日本不沈の条件
1979年10月15日初版発行 本体価格980円+税
時事通信社
絶版
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目次
ソフトウエア時代到来への準備 安全保障への新しい視角と石油ビジネス
逆さ望遠鏡と日本を見る視点----石油産業の町カルガリ----石油ビジネスの情報的側面----コンピューターの威力とその利用----日本のハードウエア至上主義----石油開発と軍隊の問題----非現実的な和製メジャー構想----本当の国家の安全保障への挑戦
石油ビジネスのババ抜き合戦 不吉なジョーカーを手放す戦略
一九七三年の石油パニック----国際舞台のババ抜き合戦----地上最大のビジネス----中隊規模と軍団規模----最高級の紳士とペテン師----安宅産業のジョカー---ペニ−・ストックの錬金術----利権屋ひしめく石油の町----アリババの国のババ抜き----頭脳ゲームの時代
資産大交換による国際化への道 重工業の肥大化を克服する構想
破綻したエネルギー政策----試練を前にした選択----わが国をとりまく状況----日本・アラブ共存私案----中小企業を見直す視点----アルミ産業を考える----贈りものセットの発想
鉄鋼野たれ死に論 大艦巨砲主義からの脱出
鉄と帝国主義の時代----日本の鉄の夜明け〈補説〉ブリキの語源についての私見----日露戦争と鉄道経営----鉄道と軍隊と産業----支配的な大艦巨砲主義----変わらない鉄への信仰----誤った路線----日本の鉄は優秀か----鉄鋼業の進むべき道----野たれ死にさせない策
重体の鉄鋼産業の新しい錬金術 パイプラインと結ぶ国際化への活路
鉄鋼の坤吟----アラスカ・ハイウェー・パイプライン計画----パイプライン王国アメリカ----大艦巨砲時代の黄昏----改定新版のカノール計画----スパイラル鋼管の問題点----鉄と石油の資産交換----パイプラインの錬全術
石油をめぐる危機的状況 激動の国際戦略と脆弱な日本
エネルギー問題の今日的課題----米国のエネルギー問題----ソビエトの石油開発戦略----産油諸国(○PEC)の将来----一九八〇年代の石油情勢への日本の対策----次の石油危機について----石油価格上昇へのメカニズム----世界経済の破綻と開発資金の不足
あとがき
あとがき
一九七八年未から一九七九年前半にかけて目まぐるしいペースで進展したイラン革命は、石油をめぐる国際政治に対して、大きな衝撃を与えた。石油の国際標準価格はトン当たり一五〇ドル台の水準(バーレル当たり二〇ドル)に達し、いよいよ石油の高価格時代の夜明けが訪れた。
思えば一九七三年秋の石油エンバルゴの時以来久しぶりの急激な高騰である。だが、エネルギー問題全体からながめると、これまで不自然なほど安価だった石油が、ようやく当たり前というか正当な価格水準に戻ったということにほかならない。
この視点に立つならば、われわれの目の前で進行している石油危機やエネルギー不足といったさまざまな現象は、これまであまりにも安すぎたエネルギー価格を前提に作り上げられたエネルギー多消費型の産業社会の有効性が、石油によって問い直されているということだと考え得る。そして、一連の危機的状況はこのような産業構造の体質改善や、これまで慣れ親しんできた社会体制の在り方を根本約に作り変えない限り、われわれの社会は白亜紀の恐竜や第四期のマンモスと同じように、絶滅せざるを得ないという予兆かもしれないのである。こういった感慨をこめて、私はこの本に『私案としての日本改造構想』とでもいった副題を与えたいものだと思っている。
一九七九年六月末に行われた「東京サミット」の結果を見ても分かるとおり、現在の国際政治の中心にある人びとが、文明の次元における大変動を全体的に把握する能力において劣っているために、議論の対象がもっぱら石油不足や石油カルテルとしての○PEC(石油輸出国機構)への対抗策という、次元のあまり高くないところで右往左往していたとの印象が強い。
だが、われわれが直面している課題は、石油やエネルギーが足りないという不足の問題ではなく、産業設備の過剰と偏在、それにエネルギー源としての石油や電力を使い過ぎているという過剰の問題にかかわっているのだと理解するところに問題を解くカギがあるのではないか。そういったことこそ、主要先進国と名のるなら東京に集まった各国の首脳に検討してもらうことを期待し、日本人はそれにふさわしい場を提供すべきであったが、残念ながらそれだけのものは実現しなかった。
