『加州毎日』1991年3月7日



MTKダイヤグラムで分析した湾岸戦争


国際石油政治コメンテーター 藤原肇



三次元の三角錐を二次元に投影して、産業の動態分析に活用した三角座標のことを、私はMTKダイヤグラムと名付けたが、これは「カナダ石油地質学紀要」の一九七五年六月号で、石油産業の組織構造について論じた時に、概念の体系化をしたものに基づいている。

 この英語の論文は「虚妄からの脱出」(東明社刊)に収録してあるが、テキサスで石油開発をしていた頃に、幾人かのオイルマンにプレゼントしたところ、その中の一人がこの本をホワイトハ,ウスに送り、副大統領時代のブッシュに贈呈している。すると、藍色のレターヘッドの副大統領用の小型便筆で、このダラスのオイルマンに礼状が届き、「興味深く読んだので、国家安全保障会議(NSC)のスタッフに、よく検討するように指示しておいた」と書いてある手紙を見せて貰ったから、多分ブッシュはMTKダイヤグラムのことを、未だ覚えているのではないかと思う。

 その後「マクロメガ経済学の構造」(東明社刊)の中で、このエネルギー史観を更に展開して置いた。Mはマンパワーで労働集約型を意味するし、Tはテクノロジーで技術集約型を現して、Kはナレッジで知識集約型を示しており、産業社会や文明はMからTを経てKに至るが、それは螺旋運動の発展パターンを持つというのが論旨である。(第一図)


第一図 MTKダイヤグラム「マクロメガ経済学の構造(東明社刊)より

 このモデルは非常に応用範囲が広く、戦争も文明現象のサブシステムだから、このパターンに習熟して対応すれば、最も効果的に安全保障の維持が出来るはずだ。しかも、これは文明次元に有効な一般法則だから危機管理として戦争と平和の戦略の確立や、そのバリエーションとして登場する。経済封鎖の政治学に精通することが可能になる。

 労働力集約型の軍隊は技術集約度の高いものに負けるし、技術集約型の軍隊も知識集約度の高いものに歯が立たず、各時代に応じ最も効果的な組み合わせを行えば、よりパーフェクトな形でゲームとしての戦争を遂行しうる。また、プロシアの戦略家クラウゼビッツが喝破した通り、「戦争は他の手段による政治の継続」に他ならない以上、この法則は統治の真髄を示すノウハウとして、帝王学の核心と言うべきものである。

 米軍はイラク軍に圧勝するための戦略として、各レベルで活力源をストップしたのであり、労働集約型の兵隊には食糧と水の供給を止め、技術集約型の兵器には燃料と部品のカットを試みた。また、軍事組織の知識集約部分に対しては、情報の撹乱と停止を実現するために、トマホーク(巡航ミサイル)でイラク軍指令本部を破壊して、命令系統と通信機能の分断を先ず第一に行った。同時に緒戦の段階で、海軍のエレクトロニクス機EA−63型ブロウラーと、空軍のF14G型ワイルド・ウィーゼルを活用した。そして、ジャミング作戦を展開することでイラク軍のレーダー機能の無力化により、地対空のミサイル基地を殱滅したのである。次の段階では、通信網と補給網を分断する重点的な精密爆撃と、B−52を使ったジュウタン爆撃を繰り返し、兵士のレベルと軍事組織のレベルで神経機能マヒを狙った。こうして情報システムとしての個体や組織体が、生命体としての機能を喪失させてとどめを刺したのが、湾岸戦争が示している基本パターンである。

 現象としては軍事行動の枠に入っていても、その本質は科学と技術の総合システムに他ならず、単に兵隊や兵器を並べる古典的な戦術に頼り、ハードウエアや火力だけで戦争を捉えて、次元の差で考える能力に欠けたイラク車は、ソフトウエアにおいて卓越した米単の前で、徹底的な惨敗を喫したのである。同じことはハード一点張りの日本にも予想でき、ソフト面で貧弱な産業界はもとより、お粗末な人材しかいない日本の政界にとって、湾岸戦争の教訓は非常に貴重であり、優れた頭脳集団か決め手だと総括するなら、派閥の利害だけで動いている日本政治の現状は、実に覚束無いと言わざるを得ないのである。


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