブル大学を卒業後、ユニオン・オイルなどの国際石油会社に勤務しながら、中東やカナダの石油開発現場をわたり歩いているオイルマン。こうした経験のなかから、71年の秋に「石油危機と日本の運命」と題する著書を出し、昨年秋にわが国を襲った“石油危機”を予測していたことから、一躍注目されるようになった。

 今回の「石油飢餓」は第二作で、「日本がこのままの石油策を続ければ取り返しのつかない深刻な事態に追い込まれる」と断定し、そこからこの「石油資本買い取り論」を引き出している。

 これまでも、わが国の企業が外国の会社を買収するという例はよくあることだが、石油会社を丸ごとという前例はない。

 これについて藤原氏は「総合商社を中心とした日本企業がすでに行っていることを、ひと回りスケールを大きくしてやるに過ぎない」といっている。

 また、外国石油資本の買収の方法そのものについては、TOB(株式公開買い付け)によるのか他の手段によるのか、具体論をのべていない。

 その意味では、まだ十分に熟したアイデアではないが、国境を越えた大きな発想ということで注目されるといえよう。


BPの利権一部入手の例はあるが
問題はカネ……
いまの外貨事情ではムリ

総合政策研の土屋氏

 藤原氏のアイデアについて、「当然検討すべきだ」という意見もわが国の石油専門家のなかに起こっている。

 たとえば、総合政策研究会理事長の土屋清氏は「アメリカにはいくつものインディペンデント(メジャーにつぐ大手石油会社)があり、これらのなかから適当なものを買い取るということは将来、十分に考えていいことだ」といっている。そして土屋氏は、こうした発想そのものは、すでに財界でも実行されていると指摘している。

 その一例は、メジャーのひとつ、ブリティッシュ・ペトロリアム(BP)がサウジアラビアのアドマ油田開発に乗り出したさい、わが国の大手企業48社で組織している海外石油開発(今里広記社長)が7億8000万ドルを投じて一昨年12月、BPの株を取得し、同油田の利権の30%を手にいれたケースである。

 土屋氏は「この手法を拡大していけば、海外の石油会社の経営権も買い取れる。しかし問題はわが国の外貨、いまのような外貨事情では、数十億ドルものカネは出せない。従って、メジャーをそっくり買い取るということはとても不可能だ」といっている。


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