世界で最初のメタサイエンスの入門書。アインシュタインの相対性理論を超えて、宇宙の構造と調和の美学の核心に迫り、21世紀の学問の枠組みを指し示す。中国語訳に続き、韓国語訳も進行中の話題の書。
まえがき 五十代も半ばの今頃になって思うのはいささか手遅れだが、世界の古典を読むという意味で自分の読書不足を痛感したのは、台湾を訪れて読者である張さんに会い、彼の愛読書に書き込まれた凄い内容を見て、思わず目を見張った経験のお蔭である。 張さんの寝床や書斎に山積みになった本の大半は、世界の名著に属す分厚い原書であるが、項目や人名などがぺージ数と一緒に記され、しかも、他人の目には解読不可能な記号やコメントと共に並んで、表紙裏からぺージの余白にぎっしりと書き込んであった。私も色鉛筆を使い分けてアンダーラインを引いたり、ぺージの余白にコメントを書き込んでいるが、全ぺージがノート化した張さんほどのすさまじさはなく、拙著にも同様な書き込みで黒く汚れているのを見て、思わず喰り声を上げそうになったほどである。こんなに詳細に著書を読まれてしまったなら、著者として頭の中を読み抜かれた感じであり、落ち着いた気分になれなかったと告白しても、大袈裟だと指弾されないで済むのではないか。 初回の出会いの時にうけたショックは確かに大きかったが、それでも張さんが凄い語学力を持つ読書家であり、何だか私には良く分からない高等数学の領域と、神仙道に関して造詣が深い人だという程度の理解であった。だから、日を改めてゆっくり議諭すべきだと考えて、その延長線上で近い将来の再会を約束したのだった。そして、第二回目の訪台の機会を生かして、一緒に台湾山脈を横断する旅をしながら、共通の話題を論じ合ったことにより、その対話を通じて本書が誕生することになった。それにしても、途中までは著者と読者の関係で話が進んだのに、ある時点を境にして私は目から鱗が取れ、仙人と対座している事実に気づかざるを得なくなった。本文を読めばその経過がはっきり理解できるが張さんは鉄棒を使って体で回転運動をやってのけるし、動態幾何学というフロンチア領域を開拓して、アインシュタイン博士が未解決で終わった、「幽霊層の場の理諭」の突破口を切り開いていた。しかも、会話の中に次々と登場する古典からの引用を見ても分かるが張さんの全体的記憶力(Photographic memory) は驚嘆に値するものであり、私は弘法大師がマスターしたという[求聞持聡明法]の話を思い出し、その実際を目の当りにした印象を持ったのである。 それにしても、張さんの英語は前世紀的なキングズ・イングリッシュであり、文脈が短く単純化された米国英語しか知らない私には、古典を十分読んでいないので理解が難しかったし、その解読自体がとても厄介であった。制限漢字にない難しい文字が混じる漢文の整理や、みみずが這ったような張さんの筆記体の判読は、数ヵ月を費やすほどの困難な仕事だった。だが、会話の中に英文や漢文が出る度に帳面に書いてもらったお蔭で、編集段階でそれを活用できて大いに助かった。また、長大な時間で続いた対話のテープからの原稿起しは、東明社の吉田社長が自ら担当して下さり、「これは前代未聞の凄い内容だから、社運を賭けて出版に全力を傾ける。また、このような出版を手がけることが出来るのは、見えざる手の導きによるとしか思えない」と喜んで頂き、とても一書に纏まらないと思っていただけに、発行人の吉田さんの見識と努力と熱意に敬意を表したい。 この本には日本語だけでなく英語や漢語が入り混じり、これまでの日本の本には余り例のないスタイルをしているが、英文はおよその意味を日本語で補ったので、両方を付け合わせて原典の香気を味わうことが可能だろう。台・日・英・漢の四ヵ国語を祖国語にする張さんのお蔭で、新しい文明時代の先駆けになる挑戦を試みたわけだが、これからの日本が必要としている多層思考型の人材育成にとって、古典の文章を英語や漢文混じりで読むのに慣れることは、何らかの意味で役に立つのではないかと思う。 私はこれまで[脱藩]という言葉をキイワードにして、[脱落シリーズ]の著書を若い世代のために上梓し続けて来たが、それは二士世紀の日本に新しい活力をもたらせるのが、脱藩型の日本人だと信じているからだ。そして、張さんの説によると脱藩は中国語の [帰隠]に相当し、これは仙人になり得るような若い優秀な人材を選び、別世界に暫く送り出して高等学術の修行を施し、後日に国家なり組織の指導的人物として迎え、第一級の難題を解決してもらうプロセスであり、これは別の形での仙道修行ということになる。 この意味では仙境は古代人たちの空想的な世界ではなく、組織や共同体が不老長生を体現する上で必要なリーダーシップに結びついた、今日的な問題として脚光を浴びなくてはならないし、新しい意義を付与する必要がある重要課題になるのである。 このように考えると想いは無限に広がって行くが、願わくば本書が夜明け前の遠雷としての役割を演じ、そこに漲る大気が天頂に近い高所の空気として、強い肺を持つ強靱な頭脳によって吸収されて欲しい。更に、われわれを上回る足腰の強い巡礼者の出現と、見過ごしてしまったメタサイエンスの重要課題の補足を願いながら、先ずは宇宙巡礼の門出の道にご案内するとしよう。
カリフォルニアの砂漠の庵にて 藤原 肇
