4 砂漠戦における補給の経済学



地上戦か、航空戦か

 イラクによるクウェート侵略と併合は、アメリカ軍を中核にした緊急軍事展開を招き、サウジとイラクを分ける1000キロ以上の国境線を挾んで、両方で50万人に近い軍隊が戦闘準備を整えたが、消耗戦としての砂漠の睨み合いは、すでに3カ月以上にわたって継続している。
 戦車師団を主体にしたイラク軍に対して、地上部隊では劣勢なサウジ軍とアメリカ軍は、ペンタゴンが総動員した海軍と空軍により、アメリカが得意にしている物量作戦で臨み、いつでも戦術爆撃で攻撃できる態勢を構え、同時に、地上兵力の増強を行っているが、アメリカ軍が自信を持って布陣を終わり、イラク軍に対決できる状況になるのは、早くても10月後半だと言われている。
 航空母艦5隻を含むアメリカ艦隊には、F-14(トムキャット)、F/A-18(ホーネット)、A-16(イントルーダー)、EA-B6(プロウラー)、AV-8B(ハリヤー)などの艦載戦闘機や迎撃機が配備されているし、サウジ国内や周辺に大急ぎで整備した飛行場には、原爆も積めるF-111をはじめとして、小型軽量のF-16(ファイティング・ファルコン)、米空軍の切札であるF-15E(イーグル)、万能機のF-4G(ワイルド・ウィーゼル)、ガトリング砲を装備したA-10(サンダーボルト)だけでなく、空軍が秘蔵するレーダーを跳ね返す、最新鋭のF-111A(ナイトホーク)まで持ち込んでいる。
 そして、イラク空軍の持つ最新鋭のSU-24(フェンサー)、マッハ2以上が出るフランス製のF-1C(ミラージュ)のほかに、各種のソ連製のミグ型戦闘機を相手にして、いつでも空戦ができる態勢で、最新兵器の総力戦の様相を呈している。また、ディエゴ・ガルシア島の空軍基地には、68機のB-52戦略爆撃機が待機しており、常時、出撃準備を整えているから、ことと次第では大変な事態に発展しかねない。
 同時に、サウジの防衛という名目で動員された地上部隊については、すでに10万人を超えた陸軍や海兵隊のほかに、エジプト軍をはじめとした支援兵を配備し終わったが、ペンタゴンは数次にわたる予備役の招集を行い、そのかなりの部分を中東に向けて移動中である。
 軍事的に見て地上戦の決め手になるのは、イラク機甲師団5500台の戦車であり、威力を知られたT-72型やT1-62型、それにT-54型の戦車に対して、アメリカ軍は砂漠戦でそれに対抗するために、大量のM-1型とM-60型の戦車を送り込んだ。
 しかし、サウジの国境地帯はシナイ半島やゴラン高原とは気候や地形の条件が違っているので、イスラエル軍で試された戦術はあまり役に江たないし、言語に絶する砂嵐が君臨する場所だから、最新鋭の機械がたちまち機能を停止しかねない。アラビア半島の砂嵐の威力は絶大であり、最新鋭の兵器の電気系統が故障して、機能マヒに陥るケースがあまりにも多いのである。
 だから、アラビア半島の砂漠を舞台にして、ハードウエアとしての兵器を揃えて、あのクルスク大戦車戦の二の舞を本気で繰り返すつもりでいるとしたら、戦車数でスケールが似ているにしても、歴史の教訓を忘れた両陣営の将軍たちは、頭がどうかしていると言うしかない。


