『Big A』 1986.05月号
緊急対談
馬野 最近の世界の経済情勢を見ていると、1986年という年は非常に大きなターニングポイントになりそうな気がします。石油の値下がりはどうなるのか、円や欧州通貨に対するドルの暴落はどこまで進むのか。また、今年の日本の貿易収支の黒字額は800億ドルまで膨らみそうだが、通商摩擦はどうなるのか。特に、日米関係などは根本的なところから見直さざるを得なくなるのではないか。そのあたりを話し合ってみたいと思います。まず最初に原油価格の暴落ですが、石油問題の専門家として、藤原さんはどう分析していますか。
藤原 原油価洛は1バレル当たり10ドルを切るところまで来ましたが、このあたりがほぼ底だろうと思います。生産原価からみれば、10ドル割れはもう原価を割っていますよ。ですから、これから耐久力のあるところが生き残りますね。逆に言えば、耐久力のないところを振り落とすための、我慢比べ≠ェ続いていると言えるでしょう。ただ、どの新聞を読んでも、石油が暴落して石油産業がガタガタだ、産油国も大変だと騒いでいるだけで、その背景にいったい何があるのかを見ようとしない。
馬野 なるほど。原油価格の暴落をもう少しグローバルに見ると、どうですか。
藤原 世界的なエネルギー問題としてみれば、英国とサウジの対決なんです。サウジが英国に対して、「OPECだけにシワ寄せをよこすな。英国も責任を分担しろ」と言うのに対し、頑固婆さんのサッチャー首相が依怙地になって頑張っている。そのために英国の石油収入も大幅に落ち込み、ポンドはガタガタになっている。私は、英国とサウジの相克が原油価格の下落によって表面化してきたことは、非常に歴史的な意味を持っているような気がします。
馬野 藤原さんと私は、以前から、石油に関しては意見を異にしているんですね。かつて藤原さんが、「石油はコカコーラと同じ値段になる」と言われたことをよく憶えていますが、私ははじめから「石油危機は幻影である」と言っているんですよ。第二次石油危機のとき、NHKが取材に来た。そのとき私は、「みんな三〇ドル、四〇ドルと言っているが、私はいずれ一〇ドル台も下の方まで下がると思う」と話し、実際、テレビで放映されたんです。最近、やっとそれが現実のものになった。
藤原 レーガンはなぜ石油の値段を下げる決心をしたと分析されますか。
馬野 それはこうだと思うんだ。昨年九月にG5(主要五カ国蔵相会議)のサミットがあり、ドル高是正が確認された。これは、米国の財務長官がリーガンからべーカーに代わり、ドルが暴落する前にドル高を修正しておこうという、ベーカーの判断が底流にあったと思う。そして、ドル高是正は決まったが、日本の企業はいま二〇〇円割れで大変だと騒いでいる。しかし、米国は一ドル二〇〇円で止める気は最初からない。一八〇円、一七〇円、一五〇円ぐらいまで考えておると思う。しかし、あまりドルを下げると、米国にインフレが起こる。米国にインフレが起きるというのは、ここ数年、米国の貿易赤字は毎年三、四百億ドルずつ増えている。そこでドルを下げて、輸出を増やさなければならないんですが、ドルを下げると、日本や欧州から米国に金が流入しなくなる。そうなると、米国内でクラウディング・アウトが起きる可能性がある。また、輸入品も高くなるからね。インフレだけは何としても避けなければならない。そうなると、もう石油を下げるしか手がないんですね。それで、サウジの王様に引導をわたして、石油の値段を下げたんですよ。
藤原 それは何ですか。
馬野 今のところ、わからん。きょうのところは、言わんでおきましょう。(笑)いずれにしても、米国のインフレを抑えるために、石油の値段を下げたんです。ドル高是正と石油価格の下落は、ワン・セットですよ。私がここであえて予測すれば、当面、一ドル一六〇円、一バレル一〇ドル台の前半ぐらいがメドじゃないかという気がします。
藤原 原油価格は二八ドルぐらいから、四カ月かかって一〇ドルまで落ちてきました。相場というものは、下落するときと上昇するときの角度が大体同じなんですよ。バネと一緒で押せば押すほど反発力が大きくなる。今、一〇ドルですが、これは八ドルまで暴落し、その瞬間にバネのように反発する。そして、二、三カ月かかって一八ドルか一九ドルまで反騰していく。そこでまた二八ドルぐらいまで反落したのち、二三ドルぐらいまで騰がったところで落ち着くんじゃないかと見ています。馬野先生とは大分差がありますが。(笑)一二〜一三ドルじゃあ、米国、英国が潰れますよ。サウジは大丈夫でしょうけどね。
