U 一匹狼こそ素晴らしい




 ――第一部の“節目をつける人生”というお話を聞いていて思ったのですが、藤原さんのようにまるで武者修業のような人生をしている人間が現在に生きているのは実に面白い。それも石油ビジネスという現代のあらゆるものを揺り動かし、しかも、科学や技術との結びつきからすると時代の最先端をいく分野の中に、こんな古風な姿勢で生きている人間がいたというのは大発見だという感じがします。
 日本国内にはまだそういった生き方をする人がいるでしょうし、現にいろんな分野で“修業”ということばが使われており、修業のある人生はことばの上だけでなく、実生活の中にも生きつづけています。しかし、外国に一七年間も滞在して一匹狼みたいに生きてきた人の口から、“修業”ということばがポンポン出て来ると、何となく私の方が戸惑った気分になってしまうと言えないこともありません。そこで、これからはもう少しザックバランに具体的な問題を出して、それに対して自由自在に切りこんでいくというやり方にしたいと思います。特に八○年代のビジネスの問題を中心にして、現在われわれがやっているビジネスや、日本の置かれている状況はどうなのか、日本の外側から眺めた日本と外国のつき合いの実態はどうか、という点を、私もずばり切りこんで質問致しますから、ハッシハッシと切り返していただくことにしましょう。
 さて、日本という閉鎖的な杜会環境の中で育った普通の日本人の場合、外国に行くにしても、大会社の駐在員のようなケースが圧倒的に多くて、なかなか外国の会社に使ってもらえないという感じがします。日本人が海外に出て仕事をする場合、これからはどういうタイプの人間がより活躍できるのでしょうか。

ビジネスにおける組織と個人

 自らの内面上の問題意識が、ビジネスマンとしての専門知識や、経験の蓄積を通じて身につけた判断力と結びついて、その人のビジネス・パーフォーマンスと呼ばれるものを形成するのでして、それを持ち合わせていれば、仕事は世界に幾らでも見つかります。自分が生涯を賭けて取り組む気になれる仕事というのは、それを見つけること自体が一種の人生における出会いみたいなものです。だから、その出会いを求めて職を変えていくのも人生ですし、ひとつの職場でパーフォーマンスを維持しながら、チャンスが来るのを待ち構えるのもひとつの人生です。大体・生涯に一度か二度はそういうチャンスが訪れて来るものだし、それを確実にとらえさえすれば悪くありませんね。またガツガツする必要は全くないけど、機会は自らが積極的に開拓することによってチャンスになるわけですから、自分から進んで働きかけるという姿勢に徹することも、外国で何事かを成し遂げる上で決め手になるでしょう。日本のようなコンテクスト度の高い場所は世界でも珍しく、意心伝心や腹芸が通用するのは、アフリカの酋長やチベットの村オサを初めとして、非常に限られています。だから、のりこえるのは放棄するのとはわけが違うので、自分をのりこえ、日本文化をのりこえることによって、自分の足で大地に立った人間として、一人の個人が国際舞台で活躍するのであって、独り立ちしようと組織の中で働こうと、個人は個人です。
 僕自身、三年近く商社で仕事をして強く感じたことは、商社ビジネスのほとんどが東京の指令で動いていることで、これでは駄目だと思いました。自分の判断にもとづいて決定が下せない組織は、そこに働く人材を本当に活用できないのです。これまでも日本に沢山の企業があり、世界中に支店網を持って忙しくやっている会杜は沢山存在したけれど、本当の意味で多国籍化したものはほとんどありません。
 多国籍企業というのは、本社があるニューヨークやロンドンの指示を仰いで動くのではなくて、現地の判断で行動ができる組織として自律性が非常に強いのです。もちろん、大きなプロジェクトや長期戦略にかかわることは、本社や他の支店とも協力し合いますが、本社や他の支店が競争相手にもなるのだという発想もいれば、支社での活動が本社での出世のための腰かけ仕事だという考えの放棄も必要です。そういった自覚が個人になく、組織の機構がそのような方向で体系づけられ運営されていないなら、幾ら三井や三菱が海外支店網を誇ってみたところで、多国籍企業になり得ないと思いますよ。

 ――そこで組織と個人というか、企業の中の個人が日本的な特殊環境の中で、なかなか能力を発揮できないという問題にぶつかります。個人がそのまま独立してビジネスをすることにひとつの解決があるにしても、非常に緊張して生きなければならないから、ビジネスの能力だけでなくて図太い神経もいりそうです。結局は杜会や文化環境の問題とも結びつくのでしょうが、これからの日本のビジネスが国際化し、世界的な規模で仕事をする上での本当の実力の問題と、そういった面での組織と個人の関係について、もう少し掘り下げてみて下さい。

企業にしても個人にしても、ともに組織だということから始めますと、人間というのは生物学的にみると幾つかの器官の寄り集まったものであり、企業も特殊な機能をもつ人間集団の集合体です。更に、国家も同じ具合にいろいろな特性を持った組織体の集合によって出来ていて、文化や言語の共通性とか、地理学的特性、あるいは宗教や理想を統一原理にしたりして、歴史のある一定段階においてひとつの枠組の中にまとまったものと言うことができます。
 個人も企業も国家もそれぞれ組織体ですから、組織体の発展法則に従って時間の枠組の中で、生成、発展、衰退という変化の過程を続けます。そして、それぞれ次元の大きさが違いますから、変化の相として顕れてくる現象におけるタイム・スパンが異なっているわけです。ところがこういったものを、それぞれより上位の次元から観察すると、変化の仕方や組織としての行動様式には、共通のパターンがあり、存在様式にも普遍性があることがわかります。
 こういう視点で眺めれば、ビジネスの原点は個人としての実力を持つ人が寄り集まって組織化したものであるということになり、大組織であるか小組織であるかは、組織の内容やパーフォーマンスを評価する上での指標になりません。売上高の寡多、従業員の数、資本金の大きさといったものは量的な問題であり、これは組織の内容を静的に示すことはできても、動的にとらえることも、質的な判定を下す尺度にもなり得ないんですね。
 日本の企業の場合は、特に商社などがそのいい例ですが、組織の大きさを背景にして世界に進出してビジネスをやっています。しかし、個人の実力を中心にやっているケースというのは、ないとは言いませんが、非常に少なくて、むしろ組織力の上に乗ってそれをフルに動員することで、あそこまでやっているという感じがします。毛利元就の三矢の譬えを思い出すまでもなく、組織力は確かに有効性を高める上で重要ですが、八〇年代のように、組織にとって全体的な統一性よりも、部分的な柔軟性の方がメリットになると思われる時代性の中では、これまでは長所として機能してきた組織力が、同じようにメリットとして作用し続けるかどうかは大いに疑問です。


知識集約型産業社会へ

 ――そこで組織力の問題が出たついでに、より具体的な問題にふれたいのですが、昔から人の三井、組織の三菱と言われてきました。三井物産は世界的企業ということでトップを走っていましたが、いつの間にか組織の三菱が追いこしてしまいました。もっとも何をもって一番というかについては、いろいろと解釈の差があるでしょうが、この事実をどう考えますか。

