迷走する日本の高等教育システムとノーベル賞のメタファー


藤原肇 (元大学総長顧問、ジャーナリスト、理学博士)
山田久延彦(ベンチャービジネス経営者、評論家、技術者)



袋小路に入り込んだサイエンスの現状

藤原 山田さんは技術者として人生を歩んで来たわけで、百万キロの耐久力を持つ自動車をデザインしたり、クレイ社のスパコンの数十倍の威力を持つ、並列型のスーパーピュ―ターを設計したのに、20年も前の日本では注目する会社も機関もなかった。そうした不遇への反発というわけではないだろうが、永久機関について論じた「悪魔が生んだ科学」(カッパサイエンス)を始め、「真説古事記」(徳間書店)とか英文の「統一場の理論」に至る、厖大な数の著書をこれまで出版してきた。また、現在はベンチャービジネスの起業家として、ソフトを作る会社を経営している同時に、技術関係の評論家として活躍しています。
 科学者としての多才ぶりは糸川英夫博士を偲ばせるし、日本人離れした山田さんの発想は貴重だと思うので、今日は忌憚のない意見のぶつけ合いを通じて、低迷している日本にカツを入れたいと思うのですが・・・。

山田 金詰りでビジネスが厳しい状況にあるために、余り元気のいいことを発言できそうもないが、藤原さんの挑発に煽られれば何か言うことになり、時にはとんでもない発言が飛び出すかも知れません。

藤原 山田さん特有の奇想天外な発想が重要であり、私が誘導する挑発に乗ってもらうことにして、先ずはサイエンスの問題から始めることにしましょう。
 大体、現在の科学者は還元主義と物量主義に毒され、全体を見ないで部分に気を奪われており、一種の「井の中の蛙」的な状況に陥っている。だから、大事なことより付随的なことに学者や研究者の関心が集まり、本質が何であるかを見失っているのに、それに気づく科学者が少ないと思うのだが、その点を山田さんはどう見ていますか。

山田 私は物理屋だから物理学の立場からの発言になるが、一時期において物理学はもの凄い発展を見せたのに、アインシュタインを超えて量子力学に移行してからは、ほとんど新たな形での発展をしていないと見ています。今の物理学は世界的に見て全く不毛であり、基礎的な問題で研究すべきことが沢山あるのに、それを見落として末梢的なことに捉われているのは、哲学における貧困と結びついているせいです。

藤原 その通りでしょう。物理屋のあなたが言うのだから間違いない。20世紀の前半までは物理帝国主義の時代であり、「質量保存の法則」に基づく世界観の支配が続いたが、これは数や形として計測が出来る「物の理学」でした。だが、20世紀の後半からは「エネルギー保存の法則」に基づく、生命現象の原理を解明する「生の理学」に対して、科学の中心課題が移行していることは火を見るより明らかです。そうなると、動物や植物だけではなく水も生き物だし、水で出来ている池や海も生命活動をしており、自然環境やそれを含む地球も生き物だと考え、太陽系や銀河系を含む宇宙も生命体と見るべきです。

山田 それは藤原さんが地質学者で博物学的に考えて、汎生命論的なものの見方をしているせいであり、現在の生命科学は遺伝子や分子生物学が中心です。

藤原 生命現象の中心が分子生物学にあると考えて、ゲノムとかバイオに時代の関心が集まっているが、分子や素粒子はモノという物質であり、それ自体が場に支配されていることの方が重要です。存在の局在性に注目すればモノになり、偏在性に目配りすれば場の持つ意味が分かるので、重力、時間、空間、光という質量は無限小だが、力としては絶大なエネルギーを秘める存在について、見直して考える時代になっているのです。

山田 しかし、バイオの場合には、可能性があれば成果が出そうになくても、人間の遺伝子機能で何かが計量的に明らかになり、それが役に立ちそうだという評価さえあれば、今の日本ではそれに対してもの凄いカネが動きます。それは研究が利権と利害関係を持つためです。だが、欧米で認められたやり方を追従しているために、独自の発想でやる人の仕事は冷遇されることが多いので、バイオで本当に成功している研究は極めて少ないのです。

