映画に診るロシアの対日心理作戦
1 名前: 中丸 美智雄 投稿日: 2005/02/27(日) 21:03:06
日本で観れる可能性は低いと思いますが・・・
米に負けじとロシアも繰り出してきた感じです。
http://www.yomiuri.co.jp/hochi/geinou/feb/o20050218_20.htm

2 名前: 本所功治 投稿日: 2005/02/28(月) 06:45:31
カナダ・オタワ在住の榊原 夏氏が集英社新書から『マッカーサー元帥と昭和天皇』
という本を出しておりその中で占領下日本の秘蔵写真122枚が公開されています。
ご参考まで。

3 名前: 中丸 美智雄 投稿日: 2005/02/28(月) 17:12:42
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050227-00000029-sph-ent

4 名前: 中丸 美智雄 投稿日: 2005/03/01(火) 19:40:43
上記 記事から一部抜粋します:

―防空壕のセットは監督の想像なのですか?

 「いえ、実際に資料が残っているそうで、監督は写真も見せてくれました。
御前会議も事実に基づいています。監督は相当、下調べをしていました」

引用終わり。

映画の中で、マッカーサー元帥と会見・会食するシーンがありますが、
会見中元帥は『ちょっと失礼します・・・』と5分ばかり席を外し、彼は
ひとりでその場に残されます。ひとりになった後に、彼は蝋燭を次々と
ポンポン消したり、広い場所でひとりでワルツを踊る真似をしますが、その
様子を、マ元帥はニヤニヤしながら物陰から見ているのです。もしかすると、
日本人の目に触れることはないが、このような場面の実写映像が残っているの
かもしれない、映画(監督)はそれを参考にしたのでは、そんな気がしました。

5 名前: 中丸 美智雄 投稿日: 2005/03/01(火) 20:00:12
引用開始:
―会見では「見ていない人と同じ土俵に立ちたくない」と話しました。

 「言いたかったのは、とにかく見てほしい、ということ。
見ていただかないことには、映画の意図することは何も伝わらない。
日本公開は難しそうですが、正直、理解できません。
今後、海外の映画館や映画祭では上映されるので、日本の方も見てほしいです」

引用終わり。

日本映画を取り巻く環境が、日本国内の状況に似て、非常に閉鎖的で、行き詰って
いる、と感じます。やたら幕末の侍ものが流行っているが、感傷的な、自己満足
に終わっており、文化や時代を超えた普遍性や感動が、伝わってこないし、メッセージが
ないから、外国の人々にはさっぱり受けない。例えば、日本人が、南洋のどこかの
島の民族の戦士や、戦いに、興味を持ちますか?これほどにも、世界は日本に関して
関心がないことを、日本人は知るべきだ。

このロシア映画を上映しない、ということは、世界に対して、日本に
本当の意味で(表現の)自由がない、ということをバラス効果があるし、上映すれば
したで、物騒なことになるやもしれず、どちらにしてもあまり良い状況では
ありません。
自分(自国)にとって都合の悪いことに関して“我関せず”的に無視する態度
をとることは、一時しのぎにはなるかもしれませんが、中長期的には必ずつけが
まわって来る、と思います。例えば、先の太平洋戦争が、白人西欧列強の植民地支配に
対する自衛のための止むにやまれぬ戦争であった、とするならば、堂々とその
立場を映画を通じて世界に訴えたら、世に問うたらどうなのか。とにかく、世界
のルール、常識においては、発言せぬものは、負け、です。
世界各国は、映画というメディアの持つソフトな影響力について熟知しており、
それを利用することに長けている。ただ日本のみが、様々な思惑を持った各国、
団体等が描く(必ずしも日本にとって利益にならない)日本像に甘んじて、既成
事実化されていくことに関し、手も足も出ない状況。