兵器では決まらない砂漠の戦い

 史上最大の戦車戦として知られている、あの中央ロシアのクルスクの戦いは、第二次世界大戦の天王山であり、この「砦作戦」で消耗したドイツ機甲師団は、もはや立ち直る力を持ち合わせないまま、ナチス・ドイツの第三帝国は崩壊へと進んでいった。ティーゲル重戦車をはじめとする3000台を超えた新鋭戦車と突撃砲を配備した国防軍は、90万人の兵員を投入し、ジューコフ元帥指揮下の140万人の赤軍は、3300台のT-34型戦車や自走砲を動員して、1943年の真夏の麦畑で戦端を開いた。
 戦車戦といっても、ドイツ軍は2000機の航空機を投入したし、ソ連軍も2600機の飛行機を動員して消耗戦を繰り広げた。国防軍はさらに2000台の戦車を追加したが、7月12日のブショル川沿いの戦闘だけでも、ドイツ側は一日で350台の戦車を失ったし、ソ連軍の被害もそれに劣らなかった。
 結果としては、ドイツ国防軍が敗北しており、戦車3000台と航空機1400台を失い、機甲帥団の戦力がけし飛んだので、それから後はベルリン陥落へ一直線だった。だが、この戦闘において勝った側も負けた側も、ともに大きな打撃と深手に苦しんだ理由は、将車たちが兵器や師団数に気を奪われて、補給の問題を軽視したことである。
 将軍たちは常に進撃することばかりを考え、補給線が延びきったところを相手に攻撃され、被害を何倍も大きなものにするが、これは砂漠の戦車戦としても有名な、あのリビアにおけるロンメル車団の場合でも同じであった。
 行動半径に対して燃料消費の大きい戦車戦は、燃料の補給にこと欠けば、戦車は対戦車砲の餌食になるだけであり、それはイラク軍にもアメリカ軍にも共通だ。しかも、戦車隊は地上軍の擁護がなければ、側面からの攻撃に対し弱みをカバーできず、行動することもできなくなってしまうのである。一般的に将車に共通している考え方は、火力で相手の3倍を維持するということだが、1000キロを越えるサウジの国境線からして、火力優位は補給の上からも不可能であり、どちら側も圧倒的な立場は保てないから、機動作戦が止まった途端に睨み合いが始まるのである。


ソフトな消耗戦が始まった

 また、相手側の情報を知ることの重要性の面では、アメリカ軍もイラク軍も共通した欠陥を持つ。アメリカ側は人工衛星やエーワックス(空中警戒管制機)とか、通常査察用のTR-1SやF-4Sのスパイ機、それに、通信傍受用のマグナム衛星などのハードウエアを持つが、肝心な地上における人間の動きや住民たちの心理的な状態はほとんどつかんでいない。
 逆のことはイラク側にも言え、5000台の大戦車隊を動員しているのに、衛星情報や電波解析の立ち後れの面では昔の日本軍と同じで、ほとんど盲目状態であり、全体の動きの把握が十分でないから、どうしても無理が生じてしまう。
 いくら戦闘部隊の兵士や指揮官が気負い立っても、作戦を展開する上で総合的な情報の基盤が欠ければ、両軍はじっとしたままで動けないし、無理な補給に依存するソフトな消耗戦が始まって、最も苦しい砂漠での我慢競べが続くことになる。