藤原 バイオではメタ(より上位の超越)の次元に行くのは不可能であり、一度は生理学のレベルに戻ってメタフィジオロジィーとして、生命のレベルで問題を捉え直さない限りは、宇宙を支配する大法則には接近できないはずです。 ところで、話があまり理屈っぽくなると空回りするから、この辺で長い不況のために沈滞している時に届いた吉報として、国中を沸き立たせたノーベル賞に話題を移し、メディアが取り上げていない問題について論じましょう。まず、スーパーカミオカンデから始めることにして、同じ物理屋として技術を扱う山田さんは、小芝東大名誉教授の受賞をどう評価しますか。


巨大装置への投資と村興しへの功績

山田 国を挙げて皆が受賞を大喜びしているときに、それに同調しなかったら偏屈な男だと言われるし、批判までしたら袋叩きになりかねないと思うが、正直に言って奇妙な違和感を持っています。なぜならば、小柴先生は巨大な観測装置を作り上げて、それでニュートリノ粒子の研究をした功績が認められ、日本のメディアが大騒ぎしているのであり、ニュートリノに質量が有るか無いかなどの問題は、とりわけ大したことではないと思うからです。一般的には、超新星の爆発で発生したニュートリノを検出して、質量があることを解明した研究への評価だというが、彼は学会のボスだから巨額の税金を使い、巨大な実験装置を作れたということを考えれば、私は手放して賞賛の歓声を上げる気になりません。

藤原 私が不思議に思ったのは南部さんと小柴さんが一緒でなく、なぜ小柴さんだけで受賞したのかということです。南部陽一郎博士はシカゴ大学の名誉教授で、超伝導に基づく素粒子理論のパイオニアであり、ノーベル物理学賞の有力候補として有名でした。大阪市立大学時代の南部教授の所を訪れて、指導を受けたのが東大の学生だった小柴さんであり、ロチェスター大学で学位をとった後の小柴博士は、シカゴ大学の研究員として南部教授と再会を果たし、一緒に素粒子についての研究をしているのです。

山田 それで日本に帰って東大教授になったわけだが、20年ほど前の確か筑波の科学万博を準備した頃に、廃鉱になっていた岐阜県の神岡鉱山に目をつけて、神岡村を救うという村おこし運動の形で、カミオカンデ計画が始まったと記憶します。あの頃の日本は投資ブームで景気が良かったし、設備投資にハコ物を作るのが盛んであり、巨大ダムやゼネコン活用のアカデミー版として、絶好の名目を持つ事業計画だと噂されたものです。

藤原 神岡鉱山といえば三井鉱山の経営だったから、そうなると政治的にも利権問題が関係しそうだし、成田空港の決定には学商の近藤源八郎教授が、利権絡みでタイコ判を押したように、東大教授には政府ご用達の先生が多いのです。まさか、小柴教授がそんな学商だったということは無いでしょうが、学会のボスだったという点が気になりますね。

山田 確かに、小柴教授は学会の大ボスだったことで有名だし、母校のことをとやかく言いたくはないけれども、東大の講座の主任教授は学会のボスが多いから、その可能性はむしろ多いと考えるべきでしょう。だが、それとノーベル賞の受賞は直接に結びつかず、東大教授だったお陰で巨額の予算を引き出せた点で、きっと運が良かったのだろうと思うのです。

藤原 それだけだとおもいますか。私はもっと重要なものが背景にあったと思います。


シカゴ大学とマンハッタン計画の隠れた遺産

山田 何ですか。その隠れた重要なものがあるとというのは、ちょっと聞き捨てに出来ないような感じがするれけど・・・。

藤原 小柴先生は若い頃から道具作りの名人だといわれ、先刻シカゴ大学で研究フェローだったと言ったが、実はフェルミ研究所で仕事をしているのです。フェルミ研究所は原爆を作るマンハッタン計画の頭脳中枢であり、シカゴ大学冶金研究所の暗号名の下に、核分裂の連鎖反応の実験を担当していた。戦後に発展してエネルギー省の管轄下で、シカゴ郊外に作られたFERMILABとして知られる、国立フェルミ加速研究所に発展しています。

山田 マンハッタン計画と言えば極秘の軍事計画であり、原子爆弾を完成させるために巨大な資金と人材を投入して、アメリカ政府が最優先で推進した大計画だが、実際の原爆製造はニューメキシコのラスアラモス原爆研究所でした。シカゴ大学には理論物理学者と発明家タイプの科学者が働き、ラスアラモスには科学者と技術者が結集して、軍の監督下で極秘計画を達成するために、グローブス大佐の裁量で豊富な資金と資材を投入してます。

