3 軍事対決と石油戦略の見えない部分



睨み合う巨大な戦争マシーン

 イラクとサウジアラビアの国境線は1,000キロもあり、そこをワジと呼ばれる涸川が谷を切り込み、露岩を含む岩砂漠が果てしなく広がっている。そして、この長大な人為的な国境線を挾んで、戦車師団を主体にしたイラク陸軍と、今の段階では戦車数では劣勢だから、それを航空兵力と海兵隊で補い、5万人のアメリカ軍陸上部隊を中核にしたサウジ軍と米軍の二層構造の部隊とが消耗戦としての睨み合いを続けている。
 チェイニー国防長官の公式発言によると、アメリカはサウジアラビア政府の要請で出動したのであり、第一線はサウジの地上軍が担当しており、アメリカの地上部隊はその背後を補給する形で並び、作戦行動は両軍の事前協議の結果に従うという。
 また、アメリカ軍自体は独自の指揮系統を持ち、頂上の大統領の下にチェイニー国防長官がいて、さらに、その下にパウエル統合参謀本部議長が控え、現地のアメリカ軍指令官にと続くというように、垂直型の指揮系統が保持されている。だから、現地の小競り合いがすぐに大規模な反撃になり、本格的な戦闘に拡がる恐れは少ないというが、両方がいきり立って対峙する戦場では、何がどう起こるかの予断は許せない。
 イラク軍は5,500台の戦車を保持し、その4分の1に近い1,500台が、クウェート内とその周辺に散開している。イラン軍を相手に戦争をして、8年間の戦闘を継続した体験を持つイラク陸軍の機甲師団は強力だが、空軍との連携の面で欠陥を持つようだ。
 また、サウジ陸軍も550台の戦車を持ち、そのほとんどが最強のM-1型と言われている。だが、サウジ陸軍のM-1戦車はルームクーラー付きの仕様であり、そのために多くの装備が取りはずされているので、本式のM-1戦車ほどの戦力は持ち合わせていないらしい。また、サウジ軍とアメリカ軍と合わせると1,000台を超す戦車が国境線に沿って配備されているというが、M-1型とM-60型が連日陸揚げされ、アメリカ本土からの増強が続いている。また、クウェート陥落と同時に緊急展開を行ったアメリカ軍は、五隻の空母を含む大艦隊を中東に結集すると、3万5千人の水兵と大量の艦載戦闘機を配し、これを「砂漠の盾作戦」と名付けた。
 しかし、イラクとクウェートの両国内には、200万人に近い外国人労働者が滞在し、その他に敵対関係に入った国の人間はホテルなどに収容されたケースも多く、人質を滞在客と呼んだバグダッド政府は、「人間の盾作戦」で対抗する構えでいる。この人質に近い状態の人間は「捕虜の盾」でもあり、軍事施設や爆撃目標などに配置されることで、アメリカ軍が奇襲攻撃できない条件を生んでいる。こうして、大量の軍事力が国境線を間にして睨み合い、対決の姿は次第に神経戦の様相を帯びている。