なぜここにきて過剰の問題が人類全体の行く手に立ちはだかるようになったかといえば、本論で述べているとおり、現在われわれが生きているのが、有限なエネルギー源に依存した石油を中心にする中期帝国主義の時代だからだ。しかも、前世紀の遺物である国民国家の枠組みそのものが、有効性において大いに疑問視されているだけでなく、さまざまな面で桂梏になっているという現実が存在しているからである。そこでひとつの挑戦という意味で、少しばかり極端なモデルを作ってこの国民国家の枠組みを乗り越える問題について論じてみた。それは私のような発想に墓づいてエネルギー問題を考察する人間が存在するということだけで、もっと現実性に富むさまざまな構想やアイデアが、世人に受け入れられる地ならしのトラクターの役目を果たし得るのではないかと思うからだ。そして二一世紀になった段階でこの本を読む次の世代が二〇世紀も七〇年代の未には、こんな程度の発言でさえ異端視される時代があり得たということを知って、唖然とするに違いないという思いをはるか第四文明期にはせているのである。
ここに収録した六編の論文は、かって推誌に執筆したり講演したものである。時間の経過があり、石油をめぐる情勢は目ざましい勢いで変化しているので、一書にまとめるに当たって出来る限り加筆訂正を試みてみた。しかし設立したばかりの石油開発会社の経営に過去一年間にわたって忙殺されてきたために、国際石油攻治についての勉強が不足していて、不甲斐ないとは思うもののつっこみが足りないきらいがある点をお詫びしておきたい。ビジネスの世界に生きていると、アカデミーやジャーナリズムの中にいる人びとに、もっと掘り下げる仕事をやって欲しいと声援を送る以外どうにもならないのである。
ここで論文の加筆転載を了承していただいた『世界週報』と『エコノミスト』の編集長にお礼を述べるとともに、参考までに掲載誌の号数並びに執筆時点を列挙すると次のとおりになる。
1.「ソフトウエア時代の到来への準備」(『世界週報』一九七七年二月号「一九八〇年代の石油危機」前半部)
2.「石油ビジネスのババ抜き合戦」(『エコノミスト』一九七入年二月七日号)
3.「鉄鋼野たれ死に論」(『エコノミスト』一九七入年二月一四日号)
4.「資産大交換による国際化への道」(『エコノミスト』一九七入年三月一七日号)
5.「パイプラインの錬金術」一九七入年三月に『エコノミスト』のために執筆したが未掲截)
6.「石油をめぐる危機的状況」(『世界週報』一九七七年二月号「一九八〇年代の石油危機」後半部)
なお『世界週報』に掲載された記事は、私が一九七七年一〇月一二日に日比谷の日本人記者クラブで行った講演の草稿に基づいている。そして石油情勢の急激な変化を考えて全面的に加筆修正するとともに、テーマの差に従って二つの異なった記事にまとめ直したことを明らかにしておきたい。記者クラブでの請演は私が多国籍企業に属している大手石油会社で開発担当ジェオロジストをしていた時期であり、その後、大組織に見切りをつけて石油開発のコンサルタント業を始めるとともに、石油ビジネスの本場米国で石油開発をするベンチャー事業の経営に乗り出したこともあって、私のビジネス観はこの間に非常に変化している
とくに本書に収録されているニつの記事と『世界週報』のそれと読みくらべてもらえば、そのドラスチックな変わり具合が歴然とするはずである。これは私自身にとっては進歩でも偏向でもなく、米国のビジネスの生命力となっているフリー・エンタープライズ・システムの長所を率直に評価して、精神的影響をうけた結果の反映である。また、現在の日本人に最も不足しているのが、この独立独歩、自らの判断と責任においてビジネスを行うという心構えだと考え、とくにフリー・エンタープライズ精神を強調する方向で筆を曲げてある点も明らかにしていいであろう。
私の考え方の変遷を知るうえでは、本書と『日本丸は沈没する』(時事通信社刊)の間に、『経済大国の没落と日本文化』とでも題すべき一書が存在するが、この本は主題に日本のファシズム化と国民国家の終焉を扱っているために上梓に至らないまま、本書の出版が先に決まったという経緯がある点を了承していただきたいと思う。
また本文の中で六月末現在来国の石油の値段が、バーレル当たり一九ドル三五セントと論じているが、七月一五日以降二四ドル五五セントの指し値が知らされている。このように石油の値段は目まぐるしく上昇していて、この傾向はさらに強まる一方である。今後の石油価格上昇により、スタグフレーションが世界を覆い、国際経済の不安要因は強まる一方だが、バーレル当たり四〇ドル(トン当り三〇〇ドル)の線を超えた段階で世界戦争に発展するという危惧を私は抱いている。だが、これが杞憂に終わることを祈るとはいえ、石油の価格上昇については、もはやどうにもならないという気持ちは少しもゆらいでいないのである。
戦争を回避し、エネルギー不足による産業社会の破綻から自らを守るためには、社会の体質改善しかないと思われるが、これはペシミズムではなく、むしろ未来とわれわれの可能性に対する強いオプチミズムに基づいた発言であるということを強調して、あとがきのまとめにしたい。
なお最後になったが、本書の出版に当たってお世話になった書籍部の元井正敏氏をはじめ時事通信社の皆様に心からお礼を申し上げたい。
一九七九年七月一三日金曜日
カンザス州ウイチタにて
藤原肇
著書
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