補給面で見たアメリカの耐久力

 アメリカ政府がサウジ派兵を公式発表したのは8月8日だったが、ブッシュはチェイニー国防長官を6日にリヤドに派遣して、ファハド国王との会見の結果により、サウジ防衛のために出兵を要請された形を整えると、7日には第一陣の海兵隊の空輸を行っている。このようにアメリカ軍の最初の数週間の動きで見る限り、その緊急展開には目を見張るものがあったが、補給の面でたちまち息切れを見せたことは、陸軍の戦闘部隊の内容と、その装備の上に実によく現われていた。
 まず気が付くのは、大量の海兵隊をサウジに送り込んだことだが、ヨーロッパに駐留する何十万人かのアメリカ軍は、対ソ戦の訓練と装備を施されていたために、中東に向いていなかったので転用しなかった。その点では、南方作戦に無理やりに満州の関東車を転用した、帝国陸軍よりは少し余裕があった程度だと言える。
 アメリカ軍で砂漠の実戦訓練を受けているのは、海兵隊だけであると言って良く、私が住むパーム・スプリングスの近くの海兵隊空陸戦闘センターは、ロスから250キロほど東に位置しているが、この砂漠の中の実弾訓練所は150平方キロの広さがある。
 世界最大の規模を誇るこの実戦基地では、3カ月の訓練を施された海兵隊要員が、毎年5万人ほど養成されていたが、クウェート侵攻があってから後は、ここで10日あまり野戦訓練をした兵隊が、次々とサウジに向けて派遣されている。また、その50キロ南には、パットン将軍がかつて猛訓練した戦車隊の基地があるし、サウジ駐屯の地上部隊のかなりの部分は、南カリフォルニアから出かけているが、本格的な砂漠の戦闘要員を補給できるところは、アメリカでもここ以外にはないのだ。
 人質救出作戦や市街戦の実戦訓練を専門に行う、ノースカロライナの海兵隊基地とともに、真夏の南カリフォルニアの砂塵と硝煙の中の猛訓練で鍛えられた海兵隊員が、続々とサウジに空輸されたのである。
 アメリカ東海岸からサウジまでの距離は、スエズ運河経由で約1万2000キロだが、西海岸からインド洋を通ると2万3000キロになるので、補給面で中東の戦争はアメリカの泣きどころだし、アメリカは砂漠戦の準備ができていなかった。そのいい例が兵隊の服装や戦車である。迷彩色は砂漠では標的になるだけだが、とりあえずは防毒マスクを装備に加えて、あわてて砂漠戦の兵備をサウジに送り込んだのだ。夏の気温が摂氏45度のサウジの砂漠では鉄甲板で卵焼きが作れるように、戦車の中は60度を超える暑さである。クーラー付きの戦車は限られているが、実戦用の標準装備のM-1戦車を中核にして、とにかく、こうして大輸送作戦が始まった。
 フランスの会社の水利地質担当だった頃に、井戸を掘削する仕事の現場監督として、真夏のサウジの砂漠で数カ月も生活したので、その耐え難い暑さについては保証する。身をもって味わったサウジの砂漠体験か言えるのは、M-16のライフル銃と30発の弾丸を持ち、3日間の携帯食と10リットルの水を含めて、全量で40キロの装備を身に付けたアメリカ軍の兵が、その上さらに毒ガス用のマスクや衣類をまとって、まともな行動ができるわけがないという点だ。
 あの砂漠の高温という条件の下では、人間は1日に20リットルの水を飲まない限り、脱水状態に陥って気がおかしくなるから、10万人という現段階の地上兵のために、膨大な量の水と食糧の補給を、ペンタゴンは毎日の仕事として担当しなければならない。
 それに加えて、海軍が3万5000人の水兵を動かしているから、この食糧と水の手当も必要であり、通常航海で1人1日に150キロの補給が要るし、戦闘態勢に入ると弾薬の消費で、その補給量は数倍に増加するから大変である。


補給戦の経済学

 食べて飲ませていればすむわけではなく、戦闘する兵士には弾薬の供給がいるし、兵器の損傷を補い修理するためには、予備の部品の確保も十分に必要だから、アメリカ流の調達担当の能力を持つ人材も、予備役から新規投入されることになる。
 アメリカ陸軍の編成は戦闘要員が2に対して、サポート要員が8の割合だから、戦闘要員が9で補給が1の日本軍とは、内容が大いに違っている。数次にわたった予備役の動員を行った狙いは、補給と兵站を円滑に行うためである。そのためにしかし、女性の運転はもとより労働が禁止されたサウジに、アメリカ軍の一割を超えた補給やメンテナンス要員の女性.要員が送り込まれたことは、これは大きな社会的軋轢の種になるだろう。
 アメリカ軍の歩兵部隊が駐屯している場合は、1人当たり1日に25キロの補給が標準だから、10万人の兵隊で1日25万トン。砂漠では水の補給だけでその量に達し、軍事行動に移った時には弾薬を消耗するから、補給量は2倍を超えてたちまち3倍くらいになる。
 実際問題として、地上部隊の1個師団が100キロの距離を行動する時には、燃料だけでも200トンを使う上に、輸送のほとんどが弾薬と部品の補給である。また、戦闘がなくても補給や偵察は必要であり、部隊を散開したり移動するときには、トラックや戦車なども一緒に動くので、この面の補給の重要性は軽視できない。
 アメリカ軍は戦時体制で約2カ月分の補給する。今回は地球を半周する補給線を持つために、これまでは大型輸送機を動員してきたが、100トンの物資を東海岸からサウジヘ運ぶのに燃料を20トン消費し、西海岸からだとその倍を使用する。これまで最優先で運んだのは、1台が60トンもあるM-1戦車と部品だったから、すでに膨大な量を運搬しているはずだし、戦闘要負は輸送機のピストン輸送だったので、消費した燃料だけでも実に莫大である。


