『ニューリーダー』 2016年4月号



【地政学】その統括と展望A



ジェオポリティクスの世紀からアストロポリティクス時代に



ジェームス鈴木 / ビクター小林 / ジム(肇)藤原

鈴木 毎日のようにテロや紛争があり、世界の各地で戦争までが起きていて、ぶつかり合いの主体が国家だけでなく、グローバル企業やNGOなどの非国家も含まれ、実に多様な組み合わせがある。その内実と言えば、非対称戦争や超限戦にまで及び、さまざまな目に見えない形態の争いが、コンスタントに行われています。 しかも、限られた人しか何が起きたか分からないし、当事者が誰かも見えません。そういう状況下でビジネスを行い、投資をしている実務家として、リスクに敏感にならざるを得ません。だから、情報のアンテナを高く伸ばして、インテリジェンスを磨くことが、極めて重要になってくるのです。 誰でも気がかりな戦争については、メデイアが報道しているし、小さなレベルのテロ事件や紛争も、メディアがある程度は知らせてくれる。だが、その背後にある国際関係については、良く解らないことが多いために、藤原さんが試みた地政学(ジェオポリティクス)分析が、非常に役に立つと思います。でも、前回の議論の中に登場したように、ジェオポリティクの概念を飛び越えて、アストロポリティクスなどの言葉が現れると、混乱して目が回る感じがします。

小林 確かにアストロポリティクスは初耳で、言葉から意味について予想できるが、概念としては捉え難いので説明が要ります。

鈴木 説明だけでなくて概念と用語の整理も必要だと思う。地政学といえばアングロサクソンの学間であり、ユーラシア大陸のグレート・ゲームを生んだ、英国のマッキンダー卿のハートランド構想と、海軍戦略のマハン提督のリムランド構想が、地政学の古典としてあります。大英帝国が使ったシーパワー戦略は、港をチョークポイントで仰えたが、アストロポリティクスの場合には、それをどう展開するのでしょうか。

藤原 日露戦争の203高地のような、宇宙のラグランジュ・ポイントであり、測天上での幾何学的な位置です。大陸レベルのハートランド思想と、海洋レベルのリムランド構想は、古典的な地政学上の二大思想で、地理学的な戦略構想であり、本質は空間と交通を支配する思想です。また、そのチョークポイントを空軍基地として、アメリカが全世界に張り巡らせ、二〇世紀版の地政学を展開したが、流石に英国は情報の価値に気付いた。そして、昔の海軍のチヨークポイントを生かし、007で知られた表の組織のMI6と共に、陰のGCHQ(通信司令部)の支局を置いている。日本では常に俗流地政学が横行し、ミュンヘン大学のハウスホッハーが主張した、ゲオポリティークが万能視されてきた。彼はナチスの生存圏の生みの親である、ヒトラーの「わが闘争」を獄中で口述筆記し、それで出世して副総統になったルドルフ・ヘスの指導教授でした。

鈴木 だから、ナチスの思想だと考えられて、ゲオポリティークは禁止状態で、戦後の日本では夕プー視されたのです。

藤原 生存圏のゲオポリティークはお粗末で、侵略用のご都合主義の思想だから、敗戦の反省で自粛したのです。シナの思想に「天地人」の三才があり、生存圏のゲオポリティークは人のレベルで、国家や帝国のジェオポリティクスは地の次元だが、天に相当する宇宙の次元は、太陽系の中の地球のストラティスフェアーだから、空間的により高位を取り扱うのです。 国際石油会社で働いた時には、人工衛星の写真解析のプロとして、地球を宇宙の側から観察していたので、サテライト技術は身近であり、人工衛星やGPS(全地測位)がアストロポリティクスの道具で。高次の空間把握が決め手になりました。また、石油開発の技術は軍事技術と同格で、最先端技術の政治的な応用が未来のジェオポリティクスだから、二一世紀は天から地球を眺め渡して行う、アストロポリティクス(天政学)の時代です。

小林 戦略思想の進化を見る上で、より高い次元で捉えるわけですね。

藤原 そうです。一九六〇年頃から情報革命が本格化し、量子論とコンピユータ技術が進歩して、複雑系の世界が分かるようになり、人間の活動領域が宇宙に広がっています。だだ、大学やマスメディアの主流が、数理発想の先端領域で立ち遅れているし、日本の政治家の思考のレベルは、中世並みで全く話になりません。

