『PENTHOUSE』1983.06月号


今、問題なのは日商岩井だ

このままいけば日本株式会社は第2の安宅産業を続発させる


藤原肇



 昭和50年に起きた、戦後最大の倒産、安宅産業事件から8年が過ぎた。カナダのニューファンドランド島の小さな製油所への3億ドルの債権回収不能に端を発した安宅問題は企業の経営のたった一つの狂いが3600人の社員と2万人に及ぶ関連企業従業員の運命を大きく変えたことで、多くの波紋を投げかけた。

 商社と石油。これも安宅事件が残した教訓の一つである。今、まさに逆オイルショックの最中、石油に対する経済的関心は第1次オイルショック以来のたかまりを見せている。

 石油やLNGは現代における戦争のバリエーシヨンである。国際政治を動かすほどのダイナミズムと多くのドラマを生みだす。石油、LNG開発は三井グループのIJPCの例を見てもわかるように、国際政治、国際経済を舞台にした大きな賭けである。この賭けは最大の勇気とともに冷静な判断と細心の調査が必要条件であることは言うまでもない。安宅事件はこのことを痛切にわからせてくれたはずだ。

 今、日商岩井か安宅と同じ道を歩もうとしているならば……。

 カナダのドーム社とのLNGプロジェクトから浮び上かってくる問題点の中には類似点と共通項かある。

 ドーム社の体質はまさに安宅におけるNRC(ニューファンドランド・リファイニング・カンパニー)であり、安宅か石油に見せたと同じ焦りを日商岩井にも感じる。

 このドーム・日商岩井LNGプロジェクトのレポートを通して「日本株式会社」が今後、石油、LNG戦争の中でどう行動し、どう流れていくか考えて行きたい。




石油公団が債務保証を拒否。プロジェクトは壁にぶつかった。

日商岩井は、カナダ最大の民族系石油会社ドーム社とLNGプロジェクトを進行中。1986年から年間290万トンのLNG(液化天然ガス)を20年間にわたって日本に供給する計画だ。しかし、思わぬ横槍が入った。石油公団か開発資金の債務保証を断わったとの報道である。その理由は何か。



   

 今、東京では3月にロンドンで開かれたOPEC総会をピークとして、石油関連の経済記事が連日のように紙面に登場している。また日本人が、石油の値段に一喜一憂する季節がやってきた。そんな最中、東京新聞の3月20日の朝刊経済面にこんな記事が掲載された。

 政府筋が19日に明らかにしたところによると、日商岩井がカナダ最大の石油会社ドーム社と共同で進めている液化天然ガス(LNG)プロジェクトの約4800億円(20億ドル)に上る資金調連が壁にぶつかり、同プロジェクトの推進が難しい状況となっている。

 同筋によると、資金面のカギを握る日本輸出入銀行からの借り入れ(総額の60%、2880億円)に必要な債務保証の要請を石油公団が断り、輸銀融資が絶望的となっているためで、このままでは残り40%の民間資金調達も困難となり、同プロジェクトは宙に浮いてしまうという。(略)

 日商岩井とドーム社はカナダ西部のアルバータ、ブリティッシュコロンビア州で生産するLNGを、中部電力、九州電力、中国電力、大阪ガス、束邦ガス5社に供給することで昨年3月、正式契約に調印。計画では61年から20年間にわたり年間290万トン供給することになっているが、事前の投資はしていない。

 石油公団が今回債務保証を断ったのは(1)公団の債務保証基金の保証枠(58年度、4600億円)にそれだけの余裕がない(2)カナダ側の事業主体者、ドーム社が巨額の債務を抱え、経営不安も表面化していて輸銀融資の対象として必ずしも適当でない――ためである。(1983年3月20日朝刊)

 連日の経済面に登場している石油関連の記事の一つとして読み飛ばしてしまった人がほとんどの4段の小さな記事に、実は日商岩井という大手商社の今後の存続にまで影響を及ぼす重大な意味を持つ深い内容が示唆されていたのだ。

 この新聞記事を要約すると次の3つの内容にまとめられる。

 (1)日商岩井とドーム社のLNGプロジェクトの推進が難かしい状況になっている。
 (2)その理由は日本輸出入銀行からの借り入れに必要な債務保証を石油公団が断わったため輸銀融資が絶望的である。
 (3)そのため残りの40%の民間資金調達も困難である。

 石油公団とは言うまでもなく、石油探鉱開発に対する助成を目的として昭和42年に設立された通産省の外郭団体であり、海外で開発事業を行う企業に対して日本輸出入銀行や市中銀行からの借り入れ資金の債務保証を行なっている。

