『財界にっぽん』2003年3月号



宗教者による世界平和会議の生む行動力が世界を破滅から救う(上)

原潜クルスクの沈没とWTCビル崩壊を結ぶ悪縁を絶つ

藤原肇VS池口恵観



「虚しく往いて実ちて帰る」ことの喜び

藤原 わざわざ成田空港から電話を頂きまして、全く予想もしていなかったので恐縮です。
 池口恵観先生は未だペテルグラードだと思っていたのに、「いま成田に到着しました。さっそくですが今日の午後に会いたいので、時間を空けて貰えますか」という電話の声が
 飛び込んできたから、突然だったので驚いてしまいました。
池ロ いやいや、突然の電話で驚かして申し訳ありません。ことによると、藤原さんはアメリカにもう帰ったのではないかと思い、果たして会えるかどうかと心配したのですが、未だ日本にいらっしゃったのでお会いでき何よりでした。それにしても、ロシアから日本まではシベリア上空を横断するために、長いこと座席に座っていないといけないし、一刻も早く成田に着きたくて落ち着きませんでした。
藤原 時差ボケのために疲れているはずだのに、こうやって東京の俗界で一緒に喋っているのだから、恵観さんは実にタフだと感嘆させられますよ。きっと長年の修行で鍛えたせいだと思いますが、その無尽蔵のエネルギーは凄いですね。
池ロ 「虚しく往いて実ちて帰る」ということであり、この弘法大師の言葉が教えて下さっている通りで、行く時より充実した気分で帰った以上は、疲れなんかが出るわけがありません。
 今回の旅はとても実り多いものになりまして、世界平和のために貢献する糸口が掴めたので、本山に嬉しいことだと心から喜んでおります。
藤原 そうですか、それはよかったですね。冷戦後のアメリカの一国覇権主義のために、多元主義による国際的な均衡関係が崩れて、一方的なアフガン攻撃が始まってしまったし、国際情勢はキナ臭い方向で進展しており、世界は平和路線から急速にズレています。それだけに、世界平和の重要性が高まっている時だから、誰かが積極的にイニシアチブを取る必要があるが、恵観さんがその糸口を見つけて来られたのは、とても素晴らしいことだと思います。それで、恵観さんの今同のロシア訪間旅行の目的は、原子力潜水艦「クルスク」の沈没事故で亡くなった、乗組員さんたちの慰霊のためだと聞いたのですが……。
池ロ そうなんです。事故で亡くなった乗組員たちの霊を供養して、その冥福を祈ることがロシア行きの主要目的でした。しかし、その前にロシアの中で唯一の仏教国のカルムイク共和国を訪れて、ケサン・イルムジノフ大統領にお目にかかり、世界平和について心を開いて語り合って来たお蔭で、先ほど言った実ちて帰った気持ちになりました。


ロシアの中にある仏教共和国カルムイク

藤原 えっ!ロシアの中に仏教国が存在するなんて、私には全くの初耳の情報だから驚きましたが、そんな重要なことを迂闊にも知りませんでした。
池ロ 世界について通じた情報問題のプロである、その藤原さんが御存知なかったというのは痛快ですが、それほど人々に知られていない国がロシアにあり、しかも、仏教共和国として存在するのだから面白い。それもロシアの中の仏教共和国ですからね。
藤原 そうですか。昔からソ連には連邦共和国とか自治共和国が沢山あり、自治州や民族管理国なども何十も存在していたが、ソ連が解体して共同体の連邦になっても、チェチェンとかカムなんとか共和国のように、ロシアの中に白治共和国が幾つもあるのですね。
池ロ そのようです。カルムイク共和国はモンゴール系の人たちの国で、放牧をしていた騎馬民族が一七世紀ころに移住し、チベット密教が住民によって信仰されています。
 カルムイク共和国の首都のエリスタ空港に到着して、カルムイク人たちに出迎えられた時の印象は、日本に戻ったのではないかと思うほどで、彼らが全く日本人にそっくりなので驚きました。エリスタにはチベット仏教グルック派の寺院があり、高野山の真、言密教の僧侶だというのも因縁だと思い、私は真言密教の法要を執り行って参りました。
藤原 そうでしたか。また、モンゴール系なら日本人と似ているでしょうし、同じ仏教でも密教系同士というのも機縁ですね。仏教共和国と名乗ること自体が実に凄いと思うが、ところで、その国はロシアのどの辺に位置しているのですか。
池ロ この前まで戦争していたチェチェン共和国の北隣で、カスピ海に面して農業と牧畜産を中心にしているのです。
藤原 いや参った、その国が仏教共和国だと聞いて驚いたのに、カスピ海の近くにあるというのは実に強烈なショックです。それにしても、カスピ海に面した所にその国が位置していれば、石油や天然ガスが存在していると思うが、石油地質が専門の私でもその国の名 前は耳にしないし、知らなかったのは全く迂闊なことでした。
池ロ 藤原さんと一緒でなかったのは全く残念であり、アメリカで石油会社を経営していたあなたに、次回はぜひ御一緒して貰いたいと思いました。でも、今回は取り敢えず宗教家として法要の旅でしたから、真言密教の法要をエリスタで行いましたが、仏教国であるカルムイク共和国大統領と共に、世界平和について色々と懇談できたので、きっと素晴らしい成果が生まれると思います。イルムジノフ大統領は仏教哲学に精通する上に、実務経験も豊かなビジネスマンだった人で、三菱系の自動車会社のモスクワ支社長をやり、事業家として成功した実績を持っているのです。
 そして、一九九三年にこの国の初代大統領に選ばれましたが、選挙の時に公約した仏教寺院の建設のために、自分の財産を寄付した慈悲心に富む人であり、世界平和に強い関心を持つ得難い人物でもあるんです。
藤原 世界平和のためとは具体的にはどんなことですか。