鈴木 その意味では地政学の内容も、二〇世紀冒頭のジェオポリティクスから脱皮して、新しい思想によって生まれ変わり、役に立つものにならなければいけない。だが、幾ら注意して眺め渡して見ても、そんな気配は日本にはなくて、戦前と同じドイツ流の地政学で、発想が古臭い状態が続きますね。


第一次大戦は航空機への転換期

藤原 残念だがその通りです。ジェオポリティクスは政治概念だが、最も活用したのが軍事戦略の領域です。その利用の達人が英国人であり、五大洋を支配した海軍力に応用して、パックスプリタニカを作り上げ、一九世紀後半に世界帝国を構築しました。

鈴木 大英帝国にとって最大の権益は、植民地のインドと中東だったから、そこを狙って南下政策をとるロシアが、最大の仮想敵国だと考えた英国は、ユーラシア政策として「グレート・ゲーム」構想を生んだ。同時に、新興の工業国として発展を続け、普仏戦争で勝利したドイツが、植民地獲得に乗り出したので、この二つの大陸国家を相手に、堅固なハートランドとの対決を考え、マッキンダーが地政学を打ち出した。その根幹には鉄道網の建設があり、権益圏の拡大を狙う政策が登場して、大陸国家にとって有望視された。口シアはシベリア鉄道の建設を進めたし、特にドイツの皇帝ウィルヘルム二世が、3B政策の鉄道建設政策を打ち出し、輸送面で英国の植民地を脅かしていた。

小林 ベルリンからビザンチン(イスタンブール)を経て、バクダットに到る鉄道建設の大計画ですね。

鈴木 そうです。それに対して、帝国主義の権化のセシル・ローズは、ケープ・タウンからカイロに向けて、アフリカを南北に縦断する形で、鉄道建設をする考えを打ち出して対抗した。彼は母校のオックスフォード大学に、全財産を寄贈してローズ奨学金を作り、大英帝国の防人を養成することを考え、米国を独立させずに植民地として、取り戻すことまで考えています。

藤原 だから、米国は凄腕の代貸し役を果たし、クリントンを始めオックスフォードで学び、英国に操られて悪役を演じている。また、シーレインの他にロシアの南下を睨んで、アフリカ縦断鉄道とカイロからカルカッタに向け、英国は鉄道建設計画を作った。その延長上に日露戦争があったし、日英同盟の成立も実現したのだが、地政学の根幹に交通戦略がありました。 また、太平洋と大曲洋を面面に持ち、アメリカという巨大な島としての米国は、鉄道網を張り巡らせた上に、マハンの「海洋パワー戦略」に基づいて、海軍国として英国を追い上げたので、英同と米国は海軍力の覇権争いで対立し、ジュネーブ軍縮会議までトラプルが続いた。

小林 英国と米国はー心同体に見えるが、実は制海権では対立しており、英国はインド洋周辺と中国の権益は、米露の進出から守りたかった。だから、一九二二年のワシントン軍縮会議の時に、米同は日英同盟の廃棄をさせました。

鈴木  一九世紀の終わりの段階で、米国の工業力は世界一になったし、第一次大戦でヨーロッパは疲弊したが、特需の輸出で稼いだ米国経済は、これまた世界一で金持ち大国になった、暗黒の木曜日の株式市場の大暴落で、世界中が大不況に見舞われたが、ケインズ政策と計画経済の採用により、米国、ソ連、ドイツの三国だけは、他国に比べて経済は襪能していた。だが、資源獲得の突破口を生存圈に求め、ドイツはハウスホッファーの地政学に従い、東欧とロシアに戦線を拡大して、機動作戦でヨーロッパを制圧しました。

藤原 その主役は戦車隊と急降下爆撃で、そこに内燃機関と石油エネルギーが、決定的な役割を果たしていた。交通力の確保と維持のために、自動車と飛行機の生産能力が、戦争を遂行する上の決め手でした。また、国防軍はカフカスの石油を狙い、それがスターリングラードで敗北して、ナチスの千年王国の夢は潰れました。

小林 真珠湾奇襲の時のゼロ戦や、マレー冲でプリンス・オブ・ウェールズを沈めた、96式陸攻機を作った時までは、日本人も航空機が活躍する空が、いかに重要かを部分的に理解した。だが、主力は大艦巨砲主義だから、戦艦「大和」や「武蔵」に全力をあげたし、虎の子のゼロ戦はミッドウェーの惨敗で、海の藻屑として失ってしまい、それに代わる飛行機もなかった。