 その石油公団が288O億円にのぼる輸銀からの債務保証を拒否したとすると、このカナダ・ドーム社と日商岩井のLNG開発プロジェクトに対する公的な評価を初めて示したことになる。

 石油開発は現代における戦争のバリエーションである。LNG開発ももちろんエネルギー産業の基幹として石油とともに商社のビッグビジネスの一翼をになう。

 エネルギー資源の扱い量が総合商社の格を決めるといわれる現在、日商岩井がこのプロジェクトに賭ける情熱はブルースカイ作戦という標語に見られるとおり、すさまじいものである。ドーム社とのLNG開発プロジェクトはその作戦の根幹をなすともいえるものだ。そのビッグプロジェクトが石油公団の債務保証拒否により一つの壁につきあたった。

 本誌の質問に対し日商岩井はこう回答している。

 「あの記事はフィクションだ。現在、債務保証を求めている事実はないし、断わられたこともない。しかし、いずれは輸銀融資を求めるプロジェクトを推進する予定だ」

 しかし、東京新聞にはのらなかったが、そのニュース源となった共同ファックスには、日商岩井の次のようなコメントが付け加えられている。

 「石油公団にカナダ・プロジェクトの債務保証を断わられていることは事実。しかし、これだけで同プロジェクトが行き詰まることはない」

 相矛盾する発言が不安を生む。しかし、両者とも日商岩井がこのプロジェクトを継続することは明らかに表明している。

 石油やLNG開発は賭けである。石油をめぐって多くの国や企業が浮き沈みしていった。しかし、その賭けは冷静な判断力と細心の調査に依るものでなければならない。

 今、石油公団が債務保証を拒否した理由の(2)カナダ側の事業主体者、ドーム社が巨額な債務を抱え、経営不安も表面化しているため輸銀融資の対象として必ずしも適当でない、という判断を無視し、LNG開発を独自でドーム社と進めるという方向は日商岩井の一部門としてだけでなく一商社の存在自体をおびやかす大きな意昧を持つのだ。

 日商岩井はあくまでもあの安宅産業――独自に石油プロジェクトを推進し、巨額の負債を抱えて消え去ってしまった商社戦後最大の倒産――の道を歩もうとするのだろうか。あの悲劇は企業の判断力の誤まりがサラリーマンを地獄に追いやった一つの典型であった。あの悲惨なドラマを二度と見たくないはずだ。


ハドソンズベイ社買収がド一ム社を不良会社に転落させた

 日商岩井のパートナーとして石油公団筋から不適格とされたドーム社とはいったいどんな会社なのだろうか。

 ドーム社の現会長ジョン・ガラガーの名は、ジェオロジスト(地質学者)だったら知らない者はないほどだ。オイル・マンとして、まさにズバ抜けた存在であり、風雲児といってさえよい。

 まず、スタンダード・オイル・オブ・ニュージャージーのジェオロジストとして中央アメリカやエジプトの石油開発を手がけ、1949年、カナダのインペイリアル石油をへてドーム社の地質担当マネージャーとなった。

 ウイニペイックの弁護士、ビル・リチヤーズ(現社長)とめぐり合ったのが56年。

 ガラガー、リチャーズのコンビは強力きわまりないタッグ・チームとなり、ドーム社の業績をぐんぐん伸ばした。75年からのトルドー内閣の、石油会社カナダ化政策によって、勢いをさらにましカイザー資源開発社、トランスカナダパイプライン社などを傘下におさめ、カナダ最大の民族系石油会社にのし上がっていった。78年から80年にかけてはまさに黄金時代をむかえていた。

 日商岩井とドーム社のLNGプロジェクトが初めて公表されたのは、80年10月28日だった。超優良企業ドーム社との合意発表である。

 日商岩井は27日、カナダから液化天燃ガス(LNG)を85年から年間川260万トン輸入することで基本的に合意したと発表した。需要家は中部電力、九州電力、大阪瓦斯、東邦瓦斯の4社で、わが国がカナダからLNGを輪入するのは初めて。また、日商岩井は今年、LNG輸入量で三菱商事を抜き一位になった。

 カナダは現在、アメリカにパイプラインで天然ガスを輸出しているが液化して輸出するのは日本が初めて。日商岩井はドーム・ペイトロリアムと共同で太平洋岸に液化プラントを建設し、その費用は10億ドルを超え、大半はカナダ側が出資する予定。