藤原 そうでしたね。もの凄い資金の乱費だったと問題になりました。それで若き日の小柴博士が働いたフェルミ研究所ですが、あそこは素粒子や超伝導の大家が集まっていて、最先端科学のメッカだと言われている通りで、経済学と医学と並びハードサイエンスでは、シカゴ大学の関係者はノーベル賞で世界一です。数年前のデータ―だがシカゴ大の関係者は70人で、続いて英国のケンブリッジ大が40人台であり、ハーバード大とカルテクが30人台の受賞者でした。その意味では小柴博士は東大名誉教授というより、シカゴ大の関係者の仲間と理解したら分かりやすいでしょう。

山田 そうですか。シカゴ大の関係者がそんなに多いとは初耳です。

藤原 日本ではこういう情報を誰も知らないから、皆がアイビーリーグで有名なハーバード大学に憧れて行くが、事大主義で実力指向の韓国人や台湾人は、ノーベル賞にあやかりたいと大挙して留学するので、シカゴ大学で石を投げると韓国人に当ると言います。 でも、ノーベル賞なんて審査員以下の人が貰うのだし、審査員を超えた人は気違い扱いされるのであり、とても面白いことに、シカゴ大には気違いに近い教授が多いのですよ。

山田 なるほどね。それであそこでマンハッタン計画をやった理由が分かった。

藤原 当人は気づかずに南部先生の関係で行ったのだろうが、小柴博士はフェルミ研究所で仕事をしたときに、きっと重要な装置を作る貢献をしたに違いなく、それがその後になって発展して凄い成果を生み、ハープ(高周波活動オーロラ研究プログラム)に関係して評価されることになったとしたら、これは実に意味深長だと言うことになります。

山田 それがどこまで正しいかは未知数だが、仮説としては分かり易くて面白いですね。


平安京の持つ興味深い意味論

藤原 これがあり得る仮設だとするならば、もう一つ興味深い仮説の展開を試みることが可能です。アメリカから見て実に不思議だという印象は、別にケチをつけるのではなく素朴な疑問として、なぜ田中耕一さんが化学賞を受賞したかです。タンパク質にレーザー光線を使って実験したのは、科学者よりも技術者か職人の仕事であり、発明であって発見ではないと思うのだが、その方面に詳しい山田さんの考えはどうですか。

山田 これまでの受賞の多くが基礎研究だった点で、応用技術に近いものでも受賞対象になったのは、私として嬉しい可能性が増えたと思うが、当人が受賞の報せに驚いていたことからして、いつのもの路線と少し様子が違ったと思います。実際に田中さんはとても控え目な研究者であり、出世のことも考えずに係長かなんかで満足し、「この研究が島津製作所のプロジェクトチームの仕事で、五人の仲間を代表して賞を貰いました」と謙虚だったので、非常にマスコミから好感をもって迎えられました。暗い話題ばかりのときだから吉報はなによりだが、人柄のよさがマスコミを歓喜させたのでしょうね。

藤原 43才で無名の研究者が受賞したというのは、学者のボスが学会を支配している日本において、実に画期的だから拍手を送るとしましょう。しかし、レーザーを使った質量分析の成果への受賞というのは、何となく技術的で軽すぎると思うのですが・・・。

山田 ソフトレーザーを使って脱離法でイオン化して、高分子量の化合物を質量分析するやり方は、レーザーが最先端の技術であるにしても、ノーベル化学賞というのは確かに軽いといえば軽い。でも、別に目出度い喜びにケチをつける気はないですよ・・・。

藤原 それは分かってます。島津製作所が京都の会社だということが、その問題を解く上での鍵が隠れていて、田中さんの地道な努力も貢献したにしても、京都がノーベル賞を貰ったと理解した方が、よりスッキリするのではないかと考えます。というのは、京都で開催した地球温暖化防止の国際会議は、議定書が高く評価され世界の注目を集めたのに、ブッシュ政権はその批准を拒絶しており、そのことへの反発が影響したのではないか・・・。

山田 あの炭酸ガス排出規制を決めた議定書が、とうしてノーベル賞と結びつくのですか。

藤原 今年のノーベル賞は非常に政治的な配慮が反映し、カーター元大統領が平和賞を貰うに際しては、審査委員会長がわざわざコメントを発表した。それは好き勝手な横暴が罷り通る時代にあって、平和のために貢献するカーターの受賞は、遅きに失したという意味深長な発言です。それは暴君として独善的な政治を強行して、世界の秩序を狂わすブッシュへのメッセージであり、そこに京都への声援が裏にあると思います。