新世紀にふさわしい頭脳の必要性

藤原 それ以上に重要なのは情報力で、英国はレーダーによる探索と、航空写真の解読法を開発して、そのノウハウを米国に提供し、大量使用で実戦にそれを活用しています、日本人は平面の次元で見るだけで、ゲシュタルトが理解できないから、抽象的な思考をする理性に欠けていた。四〇年前に石油会社で働いた時に、人工衛星の写真解析をしていたので、国家の安全保障を考えると題し、関西経済同友会で講演したら、陸将から防衛大学校の学長に、その話をして欲しいと頼まれた。そこで久里浜の防衛大学校に行って、空間と次元の転換の重要性を論じた。そうしたら、昼食を食べて帰ってくれと接待され、「わが校では三割の麦飯ご飯に、柔道と剣道で学生を鍛えています」と言われ、呆れ果てて愕然とした経験がある。情報化が進んでいる今の時代に、頭を鍛えずに幾ら体を鍛えても、次元の転換などは出来ないのです。

小林 文武両道の基本が分からないのです、文は思考力で武は肚を鍛えることで、リーダーを育てる上の基本だが、英国の教育はそこに重点があった。大英博物館の正面の構図は、パルテノン神殿のファサードだが、彼らはグレコ精神を引き継いだ自負を持ち、大統一理論みたいなものが好きです。

藤原 それがゲシュタルトに結びつき、平面から立体に空間次元を上げ、ウェーブの支配で電波や航空機が、彼らの支配の道具になっている。英国人は空中写真やレーダー技術を生み、コンピュータまで作ったが、その背後にあったのが情報で、MI6という情報機関にしても、総て情報の支配に関係しています。

小林 情報の価値を知るから調査するし、その延長線上にマッキンダー卿がいたから、ハートランドの地政学は強力だったのです。


空間と時間の壁を乗り越える発想

藤原 その最新版が「砂漠の嵐」作戦で、一九九一年一一月七日の最初の一時間で、イラクの通信網を壊滅させて、防空ミサイルは機能しなくなった。しかも、八時問でレーダー網が機能停止して、イラク軍の四〇〇〇台の戦車隊は、盲目状態になり殲滅されている。これは人工衛星と飛行機のミサイルが、天空から地上の戦力を無力化したので、陸軍や海兵隊の価値が激減したし、アストロ時代の夜明けになったのです。

小林  それはイラクの戦場が砂漠で、地形の役割が小さかったためですよ。

鈴木 でも、これからの戦争は非対称型で、テロとか局地戦の場合が多く、航空機万能というわけには行きません。人間が住む社会は地上にあるので、人間の判断力の持つ価値は減少しないから、判断をする人材の能力は重要です。

小林 でも、人問が使うコンピュータや携帯が、通信網として人工衛星に依存し、衛星が機能しなくなれば使えません。だから、まさに戦車の中のイラク兵と同じで、幾ら凄いハードウェアを誇っても、通信が途絶すれば戦力はゼロです。

藤原 それはエネルギーでも同じで、電力や石油の供給が途絶すれば、社会は完全に機能マヒしてしまう。エネルギーは情報の一種だから、私はエネルギー史に基づいて、エネルギー危機を訴えたし、情報の途絶や質の劣化も恐ろしい。だが、権力者が情報操作や隠蔽を行い、悪用されて原発路線に行きつき、フクシマの爆発で一巻の終わりを生んでいます。

小林 社会を生命体として捉えて、全体的に考えようとしないために、環境問題やサスティナビリティが無視され、自減ヘの運命をたどることになる。その意味では、日本の政治が抱え込んだ問題は、とてつもない難題の山ばかりです。

藤原 それは次元の展開を考える力を持つ、指導者が政治家にいないからです。理性がなくて感性に支配されて、ムードと感情で政治を動かせば、時間と空間が決め手の地政学はおろか、アストロポリティックなど問題外です。

鈴木 待ちに待ったその言葉が出たので、それについて話を進めませんか。


アストロポリティックとは

藤原 アストロは宇宙空間のことだが、これは宇宙の次元で地球を位置づけ、宇宙空間としての宇宙圏の中で、ポリティックを考える天政学です。宇宙で活躍するハードウェアには、人工衛星を始め飛行機やロケットがあり、人工衛星はドローン(UMV)の一種です。だから、衛星と飛行機のキメラとして無人機を使い、アフガン戦争を遂行した米軍は、カリフォルニアから遠隔操作戦争をした。その指令はコロラドの宇宙軍司令部から、衛星を使って指揮が行われて、ハードがアストロイド化したのです。

