明るい未来社会の建設と経済至上主義の克服(上)

藤原肇(フリーランス・ジャーナリスト)
彭栄次(台湾輸送機械有限公司・董事長)



「カネ有りて山河なし」の時代に突入

藤原 彭さんは台湾の経済界の重鎮として日本問題に精通し、かつては李登輝総統の参謀として側近中の側近と言われ、財界と政界に大きな影響を及ぼしたそうですね。
 財界人として彭さんの他に蔡焜さんと許文龍さんが、「親日派の三羽烏」と呼ばれているそうだし、あなたに私を紹介した日本研究会の謝森展理事長を加え、台湾の「知日派四天王」と呼ぶとある人が言っていました。
 そこで今日はアジアの将来を考えるに当たって、われわれが直面している色んな問題点を掘り起こし、今後の東アジアがどうなるかについて論じ合い、21世紀における展望を切り開きたいと思います。先ず台湾側から本音による現状分析をしてもらい、今の問題点は何かについて本質を明らかにした上で、その原因がどこにあるか検討してみましょう。

 これまでは経済成長の実現が総ての目的になり、手段が目的になってしまったために環境破壊が進み、台湾を始め日本も大陸中国も自然を目茶苦茶にして、経済面だけは何となく豊かになったような気分でいる。中国や日本については後で話をするとして、私が生活しビジネスを営む台湾にフォーカスすれば、この小さな台湾に「故郷」が無くなってしまい、一体どこに「フルサト」が消えたのかということがある。子供だった頃に学校で習った唱歌で、「ウサギ追いしかの山、小鮒釣りしあの川…」と歌って、山や川は生まれ故郷のシンボルだったのに、現在は山も川も荒れて無残な姿になっています。

藤原 経済成長が価値観の中心を占めてしまったので、日本も台湾も山を削り川を埋め立てて工場を作り、国中をセメントで固めて工業団地にしてしまった。

 全くその通りです。唐の詩人が「国破れて山河あり」と詠んだが、今の状態というのは「カネ有りて山河なし」であり、とても悲しいことだと私は思います。成長、成長と言って経済成長を有難がるが、その半面、自然と人間の心がどれだけ荒廃したかについて、現代人は考えることを忘れてしまっているのです。

藤原 でも、台湾には富士山より高い新高山(玉山)や碧山があり、これから百年かけても脊梁山脈を削ることは出来ませんよ。

 あの山岳地帯は人間が挑めないほど雄大です。山々が高く聳えて恐ろしいから手がつかないが、ここで成長路線を反省して別の道を選ばない限り、新幹線で東京から大阪に行く景色と同じになってしまう。経済成長がないと国が滅びるという妄想で、成長の代償に環境を破壊しているのにも気づかずに、自然の美しさの回復が大切なことを忘れて、水を汚し緑の農地を荒廃させているのです。台湾の自然環境が劣化したと認識したのは、国民党の独裁支配を止めるために民進党が発足し、政策の盲点を衝くスローガンとして、「国民党が言う経済成長は土と水を汚し、生活環境を破壊しているだけであり、これ以上の開発をわれわれは望まない」と主張したからですよ。川が汚い国は自滅すると歴史は教えていまして、この貴重な教訓を見失ってはいけないのです。

藤原 成長神話に中毒している点では日本人も同じです。失政のために十年以上続く不況によって、環境破壊のぺースが落ちている面は見ないで、景気回復で経済成長を図れという声が高い。そして、何が何でも建設ブームを復活させるために、道路やダムなどのハコ物を作る予算を増額して、夢よもう一度を狙う政治家や財界人ばかりです。


金儲け主義と国内産業空洞化の悪循環

 日本人は雨が降れば家に篭って本や和歌を読むが、台湾人は直ぐに傘をさして雨の中へ飛び出して、儲け仕事を捜そうとする性格が濃厚なんだな。そこで国内の経済成長がストップした段階で、次にどこか金を儲ける場所はないかと、台湾を見限って大陸に出かけて投資している。金儲けのために台湾の自然を目茶苦茶にして、儲からなくなったら別の土地に進出するというのは、金が儲かれば何でも食い荒らすハイエナの行動です。