6 名前: 遠藤 実 投稿日: 2005/03/01(火) 20:40:44
ドイツではしばらく前に、ヒトラー自決&ドイツ降伏までの48時間程度に焦点をあてた
“Untergang”という映画が公開になり、賛否両論、話題を呼びました。
ヒトラーの場合、党大会や政治集会などにおける、あの吠え立てるような演説口調
の記録映画や録音は数多く残っていますが、内輪の会議などでの話し方等については
極限られたものしかなく、この映画の場合は、主人公ヒトラーに非常に良く似た俳優
を起用し、彼はその録音を繰り返し繰り返し聞いて、参考にしたようです。
映画については、『ナチスが犯した大罪を、2時間程度のエンタテインメントに
おとしめることは許せない』『ドイツの常任理事国入りのためのアリバイ作り映画』
『ドイツ人自らこのように踏み込んだ形で映画化したことを評価』『戦争そしてナチ
を狂人・ヒトラー個人に結びつけることには無理がある』等等、様々な意見が
出て、国内のマスコミを騒がせました。ポイントは、中丸さんが述べておられるように、
広く世論に問い、議論が沸騰すること、だったと思います。この映画についてはNYT
もコメントしており、また一番笑ったのが、フランス『ル・モンド』紙に載ったコメントで、曰く、
『ドイツ人は、ヒトラーを人間として描けるほどまだ成熟していない。』という
もので、フランス人には脱帽、です。
ドイツ国内で、ドイツ人がわいわい論議していたら、わきからフランス人が
冷めた一撃で、ドイツ外の人々は、思わずにやにやしてしまう。
(歴史を軽く扱って良い、と言っているのではありませんが)

欧州の醍醐味、楽しさはここら辺にあるかな、と。いつになったら日本も、
成熟した大人の社会になるのでしょうか。そして、周辺諸国と、もっと建設的
な関係を築けるのでしょうか。

7 名前: 新見敏郎 投稿日: 2005/03/01(火) 21:15:21
今撮影所を所有して映画制作と云うのをまともにやっているのは
東映だけだといわれてますね。他社に至っては撮影所は売り払い、
配給のみだということです。
その東映にしてもヒット作に恵まれず、毎年毎年が崖っぷち経営だそうで、
往年の時代劇任侠実録映画で育った小生などは甚だ寂しい思いをしてます。
おっしゃるように世界に向けてのメッセージを託す手段として
映画は世界共通語でありますから、有望なジャンルなのですが、
ハリウッド映画の侵食になすすべなかったのと、日本社会がタブー
だらけで呪縛され、言論表現の環境が暴力の恐怖的監視にある現状では
その渇きを満たすことはもう不可能なのです。
今書店の棚をご覧になれば、映画本のラッシュだということが
一目でわかりますが、映画への渇望は多くあるものの、なかなか
一歩を踏み出す力が映画界にはもうないのでしょう。
東宝でその没後に昭和天皇の映画化が企画されたことは
あるのですが、映画人と某団体と思惑が一致せず、消えてしまった
経緯については当事者のお1人の笠原和夫著ー昭和の劇ーに記録され
ています。
昔の大映が日本人キャストで日本語による秦の始皇帝や釈迦を映画化したり、
ロシア語をしゃべるハムレットや英語をしゃべる戦争と平和が作られていた
ように映画は世界共通語で日本人だから、何人だからという壁は本来ないよう
ですから、ロシア人監督が昭和天皇を取り上げたのも別に怪しむこともない
でしょうけど、中山さんがいわれるような何らかのわが国に対して含むところ
あって作られたかどうか、それこそ見てみないことには何ともいえませんね。
どこかの会社が買い付けてぜひ公開されてほしいです。
でも、天皇役のイッセー尾形は見てみたい気もしないではないけど、
彼には飲んだくれサラリーマンや、寅さん映画での旅行代理店員役とか、
山里の小さな小学校の用務員役などが目に焼きついておりますので、
どうも感情移入できないような気がしてきておりますので、どうかなと。
自分のキャリアと相談して来る役を選ぶべきと思いますね。テレビ朝日の
モーニングショーの司会役を引き受けた寅さん映画のさくらの亭主役ー
名は失念、のように注文があれば何でもやればいいというもんでもない
ような気もしますが。