石油政治のタイミング

 石油の価値を心得ているサダム・フセインが、クウェートの油田を手に入れた以上は、そう簡単に手放すとは考えられない。十字軍を撃退したタクリト出身のサラディンは、イスラム世界で最も名高い英雄だが、同じ地方に生まれたサダム・フセインは、カイロ大学に留学して法律を勉強した。
 若い頃の彼は強烈な民族主義者であり、カイロでナセル主義の洗礼を受けると、汎アラブ主義のバース党左派の活動家として、イラク革命の中で指導性を磨きあげた。
 そして、1972年6月にバース党政府が国有化を断行し、英米蘭仏が共同経営していたイラク石油を接収した後で、バルク大統領の腹心だったサダム・フセインはパリに行き、ポンピドゥ大統領を相手に国有化の後始末をした。だから、彼は石油政治については非常に詳しく、石油を戦略的に扱う手腕において、サウジのヤマニにも後れを取らない。
 また、1975年3月にサダム・フセインは全世界を仰天させている。それはアルジェで開かれたオペックの首脳会議を背景に使い、仇敵のイランのパーレビ国王と握手して、クルド族の反乱を支援するイランと提携すると、それまで続いた内憂を彼が取り除いたからだ。
 このように彼は寝業使いの名人であり、しかも、それを石油戦略で活用するのはもとより、軍事的な陽動作戦にも縦横に用いるし、微妙な外交戦略として政治の道具にも使って、相手を攪乱する手腕を持っている。
 このような石油を使った政治はいくらでもあり、過去20年間にわたってアラブ人が得意としたことは、オペックの歴史が示しているところである。
 ほとんどの人が忘れているだろうが、蓄えた経済力を世界に誇示する意味もあり、新緑の季節の1979年6月の末に、大平内閣は最初の東京サミットを主催し、戒厳令を思わせる警備体制を敷く中で、第5回主要先進国首脳会議を開いた。折から、流動的に変化していたイラン情勢は、世界的な石油争奪の動きを招いていた。
 そこで、統一行動を取って値上がりを阻止し、石油に関してのイニシアチブを確保しようとサミットに出席した消費諸国の代表は、主要テーマの一つに石油問題を置いた。それに反発した産油諸国はスイスに集まると、ジュネーブでオペックの定期総会を開催し、石油における「持つ国」と「持たざる国」が6月26日という瞬間に、同時に会議の初日を迎えたのだった。
 このような動きについては、石油戦略に対して強い関心と分析力を持っていないと、その意味することが読めなくなる。そして、目先の出来事ばかりに毎日追われている新聞の表面的な記事に目を通すだけで、人々は世の中の出来事がわかったと錯覚してしまう。


クウェート侵攻とヒューストン・サミット

 だが、そういったレベルを越えた所で世界を眺め、最もタイムリーな所に狙いを定め、天の時と地の利を味方にする人間も存在する。その多くがプロ魂を持つ政治家や軍人だが、日本には、世界を相手にするプロとしての資質を持つ政治家は存在しないと言ってよいほどであり、権力欲や名誉欲に凝り固まった人間とか、利権漁りの手段に使う政治業者が多いから、政治がお祭りと大差なくなっている。また、本当の政治には、息が詰まり血を吐くほどの決断がいるし、時には暗殺や粛清の覚悟が必要だ。
 サダム・フセインは粛清をしたし、暗殺で幾度も死にも直面した。発展途上国にはこういう厳格な姿勢の人材がいて、ラジカルな指導者として登場し、現状改革をスローガンにすることで多くの下積みの人間の人気を集めている。
 それに対して、現在の先進国のリーダーは一般的に保守的だし、現状維持を是としているので、取り柄がないのが特徴と言ってよいほどである。心の準備もなく、突然、一国の首相になった海部首相のように、リーダーシップ面で軽量級揃いだが、それはヒューストンのサミットが明示していた。未解決のエネルギー問題の将来とか、接近している経済破綻については触れずに、もっぱら、明るい印象を残す話題に終始し、メディアや選挙民向けのPR活動に励んだのだ。
 国会対策向きの調整役が、党務で出世して政治のハンドルを握るから、自己保身の安全運転になるのだが、このタイプの政治家が先進国の過半を占めている。だから、たとえ首脳会議と名付けられても、単なる顔見せと自己宣伝に終わり、収穫は少ないと言われて以来久しいが、第16回のヒューストン市でのサミットも、内容的にその例外ではあり得なかった。
 この町はブッシュの選挙地盤であり「選挙応援サミット」と皮肉られたが、こういう弛緩状態が支配する時は、石油戦略の伝統を知る者にとって、奇襲を狙う上で絶妙なチャンスであり、歴史の教訓を知る政治家のサダム・フセインは、8個師団の歴戦の戦車隊に出撃準備を密かに指令したのである。