藤原 それが弱肉強食という資本制の正体で、共産党が支配する中国でも同じことですよ。

 土地や賃金が安いという夢を追う経営者が、低コストで金を儲ける方策を求めるために、それを提供するという北京政府の宣伝に惹かれて、大陸に投資した結果が現在の産業の空洞化です。台湾海峡に面した沿岸地帯を富ませることで、台湾や日本に準じた州をいくつか作り上げ、残りの部分は切り捨てると言うトウ小平の路線の罠に、先ず台湾人や華僑が誘い込まれたのであり、その後を日本や欧米の経営者たちが続いたわけです。

藤原 でも、中国大陸に経済的な安定をもたらすことは、長い目で見ればどうしても必要な政策であるし、中国の貧困脱却はアジア全体にとってプラスですよ。

 そう言う面も確かにあります。だが、それは一部の人間を金持ちにすることであり、体制が抱える矛盾を拝金主義ですり替える路線で、かつて蒋経国が使ったやり方と同じです。しかも、最近の北京政府は拝金主義そのもので、外国からの流入資金を集めて投資することにより、国内の経済成長をいかに図るかだけを考え、長期目標として2020年の国内総生産(GDP)を4倍にするという、非常に無茶な計画案を採用し ているのです。

藤原 倍増でなく4倍増というのは大胆すぎて、大風呂敷という他はない感じがしますよ。

 でも、それを言わない限り共産政権は持たないのです。江沢民の後継者になった胡錦濤が率いる政権は、閣僚のほとんどがエンジニア出身であり、理工科系の清華大学の卒業生が中心なんです。また、彼らが考えるのは経済成長至上主義だから、工場やダムなどの固定設備の増設に全力を上げるために、対中投資のほとんどはブラックホールに吸い込まれるし、それが間接的に環境破壊に結びつくのです。

藤原 大衆にとってはハコ物を作ることが政治に見えるから、どうしても工事をするのが躍進する国づくりだと思い、国民はその手に乗せられて満足してしまう…。

 だから、今の中国大陸は1980年代の台湾に似ており、この間の共産党大会で私営企業主の入党を認めたように、中国共産党が国民党化して来ているのです。

藤原 面白い歴史の相似現象ですね。


国民党の蒋経国路線を追従する中国の共産党政治

 それを理解するには台湾の歴史を振り返って、蒋経国の政治路線を検討する必要があります。かつては[反攻大陸]と格好のいいことを言ったが、台湾人が独裁体制の中で矛盾に目覚めて、自我意識を持って運命について考えれば、国民政府の支配が崩壊すると蒋経国は読んだのです。若い頃にモスクワに留学して13年も過ごし、彼が身につけたマキャベリズムというか韓非子の哲学は、権力支配に関しては当代随一のものでした。だから、これまでフィクションとして貧困を強制してきたが、国民が「王様が裸だ」と分かるようになれば、特権的な支配が崩壊すると気がつきました。蒋経国総統はインテリ政治家として育っていたから、軍人上がりの蒋介石より遥かに読みが深いのです。

藤原 若い頃に共産主義をマスターした蒋経国が、台湾に来て反共路線のリーダーとなって、長く続けた反攻政策がほとんど成功しなかったのに、時間が経過したら相手の方が変質してしまった。しかも、蒋経国がモスクワに留学して得た獲得形質が、同じモスクワの血を引く北京の共産党の中に生き延びて、同じ遺伝子として伝わっているのは皮肉ですね。

 実に皮肉です。それでは具体的に歴史上の事実で説明するなら、権力者が考える人民を支配する基本原理は、大衆にカネを持たせて賛沢で堕落させれば、政治に対して不満をもたなくなるわけです。しかも、マキャベリストの凄い点は不満分子を集めて、内ゲバを起こして力の分散を図ることであり、そうすれば内部闘争で反対勢力は消滅するのです。

藤原 それは自民党政府もやってきた路線で、権力者の誰もが愛用する常套手段ですよ。

 そうでしょう。だから、国民党は台湾人の不満が高まったのを見て、地方にエサを投げて利益の奪い合いに熱中させるために、開発に続く開発という政策を推進しました。建設は財が動き形になって分かり易いから、物を作る予算をばら撒いて開発ブームを起こし、少数の金持ちを各地に育てることを実行しました。

藤原 その日本版が土建屋上がりの田中角栄であり、土地の買占めが利権漁りになると読んで、国土改造計画で建設ブームを巻き起こしました。

 時期的にも似ています。1970年代の初期は台湾にとって大変な時で、国難と呼ぶ重大な問題が次々と起きています。なにしろ、71年に国連追放で72年には日本の断交があり、それから毎年のように各国から国交の断絶を受け続けました。