 この記事によると、日商岩井は、LNG部門においては、三菱商事を抜きさり日本一になったうえに、85年からさらに取り扱い量がふえるという夢のような発表である。

 86年度で見ても、日商岩井、三菱商事、三井物産の順であり、LNGは、日商岩井にとって数少ないナンバーワン部門なのである。

 つぎに報道されたのは、81年5月14日。


ドーム社の負債額は71億ドル。パートナーとして適切か。

 膨れあがった負債がドーム社を押し潰そうとしている。長びく銀行団との返済交渉はLNGプロジェクトにも暗い影をなげかけている。1日の金利が8億円ともいわれているドーム社は日本からの資金が喉から手か出るほど欲しい。ドーム社のあせりか、なにがなんでもLNGを欲しがる日商岩井を巻き込んだ。

 中部電力では現在、愛知県知多市にLNG専焼の知多第二火力発電所(2基、合計出力140万キロワット。83年運転開始予定)建設にかかっているほか、三重県の四日市臨海工業地帯に84年運転開始をメドに知多第二火力と同規模のLNG専焼火力発電所建設を計画しており、その燃料に充てる方針。

 合意ができて1年もしないうちにもう引き取り側では基地建設がスタートし、LNGの到来を今や遅しと待ちわびようとしている。

 LNGは、重油とちがって硫黄も少なく、しかも高カロリーであるため、クリーンエネルギーである。まさに.電力会社にとっては待望久しい恋人といえる。

 夢のプロジェクトは着々と進行しているかに見えた。

 それに水を差したのが、先に引用した石油公団の債務保証拒否の報道だった。

 なぜ、石油公団はこのドーム社をLNGのプロジェクトのパートナーとして不適格と判断したのだろうか。これを知るには80年前後からのドーム社の事業拡大の過程を知る必要がある。

 石油開発には莫大なカネがかかる。ドーム社は、そのカネを外から引き込み、導入しては事業を拡大してきた。

 資金調達のひとつに新株発行がある。新株の価格を高く保つには、それなりの景気のいい材料がなければならない。ドーム間社はつぎつぎに新開発計画、プラント建設を打ち上げては、株式市場にブームを巻き起こした。

 プロジェクトにはカネが要る。そのカネを作るためにプロジェクトを発表する。いわばこの繰り返しでドーム社は走り続けた。

 かつて、オイルマンたちの賞賛の的であったこの会社に、いつの間にか、「あそことパートナーシップを組むのは危ないぞ」といった警戒がたかまり出したのだ。

 ひとつには、カネを借りまくっての、背伸びした無理がある。そのうえ、カナダの石油環境もラッシュが終わって変わりつつあった。

 さらに、80年代に入るとカナダ経済は不況の雲の中にスッポリと包み込まれた。

 夢とロマン≠フドーム社のまわりにも、暗雲がたちこめ始めた。

 もっとも大きな見込み違いは、ハドソンズベイ・オイルアンドガス社を銀行借り入れにより、40億ドル(9600億円)で買収したことだ。

 81年当時の資本金7800万ドルのドーム社にとって、40億ドルの買物は何といっても高すぎた。

 そのうえ、8億ドルと見込んでいたハドソンズベイ社の保有資金が、3億ドルでしかなかった。カナダの金利も上がり、金利負担の重さが追いうちをかけた。

 このため、80年には26億ドル、81年には62億ドル、82年4月にはなんと71億ドルと負債額は急上昇していった。

 82年決算を見ても、総収入は29億9970万ドルで、対前年比約34%増となったが、税引き後損益は3億6930万ドルの欠損。同社はこの人赤字の原因を、

 「原油価格下落のため、米国内に所有している資産(原油、ガス鉱区)の帳簿価格を引き下げたことによる2億1400万ドルの評価損と、買収したハドソンズベイ社の海外資売却額が売却額を下回ったことによる9200万ドルの損失が含まれる」

 と説明した。つまり、買ったものを買い値より安く叩き売り、その場をしのいだにすぎない。それほどの苦しさなのである。

 そんな叩き売りまであえてしたのは、82年9月29日が運命の日になるかもしれないからだ。その日が、負債10億ドルの支払い期限のギリギリの土壇場だった。

 この時点では、銀行側による返済繰り延べでその場をしのいだ。

 この後も続続と負債の返済期限が侍ちかまえており、これら負債の返却時期について、カナダ政府を巻き込んですでに6ヵ月におよぶ銀行団側との交渉が続行中である。9付き分について言えば3月31日のドーム社発表によれば、さらに5月2日に繰り延べるとのことだ。