燃料が決め手

 問題はすべてを動かすエネルギー源にあり、飛行機や戦車ばかりではなくて、戦艦も補給用のトラックもすべて石油に支配され、石油製品が死命を制している点では、まさにこの軍事対決は補給が決め手であり、そのものずばりの石油戦争に他ならない。
 戦闘機は1回の飛行で、消費するジェット燃料が平均で約3トン半になるし、アメリカ空軍の主力機として精密な仕様で作られた機動性を誇るイーグルは、1回ごとに30万ドル相当の部品の交換がいる。しかも、空中戦が加わる時のスペア・パーツの消耗が1回で50万ドルになってしまうから、世界最強の戦闘機といわれるイーグルは金食い虫の王者と呼ばれているのである。また、戦車キラーとしての有名なアパッチ型ヘリコプターは、砂塵をまきあげるためにローターの消耗が激しく、普通の数倍の頻度で部品の交換を必要としている。
 現在はサウジのラスタヌラの石油製品基地を使っているが、究極のアメリカ軍の燃料補給基地はシンガポールであり、インド洋を越えて運ぶのが大変だから、サウジ政府は急遽ペルシャ湾内にタンカーを浮かべ、戦闘機用のジェット燃料と戦車用の軽油の洋上備蓄の手配をしたが、戦場に近いペルシャ湾内は危険であり、燃料の補給線は戦闘が始まった途端に、シンガポールまで延び切ることになる。
 また、主要搭載ロケット兵器のサイドワインダーは、一発が5万3000ドルとコストは比較的安いが、地上からの強い輻射熱がある砂漠では、これを対戦車戦に使うと命中精度が落ちる。だから、地対空ミサイルの威力の前で経済性を較べると、1機4000万ドルのF-16やその二倍以上のF-15は高価すぎる。一発が数万ドルの対空ミサイルによって、飛行機が簡単に撃墜される場合を孝えると、高価な新鋭航空機を使った戦いは、経済採算の面でも問題点があまりにも多く、赤字削減に悩むアメリカ政府には耐え難いのだ。
 それは1台数十万円のトラックを破壊するために、1機100億円の飛行機を数機も出撃させて、1発数万円の高射砲弾で撃墜された経験をもつ、ベトナム戦争と同じ不経済の経済学が支配しており、近代戦はあまりにも金がかかり過ぎるのである。