 これまでの日本の産業社会は、エネルギーを多消費する重工業を中心にしたもので、僕は技術集約型産業杜会と名づけています。その内容は技術をベースにした製品の大量生産方式と結びついた設備投資型のマニファクチャー・ビジネスでして、これは産業革命と共にうぶ声をあげて近代と共に発展し、二〇世紀前半に絶頂期を迎えた産業形態です。
 文明史的に眺めますと、産業の生成・発展の過程は、大きな枠組でも小さな枠組でもスパイラル運動をしていまして、動きの一般傾向としては、労働力集約型から技術集約型へ、そして技術集約型から知識集約型へと移行するのです。
 それでは労働力集約型の産業とはどんな特性を持つのかというと、手や足や身体という人間の体が生産活動の主体となる分野のもので、労働者とか労務者といわれる人々が主役となっています。たとえば、家具や建造物を作るとか、繊維産業、農林水産、トランジスタラジオやテレビの組立て、といったものが労働力集約型の代表例です。このタイプの産業の主役は人間ですから、その活力源は食料です。人間は食料が十分に与えられないと士気が衰えますが、食料の供給が倍加しても人間の生産性は倍加し得なかったが故に、限界性を内包していて、次第に道具や機械化がこの産業を内部変革したわけです。
 「人は食べるために生きるにあらず」なんて言いますが、サラリーマンの語源が塩を持って帰る人という意味に由来している通り、塩は食べ物と密接な関係を持ち、サラリーを稼ぐために汗を流す人びとによって、労働力集約型産業は支えられています。
 しかし、社会の需要と生産性の向上のために採りいれられた機械や設備が、人間に代わって主役を演ずる分野が発展すると、社会は技術集約型にと中心が移行するのですね。技術集約型の産業は大量生産を基調としたものですから、技術者と技能者の指揮の下に、プラントの中の機械設備が商品製造の主体となります。そして、機械設備がスムーズに機能するための活力源はエネルギーでして、一九世紀は石炭でしたが、二〇世紀は電力と石油です。しかも七〇年代がそうであったように、八〇年代もエネルギー源の主役は石油であり、石油を支配する者が産業社会の運命を握ることになります。われわれが現在石油問題にふりまわされ、国際政治が石油資源を中心にギクシャクした状態にあるのは、エネルギーを多消費する重工業があまりにも肥大化し、企業、国家という次元を通りこして、地球という次元でのエネルギー・バランスが崩れているところに原因があります。
 現在の段階まで日本の産業社会が発展する過程では、組織の三菱がハードウエア指向型の特技を生かして、組織力を動員しながら大型プラントを大量に築きあげ、マスプロダクション体制をフルに稼働して大量販売をするやり方で来て、それが有効だったわけです。果たしてこれからもそうかというと、おそらくはそうはいかないでしょう。それは現在すでに日本自体が技術集約型から知識集約型の産業杜会に重点を移行しつつあり、個々の企業がこの動きに対応しなければ、行きづまって衰退化を避け得ないという現実があるからです。造船、鉄鋼、工作機械、肥料、パルプ、鉱山といった産業が呻吟しているのは、この時代性の反映であり、自動車、重電機、石油化学といった産業が低迷化するのは時間の問題でしょうね。
 それでは知識集約型の産業に活力源を供給するのは何かというと、情報でして、それも量としての情報ではなくて、質としての情報です。質のいい情報をシステム化したものを、ソフトウエアと呼びますが、このソフトウエアを取り扱うのは問題意識とパーフォーマンスを誇る人間であるという意味で、再び労働力集約型と知識集約型が結びつきます。今度は肉体労働ではなくて、頭脳労働とより密着した新しいタイプの労働力集約型指向の産業社会が、二一世紀に大発展するかもしれません。人間が個人としての判断力や見識を高める努力をおこたれば、人間に代わって人工頭脳がその主役を演じることになる可能性もなきにしもあらずです。それでもコンピューターのプログラムとしてのソフトウエアは人間の頭脳が作り出すものですから、たとえわずかにしても、人工頭脳より優れた頭脳を持つ人間は存在し続けるに違いありません。
 日本に帰る度に感じることですが、日本は情報の洪水であり、しかも、駄物の情報が氾濫しています。それに、情報を選択し、そこから情勢判断をしたり、将来を展望することのできる頭脳が不足しています。政治家や経済人たちは口をそろえて、日本は情報が不足していると言いますが、僕に言わせれば、情報は不足しておらず、駄物の情報があまりにも多すぎて、情報そのものとしてはむしろ過多というべきだと思います。その上、駄物の情報をガブガブと飲みこみ、今度はそれを水増してペラペラ喋ったり、大袈裟なタイトルで記事に書き上げる評論家や学校の先生が大氾濫している代わりに、情報の選択眼を持つ人々がほとんどマスコミ界に活躍していないという悲しい現実があります。氷炭相容れずということなのでしょうかね。
 これからの日本が情報指向型になるなら、いい情報を選択し総合判断できる人たちが中心になる社会が育ってこなければいけません。そうなると、もし本当に人の三井ということなら、ことによると三井が強くなるかもしれません。しかし、それは組織の三菱という通称と比較した場合の話で、実態がどうなのかということや、八〇年代が三井の天下になるのかという問題とは全く無関係なことです。
 第一、人の三井と言ったところで、毎年何百人という新卒を採用するわけだし、大学で優を幾つ揃えたということや、縁故関係などが採用基準の中心だとしたら、果たしてどこまで本当の人材を取りこぼさないでいるか、わかったものではありません。秀れた人材はそれ相応に癖を持っているし、真のリーダーシップはともすると傷に見まちがえる個性と一身同体の場合が多いからです。
 よほど優れた伯楽が試験官になれば、毛並みのいい駿馬の中から千里の馬を選別できるかもしれませんが、一定の時期にフレッシュマンを大量に集めて、ベルトコンベア式の試験制度の枠内で何百人も採用するやり方をしている限り、玉石混淆は避け難いことです。しかも、現在の世界情勢や日本の置かれている状況くらいのことは、常識以上の問題意識を持ち合わせていたにしても、情報を選択し判断するだけの能力と八○年代を見透すだけの洞察力を持ち合わせているかどうかは、日本の標準からすると非常に困難だと思われる根拠があるんです。
 それは、歴史や経済などをテーマに扱いながら、史眼や国際感覚を満足に持ち合わせない虚妄の文化人達が、八〇年代をいろいろと読むといった調子で紙屑のような本を書き、それがベストセラーになって大学生達にも読まれているという現実が日本にあるからです。大学生も試験官もそんな本を読んで八〇年代をわかったつもりになっていれば、新入社員のかなりの部分は、ことによると駄物の秀才が混りこむかもしれないし、そうなると、幾ら“人の三井”を自称してみたところで、“人々の三井”ということに終わってしまうかもしれないです。


大組織に見切リをつける

 それに現実問題として存在していることは、本当に優れた人材は最初の二年か三年三井の中で仕事をして、大組織の実体を十分に知り限界を見きわめた上でやめていく事実です。それは三井の問題ではなくて、大組織に共通するものであり、昔から三日三月三年といって、組織内部での自分の転機について、非常に人間心理の深奥をついた表現が日本にはあります。三年も同じところにいれば一生涯有効な惰性がつくということでもあるのでしょう。
 こんな大きな組織の中では、幾ら自分が問題提起をしても、係長も課長も理解しようとしてくれない。たとえ課長が支持してくれても部長が首を縦に振らないし、部長まで上がったものを、今度は常務会で見送りにするということになったというのでは、それが何度も起こるなら、とてもいたたまれないのは人情です。僕はエリート中のエリートという存在ではなかったけれど、それでもそういう体験をさんざんしたので、さすがの僕でも、日本の組織には見切りをつけることにしたわけです。
 僕は海外生活が長いので、そうやって大組織に見切りをつけた日本人を沢山知っています。日本人の感覚からすると脱藩組みたいなそういった人を、大組織からの脱落者という具合に見ている場合が多いようですが、僕に言わせるなら、そういう人は落ちこまなかった者という感じです。そんな人々を組織して軽商社を設立するなら、事によると人の三井と組織の三菱を束にしたくらいのいい企業が生まれるという気もします。もっともそういう人は幾ら素晴らしい待遇を用意しても、二度と再び大組織の中で生きたいなどと言わないに決まっています。一度逃れ出て大自然の中に戻ったライオンは、幾ら快適な環境と待遇を提供されても、檻のある動物園の生活を恋しいとは思わないでしょうし、動物園の付属品化したライオンや会社の備品化した人間は、脾肉ばかりついて、それを嘆く気概も失いがちということになるのじゃありませんかね。
 大体において、日本の杜会は出る釘は打たれ、長いものには巻かれる世界であり、巻かれた人たちが出世して常務会をやり、打たれた釘は冷飯食いになるから、我慢強くない優れた人材は皆とび出してしまいます。それに常務会というのは専門知識を持ち合わせない人々が、自分達の理解の及ばない問題を前にして、ひと口ずつ舌ざわりを体験するお茶席のセレモニーのようなものです。毒が入っていれば連帯責任ですが、適当にほめたりけなしたりで結論が出るのに時間がかかりすぎるために、話が常務会に行ったらダメだと覚悟したらいいと言われるくらい、常務会の決定は役立たずだということは、ビジネスマンのほとんどが知りぬいています。なぜならば、いい話は決断の早い所がどんどん取ってしまいますし、誰も拾わない駄物の話だけが、常務会に承認されるまでの悠久な時間の流れに耐えて生き残るからです。七〇年代はこうやって日本の企業は大分つまらないプロジェクトを拾い集めたし、その幾つかは国家事業として税金で尻ぬぐいをしてもらいました。しかし八〇年代にこんなやり方を続けていたら、国家事業ばかりになってしまって、日本の産業社会は海外で重工業のプロジェクトばかりやることになり、知識集約型産業を国内に育てることは不可能になりそうですね。


精神の開国と機会の門戸開放

 ――かつては財界が政治を動かしていたと言われた時代がありました。しかし、現在では財界が老化して政治に影響力を与えるだけの力を持ち合わせず、ただ金力を使って政治家を動かしている程度です。それに代わって官僚が台頭しまして、かつての大法官みたいな存在としてすべての解釈から規制までするようになり、官僚が政治を動かしているという感じもします。国民一般だけでなく真面目に仕事にうちこんでいるビジネスマンの間にも、こういった日本の政治的状況に対して、疎外感というか、絶望感に似たものが広がっていると思うのです。そのような実態を踏まえて、政治の分野における個人の役割と、経済活動と政治のかかわりあいについてどう考えますか。

 ずばり日本の政治のやり方の本質を指摘すると、これは現代版の法家の政治です。なぜ現代版であるかと言うと、法家の政治は、今から二二〇〇年前の秦の始皇帝が自ら徹底した専制君主として君臨し、中央集権的な統制政治をやったもので、それと共通のパターンがあるからです。経済、行政、治安を中心に、すべての分野を国家権力で統制すれば、急速に国力が増大することは、古今東西を問わず全体主義国家に共通ですが、始皇帝もそうやって天下を統一しました。そして、これが日本では政治学の教科書として飛鳥時代から参考にされていますし、東大法学部を卒業して役人になった人々の政治思想の基本となっています。しかも、そういった人々が役人になり、その次に高級官僚の成れの果てで、天下りする代わりに権勢欲に富んだ部分が政治家になっていきますから、日本の政界は官僚の養老院と言っても間違いありません。
 法をすべてに優先させるという法家の政治を確立したのは公孫鞅で、結果的には自縄自縛になったことで有名ですが、信賞必罰の法家の政治は個人主義や人格をいっさい認めない愚民政治でもあるわけです。僕は異次元間におけるリーダーシップの質的相違の存在を認めますし、個体間における立場と意欲の差が能力に反映することも知っていますが、それが愚民政治をやっていい理由にならないこともそれ以上によく心得ているつもりです。だから、個人主義者としての自己完結的な嗜好を抜きにしても、全体主義としての愚民政治に対しては、徹頭徹尾反発せずにはいられないわけです。
 個人感情を排除して事実問題だけに注目しても、国家と個人は二つの対立概念であり、社会秩序と個人の主導権の相克は秦やギリシアの時代から続いてきました。同時に全体と個の問題は国民国家が時代性となった一九世紀以来、国が社会的結合を象徴する形で論じられてきましたが、国家主義者達が主導権を握っていたこれまでの議論では、主として構成員である個人と国家の関係ばかりが論じられた傾向がありますね。しかし、ひとつの組織はそれ自身のメンバーに対する関係と、より次元が上のものとの関係があって、個人と企業、企業とコミュニティ、コミュニティと国家、国家と世界との対比で眺めるなら、国家が個人に対して絶対的な存在であるとは言えなくなります。もし国家が個人に対してそのような存在性を主張するなら、世界も同時に国民国家に対して絶対的存在としての自己主張をしても、それをうけいれなければならないという論法が生まれます。国民国家というのは絶対的なものでも最終的なものでもなく、歴史的な一時性しか持ち合わせない過度的な存在でしかないのですね。このように、これまで絶対化されてきたものの価値の相対化自体が、新しい時代における価値になるという点で、日本人がこれまでのように日本という国を自分の存在確認の最後のよりどころと思いこむ発想から、自らを解放する必要があるといえないでしょうか。絶対という主観的な認識を棄てて、客観的な目でいろいろな物事について自由自在に判断することができるようになる状態を精神における開国だと考えるなら、国際化は日本人にとって時代の呼び声です。そして、日本という国を内と外から眺めて、個人と世界に挟まれた国家として自分の国を観察すれば、通産省や大蔵省だけでなく農林水産省、文部省などの役人達が時代錯誤のはなはだしい政治家達と一緒にやっている統制的な鎖国政策がいかに狂っているかも、よく見えるようになるのですね。しかも、彼らは国家を含めたあらゆる組織が、政治、経済、社会といった領域において、目的ではなくて手段に過ぎないということを忘れて、自らの行政上の責任という決まり文句を使いながら、権力愛を満足させるためにやりすぎるのです。といっても、そこで彼らの熱意を冷却しすぎると、本来、仕事の能率をあげるための努力を好まないという官僚的な精神が支配的になるというジレンマが生じるおそれがあります。
 それを解決する唯一の方法は次元の上位のものが下位のものに権限を移譲することです。中央集権的な現在の日本の政治機構を再編成して、内政をスケールの小さな地方的自治体中心にする方向で、道州制を真剣に考えてみることです。コミュニティの次元でも同じで、県は市町村に、自治体はコミュニティ活動の中に積極的な企業や住民の参加をとりこむ。企業も同じように権限と責任をより現場に近い部署におろして、事業部制やプロジェクト・チーム制にしていくのです。そうすると今まで零細企業とか個人企業と呼ばれて、あまりその存在を評価されなかった分野の見直しが行われ、プロフェショナル、コンサルタント、そしてベンチャー・ビジネスといったものが、これからの知識集約型の産業社会の主役になり、個人のリーダーシップと実力がより反映されることで、優秀な人材が大企業や官界に吸いとられる現状が変化するでしょう。より下位の次元で指導性を発揮した人が上位のものに移行する形で、機会における門戸解放のシステムを作ることも、現在の絶望感に満ちた政治的状況を改めるやり方になるでしょう。
 そういう意味では、企業という組織の次元に生きているビジネスマンにも、新しい社会を築きあげていく上で、個人としての自律性をより大きなものにしたり、組織をより機能的に、しかも部分がより大きな責任と権限を与えられるように努力したり、コミュニティ活動に積極的に参加することによって、日本の政治のあり方を少しずつよくする上での貢献ができるのではありませんか。