馬野 問題はドルだな。米国は一ドル一五〇円までやるつもりだと思うが、石油価格の下落でインフレが抑えられているうちはいい。そして、石油価格の下落の効果は、今年いっぱいで息が切れる。そうすると、来年からインフレが表面化する可能性は高い。すでに、世界的に換物志向が高まっている。私の住んでいる六本木などは、この一年間で土地の値段が二倍近くに暴騰している。ドルが危ないとなると、もう金の行き場がないでしょう。だから土地とか株が暴騰するわけです。
藤原 最近、ニューヨークの株式も東京の株式も暴騰していますね。東京市場はニューヨーク市場のコピーですよ。米国では、TOB(株式公開買い付け)による乗っ取りが横行していて、浮動株が少なくなっていますから、株価はすぐに高くなるんです。ニューヨークのダウは現在一八〇〇ドルぐらいですが、おそらく三〇〇〇ドルぐらいまで行くんじゃないですか。現在はエリオット・ウェーブの第三波の頂点近くで、このあと一度反落し、最後の大相場がやってくる。その後、馬野先生がおっしゃる大凶慌、つまり大パニックが来る。私はそのときまでに、まだ一年から一年半ぐらい時間があると思います。おそらく、一九八八年のソウルオリンピックの前後じゃないですか、大パニックが来るのは。それによってソウルオリンピックが中止になることもあり得ないことではない。
馬野 私はおととし『破局の論理』という本を書いたんだが、その中で、ソウルオリンピックの前後に韓国に問題が起きるのではないかと、ちゃんと指摘しているんです。最近もある韓国人に聞いたんですが、韓国の対外債務はすごいらしい。表面に出ている数字だけでもGNP当たりの対外債務は世界最大で、その他、政府レベルの借金があり、利子払いだけで大変だな。ただ、問題は、レーガンの健康だね。レーガンに万一のことがあったら、相当のショックがあると思うね。だから、株をやるにしても、よほど注意しないといかん。大パニックが来るのは、私は一九八九年ごろだと思いますがね。
藤原 今、一ドル一七〇円台になって、日本の経済界は悲鳴をあげていますが、中曽根が総理をやっているかぎり、一ドル一五〇円まで行きますよ。本来なら、一八○円割れのときに中曽根内閣は何らかの防衛策を構じるべきだったが、何もしなかった。ふつうなら、そこで財界から中曽根内閣に対して総攻撃が行われ、内閣は総辞職に追い込まれても不思議ではないところですよ。財界が完全に手玉に取られている。財界が円高に苦しんでいるのは、言うべきことを言わない、自業自得だと思いますね。
馬野 現在の日本の政財界を見ていると、一種の自己催眠状態に陥っているような気がするね。これは非常に警戒しなきゃいかん。
藤原 中曽根がやっているのは、ヒトラー流のオカルト政治で、日本中が幻惑されている。
馬野 私が声を大にして言いたいのは、米国の支配者層は決して生やさしいものではないということですよ。日本を何とかしてどやしつけようと、計画を練ってきている。それがここ十数年の石油の暴落であり、円の大幅な暴騰ですよ。この計画には、最初から英国も相談に乗っている。日本はそのあたりをよく注意して見ないといけない。米英の対日戦略は一九二〇年代以来一致しているんだ。
藤原 中曽根は北条、足利時代の執権政治をやっているようなものですよ。自分が元首以上の執権として立ち振る舞い、彼は皇室を自分の手足のように使う、とんでもない政治家ですよ。歴史に残る政治家になりたいという名誉欲をみたすために、自分に権力を集中させ、大衆の人気のうえに乗っかってしたい放題やっている。私に言わせれば、それはヒトラー流のやり方ですよ。馬野先生の中曽根評はいかがですか。
馬野 うーん。まあ、私ははじめから警戒しなきゃいかん人だとは思っていますね。先日、数寄屋橋を歩いていたら、右翼の赤尾敏がいつも演説をやっている場所に、旗が立っていた。その旗には「中曽根は皇室を利用するな!」と書いてあった。この事だけ紹介して、私の中曽根評はやめておきましょう。
藤原 馬野先生が言わんとすることは、よくわかります。とにかく中曽根ほど皇室を利用しようとした総理大臣はいないんじゃないですか。本来なら年末に行うべき天皇在位六十周年記念式典を、わざわざ東京サミット直前の天皇誕生日にもってきた。そして、サミットでも天皇に挨拶させるわけでしょう。天皇はチャールズ英皇太子夫妻の歓迎やら、植樹祭やら、八十歳を過ぎたお年寄りにしてはきわめてハードスケジュールになっている。それにもかかわらず、中曽根は自分の入気取りのために、天皇を利用しようとしている。
馬野 たしかに中曽根の皇室に対する態皮は良くないな。皇太子の韓国訪問には竹島の領土問題も微妙に絡んでいるらしいね。
藤原 浩宮が英国留学から帰国したときも、まるで中曽根が元首で、中曽根の名代で外国へ行ってきた若者を出迎えた、というような感じの接し方でしたよ。自分が元首だと思っている。