西欧の仏教国で開催する世界平和会議の狙い

池ロ 大統領にお目にかかった時に先ず言われたのは、「西と北にはロシア正教の絶大な勢力があるし、東と南には緑の旗を掲げるイスラム教の圧力があり、この国が仏教を信じて国造りをするのは容易でないから、日本を含めた他の仏教国と協力して行きたい」ということです。そこで私は「仏教を柱とする国造りの一環として、ここで世界の宗教家を集めた平和会議を開催すれば、きっと世界平和貢献すること成果が生まれます」と提案しました。そうしたら、数年前にチェスの世界選手権大会をやったので、宗教会議を開催することに大賛成した大統領は補佐官を呼び、直ぐに具体的な行動を起こすよう命じました。だから、大統領の果敢な言動を目の当たりにした私は、それが近い将来に実現すると確信を抱き、本当に充実した気持ちになり感激を味わいました。
藤原 イスラム世界とキリスト教世界の接点に仏教国が位置し、そこで平和を指向する世界宗教者会議を開いて、戦争の廃絶についての行動が始まれば、世界の火薬庫がことによると楽園建設の景気を生み、人類の未来を光り輝くものに転換できます。
池ロ その通りです。カルムイクはヨーロッパでただ一つの仏教国だから、ここで平和のための宗教会議を開催することは、それも行動する宗教家を集めてやるならば、きっと大きな影響を世界に与えると思います。政治家や経済界の重鎮たちにとっては、国益や業界の利益が何にも増して大事だから、世界や人類の次元で平和の問題を考えずに、どうしても目先の利害を優先してしまいます。しかし、宗教は生命や月に見えない幸せの問題を扱って、普遍的なものに取り組む姿勢が強いために、平和の間題をリードするのに最も適しているのだが、久しくこの役割をなおざりにして来ました。
藤原 ユダヤ教はバビロン捕囚に起源を持つらしいし、イエスは仏教徒だったという根強い仮説は、「死海文書」にまつわる謎を解く上での核心です。それ以上に興味深いのは仏陀が覚者であって個人でなく、原始仏教には何人もの仏陀がいたそうだし、仏教はインドが起源ではなくメソポタミアだから、シュメール文明からの派生だと言います。現にインドには仏教の遺跡はほとんど存在しておらず、伝承的なものが主で考古学的な証拠は少ないし、仏教の遺跡がアフガニスタンやセイロン島に多い。また、仏教伝来はメソポタミアからインド洋を経由しているので、仏教が西アジアが起源らしいと言われており、カスピ海に面して仏教国が存在している事実は、実に意味深長なことだと思います。
池ロ 仏教メソポタミア起源説は興味深いが、そうなるとカルムイク共和国の存在は重要だし、そこで宗教会議を開催する意義は貴重です。そんな価値を持つ国に出掛けて大統領と懇談できたのは、大日如来と弘法大師のお導きかも知れないし、信仰を巡って世界が争いに巻き込まれている時だけに、平和会議を是非とも成功させたいと思います。
藤原 私もそれを大いに期待します。それで池口さんの訪ロの目的のクルスクの件ですが、ロシア海軍が誇る最新鋭の原子力潜水艦の事故は、余りにも多くの謎が未解決のままになっているので、潜水艦の沈没に話題を移したいと思います。