あとがき 祖先は中国大陸に根を張る漢民族に属しているが、戦前は大日本帝国の臣民として日本人であった私は、戦後は台湾が中華民国に復帰して中国人になったとはいえ、言葉としては、台湾語、中国語、日本語、英語の四つが私の祖国語である。中国語は日常の生活に結びついているし、知識や文学の素養はすべて漢民族の文化なので、寝言の大半だって北京官話を使っているから、私は中国人以外の何ものでもないわけだ。人類の遺産の古典はほとんど英語の本で読んだし、数学理論も英語で書いた方が明晰に表現できるから、どうしても英語で考えてしまいがちで、英語も私にとって祖国語になっている。 同じように、若い頃から愛読した夏目漱石の作品を始め、和歌や俳句は日本語でそのまま存分に味わい、NHKの国際テレビ番組で知る世界情勢は、異なる政治体制の視点の差を経由して、日本語ができる恩恵を最大限に生かしている。同じアジア人として似た風習や同文の基盤を持ち、中国人と日本人の古典が根で繋がっていることは、両民族の意思疎通をいかにスムーズにしていることだろうか。中国人が日本語を知る利点を生かす点は、過去に日本人を体験した台湾の中国人に共通するが、国際人としてのこの多元性を私も享受している。だから、人間としての肉体は台湾島に閉じ籠もっていても、精神はより広い世界に飛翔してきたと思う。 しかし、それ以上に日本語ができる喜びを痛感するのは、私が藤原博士の著作の数々を読む醍醐味と共に、その魅力を満喫しながら推理の跡を追いかけて、ジグゾウパズルを組み立てる知的興奮を体験し、最後に深い黙想を楽しむ時においてである。 (...the most generalization from a body of information, breathing heady air of contemplation ...lift our sight-levels ...put order ...in a strange system led to the striking discoveries. All-embracing mind is sharp, audacious, imaginative, enough ...geometry at play ...high spirit,profound soul, ferreting cosmic mystery ..having cipherer's prognosticational ratiocination, transfix capability. :five billions years...) その気分をこんな英文として表現したくなるが、それは酒仙と呼ばれた李白の詩を借用すれば、「死後に黄金北斗を支うとも、生前の一杯の酒に如かず」に相当し、読者として藤原博士の著作群(Book-cluster)に接し得る喜びは、李白が銘酒に遭遇した時のような感激を伴っている。だから、尊敬する藤原博士と対談する幸運に恵まれ、昔日の祖国語である日本語で存分に語り合えたのは、私にとって天にも昇る嬉しい体験になった。 だが、李白の酔心は俗人には悪寒を感じさせ、時には身の毛が逆立つ気分を与えかねない点は、[忠言逆耳、良薬苦於口]という警えの通りである。また、同じことをアインシュタイン博士も「数学の素養のない人には、四次元理論は身震いを感じさせる」とズバリ直言しているので、私は喜びの気持ちを自制するのに四苦八苦だが、セーガン博士が指摘した[人類の青春危機]を回避して、戦争を抜本的に排除して世界平和を実現するために、四語学徒の癖を生かした俳句をここで謹んで献呈したい。 [青によし、芝山(しざん)の森はいま青春(さかり)](green Spring!) 私の家の近くにある芝山公園は市民の憩いの場所であり、ここは日本人が台北随一の自然公園として残してくれた、名勝地の陽明山公園の山裾に位置するだけでなく、ゆかりの地として伊藤博文公の石碑も立った。百年に足りない歳月で日本軍が視野の狭い暴虐史と共に滅亡し、台湾にも[つわものどもの夢の跡]を残したが、毎日この芝山を通りながら思索する習慣の私には、泉のように湧出するインスピレーションと共に、若き日は日本人で老年は台湾人の感概が蘇って来る。 藤原博士が最初の訪台旅行の数日をわが台北で過ごし、読者である李登輝総統と歓談されただけでなく、芝山にほど近いわが家を訪門された時に、この芝山の森を歩きながら積年の思いを語り合い、宇宙や自然の神秘について意見を交換した。そして、博士の二度目の訪台の時には一緒に台湾山脈を横断し、山峡に分け入って試みた旅の継続中も、カセット録音機を前に喋り合ったものだが、こうして『宇宙巡礼』と題した本として完成したのは、私にとって人生における最高の喜悦である。 日本や世界にメタサイエンスの理解者は数少ないから、藤原理諭の醍醐味を楽しめる人間は多くないし、時代に先行した著書が読まれなくても不思議ではない。それにもかかわらずこの種の本を出版し続けるのは、東明社の吉田社長が易や漢方に深い造詣を持つからであり、私はその先見力と判断力に対して衷心の敬意を献げたい。 芭蕉や夏目漱石の作品が多くの日本人に愛好され、最近は放浪の俳人の山頭火が注目されているらしいが、その前方を歩く旅人の群れの中に湯川博士や藤原博士がいて、これから老子や李白と合流して回文(Palindrom)作りをしようとか、星団にまつわる反復発生(Palingenesis)を話題にしている姿を発見したら、日本人たちは想像を絶する驚傍を味わうのではないか。そんな心楽しい気持を即興の一旬に託すと、 [春もみじみずみずしさに雨の水] という日本文になり、幸運にもわれわれが議論した[無字天書]が私の胸にヒラリとかすめれば、更に一句が続いて、 [もみじの芽 green 漲ぎ溢れる puberty(青春期)] と英和混合の俳句が誕生し、これは立派なライプニッツ精神の発揚光大
(Manifestation)になっている。
台北の芝山の山麓にて、張錦春敬白
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