 まさにサラ金から逃げ回るの図である。ドーム社はいまだ五里霧中なのである。

 日商岩井が正式契約したのは82年3月。まさに奈落の一歩手前の状況だった。

 日商岩井がパートナーとして組むには石油公団だけでなく誰の目にも危険が多すぎるのである。負債の額がなによりもそのことを表わしている。


パートナーの問題ばかりではない。計画自体に矛盾がある

 ドーム社の経営危機が日本で明らかにされる前の、83年1月28日、日商岩井はニュースレターを新聞社に配布した。

 「カナダLNGプロジェェクトの件」と題された公式発表は、当然のことながら、将来への希望に満ちている。

 カナダ国家エネルギー委員会(NEB)は、1月27日に記者発表を行い、ドーム社/日商岩井によって申請されていた西部カナダLNGプロジェクトからのLNG輸出に正式認可を与えた。これによってカナダからの初めての日本へのLNG輸出が実現。

 (T)売主 ドーム・ペトロリアム社/NICリソーセズ社(日商岩井100%子会社でカナダ法人)によるジョイント・ベンチャー。

 (U)買い主および数量 中部電力が160万トン中国電力が30万トン、九州電力が30万トン大阪瓦斯が55万トン、東邦瓦斯15万トン、それぞれの受け入れ基地のうち四日市、柳井、大分は新規に作る。

 (V)購入期間 1986年より20年間。

 (W)ガスのうち約75%はアルバータ州より(ガス供給社はトランス・カナダ・パイプライン社)、約25%はB・C州より(ガス供給社はB・C石油公社)供給される。B・C州はすでに昨年7月15日、本プロジェクトに対して20年間のガス供給を約束している。

 (X)液化・積み出し基地カナダ側における液化、積み出し基地はB・C州北西部プリンス・ルパート地区に立地を予定している。 また、その建設、操業は、ドーム社、NICリソーセズ社のほか、カナダ企業数社が参加して行なわれる予定である。

 基地の建設所、要資金約20億ドルについては日本輸出入銀行よりの制度金融を利用する計画であり、現在日本側バイヤーとドーム社間で融資交渉が行なわれている。

 (Y)LNGの海上輸送はタンカー5隻で行なわれる。その一部については、日本開発銀行の融資に基づく、計画造船で新規建造する方向で検討中である。5隻の運航管理はドーム社とNICリソーセズ社の合弁会社で行なわれる予定である。

 (Z)新規パイプライン アルバータ州境より液化・積み出し基地まで約900キロメートルのガス輸送は本プロジェクト専用の新規パイプラインにて行なわれ、その建設、操業はウエストコーストトランスミッション社(WCTC)が行う予定である。

 つまり日商岩井は100%子会社NICリソーセズを通して、売り手側として実際の建設、運営に大きくコミットして行くことになるわけである。

 プロジェクトの概要がわかればわかるほど疑問がふくらんでくる。

 (1)まず、ニュースレターに添付された地図を見て驚くのは、カナダ中の天然ガス田が全部書いてあることだ。これを渡された新聞記者は、全部からガスがくると思うに違いないが、カナダの石油の世界で10年余働いた者にいわせれば、これはいかがわしいといわざるをえない。

 (2)ドーム社が関係しているのは、アルバータ州の北西部とB・C州の北東部。西州の境界地帯の北部のほうだ。これだけでは供給量が満たせないから、ドーム社は他社の分も買わなければならないはずだが、恐らく、その交渉もまだ進んではいないのではないか。


 カナダ政府が1980年に導入した新エネルギー計画は、90年までに石油の自給自足態勢をととのえ、石油・天然ガスにおけるカナダ資本の占有率を50%に高めるということをその骨子としています。

 ドーム社はカナダ政府の政策に従って他の石油会社を買収・取得してまいりました。つまり、石油・天然ガス事界におけるカナダ資本の占有率を高めることに大いに寄与してきたわけです。またドーム社の他、ペイトロ・カナダ社(カナダ版石油公団)も重要な役割を果してきました。1980年の時点でのカナダ資本の占有率は25%〜30%でしたが、現在は35%〜45%に達しています。計画は順調にいっているといえます。

 ドーム社は活発な資産取得活動の結果として、現在多額の負債を抱えているのは事実です。しかしこれもあくまで政府のカナディアニゼーション政策に則って進めてきたわけです。ですからドーム社はカナダ最大の石油会社でもありますし、その上カナダの4大銀行も関係しているので、政府としては大変に心配もし、対策も講じてきたわけです。日本政府がイランでの三井プロジェクトを見捨てないように、我々もドーム社を支援し続けるつもりです。