フリー・エンタプライズの思想とシステム

 ――政治と個人とのかかわり合いというと、すぐに資本主義か共産主義かとか、自由主義か社会主義かとかいうイデオロギーの問題が出て、その選択主体としての個人を見失った形で考える傾向がありますね。藤原さんの最近の御著書にはフリー・エンタプライズということばがよく出てきますが、それと政治イデオロギーの関係はいかがですか。

 明治の日本の経済人達のビジネスのやり方を見ると、国家権力と結びついた商政的な人々が沢山いたと同時に、自らの創意と責任感にもとづいて事業に取り組んだ、企業家精神に富んだ人々も各分野に存在していました。おそらく日本の近代の夜明けとしての明治前半は、文明開化と結びついた日本資本主義の生成期であったが故に、パイオニア精神を持つ企業家達が輩出したのでしょう。大正から昭和の前半にかけての実業家達が二代目であり、戦後の日本に重工業中心の産業社会を作りあげた人々が三代目に当たるのでしょう。しかし、唐様に書く癖があるかどうかは知りませんが、現在の産業界の重鎮として君臨している人々のほとんどは、大組織をバックにするか、政商的な存在でして、企業家精神も指導性も持ち合わせないような感じがします。昔からビジネスマンに関して日本では面白いことを言いまして、「下司はカネを残し、中庸はビジネスを残し、上手は人材を残す」ということですが、現在の財界人は人材を育てる能力を持ち合わせたかった人ばかりらしく、七〇を過ぎ八〇を過ぎても、自ら陣頭指揮をやっています。
 昔、住友財閥の基礎を築いた伊庭という理事は「事業にとって最悪の害をするのは、青年の過失ではなくて老人の出しゃばりだ」と言って、皆が引退をひき止めるのをふり切って五八歳で第一線をひき下がって隠棲したそうですが、今の財界人は伊庭さんの爪の垢を煎じて飲ませたいような人ばかりです。財界が養老院で、昔の麟麟児たちが老いて駑馬になったような人々が頑張っているでしょう。だから、そういったサラリーマンの成れの果てみたいな人々が企業家精神の原点に還れと叫び、自由主義経済を讃えてみたところで、彼らのやっていることを見れば、権力と結んで政商的なことをやっているだけで説得力もないんです。
 第一、個人主義の基盤を持たない自由主義は奴隷制社会と同じですし、老害の代表者が企業家精神ということばを乱発すれば、それは僕らの耳には空しい過去の残響として伝わるだけで、輝かしい未来への霊感を呼び起こすことにはなりません。それに企業家精神というのは財界の大向こうから絶叫するような性質のことばではなくて、独り静かに実践する概念です。個人の責任と創意で何かをビジネスとして作り出す過程で、企業家精神が生まれてくるのです。そして、他の人とは違ったやり方を試みるとか、皆よりも努力にはげむことによって課題を遂行し、ビジネスを成功させ発展させる可能性を企業性と呼び、そのような活動を最小限の権力干渉で行える社会をフリー・エンタプライズ・システムと言うのですね。
 卑近な仕事の例で言いますと、大部分の日本のサラリーマンは、九時に会杜に行き五時半まで仕事をして、あとは残業という形で仕事を続けますが、米国では残業なしです。ところが僕のパートナーのアメリカ人は、朝六時半に会社に現れて夕方五時まで仕事をし、しかも土曜も日曜もほとんど休みません。これは仕事自体が道楽のように面白くてたまらないからであり、個人と組織が一体感で結ばれたベソチャー・ビジネスだから可能になっているのです。
 大組織でこんなやり方をすると、最初は働き者だということで評価されますが、そのうち、やり過ぎだとか皆のぺースが狂うということになって、足のひっぱり合いが始まって創意と熱意を削り取って平等にしてしまいます。個人としての人間には、創意や熱意だけでなく能力や個性にそれぞれ大きな相違がありますが、そういったものが生み出す努力や能率を犠牲にすることによって、理想的な平等社会が誕生します。また社会の次元でも、万人が完全な自由人か奴隷である場合にも、平等が成立する可能性がありますが、むしろ本当の平等は人間を生物体と考えたり、物質の特殊な組み合わせとして見る時に初めて一般性を持つ概念になります。
 そこで企業程度の次元では、個人間の不平等の桎梏を組織が調整するだけの機能を持ち合わせる場合が少ないので、大企業になればなるほど、平等と専制のバランスの均衡が大きく揺れ動きます。しかも、権力だけの問題ではなくて、独特な発想や面白いアプローチを考えつく人が異端者になってしまい、活動の場を与えられないことになります。
 そこでエントロピーの考え方を導入すればわかりやすいのですが、ここではそんな難しい話は抜きにして人間の問題として考えると、創意を持つ人ばかりになると、組織全体の秩序は崩れます。そこで個人の自由な発想を抑えると、創意や熱情が衰えて段々と活力を喪失してしまうという関係があるということを理解して、共産主義や資本主義の問題を眺めると、すべてが明白になります。


ファシズム日本の予兆

 共産主義と資本主義の対立は一般に経済関係から見た生産体制の比較上の問題でして、しかも、技術集約型の産業時代には、共産主義自体が一種の資本主義にならざるを得ません。これは文明史的に見ると、同じ帝国主義的な社会としての発展段階を持つからです。その点に関しての僕の議論は『日本不沈の条件』(時事通信社刊)にゆずることにしますが、視点を変えてE・H・カーのように、経済の計画性で資本主義と共産主義を対比する考え方も面白いですね。彼の考え方を多少修正して、共産主義は計画経済をマキシマムに反映しているので国家の統制が強いが、資本主義は企業や個人の創意を強く反映しているために、大きな枠組としての国家の統制力が小さい。そこで資本主義社会が、善人ばかりでないから、自分のしたい放題をして全体の秩序が乱れる、という具合に見るのもちょっと面白い視点ですね。
 マルクスは歴史を動かす原動力を経済関係の変化としてとらえて、共産主義と資本主義の対立という概念を作り出しました。彼の史観はそれ以前のものに比べると、問題にならないくらい卓越したものでしたが、生産関係というのは、せいぜい国家や政治社会までの次元で最も有効性を持ちうるものでしかないという点で、今の僕には物足りない感じがします。しかも、次元における組織の役割の差と個人の関係を見落として、人類社会の未来を権威主義的な政府に手渡してしまい、各段階の組織における総体としての個人の貢献を評価しなかったことに関して、マルクス博士が一九世紀における最も博識の人であるだけに、実に惜しいことだったと思うわけです。
 僕の個人的な嗜好に従うならば、共産主義とか資本主義を議論するよりも、個人の創意と全体の秩序から問題を眺めて、個人主義か全体主義かと考えた方が、文明の歴史における変化の相と、その必然性がよくわかるという気がします。だからと言って、マルクスの史観が有効性を失ったということではなく、いまだ誰もマルクスを乗りこえるだけの歴史理論を組み立てるに至っていないが故に、あい変わらず、われわれが生きている現在でも、有効期間は継続中ということになるのです。おそらく後世の人々がマルクスを乗りこえるのに難渋している最大の理由は、マルクス自身が急進的個人主義の立場をマスターしていた事実と、彼以外の人物が大英図書館の本を全部読破してやろうという熱意と、二〇世紀にふさわしい創意を持ち合わせておらず、個人主義者としての迫力において劣っているせいでしょう。
 それはともかくとして、国家の次元における組織の利益が最優先であるという全体主義の社会に対して、個人としての責任、自覚、努力といったものが主体となる個人主義の社会があるわけでして、フリー・エンタプライズ方式の社会は無秩序化の欠陥を持ち、計画経済方式の社会は官僚統制を指向しやすいと言えます。完全無欠のものなどこの世にないのです。
 日本の場合は一応資本主義体制を自称し、自由貿易を旗印にしていますが、現実は官僚統制が支配的で、全体主義の色彩を濃くしています。そこに日本における天皇制ファシズムヘの危険性が垣間見られるわけです。すでに生起した歴史的な出来事を未来における可能性として予告することが、予言者を真の予言者たらしめる唯一のやり方だとしたら、過去における天皇制ファシズムや、われわれの目の前で進行している官僚統制の強化への動きが、不幸な八〇年代の予言と結びつかないようにと期待せざるを得ないというところでしょうか。