経済封鎖の政治学

 ブッシュは国際法にも精通しているので、イラクのクウェート侵略への制裁として、大義名分のために国連を動かすと、経済封鎖という古典的なアプローチを使い、経済と軍事の両面から圧力を加える戦法で、バグダッド政府をねじ伏せようと試みた。
 いくら砲艦外交が得意なアメリカでも、イラクはグレナダやパナマのようなわけにはいかず、戦術奇襲をするには手強過ぎる相手だし、補給線の上で中東はあまりにも遠いから、まず国際世論を味方に付けた上で、ゆっくりと料理しようと考えたらしい。
 だが、アラブ世界をアメリカ人の尺度で計ってしまい、船による物資の動きと、陸路を使ったトラック輸送を封じれば、目的が達せられると早合点した気配が濃厚であり、空路をはじめこの封鎖網は穴だらけだった。
 経済封鎖は戦争の代替行為だとはいえ、「公海に関するジュネーブ条約」によると、第三国の船舶に対して拘束力を持たないが、アメリカはそれを無視して強引にイラクを封じ込め、兵糧攻めにしようとして焦り過ぎている。だから、武断派のサッチャー首相を例外にして、ほとんどのヨーロッパ諸国をはじめ、インドや中国などの条約遵守派の国々は、バグダッドとワシントンの砲艦外交の勇み足を、はらはらしながら見守っているのである。
 食糧については、アメリカが今までイラクヘの供給国だから、米が4カ月分で小麦が約半年分くらいだとか、飼料は半年で砂糖が1カ月分の蓄えだと、相手の台所の状況を詳しく知っているので、それをもとに封鎖効果を計算したのだろう。しかし、アラブの土地は遊牧民の世界であり、トルコやイラン方面からの密輸ルートの動きは、文明と同じくらいの古い歴史を持っている。
 だから、遅ればせながら行われた航空路の封鎖に先立って、ラクダ輸送の封鎖を断行した方がはるかに現実的だったのに、そこまで気がつかなかったのである。
 イラク側もエンバルゴの影響で苦しいし、クウェート周辺とサウジの国境地帯に、40万近くの兵隊の布陣を敷いているから、補給のためには多くの努力が必要である。そこでテヘラン政府と和解して占領地を放棄し、密輸の風穴作りにも精を出した埋由がそこにある。
 サダム・フセインの狙いはクウェートの油田の奪取と、中央銀行にあった40億ドル相当の金塊と通貨であり、すでにバグダッドに移送済みだと言われるが、同時に、全体では中東最大の規模になるシュアイバ、ミナ・アル・アハマジ、ミナ・アブドゥラなどの、クウェート領内の精油施設の制圧に違いなく、イラク軍は前線で必要な燃料を調達して、補給面での弱みを克服する戦法を活用している。
 三分割して19番目の州にしたクウェートには、30万人のイラク兵と1500台の戦車があり、補給のためには多くの努力が行われていて、バグダッドからクウェートまでの片側二車線の幹線道路を使い、1日当たり5000トンの物資の補給が行われている。
 だが、この道路の最大輸送能力は1日に2万トンであり、イラク軍に輸送部隊が不足しているにしても、機甲師団がクルスク的な戦闘を考えているのなら、補給活動にもっと熱心に取り組んでいるはずである。日本の高速道路よりも立派に作られたこの補給路をフルに活用していないことの背後には、戦闘レベルを越えた政治の次元での計算があり、それがサダム・フセインの石油戦略を不動にしていそうだ。
 その辺にこの戦争の行方を占う鍵が潜んでいて、外交交渉の突破口があるようにみえるし、次の展開の兆しが読み取れるようにも思える。


