理は利よりも強し
1999年01月30日初版発行 本体価格1600円+税
太陽企画出版
絶版
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まえがき
20世紀から21世紀へと続く時代に位置し、われわれは二つの世紀の分水嶺に立って、行く手にある未来を展望しようとしている。だが、情報革命が目下のところ継続中であり、情報の嵐のただ中に生きているために、視界が悪くて全体像が捉えられないでいる。
頭上には人工衛星がいくつも飛び回っているし、インターネットで世界中が結びついているので、CIAやエリゼー宮殿のホームページを開いたり、ケンブリッジ大学の講義にアクセスを試みれば、最新情報も居ながらにして入手できる。
21世紀の文明が情報化された産業社会であり、ボーダーレス経済の発展で時間と空間が縮まって、エレクトロニクス機器のおかげで地球が一体化し、コミニュケーションが即時に成り立つ。それにしても、これが新世紀において体験する社会として、われわれの行く手に待ち構えているなら、21世紀は何と技術偏重で功利的だろうか。
フランシス・ベーコンが言う「知識は力なり」は、いつの時代でも確かに価値を持つ真理だが、新世紀は知識集約型の産業社会の時代であり、文明にとっての活力源は情報である。だが、インフォメーションとしての知識の入手は期待できても、インテリジェンスの次元の知能や知恵、そして、知慧や智慧の間題はどうなるのだろうか。
旧世紀から新世紀に架けた橋は情報製だし、この情報の吊橋は革命の嵐の中で揺れ動いており気圧配置が目まぐるしく変わるために、無事に渡り切るのはとても難しい挑戦になるが、誰に何を持たせて渡らせるのが良いかを考えた。
「誰」の答えは優れた資質を持つ人材だろうが、「何を」についていろいろと思い巡らした後で、20世紀が見落としていた価値を見つけることが、21世紀への贈り物になると思い当たり、「理は利よりも強し」という言葉にたどり着いた。
折しも、日本は金融システムの破綻と長期不況で、重苦しい閉塞感に国中が支配されていて、社会の構造的な状況はアノミー(連帯意識の喪失)であり、救いがたいほどの悲惨な様相を呈している。日本が直面している危機は利に盲目になり、理を想う心をなおざりにしたために、志とビジョンを見失った結果の蹉跣である。危機に直面しているのに決断する者が不在で、指導性の欠如の面で日本はドン底であり、徳川時代の最後に体験した幕末に比較して、今の社会学的特質を平成幕末と名づければ、両者を支配する驚くほどの類似性に気がつく。
幕府使節の一員として咸臨丸でアメリカに行き、役目を果たして帰国した勝海舟に老中が、アメリカと日本の違いを尋ねた時の話だ。海舟が「少し目につきましたのは、アメリカでは政府でも民間でも、およそ人の上に立つ者は、皆その地位相応に伶俐でございます。この点ばかりは、まったくわが国と反対のように思いまする」と言ったら、老中が目を丸くして「この無礼者、控えおろう」と叱った、という話が『氷川清話』に書いてある。
現在の日本の問題点はこの話が象徴しており、人材難に加えて適材適所が実行されておらず、徳川幕末も平成幕末も亡国現象を生んでいる。そして、指導的な能力や責任感がなおざりにされ、志も倫理感もない者が上に立っており、国事に倒れるのはリーダーの本分であるのに、大局を見て判断し理に従う決断が不在である。
金権政治やバブル経済の時代を主導したのは、幹部候補生や特攻隊員として出征したが、戦争で死ぬこともできなかったグループで、強い使命感の故に死んだ日本人の空白を埋めて、生き延びて指導者の椅子を入手した世代だ。何かをするという能力は誇っているのだが、してはいけないことは断じてしない点で、決意と責任感において劣っていたが故に、利のために「醜悪な中の繁栄」を招いたのである。
形の上での彼らの成功が腐敗を蔓延させ、内面的な挫折感を多くの日本人に与えたが、新世紀を迎えるにあたり大掃除が必要で、それを済ませて初めて試練への挑戦ができる。新しい世紀を輝かしいものとして手に入れ、次の世代に対して誇らかな気持ちと笑顔で、社会を引き継ぐ喜びを分かち合うために、現状の総括と未来設計に取りかかる必要がある
ノストラダムスの予言を持ち出さなくても、世紀の変わり目には予想外のことが続発し、それが試練として新しい挑戦の機会を生む。まず最初に遭遇するのがユーロの登場であり、その一年後には西暦2000年間題が襲来し、運よくそれを乗り越えて次の年になれば、預金者の元本完全保証の期限が訪れ、次々と押し寄せる荒波で息つく暇もなくなる。
この時に日本丸を舵取る船長と船の設計技師が、1億の同胞の運命を握ることになるが、指導的人材の発掘と活用についての秘策は、最優先でマスターしておくべき事柄である。
過去20年間に体験した経済大国日本の錯乱は、上に立つ者の劣化と頽廃に由来しており、世界の中で自国を位置づけることをしないで、タコ壺発想で井の中の蛙を決め込んでいた、悪しき習憤がもたらした悲惨な結果である。
そのような故国の状況を太平洋の対岸から眺め、日本を世界の中で位置づけた観点を基に、機会ある毎にメッセージを送り続けたものが、本書を構成している記事の内容である。