国民国家の没落

 ――官僚統制ということばが出てきましたが、役人的な発想が災いして一番硬直状態に陥っているのが、国と国との関係だと思います。企業と企業、あるいは企業と個人の関係の方が、現在の日本だけでなく世界全体としてもギクシャクしていますね。そういう意味で、今度は国と国の関係における個人の役割、そして企業と企業の関係における個人の役割についての藤原さんの見解はいかがですか。

 国家関係がギクシャクしている最大の理由は、民族主義というか国家主義が世界中で台頭していて、その背景には多くの国民国家が政治的に未成熟だということが大いに関係しているのではありませんか。しかも、内部矛盾というか、深刻な国内での対立があって、それをうまく処理できないと、問題を対外的な緊張にすり変えていくというのは、政治における常套手既です。権力を維持するために、不必要な対外緊張を作り出したり、八紘一宇やアーリア民族選民論といったデマゴギーをまき散らし、民族の栄光や文化の優秀性を強調するのは一種の年中行事みたいなものです。日本の場合は政治的に見るとソフトなファシズムが岸内閣あたりから続いていて、オリンピック、万博、海洋博といったマツリゴトや、明治百年や現在進行中の日本並びに日本人論の流行といった具合に、民族意識高揚のための政治的プロモーションが続いています。
 日本だけでなく、ナチスのドイツや現在のイランを見てもわかるように、文化というのは民族主義者にとっては非常に有効な武器になるものでして、人々の感情に訴えて、絶望にバラ色のスポットライトをあてて希望にすり変えることで、人々の熱狂と献身をひき出すわけです。だから、現在の国際関係がどうもおかしな状況に陥っているのは、米ソ両大国は言うに及ばず、日本や中国にも円熟した手段と洞察力を持った政治家が存在せず、非常に安易な統治の仕方である民族主義をかつぎまわっているということに尽きるでしょう。政治的にも未熟なアジアやアフリカの国々になると、もはや民族主義しかないという感じでして、二〇世紀における一八四八年がこの八○年代のいつかに爆発するのではないでしょうか。
 いずれにしても、僕の個人的な見解からすると、現在の世界的な政治における混迷は、国民国家時代の没落に関係しており、これからは新しいタイプの中世時代が始まるのかもしれないということです。必要最低限のものだけが寄り集まり、その中で一番有能なものが指導性を発揮して、自由度と秩序のバランスを調整して、組織としての有効性を各次元の枠組を超えたところで統一していくのです。それが合従連衡のゲリラ政治になったり、ベンチャー・ビジネスとして二一世紀に定着するのではありませんかね。


ベンチャーの精神と機動性

 ――ビジネスの主体が二一世紀にはベンチャー・ビジネスに移るということですが、藤原さんの場合はエネルギーや資源に関係しているわけですね。しかし、これからビジネス一般として発展するものとして、その他にどういったものがあるとお考えですか。

 現在の段階ではベンチャー・ビジネスは特に最新の科学技術と緊密に結びついたものに対して用いられることばです。しかし、その他にソフトウエア一般と結びつく分野があり、それを冒険的事業というニュアンスを含めてベンチャーと呼びならわしていますね。担保として使える固定資産だけでなく、流動資産も主体にならず、専らソフトウエアや判断力をビジネスの中核にするものがそれです。芸術や出版、それに教育や金融といった分野は、巨大化する方向ではなくて、一定の範囲内で専門的に高度化することで、質の高さや内容の良さを追求できる可能性を持っています。たとえば弁護士事務所だって自分達は離婚専門だということで、しかも、離婚問題を中心にして民事のいろんな異なる領域を持ち合う弁護士が三人か四人集まって、お互いの知識と経験を生かしてビジネスをやるのが、一番効率がいいのです。とてつもなく巨大な法律事務所を構え、民事、刑事、商法といった具合に何でもやれば、ビジネスの取扱高は大きくなっても、訴訟の勝率は最高にはならないでしょうし、一番素晴らしい法律事務所とは言えないのではありませんか。
 日本ではすぐ量的な比較をするので、僕の会社の従業員数を聞かれます。答えは、核になるのは二人ですが、プロジェクトの進行に従って五人になったり一〇人になったりしまして、必要に応じてふくらんだりへこんだりします。また資金の運用だって同じで、銀行の当座に預金を眠らせるような能率の悪いことはせずに、必要に応じてカネを持っている人にベンチャー・キャピタルの出資を呼びかけ、プロジェクトの中に金利のいらないカネを取りこんで、もうけを分配するのです。
 あるプロジェクトをやる時には、その問題に関しては一番というコンサルタントを一定期間結集して、それにベンチャー・キャピタルをつけ、終わったら利益の山分けで組織は解散です。会社を巨大化させてはいけないのでして、プロジェクト毎に組織を作り、有能な人間に担当をまかせて全体を統括し、細胞のようなネットワークを作るのが僕のやり方です。実はこれが一番確かでもうかるビジネスの方法です。
 米国でも大組織は全部事業部制をしき、その中を更に独立した単位にして、お互いにビジネスをやり競争をしています。しかし、自己資本なしで大企業に立ち向かうには、僕がやろうとしているベンチャー・ビジネスのネットワークが一番有効だという気がします。
 日本の大企業の一部でも事業部制をとっているようですが、形式だけで、ベンチャーとしての精神を把握していない限り、松下グループとか三菱グループの枠から出られませんから、事業部制がうまく機能していません。三菱グループのメンバーだからと言って三菱銀行の資金と繋がるからいけないので、条件がよければ住友銀行だっていいし、一番有利に使えるものなら、一六相互銀行でも、ナントカ信用金庫でも構わないというだけの柔軟性が必要ですね。

 ――日本の事業部制は大企業に多く、しかも、これまでの例でも失敗しているケースが続出しています。それは今言われたような枠組の中での事業部制の採用が多いせいでしょうね。


ベンチャー・キャピタルの不在

 キャピタルは存在するが、ベンチャー・キャピタルに近いものがないということでして、日本には、ソフトウエアと企業家への信頼にもとづいて投資される形で、時と場所を限定せずに自由自在に動く資本がないのです。ネズミ講や頼母子講に集まる程度の小銭や、株式市場経由の匿名資金はありますが、信頼関係で活用できるものがないわけで、たとえ日本には存在しなくとも、世界にはこういった資金がちゃんとあるのです。
 たとえばドイツヘ行ってカネを持っているグループに、米国で石油井戸を一五本試掘するのに五億円出資しますか、と話を持ちかけると、ドイツ人が所有権を持つ油田を地上に確保するということで出資者が投資資金を所得から控除される制度が確立しているので、資本が集まります。これがジャーマン・ドリリング・ファンドと呼ばれる投資資金ですが、この制度をドイツ政府が活用したために、西独のマルクは日本円のような硬直した状態で過剰外貨蓄積を発生させることがなかったのです。医者を始めとしたプロフェショナル系の高額所得者は、こうやって北海や北米の石油開発に直接投資をして、世界中に油田の利権として小規模なインタレストを沢山確保しました。日本だって大蔵省の役人がこれと似たアイディアを活用するだけの柔軟な頭脳を持ち合わせていたら、医者にだけ例外的な優遇措置をとって、国民の大部分から非難されることもなかったでしょうし、日本人が所有権の一部を持つ油田が、世界中に存在することになっていたのではありませんか。この投資の評価やアドバイスに有能なコンサルタントが活用されたわけですが、日本には規制しか考えつかない馬鹿な役人が多かったために、日本が過剰外貨に悩んでいた時に、僕は日本人のためにコンサルタントとしても役に立てませんでした。杓子定規なドイツ人になりたいとは思いませんが、あの時ほど日本人として生まれたことを損に思った場合はなかったです。同じカナダで石油コンサルタントをやっている友人などは、ドイツのお客さんのために一年仕事をして、五〇年分くらいの稼ぎがあって死にそうだと悲鳴をあげていましたよ。
 ハードウエアを得意にして、ソフトのものはからきし駄目だと定評のあるドイツ人でさえ、それくらいのことをやれるのに、日本人は石油開発のようにソフトウエアが主体になるものについては、手も足も出ないというのは情けない限りじゃありませんか、全く。


八〇年代の決め手

 スイス人を相手にする場合は、わざわざスイスまで出掛けて行く必要はなくて、面白いプロジェクトがあるから、誰かアラブの金持で五億円投資する人がいないかと電話をすれば、一週間以内に探してあげましょう、ということになるのです。
 情報化時代とよく言いますが、情報化の真の意味は、テレビや電話が普及したりコンピューターが大量に活用されているという事実にあるのではなく、そういった道具を使ってオンタイムで決断し、ビジネス化するというところに決め手があるのです。ところが日本人にはこの決断を素早くするプロセスが欠けているために、国際ビジネスでいつも立ち遅れてしまうのですね。
 米国とスイス、それに英国のビジネスマンが、素早い決断とソフトウエアヘの評価という点では卓越しています。コンサルタントとしての僕にジュネーブの投資銀行から電話がかかって「ムッシュ藤原、明後日の午前一〇時にデンバーのナントカ石油に行って、会議に当行のコンサルタントとして出席してもらえますか」と頼まれます。そこで飛行機に乗ってその会議に出席すると、目の前に地図や資料を広げてプロジェクトの説明があり、質疑応答や取引条件の提示などが行われ、全体を総合評価してから再びジュネーブに電話を入れます。そして、僕の判断だと優から良の間くらいの内容で、石油発見の可能性は一五%で埋蔵量はどれ位です、プロジェクトの総額が一四〇万ドルですから、一〇%から二〇%の間で権利を買っておいたらどうですか、といった進言をするのです。それでコンサルタントとしての仕事は完了で、あとはジュネーブでイエスかノーかを決めて、プロジェクトを持つ会社と共同事業をするならするだけの話でして、それも全体で一週間くらいですべてが片づいてしまうのです。幾ら国内で時代の花形だとか情報化へのトップランナーと言われていても、日本の商社にはソフトウエアを評価できる人材は存在しませんし、たとえコンサルタントを雇っても、その勧告に従って素早い決断をやれるトップが、それぞれの部門を統括していませんから、こういったビジネスはやりようがありません。しかも、日本の商杜はブローカーやプロモーターとはつき合いが深いですが、誰がどの問題に関しては一流のコンサルタントかというノウハウがないのです。だから、残念ながら本当の意味での国際ビジネスということでは、日本の商社はもっと体質改善をしない限り、真剣勝負の世界ではちょっと太刀打ちできない場合が多いのではありませんか。