 日商岩井とドーム社との間で現在進められているウェスタンLNGプロジェクトに対して条件つきとはいえカナダ政府が認可したことは日本にとってはラッキーなことです。

 ボーフォート海における石油開発について言えば、確かにどこの会社からもまだ石油生産を行っている報告は受けていません。石油開発は非常にリスキーなものでカナダ政府としても確証はありません。まあ楽観的ですがね。




安宅産業のケースを調べてみると、類似点が浮かび上がる


 ケーススタデイとして安宅産業の崩壊をみていくことは今回のプロジェクトの今後を占ううえで無意味ではないはずだ。8年前の社員たちの阿鼻叫喚は「企業は永遼なり」という幻想を打ちくだいた。ドーム・日商岩井計画と安宅崩壊を導いた原因を比較してみよう。



 (3)B・C州は州令で日本に売ってもよいということになったが、アルバータ州のほうはその保証はない。同州のロッキード首相は、「値段が安かったら売らない。州内の供給 より余ったら売る」 といっている。そのアルバータ州から買えると見込んで計画を立てても、その通りになるかどうかわからない。

 (4)石油やLNGの取り引きには「テイク・オア・ペイ」という独得の条項がある。輸出する側は契約した通りの輸出量、輸出時期を守り、買うほうも契約輸入量を契約通りの時期買わねばならない、という条項だ。ところがアメリカは、こんな高いもの買えない、とパイプ・ラインの出口のバルブを閉めてしまった。「テイク・オア・ペイ」条項を破ったのだが、アメリカだからこそ破れたというべきだろう。

 もし、86年4月にLNGが送られなかったら、売り手側である日商岩井にはどのようなペナルティが待っているのだろうか。

 これらの問題点は公式発表だけのものだが、調べれば調べるほどこのプロジェクトのもつ危険性が明らかになる。

 83年1月のドーム社資料によれば、83年より諸施設の建設を始めるとのことだが、債務返済繰り延べに汲々としているドーム社にそんな余力があるとは思えない。

 日商岩井側は、6・585ドルあたりの価格を考えているようだが、メジャーの専門家たちは、900キロに及ぶパイプ・ラインを引いて運んだら、港渡しの価格は9ドルを切れまいとみている。さらに、在日ドーム筋によると、アルバータ州、B・C州ともに価格問題はすべてまだはっきりしないとのことである。

 本誌の日商岩井広報部への取材によると、NICリソーセズという会社にしてもまだ机上プランの段階で、まだどこにも存在していないという。しかし、「83総合商社年鑑」(日本工業新聞社発行)を見ると、エネルギー部門には「カナダLNGプロジェクト室」があり、海外投資事業として「NICリソース 設立1982年。資本金20万カナダドル、事業内容・LNG開発とはっきり書かれている。

 また、プロジェクトにおける役割はあくまでマイナーポーションであり、フィクサーあるいはコーディネーターと呼ぶべきだというが、液化基地の建設・運営にまでタッチするとはいったいどういう了見なのか。

 そのうえ、ユーザー5社と船会社"等とLNG受け入れ会社を作ることになっており、受け入れ側にも日商岩井は加わることになるという。ニュースレターには記載もれがあったというのだろうか。

 しかし、なににもまして、重大問題なのは、82年3月に正式契約を結んだことだ。

 グラマン疑獄やその後、続発した不祥事による沈滞から立ち直ろうと必死の日商岩井がコミットするのは、危険きわまりないカケだ。

 ドーム社に資本金の91倍にもおよぶ負債があることなど、当然知り得たはずだ。それなのにあえて正式契約をした。

 これについてのコメントはこうだ。

 「ドーム社の危機は変わらない。しかしドーム社が傾いたからといって手を引くのは無理だ」

 「もう手は引けない」日商岩井はどこに進もうとしているのか。


夢に満ちた製油所とシャヒーンという人物

 入社式から約1ヵ月、新入社員の諸君の中には「企業は永遠なり」という期待と希望を胸に社業への貢献に目を輝やかせていることだろう。しかし、今本当に企業は永遠なのだろうか。大企業や一流商社もこの混迷する国際経済環境の中では、永遠ではない。経営者がひとつカジを取りあやまれば、たちまち崩壊の危機にさらされるのだ。