サダムが狙う和平両面作戦

 石油の価値を知り抜いたサダム・フセインが、クウェートの石油を手に入れた以上は、そう簡単に手放すとは考えられないし、サウジのファハド国王やイラン政府をはじめ、アラブ人の多くから反感を集めていたサバハ家によるクウェート王室復活が承認されるまでに至るとも思えない。
 それはアラブの正義に反しているだけでなく、単純でお人好しのアメリカ人の間にも、非民主的な部族支配を復活する目的のために、自分たちが血を流すことに対して、抵抗感が芽生えていることが世論に.反映し始め、封建的な土侯支配へ協力することへの疑問が高まっている。
 同じ人種差別主義に対しても、クウェートでは守護者の立場をとり、南アフリカには攻撃者の姿勢をとるところに、アメリカ政府の御都合主義が見られ、歯切れの悪さが目立ってしまう。このような矛盾したアメリカ政府の態度と、パレスチナとクウェートで二重規範を使うワシントンの外交姿勢に対して、それをアラブ主義者のサダム・フセインが容認するとは思えない。
 なぜならば、彼が所属するバース党の基本精神はアラブ平等主義であり、メッカとメジナの二大聖地の守護者にすぎないサウジ王家は、王室の立場にあまりこだわると、アラブの正義と敵対してしまうことになる。サダム・フセインは石油政治について非常に詳しく、石油を戦略的に扱う手腕にたけている。だから、アラブの盟主として長期的な計算をして、クウェートの住民の6割を占めるという理由で、イラク軍の撤退と引き換えの条件に、クウェート住民の自由選挙を提案して、そこにパレスチナ人の国を作る作戦を用意することで、全世界を唖然とさせるかも知れないのである。
 その一方で、彼の野望がアメリカの軍事行動によって阻まれ、空軍力を使った戦術奇襲に見舞われないために、人質を使った「人間の盾作戦」を展開し、有利な交渉条件を手に入れるための時間稼ぎと消耗戦を試みているのだ。
 なぜならば、前章で述べたように、人質問題がアメリカの歴代の大統領にとって、最大の政治的なアキレス腱であることを、サダム・フセインは十二分に読み抜いているはずだからだ。
 100万人以上の外国人労働者とともに、大量のアメリカ人をゲストという名の人質にして、「これは第二次世界大戦の時にアメリカ政府が行った、日系人の強制収容ほど非人道的ではない」とうそぶくサダム・フセインの神経戦は威力を持つ。
 それに、アラブ人向けに「聖戦」(ジハド)を呼び掛けるだけでなく、バグダッド放送はアメリカ兵の士気を挫くために、「東京ローズ作戦」のイラク版をすでに開始しており、「サウジの砂漠のアメリカ兵たちよ、不具者になって生涯を慈善にすがるか、精神錯乱で故国の土を踏むか、はたまた棺桶で故郷に帰りたいのか」と呼び掛けて、ゲッペルス張りの宣伝戦を展開している。
 だから、戦闘部隊の上層部にはその反発もあって、サダム・フセインヘの憎しみの気持ちを高めているが、4日問の現地視察でサウジを訪れていた空軍参謀長のダーガン元帥は、調子に乗りしゃべり過ぎて舌禍事件を起こしている。
 彼は「もしアメリカがイラクと戦争に突入すれば、アメリカ軍はイラクの指導部を取り除くために、サダム・フセイン大統領、彼の家族、彼の上級指令官、彼の親衛隊、そして、彼の愛人までも含めて殺戮するような、情け容赦のない爆撃計画を遂行する」と新聞記者にしゃべり、翌日の9月17日にチェイニー国防長官から、機密漏洩と判断力の不足を理由に罷免されている。
 ペンタゴンが空軍による戦術奇襲作戦を作り、その実施の時期をうかがっていたが故に、この発言は舌禍事件に結び付いたのだろうし、サダムの人質作戦の有効性の傍証になるが、アメリカ軍がその実行をためらっていた理由の一つに、ミサイルを使ったイラクの報復への危惧が大きく作用していたであろうことは、石油戦略のシミュレーションからも明白である。
 戦争が始まって中東の火薬庫が燃え上がれば、成り行き次第で世界戦争になる恐れとともに、世界経済が木端微塵になるのはほぼ確実である。久しく石油問題の発言をしなかったヤマニが、9月20日に珍しくメディアに登場し、戦争が始まれば石油価格が暴騰するとしゃべり、バレル当たり60ドルになると予想したが、彼の予測はあまりにも甘過ぎるのではないか。
 サウジの油田が破壊された場合に、石油が一時的に100ドルを超えて跳ね上がり、その結果、パニックが本格的なクライシスに変化すると考えるには、それほど大胆な推測力はいらないし、予想しないことが起きるのが変革期の常である。現に、つい5年前までは超大国だったソ連は今や破産同然だし、軍事力と経済力を誇っていたアメリカも、その軍事力を展開する資金に事欠いており、補給と作戦に必要な軍事費に困って、物乞い外交に精をだしているのだ。


日本政府の間違った選択

 1日当たりの車事費は2500万ドルと言われ、最初は月に6億ドル程度の予想だったのに、またたく間にそれが4割も膨れ上がり、8月における戦費が10億ドルに近いと発表され、ブッシュは補給戦のコストが苦痛になり始めた。
 そこで、日本や韓国などのアジアの石油消費国やヨーロッパの工業諸国や産油国に対して、戦費の負担を要請した。それに対して、日本だけがいち早く10億ドルの戦費負担の名乗りを上げた。傭兵の雇い主のサウジやクウェートの王族が、30億や50億ドル単位で戦費負担したが、サウジの場合は、石油の値上がり分だけでも月に120億ドルも増収だから、駐留軍の費用や間接費を全額負担しても、ありあまるほどのオツリが出るのだ。
 フランスの「ルモンド」紙はアメリカ軍のサウジ進駐を指して、「歴史が大きく動いているのに対して、アラブ世界の現状維持を目指すアメリカは、過去の側に属して未来に刃向かうものだし、歴史の流れに悼さすアナクロニズムであり、権益を守るという口実でサウジに進駐しているのは、植民地主義者の発想に他ならない。現在の中東における危機的な状況は、スエズ紛争の時にイギリスとフランスが学んだことを、アメリカ人たちに学ばせることになる」と論評している。
 こういう発想をもとに慎重な態度をとるヨーロッパの指導者たちは、気軽にワシントンに同調しないのだし、戦費負担というブッシュの要請に対しても、冷静な判断で一線を画しているのだ。
 それ反して、日本政府の発想と行動の背後には、第三世界から植民地主義だと指弾される隙や、ワシントンからは拠出が不足だと凄まれて追い銭を召し上げられる弱みが見えてしまう。こんな政府では日本人の運命は不幸である。
 三月のパーム・スプリングスのサミットの時に、ブッシュ大統領が紳士的な態度を示し、海部首相を一人前に扱ったので、そのお陰で人気とともに政権を維持できたのは事実だが、だからと言って、感激のあまりサービスに血道を上げれば、それは政治家として見苦しいだけでなく、日本の体面と誇りを傷つけることになる。
 なぜならば、大量の軍事力を中東に展開したことに、アメリカ国内でも賛否の意見が分かれており、日本の軍事協力の決定に対してそれほど好意を示しているとは言えないからである。