 ――そのように見ると、世界第三の経済大国の日本の窓口としての商社が、これからの情報化時代に対して、それ程大きなメリットを持ち合わせていないという印象を持たざるを得ません。また、それぞれの企業が独自の力で世界を舞台に活躍する上での姿勢という点からすると、あい変わらず商社への依存が強いですね。こういった日本の経済体質から判断すると、六〇年代から七〇年代にかけての経済発展を支え、日本を経済大国に押し上げた基礎が崩れかねないわけですね。

 それが心配です。組織というのは大きくなる以前に、常に自己変革をくり返し、頑強で健全な体質を作る努力をしなければいけないものです。これは個人の単位でも企業の次元でも、国家でも同じです。ところが日本の場合は、決めつけるわけにはいかないにしても、国も企業も量的な拡大に一生懸命になっているうちに、必要以上に水ぶくれして肥大化してしまった感じです。特に体全体が巨人症で大きくなった他に、胃袋とか腎臓といった器官も肥大化して、エネルギー不足やポリューションをまき散らしているでしょう。企業の次元では利益率の低下や過剰雇用も問題です。巨大化した企業は機動性や独創性で勝負できなくなったので、鉄鋼や自動車産業にみるように、一貫方式の大量生産しかできない体質になってしまいましたね。そういう体質では企業家精神の持ち主よりも、サラリーマンとしてそつのない世渡りが上手な人々が出世して経営者になりやすいのです。
 大企業では日本も米国も大差がありませんでして、主として減点法のメカニズムが強く作用しますから、権勢欲の才能と失敗しなかったことの組み合わせによってヒエラルキーの階段を上っていきます。人間関係というのも能力を計る尺度になりますが、大企業の場合は組織が大きいので、特に内部における人間関係を足場に人々は出世しがちです。
 そういった能力が威力を発揮した傾向は、これまでのような重工業指向型が支配的な時代においてメリットになり得ました。しかし、これからの八〇年代のようにソフトウエアをべースにした判断力が決め手になる時代は、常に先を読み、更に先を読み、自分が読み終わったまだ先を読むことのできるトップの指揮の下に、他の会社の二歩も三歩も先を進めるところだけが、勝ち残るのです。その点では非常に小回りがきき、しかも企業家精神と国際感覚を持つ指導者の存在というのが、八〇年代のビジネスの決め手です。
 その傾向はすでに七〇年代に顕在化していて、日本の企業はあまりはかばかしい成果をあげていなくて大変残念です。
 たとえばサウジアラビアを見ればよくわかることですが、あそこで推進されている土木工事のかなりの部分は、韓国の企業がオペレーターです。日本の鹿島建設、熊谷組、間組といった会社はその下請けをやっていて、現代産業とか三星産業といった韓国の企業は、大規模なプロジェクトを意欲的にビジネス化しているのです。それは韓国人の方が日本のビジネスマンよりも意欲的に困難に挑戦する姿勢を持っていることと、国際感覚に富んだ若い人々がトップとして活躍しているためです。だから、労働力集約型の建設工業で日本の会社が韓国の企業の軍門に下ったのは当然で、技術集約の部門で同じ現象が始まるのは時間の問題ではないでしょうか。何しろ韓国では技術書がベストセラーであるのに対して、日本では紙屑同然のハウツウ物やサラリーマン小説を皆が追いかけまわしているのですからね。


ビジネス開国の可能性

 ――それで韓国には多国籍企業がかなり進出したのに、日本にはほとんど来なかったというし、これからもあまり進出してくる可能性もないと聞きますが……。

 日本はビジネスにおける一つの閉鎖社会でして、攘夷思想の現代版ともいえる雰囲気が強いだけでなく、実際問題としていろいろと障壁を設けているので、外国の企業が進出しづらいのです。日本人は水際で撃退したと得意になっていますが、これは下関や鹿児島を砲撃される前の薩長みたいなものでして、開国することによって手に入れるメリットに、まだ気がつくところまで行っていないのです。
 それに、大量生産方式を採用している日本の大企業としては、国内市場の確保は日本的にやり、国外市場は外国人が作り上げた市場に蚕食原理で進出するやり方を、これまでは利用できました。なにぶんにも欧米の流通機構はかなり合理化されていますから、マスプロ商品は品質の割に値段が安いということになれば、大量に流れます。それに対して日本の流通機構はまだ複雑で、その上ナニワ節でして、温泉招待や下請けの系列化などもありますし、通産省や農林水産省の規制や許可の壁を乗りこえなければいけません。工場進出に一五種類の書類を二七部ずつ作成しなければいけないといったことがあって、外国の企業はこれを克服しかねたわけです。特に、大蔵省の為替管理が厳しいので、資金の自由な移動が束縛されていた上に、外国系の銀行の一般業務が制限され、金融面での後進性は香港やシンガポールに比べたら、天国と地獄の差がありました。だから、一時東京に支店を開いた欧米の金融機関も、アジアにおける活動の中心を東京から香港に移してしまったりしました。僕のビジネスだって、東京からアメリカヘ直接送金するよりは、東京から香港に送って、それを米国へ転送した方がスムーズな上に速いのです。ましてや、トランスアクションが大きな多国籍企業にとっては、日本はビジネス上のメリットがそうないと判断する根拠がいろいろとあるのと違いますか。

 ――国際的なビジネスをやる場合、日本にはそれほど大きなメリットがないとすると、これからの日本経済に決していい影響を与えないし、そのような状態が続くとなると、一体どんなところへ行きつくのでしょうか。

 表面的に見ると、そんな状態がこれ以上続けば、日本は窒息しかねないと思いますが、外からの圧力によって内部構成が大いに変わるのではありませんか。そういった面では外圧に弱いという日本人の短所が、条件の変化で突然メリット化して、思わぬ突破口が開けそうな感じがします。
 実際問題として、外国の企業が実力を持った日本人をスカウトして、戦力として上手に使う動きは七〇年代から本格化しているでしょう。これまでは、実力と国際的な経験を兼ね備えた人材は、比較的大企業の中にプールされていましたが、実力に対する評価の一般化や、大企業での窓際族症候群の顕在化によって、大きな組織に見切りをつけて飛び出し始めました。四五歳で窓際族化しかねないとしたら、二割増の退職金をもらえれば喜んでやめたいという人間が激増しています。この前日本に来た時に、ある親しい友人に「一五年後に退職金をもらえると思ったら大間違いです。僕がコンサルタントとしてアドバイスするなら、割増退職金がもらえるとわかった瞬間に、そのカネを次の仕事の基金にして会社を飛び出しなさい。退職金がもっと増えるという白昼夢に酔っていると、退職金がもらえない時代を迎えることになるし、人生は一回しかないですよ」と言ったら、一年後には大企業のエリート社員をやめて独立していました。別の知人は海外駐在員から外国の企業に華麗なる転身をやってのけて、実に御見事だと感心させられました。別に日本の会社よりも外国の企業の方が優れているという偏見があるわけではなく、特にその人が日本ではエリート中のエリートと言われる金融の世界の人間だったから、その印象を強くしたのです。


金融業の八〇年代

 ――さき程も、日本の銀行が有能な人材を集めながら、そういった人々の能力を十分に活用していないという話がありました。藤原さんの言い方に従うと質屋以下だということですが、八○年代の日本の銀行界というのは具体的にどういった方向に変貌を遂げていくと予想するのですか。

 スイスに行きますと、ジュネーブにしろチューリッヒにしろ、どこにでも投資銀行があります。日本の銀行のように丸の内や駅前通りに花崗岩とガラス張りの大型店舗を構えているやり方ではなくて、ビルの三階あたりに五室か六室のこぢんまりした事務所を構えている小さな銀行です。今はどれ位か知りませんが、昔は五万ドル以下の小銭は預かってくれませんでして、顧客のカネを世界的な規模での運用預かりとしてマネージしてくれるのです。そういった銀行には全世界から資金が集まり、一定以上にまとまると有望なビジネスに投資するのです。スイスのバンカー達は旧式な工場や時代遅れにすぐなる機械を担保にとるようなビジネスは、やるだけ時間と手間の無駄だと心得ていますから、僕らのようなソフトウエアを評価する能力を身につけたコンサルタントをフルに活用する術を心得ています。彼らは情報の価値を十分に心得ていて、僕がパリに出て来ていることを知ると、アメリカの石油開発の話を聞くために、飛行機賃と前後一日ずつのコンサルタント料を負担して晩ごはんを一緒に食べようと申し入れてくるだけの才覚を持っています。
 日本の場合、特に生命保険会社や各種の機関投資家というのが、カネの運用法にかけては最低の能力しか持ち合わせていないのは実に残念です。あれだけ巨大な資金をかかえているなら、その活用の仕方次第で、世界を舞台に幾らでも面白いビジネスが可能なのに、それが全く行われていないのです。巨大な資金を大きく運用しようとするから、駄物の買物ばかりすることになるので、大きな資金を数多くの小さな有望なソフトウニア指向のビジネスに配分したり、ベンチャー・ビジネスの買収に使ったら、ものすごいことがやれます。そのためには専門知識を持った人間の下に数人のスタッフがタスク・フォース・チームを作って、プロジェクトを審査したり調査する体制を整えることです。
 ところが、現在の日本では庶民の預金を集めた金融機関は、一九世紀の大英帝国の植民地金融か重商主義時代の経済政策に見合ったような投資しかやれないのです。そんなことばかりやっているから、日本は世界中の不良債権の債権大尽になってしまうので、聖徳太子の肖像画を印刷したミツマタとコウゾ製のお札が紙屑同然になってしまうのです。


ニセ札と石油の経済学

 ――藤原さんが東京新聞の経済面に書いた記事によると、世界中にたれ流しているアメリカ・ドルはニセ札同然で、米ドルがニセ札なら、日本円はチラシ同然ということですが、通貨というのはそれほど価値がありませんか。