 昭和50年、当時10大商社の一つであった安宅産業はこのたった一つの誤りのためにもろくも崩れ去った。

 安宅産業の経営の行き詰まりが表面化のは50年12月。子会社であるアメリカ安宅がカナダの精油会社ニューファウンドランド・リファイニング・カンパニー(NRC)に巨額の債権をこげつかせていることが明るみに出た時である。その債権の総額は3億3000万ドル、当時の為替レートで換算すると約1000億円、その95%は無担保債権だったのである。

 当時の安宅の年商は約2兆円。総合商社の第9位。しかし、経常利益25億円程度という収益性の低さからこの1000億円のコゲつき債権は致命的なダメージを安宅爬業に与えたのである。

 昭和48年10月世界最大の豪華客船クイーン・ エリザベス2世号をチャーターし招待したBP(ブリティッシュ・ペトロリアム)をはじめ世界に君臨するメジャー(国際資本)の首脳、米、カナダの石油関係者をはじめとする 1000人の豪華な顔ぶれの招待客の中でNRCの新しい製油所はオープンした。招待主はNRCのオーナーである、ジョン・M・シャヒーン氏。安宅産業はこの新しい夢に満ちた製油所とシャヒーン氏という人物に対する判断の誤りのために崩壊していった。

 ニューファンドランドのカムバイチャンスの製油所は中東から安い原油を輸入、コストの安いカナダで精製、米国北東部の市場で売ることに最大のねらいがあった。事実、48年12月の操業開始以来、安宅産業の三国間貿易は取扱高が一気に急増する。49年の決算期ではイランからカナダ向け原油輸出として310億円の売り上げ高を計上、大手商社中では群を抜いた3国間貿易の伸びを紀録した。「鉄の商社」の安宅産業にとって石油への挑戦は社運を賭けたまさに最後の賭けだった。賭けは成功するかにみえた。しかし、産油国と非産油国の力関係を根底からくつがえし、その後の世界長期不況の導火線となった中東戦争はこの製油所をもろくも崩壊させた。

 そもそも石油に立遅れた安宅産業には焦りがあった。この製油所の開始の数年前のノースウエスタン大学での「石油セミナー」でこの操業間際のNRCが検討された。その時のメジャーの出席者は全員が「経済的にひき合わない」と診断を下した。(1)マーケットから遠すぎる(2)製品構成が悪くマーケティングに問題があるから。メジャーが「ノー」と結論を出したブロジェクトに安宅は飛びついていった。

 ジョン・M・シャヒーン。1915年生まれ。レバノン系米国人である。NRCのオーナー、ジョン・M・シャヒーン氏については常に黒い影がついて回った。国際的な政商との噂の高いシャヒーンについても安宅は十分な調査を怠っていた。このシャヒーン氏こそ安宅を崩壊に追いこんだ張本人なのである。NRCへの不良債権はどんどんふくれあがっていた。

 一つのケーススダディとして安宅産業の崩壊をみていくことは今回のドーム・日商岩井のLNGブロジェクトを占ううえで無意味とはいえない。そのケースは酷似しているとはいえないまでも幾多の類似点は見い出せる。何度もいうようだが、石油、LNGプロジェクトは企業の存在を揺れ動かすビッグプロジェクトである。その類似点(1)パートナー(NRC・ドーム社)に疑問点があればそれを徹底的に調査する(2)そのプロジェクトの長期的採算性を重視する(3)計画の実現性の検討を無視したプロジェクトの進行は第2の安宅産業を生みだす素地はまったくないとはいえないのだ。

 私たちサラリーマンにとって企業の崩壊はまさに死活問題である。そこには多くの悲劇のドラマが見られる。

 安宅の実態を重視した大蔵省、日銀はメーンバンクの住友、協和銀行とともに安宅産業に乗り出した。取り引き先は3万5000社従業員は安宅本体で3600人、関連会社も含めると約2万人に達した。安宅の倒産は「日本株式会社」の信用失墜でもあったからだ。

 50年1月に伊藤忠商事と業務提携、その後合併へと進んだ。その間2度にわたって希望退職者の募集が行なわれ、合わせて1600人がこれに応じた。ほかにも約300人が自らの意志で退職した。

 サラリーマンにとって合併により伊藤忠へ移籍することは、敗者の中途入社のらく印をこれから背負って生きていくことであり、耐えられないといって安宅を去っていった人たちも多い。企業の崩壊とは会社が八つ裂きにされ、3600人を数えた社員が散りじりの憂き目にあうことである。そこには個人の意志は働かない。「毎日が日躍日」の失業者も安宅産業から数多く出た。『朝6時に朝刊を読み、食事をすませると、あとは何もやることがない。しかし、生活苦は現実としてのしかかってくる。自殺したくなる心境だ。」ある安宅マンはこういって顔を曇らしていた。