補給面から見た石油戦争

 イラクのクウェート侵略への制裁として、国連は経済封鎖の政治学を発動した。イラクの無謀な侵略行為を側面から締め上げ、主として海上経由による物流の動きと、陸路を使ったトラック輸送を封じれば、目的が達せられると考えたようである。しかし、経済封鎖は『日本丸は沈没する』(時事通信社刊)の最終章において、「近代戦史の中の経済封鎖の政治学」として総括したように、その遂行が非常に難しい戦法であり、太平洋戦争の「援蒋ルート」を巡る相剋と同じで、両刃の剣としての性格がとても強い(1976年に同書で考察した「経済封鎖の政治学」については、現在、進行中のイラクの経済封鎖についても、そのまま分析が適用可能であり、現在のイラク制裁と石油戦略を読むキーポイントがわかるだろう)。
 また、アラブの土地は遊牧民の世界であり、現在はトラックもかなり使われているが、基本的にはラクダが砂漠の船として活用され、しかも、トルコやイラン方面からの密輸活動は、文明と同じくらい古い歴史を持っている。それもあったので、100万の生命と800億ドルの戦費を費やし、8年もかけて手に入れたイラン南部を放棄して、テヘラン政府との戦争状態を終結させると、サダム・フセインは東に密輸の風穴を密かに作ったのである。
 また、クウェートとバグダッドを結ぶ、二車線の幹線道路は主に戦車のトラック輸送に使い、交通はマキシマムの4分の1に抑えて、伝統的なラクダと葦船という手段を、活用する戦法を採用した可能性も高い。なぜならば、戦車の活用は迅速な移動が決め手であり、しかも、エネルギーの消費を最小限に抑え、限られた部品を消耗させないためにトレーラーでうまく運搬する方式が、砂漠の戦車戦の行方を左右するからだ。
 同じような補給難はアメリカ軍の側にもあり、アメリカの補給線は地球を半周していて、スエズ運河を利用する最短距離でも、東海岸からだとサウジまでは1万2千キロで、10トンの荷物を運ぶのに2トンの燃料を消費するし、西海岸からはその2倍の距離がある。
 また、アメリカ軍が誇るF-15型戦闘機が一度飛ぶと、約3トンのジェット燃料を消費し、同時に数10万ドル分のパーツの交換が必要だ。新鋭兵器におけるパーツの役割は、コンピュータのソフトウエアの重要性に匹敵し、パーツがなければ新鋭機は十分に機能を発揮しない。そのいい例がイラン空軍の新鋭航空機であり、部品不足のために機数を誇っていたにもかかわらず、イラン空軍は戦闘機を活用できなかった。それ以上に大変なのは戦車の燃料であり、アメリカ軍戦車隊の中核のM-1型戦車は、60トンの重量で500キロの行動半径だが、その走行距離はリッター当たり220メーターで、まるで燃料を撒き散らして動くのである。
 このように、飛行機や戦車が動くためには大量の燃料が要る。さらにアメリカ軍は五隻の航空母艦を含む大艦隊で、3万5千人の水兵と大量の艦載機を擁するから、巨大な補給を続けなければならない。しかも、その大半が精製された石油製品だから、まさに石油に死命を制されており、石油を巡る補給戦争とも呼べるのだ。
 万が一に戦端が開かれた場合は、目標は相手の戦車や飛行機であるより、第一目標は石油の精製装置やその貯蔵設備になり、続いて、石油の生産設備や輸送施設が狙われるから、上がる火の手は巨大なものになる。


石油タンクの潰し合いで壊滅的打撃

 サダム・フセインの狙いはクウェートの油田の奪取と、中央銀行にある40億ドルの金塊と通貨であるが、同時にシュアイバ、ミナ・アル・アハマジ、ミナ・アブドゥラなどの、クウェート領内の精油施設の制圧だったに違いない。
 イラク軍は前線の現地で燃料を確保し、補給の面での弱みを克服する戦法を活用した。しかも、いったん戦火が上がった場合には、燃料の補給面でアメリカの弱みを計算して、イラク軍はサウジ最大の規模を誇っているラス・タヌラの精油所とヤンブの石油化学コンプレックスに、弾道ミサイルの照準を合わせるとともに、世界最大のガワール油田の石油生産設備を狙って、中距離ミサイルをセットしているに違いない。
 そうなると、石油タンクの潰し合いになるから産業社会が壊滅的打撃を受けてしまい、その懸念が強いという理由のために、死にもの狂いの報復を恐れるアメリカは、戦術的先制攻撃としての奇襲の作戦が使えないまま、睨み合いの消耗戦を余儀なくされているように見える。
 しかし、メディアはそういう点には着目しないで、人質の脱出や毒ガスといった面に気を奪われている。
 第二段階としての耐久力を賭けて我慢する、神経戦と宣伝戦に突入しかけているというのが、最初の1カ月が過ぎた時点での状況認識になりそうだ。