アメリカの中の多様な見解

 アメリカに存在している多様な世論が、メディアの上で意見をぶつけ合い、サウジヘの派兵についても、いろいろとにぎやかだし、代替エネルギーや省エネヘの関心もクウェートの消滅を契機に盛り上がっている。
 北テキサス大学のグロス教授のように、「レーガン政権時代に北部の選挙民に媚びて、中東の安い石油への依存の度合を強め、国内の石油開発を見殺しにしたので、世界第二の産油国のアメリカの体質が、逆に、大量の輸入石油に頼るようになった。そして、情けないことだが、今では消費の半分を輸入している」と断言して、石油輸入税の復活を提案する人もいる。
 また、カリフォルニア州の環境保全グループの代表は、「アメリカ人のエネルギー浪費癖を改めるために、サダム・フセインの教訓は貴重である」と石油不買デーを訴えたりして、多様な見解がアメリカの言論界を賑わせている。
 それに、アメリカ自体がサンベルトに位置する産油州と、東北部や五大湖周辺の工業地帯などの安い石油を好む州とがあり、各州の間で利害が大いに異なっているので、アメリカの利害がそのまま日本の利害と一致しない。だから、日本政府はワシントンの顔色をうかがう前に、国連などの国際世論をより重視する方が、過ちを犯さない選択ができるのである。


アラブ人自身の問題だ

 現在のアメリカでは孤立した立場にいるが、中東と石油問題に詳しかったが故に、サウジ駐在アメリカ大使に任命された、外交官で石油のプロのジム・エイキンズは、「大量のアメリカ人が駐留でサウジにいると、文化摩擦で閉鎖社会が不安定になり、王室が倒れる原因になりかねない。だから長期的な利害で考えると、アメリカ軍のサウジ駐留はアメリカの利害に反する結果を生む」という興味深い理由を上げて、派兵に反対の意思表示をしている。
 これは現地事情に精通した意見であり、中東の庶民レベルでは、王族への感情が好意的なものばかりではないことを示している。
 また、特権的な立場を謳歌してきたクウェートも、突然に襲来した不幸に対して、全面的同情が集まらない状況である。皮肉好きなロンドンの新聞は「1日を5000ポンドで耐えて生きる、哀れなクウェート難民」という記事で、1日1人当たり140万円の現金しか銀行から預金を引き出せなくなったために、超一流のレストランでの食事回数が減ったり、私的なクラブで派手な博打ができなくなった、クウェート人の姿を難民として描いている。
 クウェート侵攻の問題を冷静に検討すれば、イラクの軍事侵略は許せないにしても、これは軍国主義的なアラブの独裁者と、サバハ王族という経済的な独裁者の間の、石油の富と土地の領有権をめぐる争いであり、アメリカや日本などの石油消費国が、国運を賭けて介入する筋合いのものではない。石油の流れが止まり、困る状況が生まれても、先進工業国はあくまでも消費者に過ぎず、軍事的にことを構えたりするのはやり過ぎである。
 ペルシャ湾の石油はアラブ人のものだし、そこに住む人間が所有権を主張すれば、中東石油がアメリカの資産でない以上は、このもめごとはアラブ自身の問題である。日本人がアメリカ人の尻馬に乗って、一方の当事者と運命を分かち合う気になり、戦争遂行に協力するのは見当違いである。