8 名前: 近江慶介 投稿日: 2005/03/02(水) 00:09:02
最近フランスで2度ばかり「Le Promeneur du Champ de Mars」( シャン・ド・マルスの散歩者)
というミッテラン元大統領についての映画を観ました。
晩年のミッテランと、彼の伝記を綴っている30歳の若き青年アントワーヌとの対話を描いたもので
政治そのものよりも、アントワーヌそして周囲の人との何気ない会話の中からこの大政治家のエッセンスが
滲み出るようなつくりになっていて個人的には非常に気に入りました。
名優ミシェル・ブーケがミッテランを演じており、酸いも甘いも吸い尽くしてきた老獪かつ冷徹であろうこの大人物を
誠に人間的に存在させていて、そこにこれからを生きていく迷い多き現代の青年との対話、戦中のヴィシー政権下のフランス、
戦後ド・ゴール政権下のフランス、ミッテラン時代に至るまでのフランスを詳しくは描いてはいないものの、
社会主義とは?の問いにさりげなく人間の個人的な感情の中から探っているような感覚を覚えました。
賛否両論あるようですが、良い悪いは別として、脚本、俳優の質、微妙なタッチ、どれをとっても
日本にもこの程度のレベルの作品がもっと多く生れるようになるといいのにと思わざるをえません。
#6で遠藤さんがヒトラーを描いた「Untergang」をご覧になったようですが、私も昨年見る機会が
ありました。このミッテランの映画などを観てしまうと、確かにあのヒトラーの描き方は人間として
描いているとはとても言い切れませんね。あれはあれでよく作ったなとは思いますが、あれでは様々な
誤解も生むと思います。善悪とか優劣とかコンプレックスの有無とかそういうもので描くのではなく
これら全てが混ぜ混ぜになって滲み出てくるものというのが描ききれていないとでもいいますか。
ところでこの映画に関して秀逸な感想を述べられている方がいらっしゃるので
映画の公式サイト共々以下ご参考までに。

公式サイト:http://www.lepromeneurduchampdemars.com/home.htm
感想:http://veronique7.exblog.jp/i5

9 名前: 中丸 美智雄 投稿日: 2005/03/02(水) 00:27:45
監督&作品に関するサイトがありましたのでお知らせします。
非常にまじめ(?)な内容です。

http://www.sokurov.spb.ru/island_en/feature_films/sun/mnp_sun.html

10 名前: 西本直哉 投稿日: 2005/03/02(水) 01:43:02
中丸さんの問題提起、そして新見さんのご意見等を興味深く拝読しております。
映画は先ず台本ありき、かと思いますが、その台本を生み出す創作能力、活力、
知恵とでもいいましょうか、それが今の日本にはない、人材が居ない、という
ことではないでしょうか。
中国は、今まで閉ざされていただけに、新しいことをやるだけで新鮮にうつり、
それだけ話題になりやすいと言えるのではないでしょうか。日本は、1980年代
までの高度経済成長を通じて世界に知られ、文化的にもあまり目新しいものは
ありません(漫画やアニメ、ゲームがあるか?)。

11 名前: 藤原肇 投稿日: 2005/03/02(水) 11:35:34
日本人はタコツボの中に入って経済大国の白昼夢をみており、自らの力で世界に通用する映画が作れないので、ソニーや松下がカネの力でハリウッドに乗り込み、大金を巻き上げられたことはほんの少し前です。要するに、人材を育てなくて自らの力で芸術作品を作れないので、芸術のパトロンになる能力もないのに札束の威力を使い、金儲けをしようという卑しい根性で世界に出れば、物笑いになるのは政治の分野でも同じですね。

inserted by FC2 system