震え上がったサウジ王室

 石油戦略をアラブ民族主義の政治に持ち込み、まずクウェートを血祭りにあげておき、次に、人質を巧みに利用して列強を牽制しながら、アメリカ軍の戦術攻撃力を封じ込めるやり口には、緻密な計算がなされていると感じ取れる。
 つねに先手を取って相手を攪乱しながら、捨て身の構えで新しい活路を切り開く、遊牧民特有の非情な大胆さがあるので、サウジ王室のメンバーは震え上がり、国是として続けてきた鎖国政策を中断して、アメリカに助けを求めたのに違いない。そうでなかったら、アラビア版の尊皇攘夷に凝り固まった彼らが、女性兵士を大量に混じえたアメリカ軍に入国許可を与えるはずがないからだ。
 なにしろ、サウジでは女性は素顔を見せないし、職業につけないことはもちろんのことで、自動車の運転も禁止されているのに、アメリカ軍では女兵士が男とまったく互角に働いている。
 また、アメリカ軍にとってこれは千載一遇の大チャンスであり、これまで固く閉ざされてきた外国軍隊の駐留が認められた以上は、恒久的な軍事基地をアラビア半島に作って、そこに居座ることは願ったりかなったりだ。その計算をした上で、ペンタゴンは大量のアメリカ軍を緊急派遣したのだし、同時に、大量の武器をサウジ政府に売却したのである。


サウジの精神構造は17世紀徳川時代

 江戸時代の日本の鎖国に匹敵する閉鎖性は、入国の自由が認められていないだけでなく、一度入国したら人質になったも同然で、パスポートは取り上げられて保管されるし、許可を受けてビザをもらってから、初めて国外に出られるのがサウジ流である。
 水利地質のプロとしてフランスの会社で働き、派遣されて井戸の掘削の監督として、真夏の数ヵ月を砂漠の現場で過ごしたが、国としてのサウジを支配する精神構造は、17世紀の徳川時代に相当すると私は思っている。
 国禁の隙間をぬって外国からきた者は、科学者でも技術者でも同じことで、すべてお雇い者だし召し抱え者であり、商売人はその一段下の抜け荷業者扱いだ。
 その延長線上にすべてが成り立つので、近代装備の戦争マシーンを大量に運び込み、自ら警官に選ばれたつもりで国境地帯を警備するアメリカ人は、サウジの人間にとっては傭兵であり、隣国のクウェートを略奪しているイラク人から自分たちを守る番犬と同じ存在に過ぎない。
 しかも、サウジの支配者が守りたいのは、自分たちが手に入れている特権と、これまで蓄積してきた財産であり、地球の環境問題についての心遣いや民主的な社会の建設などは、彼らの興味のラチ外のことである。
 ただ、偉大な予言者マホメットが誕生した土地として、聖地メッカを持つサウジアラビアは世界の中心だという現代版の天動説の地なのである。


クウェートとサウジの部族支配

 時代錯誤的な部族支配が続く点では、クウェートもサウジに較べて引けを取らず、それは政治体制を見れば一目瞭然である。
 民主的な政府も存在していなければ、選挙で選ばれた議会もないのであり、世界一の所得に基づく福祉政策があっても、それはクウェート人だけが対象で、100万入を超える外国人には適用されず、外国人を市民扱いしないだけでなく、数多くの領域で権利を制限して、半奴隷制の上に繁栄を維持してきたのである。
 そこをアラブ平等主義のサダム・フセインが狙い、侵略の口実にして機動部隊で攻め込んだのだが、手際いいやり口にアメリカ人が仰天したあまり、急遽ペンタゴンが軍事力を総動員して、サウジの防衛の傭兵役を担当したから、話の筋道が交錯してしまったのだ。アメリカの大義は民主主義の確立と擁護だが、民主主義のないところで侵略主義と対決し、気が付いてみたら番犬役を演じていたのである。