感動的だった遭難者の慰霊の法要と沈没事故の謎

池ロ そうそう、宗教会議の話に熱が入り過ぎたために、クルスクの慰霊祭のことを忘れるところでした。エリスタの次にサンクト・ペテルスブルグに行きまして、遭難した乗組員の慰霊の法要を行いましたが、四〇人余りの船員が亡くなったとのことです。
藤原 私が聞いた話では一〇〇人以上が遭難死しており、四〇人余りというのは少な過ぎると思うのですが…。
池ロ 実際はそうだったかも知れません。多分、その中の四〇人がサンクト・ペテルスブルグの出身者だったらしく、そこで私は先ずお墓参りをさせて頂きました。
 東洋語学研究所はネバ川沿いに大きな建物を持ち、ヘルミタージュ美術館から僅かな距離にあって、私は研究所から名誉歴史学博士の称号を貰っています。また、私が研究所の顧問をしているので大事にしてくれまして、大きな部屋を提供する便宜を図ってくれたので、講常で慰霊の法要を営ませて頂きました。
藤原 慰霊祭だから遺族の皆さんが中心だったのでしょう。
池ロ はい。大勢の遺族が集まってくれただけでなく、海軍省からも副長官を始めとしまして、艦隊司令長官や教育長官まで出席して下さり、お蔭で盛大な慰霊祭を営むことが出来ました。お経は漢文だからロシア人に分かるかなと心配したが、皆さんが涙をポロポロと流して感激して下さり、遠路ロシアに出掛けた甲斐を痛感しました。「クルスクが沈んだ時から私は安否を心配していたので、残念ながら救助することが出来ずに亡くなっても、犠牲者が成仏するように祈り続けました」と言ったら、皆さんが喜んで本当に感極まっていたのを目撃しまして、私も思わず声が詰まってしまいました。
藤原 それは実に感動的な話ですが、海軍のトップの人たちも法要に参加したなら、池口さんの法要に感謝して話をした時に、ロシア人はクルスクが沈没した理由に関して、原因について何か言っていませんでしたか。
 クルスクは最新鋭の原子力潜水艦であり、沈没の仕方と事故処理のプロセスの.血において、余りにも奇妙なことが続発しているので、背景に何があったのかが未だに大きな謎です。だから、素晴らしいチャンスに恵まれた池口さんが、その辺のことに関して何かヒントを掴んで来たのなら、これは世界にとって大スクープになると思うのですが……。
池ロ そういったことについては何も聞いていません。なにしろ、皆さん全員が浪を流して鳴咽していましたから、そんな雰囲気の中で事故の原因を探るなんてことは、私の頭の中には全く浮かんで来ませんでした。
藤原 そうですか。奇妙なことにロシア政府は事故を隠蔽したし、生存者の救助活動について消極的だったことが、ヨーロッパでは問題になっていたのです.クルスクが沈んだ現場の水深は一〇〇m前後であり、救出作業をする上でそれほど困難でないのに、それに対してロシア政府は熱心ではなかったのです。スェーデンとノルウェーが救出支援のために、特殊な救出用の潜水装置の提供を申し出たのだが、その好意をどういう理由でか断っています。その背景に軍事機密が関係していたにしても、生存者の救助活動に対して熱意がなかったり、最新鋭の潜水艦の引き上げに消極的なのは、どう考えても奇妙だとの印象を拭い切れません。また、その辺のロシア側の謎を解明しない限りは、アメリカとロシアの軍事関係の核心が分からないし、国際政治の深部に潜むものが探れません。
池ロ 実は、ロシア海軍の司令長官とも話をしたので、そうだと知っていたらヒントくらいは聞き出せたが、慰霊祭のことで頭が一杯だったために、遭難事故の背後に何かがあったとは夢にも思わなかったし、沈没事故が大問題だとは考えませんでした。
藤原 確かに、犠牲者の法要に行った池口さんの立場では、そんな疑いを持たないのは当然のことであり、誰もお通夜の席で死因の解明は試みないし、死者の冥福を祈るのに尊心するのは礼儀というものです。
池ロ そう言って頂けば心が落ち着くので、好意あるその二言に厚く感謝します。

<以下、次号>


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