馬野 戦後政治家の素質低下に、私は胸が病むね。
藤原 いずれにしても、中曽根はあらゆるものを食い潰している。自分の名誉欲のために、日本の名誉を食い潰している。ニューリーダーが有能なら、一致団結して中曽根をひっくり返すべきですよ。そうしないと、結局、自分たちが泥をかぶることになる。しかし、ニューリーダーは中曽根のあとには自分たちに順番が回ってくると考えて、動こうとしない。物ほしそうに待っている。それに中曽根の尻拭いをやるのが自分たちだということにさえ気づいていない。
馬野 まあ、私は、中曽根政治が続くと、何かどえらい破局を招くような気がしてならないね。さて、話題を日米貿易摩擦に転じよう。これは非常に難しい問題でね。根底には米国と日本の企業の健康度の差というものがある。これはもう手がつけられないところまできている。だから日米貿易摩擦は、破局でもってすべて御破算という時代を迎えなきゃ、根本的な解決法は見つかりませんよと、私は言っている。
藤原 馬野先生はそこに日本企業の実力が現れていると考えているんでしょう。
馬野 まあ、そうだ。
藤原 ところが、その実力というのは、条件を変えることによって、弱味にすることはいくらでもできますよ。
馬野 だから今、米国の支配層がそれをやろうと、さんざん手を打っている。つまり、米国は舞台のドンデン返しをねらっている。
藤原 まさにそのとおり。
馬野 日本の強味を弱味にしようとしている。彼らはこの種の業については頭が切れるからねえ。
藤原 日本人は、日本経済を強いと思っている。しかし、強いのはテクノロジーの面だけです。サイエンスがない。米国のテクノロジーはサイエンスと結びついている。そして、米国が何を考えているかと言えば、日本のテクノロジーをそっくり捕虜にしようという戦略が、着々と進んでいますよ。その第一段階が円高です。日本はこれまで円安を享受し、海外への再投資などを積極的に進めてきた。しかし、円高でどんどん利益が目減りし、悲鳴をあげている。そこで悲鳴をあげる企業に対して、米国企業が救世主という形でTOBやらMA(企業買収)をかける。これは日本企業のまったく知らない世界ですよ。トラファルガーがミネベアに対し“乗っ取り”を仕掛けたのは、その第一弾です。これは象徴的な出来事ですよ。
馬野 まったくそのとおり。私は前から、金融自由化は"地獄の門"ですよと言ってるんだ。しかし、もっとずっと前から、米国の支配層はワナをかけてきている。まず最初は、行政改革だよ。日本の支配層は米国の言うことをよく聞くから、米国はまず直接にせよ、間接にせよ、財界老巨頭に声をかけたんだと私は思う。ご当人はわかっていないがね。行財政改革によって日本の景気を下げておいて、余った金を米国に向けさせ、その金で日本の賞品を安く買い叩く。これが第一段階です。
藤原 私が米国のエスタブリッシュメントの立場で、日本をどう攻略するかを考えるとすれば、おそらくそういうことを考えるでしょうね。米国としては、日本で一番手の企業は最後に料理すればいい。まず二番手、三番手から料理することを考えるでしょう。電機関係でいえば、日立とか松下とか三菱はあとにして、ソニーとかサンヨーとかをねらえじゃないですか。コンピューターだったら富士通、鉄鋼だった神戸製鋼ですね。二番手、三番手をひっくり返していけば、最後は一番手もひっくり返らざるを得ない。二百三高地が陥落すれば、旅順の城も陥落する、それと同じですよ。自動車でも、日産はかなり弱っているんじゃないですか。
馬野 日本企業が米国あたりにどんどん工場進出しているが、あれはいずれ全部取られちゃうよ。そのために米国がやらせているんだから。
藤原 取られるのはいいんですよ。有能な日本入をどんどん現地へ送って、海外で生き残ればいい。そこで山田長政式にやればいいのです。しかし、相変わらず本丸は日本に残しているし、海外工場には二流の人材しか出していない。これでは、現地工場を取られちゃったとき、本丸に全員封じ込められてしまいますよ。どんどん海外拠点に出なきゃあ。
馬野 まあ、藤原さんはご自分がそれを実践しているからそう言われるんですが、(笑)私の考え方は少し違う。民族の血というものは、そう簡単には融合しない。私は小学生のころ朝鮮にいたから、そのことを身にしみて知っているんです。
藤原 しかし、これからの時代は、海外へ出なきゃ生き残れませんよ。日本列島にいる日本人としては絶対生き残れません。地球を舞台に活躍する日本生まれの人間として生きなきゃダメです。
馬野 それはそうだと思いますが、私はそれは別の形で進行すると思う。この話はまた別の機会に譲りましょう。