山田 だが、京都は国際会議のために座敷を貸しただけで、その前のブラジルのどこかでの地球環境会議の方が、世界の注目を集めたような記憶があります。

藤原 あのリオでの会議は熱帯雨林の保護問題で、開発による環境破壊の状況が明白だったから、確かに大いに盛り上がっていたように記憶します。 しかし、今年はイラクの石油を略奪しようと狙うブッシュが、バクダットを爆撃しようと準備しているので、ことによるとこの戦争はハルマゲドンになりかねない。しかも、バクダットは平安という意味を持っているし、京都も昔から平安京と呼ばれたように、平和で安寧な町としての由緒を誇っています。聖地としてのエル・シァレームの名前を持つ都会に、適当な大学か研究機関がないかと探してから、受賞者を選んだのではないでしょうか・・・。

山田 受賞の報せを受けた田中さん自身が面食らって、「なぜ私なんですか」と言ったそうだから、そんな具合に考えてみるのは面白いと思うし、私も謀略仮説や奇想天外な虚構が好きだが、ちょっと考えすぎではないかという気がするな。確かに、田中さんは学者というより根っからの実験屋でして、コツコツと忍耐強く仕事に励んでおり、科学に対して関心の低い日本にとっては貴重な存在だし、真面目なだけに出世や名誉欲とも無縁でした。


本当に優秀な研究者は冷遇に耐えて生きる日本の悲劇

藤原 日本はムラとしての共同体の伝統が根強いから、有能な人は冷遇されて出世するのが難しいし、田中さんは無冠の研究者だったわけです。しかも、大学までが閉鎖的な共同体化の著しい日本のような国では、一生ずっと干されて助手か講師で終わる人も多い。

山田 医学部では極端な形での支配が続けていて、主任教授の覚えの良くない人は出世できないし、教授の娘を女房にしない限りダメだったりで、医局には有能だが無給の助手がゴロゴロいるが、要領のいい人は系列の大学で直ぐ偉くなれます。

藤原 私の知人の山下さんは東大で20年間も助手だったが、信州大学に移ったら数年で学部長になり、東北大の万年講師は定年の瞬間に教授になった。また、西原克成博士は30歳で東大の講師になったが、前人未到の重力進化の法則を見つけたのに、三十年間に一度も昇進しないで定年を迎えている。しかも、遺伝子よりミトコンドリアの方が重要だと考えて、生命現象の基本メカニズムを解明しているが、学会の主流に刃向かう理論を構築したために、日本では黙殺される人生に甘んじました。免疫について重要な原理を実証した功績で、日本でノーベル医学賞の筆頭候補になる人が、正当な評価を受けないのは情けない限りで、これでは日本が科学後進国なのは当然です。

山田 30年間に一度も昇進しないとは実に厳しいな。

藤原 でも、山田さんだって似たような人生をやっていて、東大の工学部が生んだ得難い秀才だったあなたが、三菱重工では出る釘として窓際族になった。しかも、系列の三菱自動車に追放になった挙句に冷遇されたので、憂さ晴らしにペンネームで本を書きまくって、最後に自力でベンチャー企業を始めたじゃないの・・・。

山田 まあまあ、「人生いたる処に青山あり」だから、無事に生きて来ただけでも幸運かもしれない。私のことはともかくとして田中さんの話に戻せば、彼は実直で忍耐強い研究者なんだから、藤原さんが言うように変な具合に勘ぐらないで、多くの日本人のように素直な気持ちになって、ノーベル賞の受賞を喜んで上げたら良いと思いますよ。

藤原 そうしましょう。でも、最後に一つ、山田さんの意見を参考のために聞きたいのだが、島津製作所の丸に十の字の紋章に関してだが、円と十字の交点に接線を引くとスワスチカになる点について、これが何を意味すると考えたら良いと思いますか。

山田 さあね。それも考えすぎではないかと思いますね。

藤原 そうですか。仏教の平和主義とナチスの戦争主義を封じて、平安のシンボルの持つ象徴言語としての京都に対して、世界が注目していると見たらどうでしょう。

山田 そこまで行くともう「病膏肓」と言うしかなくなるから、もっと現実的な日本の高等教育の問題点について、掘り下げた議論に話題を変えることにしませんか。

<以下、次号>

(『財界にっぽん』2003年6月号)


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