 世界中のエコノミストや評論家達が、アメリカ・ドルや自国の通貨を基準にして経済の動向や将来の展望を論じているから、意味のない空論や観念論が横行してしまい、一般の人は何がなんだかさっぱりわからなくなって混乱し、不確実性の時代などという馬鹿げた妄想に支配されるのです。価値の基準としであまり有効性を持たないものを尺度にして物を見るせいでして、最も有効性のあるものを座標軸にすればいいだけの話ですよ。
 現在地上で最も普遍的な価値のあるものは何かと言いますと、それは石油です。二〇世紀の全期間を通じて、石油を持つ者は地上の王者として君臨することができましたが、これから二一世紀の前半にかけての時代も、同じ状況が継続します。だから僕は石油ビジネスを生涯の仕事にしたのです。それでも中東へ行って石油ビジネスをやると、利益のほとんどは産油国政府に召し上げられてしまうし、時には国有化される危険もあるのに、全世界の人々から石油で巨大な利益をむさぼっていると怨まれるおそれもあります。そこでアメリカ国内に陣取ってアラブ人の役割を演じているのでして、米国で石油を生産する仕事に従事する限り、石油不足の米国ではアメリカ人が僕らをアラーの神様扱いしてくれるわけです。
 そこで石油開発というものすごくもうかるビジネスをアメリカでやって、人生を大いに楽しもうとしているわけです。ところがアラビアのロレンスではなくて、アメリカのアラブ人をやっている僕の上を行く連中が世の中にはいまして、ものすごい錬金術を使って目茶苦茶にもうけているのです。それは一体誰かと言いますと、ワシントンに陣取っている一握りの天才的ニセ札作りの名人グループでして、緑のインクと紙キレを使って、米ドルと称する銀行券を印刷し、それを全世界にばらまいて一番価値のある石油を買い漁っています。
 ドルがインクと紙さえあれば幾らでも刷れるとなれば、ニセ札との差は国営事業か私企業の製品かというだけのことです。しかも、日本の国債と同じで、印刷を担当する所が自制力を失ってしまえば、銀行券や有価証券はニセ札や紙屑と大差がなくなってしまいます。
 そこでアラブ人達はニセ札をつかまされたのではかなわないと言って、石油に最も近い価値を持つ金や銀に交換しているのでして、それもババをつかまされたら大変だというわけで、一生懸命息を切らせて金を買い漁っています。最近の金や銀の暴騰はアラブ人の投機というよりは、アメリカのニセ札の洪水のせいです。
 本当はアラブ人達は石油をタンクに溜めておきたいのですが、彼らは貯油タンクを十分に持ち合わせていません。また地中に溜めておいて値上がりを待つ方が有利ですが、彼らは二次回収という複雑なテクノロジーを持ち合わせていないので、地下に蓄えておくこともできません。これまでは彼らは石油収入を投下して近代工業を持つのがひとつの解決だと思っていたのですが、最近になって、その考え方が正しくないと気づきました。近代工場を作ったところで、質のいい人的資源やインフラストラクチャーがなければ生産性は低いし、国際価格より高い製品ばかりできてしまいます。そうなると国際市場での競争力がないので、売ることが困難ですし、アルジェリアやサウジアラビアの国内市場は限られている以上、工場は廃墟同然になるということです。
 それに加えて、産業建設を急いで近代化を急ぎすぎると、イランと同じことになるおそれもありますね。知識階級が増え、サラリーマンやブルーカラーが多くなると、旧態依然とした社会関係の矛盾が表面に現れて、赤旗やストライキだけにとどまらず、テロや革命へと続いていくおそれもあります。そうなって近代化もあまりやれないとなると、やっぱり金や銀とニセ札を交換しておくより仕方がないというのが、産油諸国の選択にならざるをえないわけです。


粉飾決算国家

 これが世界の現実ですが、日本の政府を握っている人々というのは救いがたい無能集団でして、こういったカラクリが見ぬけないぺーパーエリートなんです。なにしろ、ニセ札同然の米ドルをせっせと溜めこみまして、保有外貨が二〇〇億ドルになったとか二三〇億ドルあるとか言って得意顔でいますが、本当は二三〇億ドルトンの額面のついた紙を溜めたというだけの話にすぎません。なにしろ石油や金と交換できるアメリカ・ドルのトン数は、日ごとに増加しているのです。
 僕はこのような考え方を今から五年以上も前から喋っていますし、コンサルタント業を始めてからは、世界中のお客さんに僕の見解を披露しています。この発想は僕だけのオリジナルでもありませんから、いろんな人がそれに気がついているし、発言もしているので、アラブ人達もどんどんニセ札を手放しています。ところが日本政府だけは迷蒙救い難いというか、金や銀という価値ある金属の裏付けもない紙きれを溜めこんで、虎の子のように抱きすくめているのです。日本政府はニクソン・ショックであれほど酷い仕打ちをアメリカからうけて大損をしたというのに、いまだに懲りずにアメリカ・ドルを溜めこむことに窮々とし、金の保有高という点では工業国最低という有様です。イタリアは現在破産寸前国家と言われていますが、それでも金の政府保有に関しては日本の三倍近く持っていて、実質的な富の絶対価値では、イタリア政府の方が日本政府よりも、はるかに金持であると言えるのです。これが日本の正体だとしたら、無能政府を持っていることによって、国民は大変な損をし、結果的に窮乏化を強めているということになります。実に残念ですね。

 ――イタリアの外貨保有高としてのドルの蓄積だけで日本並みであり、金を再評価してイタリアの支払い準備高を日本のそれと比べると、イタリアの方が日本よりも倍以上金持であると言えるらしいですね。

 そのイタリアを破産寸前の国と形容するなら、日本は一体どんな具合に呼んだらいいのかということです。おそらくは管財人の配下に入ってしまっているが、外部には内証で倒産しないでいるだけで、しかも、せっせと粉飾決算をして株を操作している会杜と大差がないといえるかもしれません。アメリカ・ドルがニセ札同然なら、聖徳太子のついた日本円はチラシと同じでして、善良な日本の民草たちは、退職金にチラシを五〇〇万円分もらうことを夢見たり、チラシを定期預金として二〇〇万円貯めているというのに過ぎません。国債などはリヤカー一杯でチリ紙やトイレットペーパーと交換してもらえる古新聞と同じくらいの価値しかありません。僕の親父は戦前に土地付きの家が一軒買えるという、八〇〇〇円分の戦時国債を買っていましたが、戦後になってインフレで国債が紙屑同然になってしまって、国債を売って手に入れた金は、ウイスキーを五本買ったら雲散霧消してしまいました。同じことが近いうちに起こるのではないでしょうか。
 それに一九七九年一一月以来、日本は国内に流れこんでいるペトロダラーやユーロダラーと手持外貨の割合がマイナス方向に転換して、アラブ諸国が日本に投資している資金を引き上げると、それこそ本当に破産しかねない状態になってしまったのです。昔から日本は他力本願の人々が寄り集まった国ですが、これからはアラブ人の裁量ひとつで、潰れたり潰れなかったりが決まるという、非常におぞましい国になってしまっているのです。日本の外側からそういった故国の現状を眺めていると心配で仕方がありませんが「知らぬは亭主ばかりなり」ではないけど、国内にいる日本人はそんなことに一向に気がつかず、至って太平楽にやっているのです。僕が余計なことを指摘すると、せっかくいい気分でいるのにそんなことを聞かされると不愉快になる、とかえって叱られてしまいかねないのです。僕は石油問題の専門家ですから、日本の外で進行している石油事情の逼迫と、アラブの日本に対しての考え方をかなりよく把握しているつもりなので余計に気懸りです。


つきあい方を知らない日本外交

 ――だから、日本政府は園田特使を中東諸国に派遣したり、中東諸国の経済開発のために、いろいろと積極的な働きかけをして友好関係を深め、石油の安定した確保のために全力をあげようとしているのではないでしょうか。何しろ、日本の場合は石油が命綱でして、石油を手に入れるためには、外交の中心をアラブに向けかえるくらいのつもりでやっているという意気ごみが、ここに来て生まれているのではないですか。

 僕はそうは思いません。その辺に日本の内側で見る視点と外から見る視点の差がはっきり現れていると思うのです。日本人は相手の眼を通して自分を眺めるという習慣がないし、そういう物の見方の訓練をうけていないので、どうしても主観的で独りよがりの考え方をしてしまいがちで、これはそのいい例です。大体外交というのは相手の立場や気持を理解して、一体こちらがどういうつきあい方をしたら、自分にとっても相手にとっても好都合な状況を作り出し得るかを考えるところに出発点があります。だから、外交官を派遣する時でも特使の選択でも、相手側から信頼され好感を持たれている人ということで、人選が行われるのが筋道です。ところが日本では外交をやるのでさえも、国内事情が優先になるというか、派閥の都合による人事がまかり通ってしまうのです。アラブ諸国に特使を派遣するのなら、アラブ人が心から歓迎して、しかも本当に心から信頼し合って両国の運命や協力関係について話し合うことができる人を送らなければいけません。そして、僕の知る限りでは、園田さんという政治家はアラブ諸国ではあまり評判がよくないということです。
 だからと言って醜い派閥争いを園田さんと演じたという中曽根さんがそれよりましかと言うと、とんでもないということでして、園田さんよりはるかに評判が悪いんです。というのは、七三年にイランヘ出掛けた時に、パーレビー国王にあらん限りのオベンチャラを並べ立てて、並みいる大臣達の失笑を買っただけでなく、そのことがアラブ人達を激昂させています。当時のイランは中東の覇者を気取っていて、アラブ人達と仲が悪かったのですが、外交関係に無神経な青年将校気どりのこの政治家は、朝貢でもやっている気分でシャーに拝謁したのですね。権勢欲ばかり強い政治家にひきずられて、国内向きのスタンドプレーをそのまま国際舞台に持ちこめば、日本は機会主義者として世界中のもの笑いです。孔子様の「巧言令色鮮し仁」ということばが、日本の外交を指してアラブ人に使われないで欲しいですね。いずれにしても、日本の政界には中東問題を託すに値する人物が見当たらなくて本当に残念です。
 それから、アラブ人達の率直な声としては、日本という国はアラブ諸国を少しも評価しないし、脅かさないと何ごともやろうとしない、ファイサル国王は日本を親善訪問までしているのに、日本からは来るべき人間が表敬訪問に来ないが、一体どんなつもりなんだ、と腹の中で怒っているのです。そういう意味からすると、日本人は相手の気持を丸きり読んでいないし、肝心なことを何もやらないで平気な顔をしていて、尻に火がつくと今度は恥も外聞も投げ捨てて土下座をして歩くという、実に情けない外交姿勢が少しも改まりませんね。外交というのはヤクザの挨拶と同じではないのだということがわかっていないのですね。わざわざ特使を派遣するということは葬式に行って香典を包んでくるのとはわけが違うのでして、普段からいろんな非公式な段階で折衝していることを仕上げたり、特別に打開しなければならない緊急課題を調整するために派遣するものです。ところが、観光地の遊覧バスではあるまいに、名所めぐりのつもりで一度に二十ヵ国以上訪問するというのですから、ついでに立ち寄られたような感じで、どこの国からもまともに相手にされないのは身から出た錆です。スタンドプレー中心にやると、そのような総花的なことしかできなくなるのですね。
 日本では倭の国王時代から染みついた朝貢感覚や、参勤交代の習慣が抜けきっていないみたいですね。本当の外交というのは、首相や外相が時々ニースやモンテカルロに保養に行った帰りにでも、一日ほど日程をのばしてリヤドやテヘランに立ちより、紅茶でも飲み交しながら、ラクダの話をしたり、シルクロードと正倉院の話をしながら友好を深め、石油の輸入量確保へと話題を移すようなやり方がいるのです。そういったやり方が日本の場合皆無でして、みすみす機会を失っているんですね。実に惜しいです。