 日商岩井は資本金228億円、従業員数6136人。総合商社の中でのランクは6位。現況においてはるかに安宅をしのぐ。よもやあるまいと思うだけに余計に今回のLNGプロジェクトヘの疑問を投げかけたいのである。


ボーフォート海に沈んだ1000億円の税金

 ドーム社の経営危機を、日本でいちばん膚身にしみて感じていたのは、じつは石油公団 だった。それだけに、日商岩井の債務保証申請を断ったと報道されたのも当然のことと思われる。








石油公団が債務保証を拒否。プロジェクトは壁にぶつかった。

ドーム社との共同事業は石油公団のボーフォート海石油プロジェクトかすでに進行している。現在、メジャーが買わなかったドーム社鉱区で試掘中。昨年までに4億ドルが払い込み済みで、このままいくと、最大1兆円(40億ドル)がつぎ込まれてしまう。日商岩井と同じあせり体質≠ェ石油公団にはある。

 石油公団は、カナダ北部、北緯70度の北極圏に広がるボーフォート海のドーム社との石油プロジェクトに昨年4億ドル1000億円)を払い込んでしまった。しかし、そのカネは、ドーム社の負債の返済にあてられ、いまや雲散霧消してしまい、もはや回収不能といわれている。

 ボーフォート・プロジェクトは、78年にリチャーズ社長が来日し、経団連にたいして石油開発事業への参加を提案したことから始まった。

 これに応じて、日本側は、石油公団が主体となり、民間44社とともに北極石油株式会社を設立し、81年2月に正式調印した。

 カナダが石油ラッシュにわいたのは、68年、アラスカのブルドホ湾で北米最大の油田が発見されてからである。カナダ領北極洋周辺の石油開発に、メジャー資本が殺到、激しい戦いを展開した。

 もちろんドーム社も「北極海の戦い」に参加した。だが、セブン・シスターズと呼ばれるメジャーの力は何といっても強い。最有望とみられたボーフォート湾のマッケンジー・デルタ一帯の採掘権はいち早く彼らによっておさえられ、ドーム社には不利なボーフォート海の海上しか残っていなかった。

 ガラガーは、世界的なジェオロジストである。彼の夢は大きく、ロマンチシズムに満ちている。

 その彼はボーフォート海に夢を賭けた。正確には、賭けすぎたというべきだ。

 インペイリアル、ガルフ、シェルなどのメジャーが早くからボーフォート海の研究調査をしており、そのレポートは部外秘資料として金庫の中におさめられている。

 その金庫の中からもれてくる情報を分析し総合すると、どうも、ドーム社の持っている鉱区に明るい見通しは描けそうもない。

 石油やLNGが貯っているのは砂岩層である。メジャーの鉱区は地質学的にはデルタ性堆積物で非常に厚い砂岩が発達している。その厚さも数百メートルに達し、孔隙率も25パーセント前後で貯油槽としても有望であり、プロデルタ姓砂岩に比べると数倍ないしは十数倍の貯油能力を持っている。

 これに対しドーム社の鉱区は、プロデルタ性砂岩と、厚い砂岩層の発達する可能性に乏しいトルビダイト層で構成されているとみられる。

 トルビダイト層は、主に泥のような堆積物からなり「砂岩の発達は非常に乏しく、しかも上部層は緻密で、石油や天然ガスの含有可能性は少ない。トルビダイト質砂岩の下部層は花崗質だが、この部分は、多くの場合、塩水によって充満されている。

 要するに、ガスや石油はほんのちょっとしかなく、大部分は塩水だということだ。

 トルビダイト層から石油や天然ガスが出ることはあるが、そんなに長期にわたって出ることはないといわれる。

 また、この鉱区にはたくさんの岩塩ドームが発達しているので、人工地震を使った地震探査では、すばらしい構造が数多く見られる。したがって、構造性石油だまりが発見できれば、かなりの規模の油田の存在に結びつくが、残念ながら、そこに砂岩が発達している可能性は非常に少ない。