アラブ王族連合の傭兵としてのアメリカ軍

 イラクの侵略行為は許せないにしても、これは野蛮な軍国主義をむき出しにした、アラブ民族主義を唱える独裁者と、サバハ王族という経済的な独裁者の間の、石油の富と土地の領有権をめぐる争いである。
 アメリカはあわてて行動した結果、傭兵になり、気が付いてみたら補給に金がかかり過ぎ、未だ戦闘状態に入ってもいないのに、月に10億ドルの戦費が出ていることがわかり、頭を抱えはじめたというのが現状である。
 そこで、日本や韓国などのアジアの石油消費国やヨーロッパの工業先進国に奉加を募ることにして、ワシントンは戦費の負担を要請した。植民地主義の教訓を知るヨーロッパ諸国は、戦費の押付けに対して抵抗気味なのに、日本はいち早く名乗りを上げると、10億ドルの戦費負担を受け入れてしまった。
 いくら歴史の教訓に無知であっても、日本がスエズ運河における英仏の役回りをするとは、一体、海部首相は血迷ったのであろうか。
 番犬は飼い主が餌をやるものであるし、傭兵は雇い主が費用の面倒を見るのが常識である。サウジが要請してアメリカ軍を招き入れた以上はリヤド政府が戦費を負担して当然であり、いくら石油を消費するといっても、日本やヨーロッパ諸国が、国連ではなくて直接アメリカの尻拭いをするのは見当違いもはなはだしいではないか。しかも、石油価格の全般的な上昇と増産により、サウジは月に30億ドルの増収があり、この棚ボタの資金を傭兵に支払うなり、国連に供託すれば筋がすっきりと通るのである。


戦費負担に対する発言

 人口が少ない金持ち国のクウェートには、200万人近くの人間が生活しているが、そのうちで住民として扱われているのは75万人で、選挙権を持つ人間が6万人だそうだから、どんな形で権利が認められるかは不明にしろ、この国が民主的でないのは明白である。これまで蓄積した富が巨大であることは、封鎖された在外資産が2,000億ドルに近く、選挙権所有者一人当たり300万ドルになるので、そのリッチぶりがわかるというものだ。
 最近出た「フォーチュン」誌の9月10日号によると、クウェートのジャビル首長とその一族の純資産は、48億ドルに達するそうだから、「国破れて砂漠あり」でその支配権を失うにしても、生活に困ることはないに違いない。
 参考までにサウジの王族の数字も紹介すると、ファハド国王の純資産は180億ドルであり、傭兵のアメリカ軍を1年半も面倒が見られる。
 もっとも、戦争が火を噴いて燃え上がらなければの話で、直接の軍事行動があれば計算は別になり、石油収入が途絶しかねないから、いくらあっても資金は不足するだろう。
 日本政府が戦費の一部を負担したからといって、アメリカ人が感激していると思ったら、これはとんでもない大間違いである。車を運転しながらラジオを流していたら、人気トップのニュース解説番組「マクニール・ルアー・ニュース」で、上院議員へのインタビューがあった。
 名前はちょっと聞き漏らしたが、その議員が「日本がわずか10億ドルしか出さないなんて、まったくとんでもない料簡だ。50億ドルでも100億ドルでも出すのが当たり前で、出す気がないなら、アメリカ政府は金がないのだから、どこからでも借金する他に道がない。そうなれば、財務省証券(Tボンド)を日本人が買うだけであり、どの道にしても金の出所は同じだから、むしろ、自発的な戦費を負担する方がいい」という身勝手な発言をしていた。


波動理論の第三波に揺れる時代

 ことの筋道をはっきり考えないで、負担する筋合いのない資金を出すから、こんなつけ上がったことを言われるのであり、政治をやる人間は口先だけで軽率な決定をしないで、頭を使って判断すべきである。
 春の総選挙の時に財界から300億円の選挙資金を出させたが、同じような理屈で、中東の争いを種に2桁も大きな金額を戦費の名目で巻き上げられて、日本政府は骨までしゃぶり尽くされかねない。こんな政治家しか持ち合わせないのでは、情けないというより惨めな気分になるが、札ビラをきって格好をつけたがる前に、日本政府は自らが財政破綻に直面しており、行政改革をやらない限り、救いがないことに気が付いてしかるべきではないか。
 膠着状態が今後もペルシャ湾で続けば、石油価格の乱高下の状態が繰り返され、経済はそれに振り回されて目茶苦茶になる。
 しかも、エリオットの波動理論に従うなら、すでに始まっている下降期の第三波の荒波で、東京市場は前代未聞の経験をすることになるのだ。そのクライマックスが、「砂漠の盾作戦」とその報復の発動であり、油田地帯で両軍の戦車が交戦したり、石油タンクの上でミサイルが炸裂したりしないようにと願うばかりである。