藤原 日本も田中内閣の日中国交回復だけでなく、1972年は学生運動が浅間山荘事件で壊滅して、土建屋政権による派閥利権が君臨しました。そして、政治より経済成長に関心の軸が移ったことで、日本人は豊かになることに熱中したが、それと蒋経国の開発至上主義路線と一致していたのは、面白いシンクロニシティ現象と言えますね。

 もちろん、日本の経済成長路線の方が先行していました。だが、日本も台湾も自国の問題に気を奪われて盲目的だったので、世界がどういう状況にあるかに無知でした。当時の中国大陸は文化大革命で大混乱に陥り、将に国が滅びかけていたのにそれが分からず、ニクソンや田中が手柄を得ようという思惑で、国交正常化と称して中国市場を手に入れるために、カオスで身動き出来ない北京政権を救ったのです。

藤原 盲目的と言われればその通りであり、文化大革命の実態について全く無知でした。

 文化大革命は1966年から始まって6年経過していたが、その実態に関しての正しい情報を持たない状態で、目先の政治的な操作に終始したのです。蒋経国は農民が土地の売買をするのを奨励したので、一夜で、一攫千金の成金になったのだから、農民や投機屋は有頂天になったわけです。今度はそのカネをどこに投資することによって、更に大きな儲けを出すかに鵜の目鷹の目になるし、ベンツを買ったり大邸宅を作ったりしました。そうなると自分も分け前にあやかりたいという連中が、雪崩を打って投機に参加するようになり、台湾中で金儲けの競争が始まってしまいました。それまで赤字国家だった台湾なのに、80年代になると外貨準備がどんどん溜まり出して、経済の奇跡というものが実現したのです。

藤原 日本が経済大国に酔ったのと同じパターンですよ。
 その結果を今まで引きずって来ているのであり、人々は経済成長がないと国が亡びると思い込み、政治家はその誤解を悪用しているのです。だが、経済成長の神話からひとたび解放されてみれば、人間らしい爽やかな生活を楽しむことが出来るのです。


政治における指導者としての条件

藤原 その通りです。政治家が経済成長の神話を盲信するのは危険ですよ。

 世界全体がもの凄く悪質な疫病に罹っているが、それが「経済成長亢進症」という熱病でして、台湾ではこの病気には大陸の存在が不可欠で、大陸への投資が熱さましになっているのです。大陸が世界で一番高い熱に包まれているから、そこに行くと熱が収まったと安心するのだが、実は、灼熱地獄の中で体力を消耗しているのです。

藤原 経済成長が10%とか8%と言っていることの実態は、脈拍と血圧が正常値より1割以上も高いだけであり、それが異常だと気がつかないのです。日本も経済成長がマイナスだと大騒ぎしているし、大陸のバブル経済を羨ましいと思っているが、冷静に経済の本質と人間の幸せを考えてみるならば、今ほどのチャンスはないと思うのですがね…。

 偉い人は会議や宴会で暇がないほど忙しく働き、状況を全体的に把握できない者が圧倒的です。
 だから、閑職に甘んじるとか失脚は大チャンスでして、休養して脳を休めてバッテリーの充電をすることで、忙しくて見失っていたものを取り戻したり、ものごとを熟考する上で大切だと思います。台湾の総統や閣僚の毎日のスケジュールを見て、この人はもうダメだと思ったことが何度もありますが、忙しさに振り回されている人が圧倒的なのです。

藤原 世の中には時間をコントロールする自由人と、時間にコントロールされる奴隷の二種類の人間がいます。精神の自由度は身分や肩書きと無関係で、一日の時間の半分が自由に出来ない人は奴隷と同じです。

 訓練され考え抜いた上で指導的立場になった人は、日頃から鍛えられているので既に出来上がっており、多少の忙しさでも十分に耐え抜く力がある。だが、タナボタで思いがけない地位を得たような人は、忙しいだけでほとんど何もやってませんよ。

藤原 馴れ合い体制の中で人材が枯渇した状況では、準備不足で不適任な人がタナボタ人事を拾い上げて、とんでもない権力を手に入れることが多い。日本では大臣になって「これから勉強します」と戯けたことを言うが、専門知識も問題意識もない人が派閥の力学で、閣僚になるようなデタラメ人事が罷り通っています。