 みんな泥では、いかに構造がよくても、石油やガスはたまらないのだ。メジャーの結論.は「ノー」ということのようだ。

 確かに海底に金庫はある。しかし、その中に札束があるかどうかはわからない。むしろない、といえる。

 誰も、海底に沈んだボロ船を引き上げようとは思わない。当たるのは千に三つぐらいの可能性しかないわけだ。ドーム社はその千三つに賭けた。

 「出てほしい」と思いつめているうちに「必ず出る」となってしまうのだろう。一生、夢を見続ける男として、それはわからぬでもない。

 巨大メジャーを何としても見返してやる、という思いが駆り立てるのだ。石油公団、日商岩井はドーム社の夢にのせられているとしか理解できない。

 ドーム社には現在この1年のうちに返済しなければならない長期債務が60.5億ドル(1兆4520億円)もある。

 石油公団から支払われた探鉱費4億ドルなどまさに焼け石に水だ。

 石油に利権がからむのはどこも同じようだ。ガラガー会長はトルドー首相の自由党への献金者ナンバーワン。このことはカナダで知らぬ人はないほどの有名な話である。

 今年1月、トルドー首相が訪韓の帰途、日本に立ち寄った際、リチャーズも同行していた。お家の大事のときに何を悠長なことをと思うが、ドーム社はカナダ政府をとり込むことで危機脱出をはかろうとしている。

 方法は転換社債の発行であり、政府、銀行にひきうけてもらうこと。これに対して、カナダ政府は申請があったら、認める方針だといわれる。

 総額は10億ドルで、カナダ政府、カナダ4大銀行に5億ドルずつひきうけてもらう予定である。

 それには重大な理由があった。

 転換社債をカナダ政府がひきうけることを決めたのは、たんにドーム社のみのためではない。

 ドーム社に貸し込んでいるカナダの主要銀行に、ドーム社の財政危機によるとりつけ騒ぎが起こるのを防ぐセィフティーネットとしての役割を期待したからにほかならない。すでにボーフォート海の石油開発に税金による大量の資金を注入し、この上さらに5億ドルを税金から捻出しようとしているのだ。もはやドーム社の帰趨は現トルドー政権にとっても死活問題である。今ドーム社が倒れればカナダの経済界がパニック状態におちいるのは必至だ。つまりドーム社とカナダ政府は一蓮托生の身。リチャーズにとっても、計画どおり転換社債を発行する場合は、そのうちの半分をカナダ政府が買い上げるためドーム社の半国営化に道を開くことになり危険な賭けとなる。

 「カナダ政府の保証があるのだから、どうあろうと大丈夫」と強腰の日商岩井の姿勢はいかにも危険な綱渡りだ。

 なぜリスクの大きいサーカスまがいの仕事にまで手を出すことになったのか。

 日商岩井の売り上げ高、営業利益は第6位。

 ところが以前には6大商社と呼ばれるグループにいたが、このごろでは日商岩井がはずされて、た。三菱商事、三井物産、伊藤忠商事、丸紅、住友商事の5社である。以前はそれほどでもなかった住友商事との差が広がりすぎたからである。

 その原因はグラマン疑獄から続々と起った不祥事により社内のムードが沈滞しているからだといわれる。

 79年4月にグラマン疑獄で副社長が逮捕され、80年4月には常務の5000万円着服事件が起こった。

 さらに、社員の汗の結晶2年分にあたる160億円を超す巨額な損失を生んだ日商岩井香港による為替投機事件が、81年12月に起こった。事件処理のため、取締役会の議事録を改ざんする私文書偽造事件のオマケまでついた。

 すべては、なんとか住友商事に近づきたいという背伸びやあせりが生んだといえる。

 現在「第2期ブルースカイ作戦」と銘打って、機械・プラント輸出、エネルギーを戦略部門として重点強化しようとしている。

 84年3月期に売り上げを82年同期の1.3倍、経常利益はなんと1.7倍にする計画だ。

 低成長時代にたいした強気ぶり。LNGプロジェクトに当然といえる。

 日商岩井と同じようにあせり≠持っていたのが石油公団だ。こちらは、不安定な中東依存の日本の石油事情を改ためなくてはというあせりである。

 石油公団は、ボーフォート海にすでにつぎ込んだ1000億円のほかに、合計40億ドル(1兆円)の投資を予定している。

 この1兆円が万が一、回収できなくなったとしても、石油公団はそれほど気にしないだろう。石油の自主開発の名のもとに、お国のためにしたことだというコメントで終わる。

 公団は倒産することはないし、公団職職員の給料に影饗はない。

 しかし、その金は国民の税金である。

 石油がなくては日本は潰れるというのももっともだが、石油ならば許されるという日本株式会社の体質は、第2、第3の安宅巌産業を生むことになる。

 われわれはこの問題にこれからも注意を払 わなければならないだろう。


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