持久戦がどう作用するか

 このまま軍事的な睨み合いが続いていき、砂漠を舞台にした持久戦になれば、3ヵ月か半年が経過した時点で、経済封鎖が効いてイラクのノド元を締めつけるし、交替要員を持たないアメリカ軍の地上部隊は、消耗して動けなくなるのは確実である。
 これまでは、あわてたアメリカ軍が傭兵役を果たしたが、今後は、ニクソン・ドクトリ ンを思い出して、金や武器については提供するから、血を流す役は現地人が責任を持てと言って、アメリカは直接介入から手を引くだろう。
 その第一歩に当たるのが、エジプトの70億ドルの借金棒引きであり、これはサウジ国内に陸軍を派遣したムバラクが、傭兵の傭兵として下請け役を引き受けた代金である。
 次には、モロッコやパキスタンなどの、モスレム世界の貧困国がアメリカの代役を引き受け、サダム・フセインのアラブ化構想に対決する形で、新しいモスレム主義を前面に押し出して、イラクを包囲して無力化するために、コルドン・サニテール(防疫地帯)作りに使われるのではないか。
 一方のサダム・フセインは軍事的な挑発を抑え、持久戦で財政難のアメリカに戦費を放蕩させていくだろう。神経戦で相手を攪乱することは、ヒトラーが使った手口と同じだが、耐久力という点では、8年間の戦時体制に耐えてきた、イラクの方が強い力を発揮しそうである。
 自然条件を味方に付けた戦法としては、クトウゾフ(ナポレオンのモスクワ退脚を追撃したロシアの将軍)が採用した高等戦術と共通だし、軍事力は最初の一撃だけで止めておき、勝ち誇って深追いして補給線を延ばさず、後は政治力で置き換えないと、取り返しつかない失敗をする。ナポレオンやヒトラーの例だけでなく、大日本帝国も同じ破綻を味わっており、それは歴史が示すとても重要な教訓でもある。


外交が主役となるべき状況

 フランスやソ連が経済封鎖に加わったことは、サダム・フセインにとっての計算違いだったにしても、まだ日本のように正面から敵対していないし、長い外交の伝統に従ってパリとモスクワは、調停役になる条件をきちんと保持している。
 それに、イラクにとってエンバルゴの威力が国内危機になるまでは、未だ数ヵ月の時間が残っているし、その間に有利な交渉を展開しておけば、政治的なメンツは保てるだけでなく、侵略行為の善悪はさておくとして、成功と呼べる取り引きをまとめることによって、サダム・フセインは自己の野望を満たしたことになる。
 他方のブッシュにしても、現在は政治的には剣が峰である。国防予算の大削減を前にしたペンタゴンが、イラクの侵略行為を奇貨として反抗を試み、フセイン体制の排除を狙って果敢に挑んだので、最初の2週間のブッシュは、正攻法に基づく外交的な展望が開けなかった。
 だが、スコウクロフト補佐官の必死な忠告を受け、夏休みを口実にワシントンを脱出した大統領は、チェイニー国防長官やペンタゴンの将軍たちから遠ざかると、冷却期間を作って時間を稼ぐ戦法を使った。こうして、軍事的な睨み合いの中で外交の展望に少し希望が生まれ、肩の息を抜く所までたどり着いたのである。
 こういった微妙な成り行きも読めずに、ペンタゴンの動きに幻惑された日本政府は、戦費負担という愚かな選択をしただけでなく、掃海艇の派遣という危険な議論まで行い、仲裁役としての道を選ぶ機会を失ってしまった。
 だが、平和憲法の精神を強く訴えて、日本は国際紛争の調停者として、世界の期待と信頼を集める努力に徹し、自らの生存条件を高めるべきではなかったか。
 同じ10億ドルを戦費として支払うより、これから激増する難民を助けるために、IRO(国際難民機構)の基金にでも提供すれば、日本人の行為は世界中の人々から、より強く大きい共感を得るのに成功して、心から歓迎されたのではないだろうか。


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