課題に挑む指導者の育成を急ぐ点と共に、世界で活躍している優れた人材を活用して、真の適材適所をしない限り試練の克服は難しく、卓越した人材に国境線は存在していない。
理を論じているが故に理屈っぽくなって、説明不足で読みづらくなったかもしれないが、既成の固定観念に捉われない柔軟な頭脳と、すべてを噛み砕く強靱な思想の歯を使って、「理は利よりも強し」の意味を味わい、世界の中で日本の位置を理解してほしい。
対談はすでに雑誌に掲載されたものであり、誤字の訂正を除きそのまま再録しているが、ダイアログを通じた発想の充実のために、私の相手をしてくださった皆さんに感謝したい。また、論文体の記事は一書にまとめるにあたり、全体をアップデートして大幅に書き改め、当面の課題に対応できる内容に補強したが、初出のリストは巻末に一覧してある。
記事を本書に収録することを快諾していただいた、『LA INTERNATIONAL』『ニューリーダー』『財界にっぽん』『タケヤマ・レポート』の編集責任者各位に、御厚情をここで心から感謝したいと思う。
1999年正月太平洋の対岸カリフォルニアにて 藤原肇
目次
まえがき
第1章 21世紀初頭の試練とは何か
ユーロ誕生とヨーロッパの狙い
世界最大の債務国アメリカのTボンド
日本の資金を吸い上げたデリバティブの陥穽
幻想に過ぎなかった日米欧の三極構造
長期展望に欠けた銀行救済の欺瞞
裏経済と金券ショップの隆盛
タイタニック号の運命とその回避
Y2K(西暦2000年問題)と社会ソフト
第1章註解
第2章 アジア経済危機の真相
章頭列伝(1)黄天麟さんの見識と調整能力
中国は経済の発展途上国
外貨準備高2000億ドルの幻影
日本経済のアジアへの影響力
BIS規制の罠に落ちた日本
欧米本位に異議申し立てを
正念場に立たされたアジア経済
第2章註解
第3章 腐敗した政官の改革を求めて
冷戦終結がもたらしたもの
崩れた表と裏の境界線
マスコミの頽廃と金融スキャンダル
大蔵省の情報操作と隠蔽工作
アングラ人脈が狙う政財界の不正事件
世界の三大銀行スキャンダル
倫理と責任が厳しく問われるアメリカ
綱紀粛正と信賞必罰の徹底を
官僚腐敗の根幹を断つ
自民党政治家の国辱行為
第3章註解
第4章 対米従属国家からの脱却
章頭列伝(2)マイケル・ブレーカーさんの酒脱性と観察力
変わらない日本の行動様式
日米関係は軍事同盟が基盤
まやかしのビンの栓理論
日本を危うくする数字への執着
無能な政治家と官僚
日本自立の基本条件とは
第4章註解
第5章 アメリカの対日強硬派の虚実
バブル崩壊後の日本異質論者たち
安易な日本叩きに終始する
低レベルの日本問題専門家
知日派の系譜と変化の歴史
孫引きと相互引用の危倹な論文
貧困な雑誌ジャーナリズム
日本の肩書き主義と常連会議屋
第5章註解
第6章 21世紀の人材を育てる
章頭列伝(3)堀出一郎さんの豊な国際感覚と幅広い視野
虚構の数字で築かれた経済大国
人材を鍛える場としての大学
大学とコミュニティの共生
MBAは資格ではなく訓練の証明
オックスフォードの歴史的転換
国際会議での情けない日本人
第6章註解
第7章 袋小路の情報ソフト小国
知的集約型産業社会への遥かな道程
情報革命とインテリジェンスの役割
情報革命の道具としてのコンピューター
情報スーパー・ハイウエーと国家戦略
アメリカによる日本包囲網の構築
米中を結ぷ見えない絆
日本を直撃するCALSの威力
第7章註解
第8章 国家の奴隷と化した大衆側
章頭列伝(4)正慶孝さんの博識と深い造詣
文武両道とオリンピック
国威発揚の場にすり変わる
市民が連帯し民主主義を育てる
開発と環境に一石を投じる
オリンピックの影の支配者
商業主義に毒された巨大イベント
第8章註解
第9章 国力から見た日本の生存戦略
アメリカの世界支配と国力の実態
著しく偏る国家としての健康度
利権屋集団と化した日本の政治家
世界に通用する頭脳集団の育成が急務
文明の発展と組織の生命活動
21世紀に不可欠な理の本質とは何か
日本を支えた先駆的思想家
理の中に潜む戦略とリーダーの条件
第9章註解
初出一覧
初出一覧
第1章 『財界にっぽん』(一九九九年二月号)「平成幕未を襲うユーロ発足の大津波タイタニック号になりつつある日本丸の舵取がいない」
第2章 『LA INTERNATIONAL』(一九九八年五月号)「アジア経済の混迷と金融危機の背景」
第3章 『財界にっぽん』(一九九六年二月号と一九九七年七月号)「孤立化が進む平成ニッポンの未期症状」
第4章 『ニューリーダー』(一九九六年九月号)「日本はアメリカから自立できるか?軍事同盟から太平洋憲章へ移行の条件」
第5章 『ニューリーダー』(一九九七年七月号)「いま米国のレビジオニストは何を企みどう動いているのか」
第6章 『ニューリーダー』(一九九七年九月号)「二十一世紀の人材をどう育てるか 改めて大学教育のあり方を問う」
第7章 『タケヤマレポート』冊8l5号(一九九六年十一月八日付)二十一世紀から見た日本の生存戦略」(泰山会での講演草稿)
第8章 『財界にっぽん』(一九九八年三月号)「オリンピックの真実と日本亡国の源流」
第9章 『財界にっぽん』(一九九五年一月号)「[情報ソフト小国]ニッポンの危機の克服」
著書
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