 その典型が小泉首相や田中外相の誕生でした。政策や能力には無関係な貸し借りと人気に頼った、あの茶番劇を日本人が黙認しているのを見て、他国のこととはいえ私は仰天してしまいました。
 小泉さんは外交も金融も全く分からない人だし、田中さんは裏の利権の扱いくらいは分かっても、表の政治についての素養も訓練もない人なのに、あんな形で国家の最高責任者が決まってしまった。台湾でも蒋経国の死で季登輝が総統になった時は、国民党の操り人形だったので実に頼りなかったが、それでも彼は台北市長や副総統を歴任していて、政治感覚と行政手腕の訓練は身につけていました。


会社なら課長止まりの人物が首相になる国の悲劇

藤原 それを言われると恥ずかしい限りです。あれは日本にとって自殺に等しい狂った選択で、その前の森が余りにも無能で見限られていたから、その隙を縫ったドタバタ政変劇が奇形児を生んだのです。森喜朗は嘗て売春防止法違反で警察に捕まり、指紋まで採られたとメディアで取り沙汰されて、皆がうんざりしていたので小泉が登場したのです。

 それは全世界が知っている程度の公開情報だが、各国はそれぞれ諜報機関を東京に置いているから、もっと凄いスキャンダル情報を持っていたはずです。これほど日本の政治が酷い混迷に陥ってしまった原因は、国会議員の3分の2が官僚OBと二世議員で、小泉さんも田中さんも世襲の国会議員でしょう。しかも、日本で政治を動かすのは国会議員ではなく、大学の学部教育を最終学歴にした官僚であり、彼らの専門頭脳が政策担当能力になっています。これは法律大学院や公共政策大学院で訓練され、専門家としてシンクタンクの幹部や研究員になる人が政界に出て、活躍しているアメリカに較べて劣る点です。

藤原 日木の政治家には思想を求めても無駄であり、選挙に当選する地盤と家柄の看板が要るだけで、法律を作る能は求められていません。だから、日本にはまともなシンクタンクは存在していないし、人気さえあれば小泉ていどの頭脳でも、自民党総裁になれば横滑りで首相になれるのです。

 台湾でも蒋介石の息子が、一世として総統を継続し、政治を私物化した不明朗な時代があったが、それは李登輝が出たことで解消しており、現在の東アジアで二世が政治を動かしているのは、日本と北朝鮮だけと言って良いでしょう。用心する必要があるのは大陸の共産政府であり、党内の政治抗争に生き抜く必要上から、二世というだけでは政治権力は手に入らない。そのために太予党は経済利権を握っていて、政治の中心には余り出てこないのだが、政界に乗り出している連中はしたたかであり、日本の二世議員とは迫力が雲泥の差です。だから、鍛えられた北京の政治家を相手では、日本の政治家や官僚では太刀打ちが難しいのです。国会議員の七割が海外留学で学位を持つが、台湾の議員でも訓練の度合いが低くて脆弱だから、国際舞台において気負い負けしています。

藤原 そう言えば、三井物産のフランス総支配人だった人の説だが、「小泉さんはわが社なら課長止まりの人であり、そんな人を部長にしたら方々に迷惑を掛け、会社の信用はガタガタになってしまうし、間違って社長にでもなったら会社は倒産です。そんな人を首相にしたのですからね…」と嘆いていました。しかも、前代未聞の最低政権といわれた森内閣を支えたのが小泉だし、世界を知らない国民が国内の人気で考えて、森と小泉の二代続きの狂った選択をしたというのは、日本の運命にとって致命的だったのです。

 日本人でない私は余計なことを言う立場にないが、田中外相が未熟で仕事をこなす能力がなかった点は、最初から誰でも分かっていたことです。それを放置したから外務省のスキャンダルになったが、ヒステリー症で無能が露呈した時に首を切るべきで、機密費の横領発覚や鈴木宗男との喧嘩の時では、「六日のアヤメ」で説得力が全くなかった。「十八史略」の中に「まさに断ずべくして断ぜざれば、かえってその乱を受く」という言葉があるが、あの外相更迭事件はピンとはずれの珍事であり、北鮮の独裁者も呆れたのではないですか。

藤原 全く恥ずかしい限りです。だから、今の日本政府の外交能力はタリバン以下であり、小泉内閣を潰さない限り救いがないのに、後継内閣を任せるだけの政治家がいないから、人気だけを頼りに何時までも余命を保っています。太平洋戦争の末期だってもっと増しで、こんなに酷い人材難ではなかったけれども、何しろ日本の政界には人物がいないのです。


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