 ――同じことは米国との間にもやっていないように思われます。日米関係というのは日本にとって最優先の外交課題ですが、日常的というか、普段着でトップ同士がザックバランにつきあうという関係が出来上がっていない感じがします。それはどうしてでしょうか。

 それは普段から、本当の意味で日本の実力のある人が、アメリカ側の真の実力者と緊密につき合って、議論を闘わせたり、一緒に共同のプロジェクトを統括し合うことをやっていないからではありませんか。むしろ、日本のチンピラ文化人がアメリカ側のスポークスマンとして一方的な情報を流す役目をしたりしています。それをマスコミの次元で日米親善と誤解して騒ぎ立てているうちに、日米間の意志疎通ができていると錯覚してしまうのではありませんか。『中国人、ロシア人、アメリカ人とつきあう法』という本の中に、「CIAあたりがお膳立てして、ニューヨークの日米協会やワシントンのプレスクラブでスピーチしたからといって、福田恆存や江藤淳あたりの意見が、日本の知識層や本物の知米日本人の考え方を代表するとは言えない……」という発言がありますが、まさにその通りだと思うのです。
 要するに、日本に対しては、こういうことは日本人に耳打ちして日本人の口から喋らせた方が効果があるという、タメにしたような情報をせっせと吹きまくる手合いがいっぱいいるのです。福田恆存がこんなことを言ったとか、米国へ行って来た江藤淳がこんな見解を述べたという調子でマスコミが調子にのって書き立てます。彼らがその筋の手先だなんてことを言おうと思いませんが、マスコミの上で派手に躍っているからといって、アメリカ側だって彼らが一流の日本人だとは誰も考えてさえいません。
 ところが日本人相手に、キッシンジャーとこんな意見の交換をしたとか、ブレジンスキーがどんなことを言っていたと得意になって喋りまくるわけです。本当に実力があるなら、ニュース源は誰にも知らせないし、権力のまわりを小間使いのようにウロウロしないものですが、違いますか。


「賢人会議」というけれど……

 ――そういったことばかりではらちがあかないというわけで、もう少しましな人間が日米間の意志疎通をよりスムーズにするために、賢人会議というのを作りましたね。あの顔ぶれというのはどうでしょうか。

 本当に日米間のコミュニケーションをスムーズにするために、知恵のある人を集めたというのなら、とても結構だと思います。しかし、顔ぶれを見るとアメリカ側はIBMの重役連だし、日本側も何となく半導体の輸出入割り当て交渉のためかと勘ぐりたくなります。それに、一般論的に言えば、アメリカはフリー・エソタプライズの国でして、本当に有能な人は役人になったり、大企業のトップになったりしないで、自分の力で事業を営んで生きているでしょう。そういう意味では、「大隠は市に隠る」とはちょっと違いますが、本当に自分のビジネスや学問分野で自信のある人は、政治のような騒々しくて馬鹿馬鹿しい世界には近づこうとしません。特に、ビジネスの世界ではこの傾向は圧倒的です。というのは、米国では科学研究的なものを除いては、役人生活は魅力を持たないというか、あまり敬意を払われる職場ではないからです。昔から、自分の実力だけを頼りに、西部に移動した開拓者魂が関係しているのでしょうが、アメリカ人ほど独立覇気への指向の強い人間は他に例がないようです。だから「賢人会議」のアメリカ側メンバーにしても、日米関係といっても、主として半導体の輸出に関した問題のためですから、その方面との結びつきが強い点で、日本側のソニーの盛田さんと似たようたバックグラウンドの人々でして、米国の新聞はこういった人々をワイズマンとして大きく扱っているわけではありません。ところが日本のジャーナリズムが日本人もアメリカ人と賢人として対等に交渉すると思いこんで大騒ぎをして書き立てているにすぎないのです。
 それからもう一つ重要なことは、米国のビジネスマンのほとんどは共和主義者でして、大きな政府がきらいだという傾向が強いのです。日本には残念ながら共和主義の思想は存在していませんから、説明するのが大変難しいですが、議会に協力するのは国民として当然の義務だが、ホワイトハウスと変な関係を持つと、人々から政商的に見られるし、実力あるビジネスマンは政商色がつくのを絶対に回避すべきだといった気分が濃厚です。
 米国の政治には悪い面もいい面もいろいろありますが、本当に優れたビジネスマン達が行政の分野にコミットするのを避けている点に関しては、大いに見習うところがあると思います。アカデミーの世界でも同じでして、キッシンジャーやブレジンスキーは山気が多いヨーロッパ系の人間だということで、本当の評価を得ておらず、むしろ彼らの存在は米国よりも日本の方で有名だというのは面白いと思うんです。一流の学者は議会とは交渉を持っても、政治的に利用されるホワイトハウスには俗な意味で敬して遠ざかるという態度が強いです。やはり政治臭に染まりたくないということでしょうかね。
 僕の友人で米国でビジネスマンとして生きている日本人が面白いことを言っているんです。「自分は日本に帰って政治などやる気はない。日本の政治が泥沼だったら、まだ水で洗えば泥は洗い落とせるし足も洗える。だけど日本では政治が糞溜めだから、水で洗ってもニオイがつくし、中にいる連中がウジみたいな人間ばかりだから、何でわざわざそんな世界に入りますか」と断言するのです。それも、彼の父親は政治家で閣僚までやっているんです。最近の日本では二世議員が大流行でして、彼のように自分の父親の秘書までやったあとでこれだけ達観したというのは、彼の人間が素晴らしいのか、日本の政界が駄目なのかのどちらかにかかわる事柄でしょうが、いずれにしても、どこの国でも政府とベタベタするビジネスマンや学者には、ロクな人間がいないことは確かです。そういう人をワイズマンと呼ぶならば、それは賢人と訳すよりは、日本語の小利口者とか小ざかしい者ということばをあてた方がいいのと違うでしょうかね。


ソ連の伝統指向型底力

 ――ここでアメリカの社会とビジネスマンについての話が出ましたので、ちょっと飛躍しますが、ソ連人というかロシア人についても、個人と政治の結びつきという視点でひとつ論じてみてくれませんか。

 ソ連には二億六〇〇〇万ほど人間がいますから、人材面では大きなポテンシアルを持っていて、そのトップに位置する人には非常に優秀な人間が多いのは疑いありません。ただ残念なことに、あそこは全体主義の国でして、個人の能力とその生かされ方が整合的でないのですね。自分の能力を発揮するためにはソ連では出世が必要でして、そのためにはどんなことをしなければならないかと言うと、科学者やエンジニアになるか、あるいは共産党に入って党員として幹部候補生になり幹部になるという階梯を登ることが必要です。そうなると、上に向かってはいのぼる人は本当の創意を持つ人間よりも、大きな組織でも失敗しないタイプの人間が圧倒的に多いのは明白です。もちろん一部には権勢欲と創意を生かすことで実現する人も出るでしょう。また大組織のヒエラルキーを登る過程で、独特な指導性を発揮する人間も輩出するはずです。個性を生かす小さな事業やベンチャー・ビジネスが存在しない以上、企業家精神を持った個人は、唯一の可能性といえる官僚機構の中で、自己の能力を生かす道を見いださなければならないからです。そして、次元の壁をつぎつぎに乗りこえながら成長していき、場合によっては、独裁的な権力者になったり、別の時には、卓越した指導者の役割を演じることになったりで、両刃の剣である全体主義体制の運命を恣意的な個人の感情と判断にゆだねることになるのでしょう。しかも、権力というものは保持することによって快感を生じる性質があります。だから、競争相手の威信を失墜させることを通じて、自らの威信を確立しようとして、指導者は独裁者に転じ、内訌が粛清やクーデターを発生させることになるおそれもあります。独裁者か指導者のいずれにしても、ソ連のトップに立つ人というのは、概して権勢欲や権謀術数においての能力を持ち合わせているだろうと予想できます。
 われわれ日本人がソ連の政治的ポテンシアルを考える時に見落としてはならないことは、ソ連にはあまり個人的な創意を反映したものは存在しない代わりに、伝統指向型の、非常に古典的で正統なやり方を丹念に踏襲する人々が山をなして健在だという点です。騒音やガラクタまがいの現代音楽やキュービズムはあまり評価されない代わりに、現代のべートーベンやミケランジェロはあの国に生まれてくる可能性があります。海軍だったらマハンの思考法ですし、陸軍でしたらジョミニやクラウゼビッツの愛弟子に相当する人々です。このような世界の軍事戦略の古典を開けば必ず出て来る人々の著書を徹底的に学びぬき、出藍の誉れを地でいくような人材が、この国には沢山存在しそうです。流行が抑えられていれば、必然的に不易の部分に目が向くのは、世の習いともいえるからです。そこにソ連の実力の基盤があり、恐ろしい底力の原動力がひそんでいるんじゃありませんか。
 ソ連の動きはノッソリとしていて、まるで熊のようにゆっくりです。しかも動きはにぶいけれど、すべて型通りの正攻法ですから、奇手が得意の日本人はどうしても勝負になりません。日本人が正攻法をきちんとやった上で奇手を使うのなら、名人戦をやることも可能ですが、政治でも経済でも日本のやり方は奇道だけですから、勝てるわけがありません。
 その典型が日本の陸軍でして、ナポレオン式軍隊を模倣し、次にはプロシア陸軍を真似て、鍋を背負った素足の中国兵を相手に勝ったからといって得意の絶頂にあった時に体験したのが、張鼓峰とノモンハンの大敗北です。ジューコフ麾下のソ連の機甲師団にぶつかったノモンハンでは、日本軍の死傷率は七〇%以上で、小松原師団などは全滅です。世界の戦史でこれだけの惨敗は他に例がないほどで、軍事用語では死傷率が三〇%を上まわると全滅といいますが、小松原師団の死傷率七三%というのは、世界の最高記録です。
 大体、戦闘というのは普通は五分五分というのが当たり前で、その時指揮官の実力が発揮され、最後に踏んばり切った方が勝つことになり、負けた方は敗走を始めるのです。この段階での差は紙一重でして、敗走する敵を追撃すると今度はそれは潰走に転化します。そうなると味方同士で踏んづけ合ったり引き殺したりの大混乱が発生し、この段階で皆が虐殺されたり全滅したりするんですね。
 現在の日本の商社というのは、実に世界の各地でこの敗走を始めていると思います。三井がイランの油化計画に八〇〇〇億円投入して行きづまり、国家事業にしてもらいたいと泣きごとを言ってますが、これが敗走です。三菱だってサウジアラビアで今に敗走しますし、シンガポールの住友だって同じ運命です。敗走を始めた時にもうひと押しされ、リーダーが駄目な人間だと潰走から全滅です。カナダで潰れた安宅産業がその一番手ですが、八○年代というのは大変な時代なんです。なにしろ世界の至るところで、実力のあまりない商社が大規模な正規軍戦をやっていて、しかも石油問題がわかるまともな参謀が存在していませんから、敗走が潰走になり、日本全滅なんてことにならなければいいがと、もはや天に祈るよりしかたがないですね。
 本当はあんなやり方ではなくて、世界中に小さいビジネスをばらまいて、東京の指令で動くのではない、独立独歩のゲリラ・ビジネスを推進すべきだったのです。自分の実力を信頼し、自分の判断力と現地の人々の協力によって、日本人がどんどん海外でビジネスを育てない限り、八○年代の日本というのは世界の中で生き残れないかもしれません。