鈴木 それが「ニューリーダー」二〇一五年七月号の記事で、藤原さんが海兵隊は米軍のお荷物なのに、政府は有難がっていると批判したが、日本政府は日本列島しか見ていないせいですね。

藤原 そうです。ペンタゴンの戦略構想の優先順位では、@宇宙軍、A空軍、B海軍、C陸軍、D海兵隊であり、海兵隊は突撃用の捨て駒だし、戦闘用で戦略価値は至って低いから、対テロ用の市街戦向けの部隊です。

小林 そうなると外人部隊になりかねないし、中世の傭兵蒔代の再来が始まり、そこに自衛隊が組み込まれ兼ねない。

鈴木 東インド会社の模倣になりますね。

藤原 この八月からロシアでも航空宇宙軍が発足し、セルゲイ・ショイ国防相の発表では、戦略の主軸を宇宙に移して、その下に宇宙部隊としての空軍と、対空・対ミサイル軍を配置した。これはハードとしては飛行機や衛星でも、それが扱う中心が情報であるから、宇宙の実体は情報だということです。だが、情報が主役のアストロポリティックスとして、新時代が始まっているのに、日本政府にはそれが分かる頭脳がない。

鈴木 日本政府と中国政府の国防観は、飛行機と軍艦を揃える物量発想です。いうならば、現代版の大艦巨砲主義により、国家の運命を決めようとしているし、昔の日本の路線を経済モデルにして、大国ヘの道を突き進んでいます。

小林 でも、人工衛星に中国は熱心に取り組み、ロケットや衛星撃墜技術の面では、先進的な水準に達しています。中国流のアストロポリティックが、その辺を狙って推進されているのなら、油断していることは危険ですね。

藤原 GPSには最低三基の衛星が必要で、それ以下だと位置機能はダメになり、監視衛星を静止軌道に置かないと、正確な情報が取れなくなる。そうなると幾ら「超限戦」を考えても、位置情報が正しくない限り盲目で、情報が歪めば動きが取れない。しかも、鍵になる一台の衛星を破壊すれば、衛星ネットワークが崩れてしまい、アストロポリティックスは空中分解で、宇宙での情報戦は勝負が決まります。

鈴木 電磁パルス(EMP)の発生による停電で、コンピュータは完全にストツプして、エネルギーの動脈が止まれば、総てが機能停止になってしまいます。

小林 そうなると、核を使わなくてもハルマゲドンになる。

藤原 だが、核と同じで戦争を行うのでなく、支配圏の陣取り合戦になるから、知力を使ったゲームを行う形で、交通圏を確保する競争になります。主役は国境を持つ国民国家ではなく、国境を越えた多国籍企業になり、先陣が情報や交易と結ぶTPPだったが、日本は出発点で既に完敗しています。

鈴木  相手のルールに乗せられて、ルール作りでは「蚊帳の外」だったし、最初から参加する必要はないのに、ペテンで話に乗せられていました。

藤原 それは情報能力が劣っていたからです。宇宙の実体が情報だという意味では、宇宙の支配は情報を抑えることにあり、ハードウェアの衛星やロケットも、それを動かすのは情報システムです。だから、インフォスフェアを握る者の頭脳により、アストロポリティックスが支配されて、二一世紀はその競争になるのです。

鈴木  インフォスフェアの争奪戦に対して、日本ではその重要性が理解されないまま、古いタイプのスパイや秘密保護法が、万能だという政治が横行しているし、これは完全に後進国のパターンです。

小林 古い地政学から新しい天政学にと、空間的に次元が広がって来たが、その核心に位置するのは優れた人材で、教育の間題が総ての決め手ですね。

藤原 その通りです。歴史感覚を研ぎ澄ますだけでなく、数理発想の訓練を受けて鍛えた頭脳によって、未来と運命が決定して行くので、そうした人材の育成が決め手になります。結局は教育に舞い戻ったが、人材が活躍する場を作ることが重要で、やはり「人は石垣、人は城」になりました。 (続く)







ジェームス・すずき  ベンチャー事業投資家・元大手メーカー幹部・香港在住

ビクター・こぱやし 経営コンサルタン卜・元多国籍企業幹部・バンコク在住

ジム(はじめ)・ふじわら 慧智研究センター所長、「さらば暴政」著者




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