藤原 私は、日本の将来を考えるとき、特に米国の対日戦略を考えるとき、フィリピンでマルコス政権がひっくり返った意味は非常に大きいと思います。米国から見れば、日本をはじめ韓国、台湾、フィリピン、インドネシアなど、西太平洋に連なる国々は、優秀な人材を米国に留学させ、米国の民主主義を勉強したはずなのに、どうも官僚統制の強い、独裁的国家ができ上がっている。本来、エンタープライズに基づく民主的な国家ができ、米国の防波堤になるべきはずだったのが、どうも違う。そういう意識を米国は持っています。フィリピンの政変劇は、独裁の度が過ぎると、マルコスのようになるぞ、という米国の警鐘だと見ていいと思います。三月半ばに、レーガンが「右も左も独裁者はダメ。われわれはまともな政治をやる者しかサポートしない」と言ったのは、韓国の全斗煥、日本の中曽根に対する強烈なメッセージだと、私は解釈しています。
馬野 たしかにそういう面もあるが、米国は東南アジアの国々が、ファイブ・ドラゴンズだか、フォー・タイガーズだか知らないが、日本を真似して、日本の先兵となってどんどん米国に追いついてきていることに、非常な警戒心を抱いていると思う。だから、例えば韓国で全斗煥がひっくり返えるようなことがあっても、米国は放置するだろうと思うね。
藤原 フィリピンにしても、韓国にしても、インドネシアにしても、日本が本当の意味で経済援助をして、中進国としてまともになるのであれば、米国もそう目くじらを立てないと思いますが、経済援助がすべて利権と結びつき、還流のシステムができ上がっている。日本は経済的にはしっかりしているが、政治的に腐っているのが問題です。おそらく、一九八八年ごろ、それがあらゆる形で暴露され、ロッキード事件とマルコス疑惑が一緒になったような大疑獄事件が表面化するんじゃないかと思いますね。
馬野 米国はCIAにしても、日本の政治家のそういう弱点はものすごいファイルにして持っている。田中角栄にしても、けしからんといって情報をちょっと流してアレでしょう。そんなものは、米国は出そうと思えば、何ぼでも出てくるよ。要は、いつ出すか、そのタイミングだけですよ。
藤原 いちばんシッポをつかまれてびくびくしているのが中曽根じゃないですか。(笑)日本じゃロン・ヤス関係≠ニ言って、中曽根とレーガンの親密ぶリを強調していますが、米国では誰もそう思っていませんよ。第一、レーガンの親しい友人は彼のことを「ロニー」と呼んでいるんです。それから、もっと大事なことは、レーガンの奥さんのナンシーが中曽根を嫌っていることですね。レーガンはもちろんですが、ナンシーだって世界中の指導者と会っている。発展途上国にも立派な指導者はいるんです。そのことをナンシーは知っている。しかも、中曽根はレーガンに媚びへつらっているでしょう。べたべたし過ぎるから、ナンシーは嫌っているんです。
馬野 まあ、女というのは感覚が非常に鋭いからね。本質が見えるんだね。ナンシーという女性は、しっかりしていますよ。
藤原 私が名誉総長顧問をしているペパーダイン大学では、三年前に、ナンシーに名誉博士号を贈呈した。レーガンにもカリフォルニア州知事時代に名誉ドクターをあげていますからね。
馬野 私は、今、もうナンシーがかなりの部分、レーガンの代行をしているような気がするね。ナンシーの影響力は無視できない。
藤原 先日も、ナンシーがレーガンに、「あまり喜々として東京サミットに行くな」と言ったらしい。レーガンはインドネシアのバリ島に立ち寄ってから東京へ行くのだが、ナンシーは「ハワイでもっと休養したらどうか」と言っているでしょう。これはどういう意味かと言えば、「あなたは中曽根の入気取りのために、もうさんざんいろんなことをしてあげたはずだ。場合によっては、東京に行かなくてもいいでしょう」という意味が含まれている。
馬野 レーガンが東京サミットにきてニコニコしても、本心かどうかは分らないな。
藤原 そう。大体、レーガンはもともと役者ですよ。腹の中が煮えくり返っていても、ニコニコするなんてことは、お手のものです。それを中曽根、あるいは日本に対する好意の表れだと受け取るのはあまいですよ。現実に、レーガンが中曽根と会談したあと、ドアを閉めるなり「ジャップ!」と吐き捨てたというのは、有名な話ですからね。中曽根が東京サミットを三選の踏み台と考えているとしたら、大きな間違いですね。
馬野 いずれにせよ、一九八六年は大破局への序曲が始まる要注意の年であることを指摘して、本日は終わりにしましょう。
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