中国への転進は成功するか

 ――つい五年か一〇年前までは日本の会社が中東に向かって雪崩をうって進出していき、ちょうど現在は転進というか、規模を縮小したり、計画中止をしてみたりして、その流れが今度は中国に向かっていますね。そうなると中国における大プロジェクトもあまり期待できないということでしょうか。

 これは時間の問題というか、正規軍の大移動ですから、始まった時は勇ましく見えても、いざ退却ということになったら目も当てられない潰走になるのではありませんか。なにしろ出ていく人たちが国家事業といった調子で気負いこんでおり、新日鉄のような大組織が景気のいいことを言って、進軍ラッパを吹き鳴らして事を始めたわけです。そして、遂に自分達の実力以上のことをやらなければいけない破目に陥って、今度は体面で何とかするということですね。松下幸之助のような人まで、日本全体に呼びかけて大きな事業をやろうなんて言いだしてしまったでしょう。だから駄目なんでして、相手がたとえ巨大な中国政府にしろ、企業家精神に富んだビジネスマン達が、どんどん中国人と信頼関係で結びつき、日本の技術と中国人の労働力を結びつけて、事業化していくといった方向でやればいいので、何も日本中に呼びかけて仲間作りする必要はないのと違いますか。
 それから中国との協力という意味では、政商的なビジネスしかやれない東京の企業ではなくて、昔から中国とも関係が深く、日本で最も企業家精神に富んでいる関西のビジネスマン達が、大阪から直接中国に出掛けていって共同事業をやるのが、道理にかなっていると思います。なにしろ、関西の人間の方が国際感覚は持っているし、商才も技術も東京よりははるかに上です。僕は神田の生まれの江戸っ子ですけれど、同じ内容の国際ビジネスのことを喋っても、東京の人と大阪の人では手応えが違うし、話を聞いている人の目の輝きが比較にならないほど異なっていますから、僕は関西のビジネスマンを相手にした方が、はるかに張り合いを感じます。おそらく同じ印象を中国人だって持つはずです。僕は関西のビジネスマン達に、もっとしっかり頑張って下さいと言いたいですね。なにしろ、豊臣秀吉だって、膨張主義思想の是非はともかくとして、中国大陸に進出して、天皇は北京に住まわせて自分は寧波に居を構え、天下に号令しようという考えを持っていたことを見てもわかる通り、江戸に引きこもろうとした徳川家康に比べたらスケールが違うし、国際感覚のセンスが大違いです。中国との協力事業で大阪人がモタモタしたら、一体他のどの日本人ができると思っているんでしょうね。関西のビジネスマン達が事業のイニシアチブを取りもどさない限り、八○年代の日本のビジネスは新しい突破口を開けないのだくらいの気持で大いにハッスルしてもらいたいですね。

 ――大阪には日本のビジネスの原点があるのは確かですから、本当にしっかりやってもらいたいと思います。特に家庭電器や繊維産業など、これから中国と一緒に事業を起こしていく上で、興味深いビジネスが関西には多いですね。八○年代がゲリラ・ビジネスの時代という点では、ことによると関西商人が復活する時代ということになるかもしれません。


一匹狼こそ素町らしい

 企業家精神を持つことによって、日本のビジネスマン達が八○年代に新しい突破口を切り開かない限り、古いタイプの商杜や大きな重工業の限界がすでに見えているので、このままでは 日本の将来は灰色です。このままでは八〇年代を生き残れないのだと日本人が自覚して、知恵を出し合って新しい道をさぐり出す努力をすれば、日本は八〇年代を生き残り得るでしょう。
 それとともに、若い人が日本でつまらない大学生活で四年間の大切な時間を浪費してしまう代わりに、思いきってどんどん海外に出て、最初は肉体労働でも皿洗いでも構わないから、外国で仕事をする経験を持つのも悪くないと思います。また、日本の大学を卒業して、科学や技術といった分野で何らかの専門を持っていたら、外国の大学の三年生か四年生からやり直して、そこを足場に若い時期を外国の企業で武者修行するのもいいと思うんです。結構それをやっている青年達が海外には沢山いて、頼もしいという気になります。ただ中国人に比べると絶対数が少ないですよ。僕の感じでは、その中から日本における未来の孫文が誕生するんじゃないかと思うのです。その理由は、現在の日本の姿というのは清朝末期とよく似ているし、歴史的にも対応していると見えるからです。だから、日本の若者たちはあらゆる機会を通じて国外に出て、世界に通用する一流の人物になるための修業をしておかなければならないのです。世界を修業してまわれば実力もつきますし、そのうち世界でも優れていると定評のある多国籍企業から、働いて欲しいという声もかかってくるでしょう。そして、一流の組織で数年間基礎をみっちり修業し、次にはより小さな組織で仕事をして実力をつけるのです。本当に実力を持った人々とビジネスを行い、最後には独立して世界の中で生きることです。
 日本人が世界を舞台にして活躍する時代というのは、自分の足で立ち、自分の責任で判断し行動できる実力を持った日本人たちが、それぞれの国の人たちと協力し合いながら活動することが実現する時のことです。一人の自立した人格として、よその国の人々から信頼と敬意の気持で迎えられる日本生まれの人間が、創意と熱意を最大限に発揮しながら、自由自在に生きていくようになる時代のことだと思うんですね。
 大企業や政府機関といった大組織から派遣され、駐在員として東京の指令でしか行動できず、自分が生活しているコミュニティに何ら貢献することのできないような、片輪のエリートが何万人、何百万人海外に出掛けたところで、それは真の国際化の主体にはならないし、どこの国でもそんな程度の日系ガイジンは歓迎されません。自分が生活している国の人々と本当に心からコミュニケーションのできない人間なら、その人を通じて日本に対しての偏見は生み出しても、日本についての本当の評価を高めるのに貢献できるわけではないと思うんです。
 ビジネスをすることで独立してやっていきたいと考えるなら、アイディアやソフトウエアさえあれば、どこの国にもパートナーとして出資してもいいという人間はいるものだし、人間、ビジネスを始めるに際して、そんなに大きなカネがいるものでもありません。
 現在の水準から言うと、米国の場合でみると、日本人の進出の度合というのは、中国人達が八○年か六〇年前にやったことを始めているというのが、個人としてのビジネスの姿だといってもいいでしょう。あとは大企業が組織力を活用しているものであり、これは東京の指令にもとづいたロボット・ビジネスです。個人としてはレストランを開いたり、雑貨商といったものですが、米国はフリー・エンタプライズの国であり、ベンチャー・ビジネスでも工場経営でもやれるのです。銀行の経営などは至って簡単でして、既存の銀行を買収するだけで済みます。日本のように担保などとらずに、日本人でも中国人でも優れたソフトウエアを持った人々がベンチャー.ビジネスをする時に、ベンチャー`キャピタルを提供することによって、幾らでも健全な発展を期待することが可能です。しかも、米国は企業家精神に富む人材を必要としているのであり、有能であれば、アメリカ人は日本人に米国へ来るななどとは言うはずがありません。どこの国でも一握りの生産的な人間が何十人という非建設的な人間を養っているのであり、世界中が激増する人口をかかえて、真に生産的な人間の不足に悩んでいるのです。
 だから僕は日本の若い人に、日本を脱藩する勇気を持ちなさいと呼びかけるのです。日本の大学受験熱にうかされたり、塾なんかに行ったところで、手に入れるものはタカが知れています。せいぜい有名商社や大銀行に入杜するくらいであり、そういうところの優れた人間は、現在ではいかにそこから脱出するかを悩んでいるのです。前田百万石の旗本になって二人扶になるか、一匹狼をしばらくやってみるかの選択が待ち構えているなら、僕は一人の自由人としての体験をもとに、一匹狼をやるようにと自信を持ってすすめたいと思いますね。


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