アメリカ政治の欠陥に巻き込まれた海部政権

 敵対する者を悪魔のように決めつける態度は、円熟した外交経験に乏しいために陥る、アメリカ政治の常套的な欠陥であり、ソ連のスターリン書記長、キューバのカストロ首相、PLOのアラファト議長、イランのホメイニ師、リビアのカダフィ議長、パナマのノリエガ将軍などが、蛇蝎のように嫌われて攻撃の対象になったが、ついにサダム・フセイン大統領もその仲間に加わった。
 しかし、歴代のヨーロッパの指導者を見習って、日本はこのアメリカ流のプロパガンダから一歩離れ、その尻馬に乗ることはなかったのに、どういうわけか海部首相は自制心を失ってしまったようであり、何十億ドルもの軍事費を負担すると、言い出した。
 長らく続いたソフトな奴隷制を活用して、莫大な財産を蓄積したクウェートがパトロンになり、また、同様な特権を保持しようとするサウジが、傭兵役をアメリカ軍に引き受けさせたのだから、日本のような石油利権と無関係な国は、戦費の一部を負担する理由などまったくないのに、それをお大尽気分で引き受けたとすれば、海部政権はまったくのお調子者である。
 しかも、最初に決めた10億ドルの援助資金が少なすぎると文句を言われ、さらに30億ドルの追加支出を決めたが、国会の承認もなく大蔵大距の一存で支出決定をしたのは、議会制民主主義の逸脱ではなかったか。
 また、海部首相がブッシュに30億ドルの追加を電話で知らせた時には、ブッシュは日本政府の決定内容を知っていたという。次期総裁争いをめぐる抜け駆け行為がまかり通る日本は、政治がまともに動いていないのではないか。
 また、国連の決議に従ってエンバルゴに参加したり、周辺諸国に食糧や医薬品を送ることは、国際社会の一員の行為として筋が通っており、この際アメリカから米を買って難民に配れば、日米間の懸案解決の前進にも役に立つ。
 しかし、軍事費を負担するのは勇み足であり、短期的にはワシントンの人間を喜ばせて、海部首相が個人的にブッシュに感謝されても、長期的には日本の信用を傷つけてしまい、運命を大きく損なうことになるのである。


次の世代に遺す外交の正道を

 日本政府が全力をあげて取り組むべきことは、最悪の事態を想定した危機管理であり、イラクの石油戦略が軍事的なクラッシュを生み、米空軍の戦術奇襲やクルスク型の戦車戦になり、その報復として何が行われるかについて、多角的にシミュレートすることである。
 石油戦略の重要性を知りつくしているサダム・フセインなら、世界最大規模を誇るガワール油田や、ヤンブの石油化学コンプレックスを弾道ミサイルの標的にしているのは確実であるし、さらに、ジェダ、リヤド、アワリ、ラス・タヌーラ、カフジなどの精油施設とか、サウジ産の石油を積み出すアル・ジュベイルの施設に対して、毒ガスのミサイルやエグゾセ攻撃の作戦があるかも知れない。そういった破局の事態を防ぐために、外交で緊張を解きほぐす努力を行い、仲裁役の道を選んで生存条件を高めることが、世界平和に貢献する長期戦略の上で、日本の選択として最良だったかも知れないのだ。
 日本の真の友好と同盟関係の確立とは、ワシントンの砲艦外交に追従することではなく、一時的な反発の台頭を恐れないで、友情と誠意に満ちた忠告を行う、真に優れた勇気に関わる事柄に属している。仲裁役の方が、激しい闘争の当事者になるよりも勇気がいることの例証であることは歴史が豊富に示している。だから、最終的には息の長い普遍的な利益を確認して、心から肯定の「YES」の言葉を発し合いながら、爽やかな相互信頼に満たされた関係を太平洋の上に築き上げることが、次の世代に遺す外交の正道ではないだろうか。


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