7 粗雑な外交が生む亡国の教訓



現代史を突き動かす石油支配者の残像

 日本だけでなくて、世界のエコノミストや評論家の多くが、ブッシュ大統領は、メージャーと呼ばれるアメリカの石油資本の権益擁護のために、大規模なアメリカ軍の緊急展開を行い、短期間にサウジ進駐を実現したと解説している。
 エネルギー源としての石油の安定供給という点では、サウジをはじめとした湾岸諸国の石油は確かに重要であり、アメリカにとってそれが「バイタル・インタレスト」であるのは事実だ。しかし、それをアメリカ系企業として有名だったアラムコと結びつけたり、アメリカ国籍のシェブロンが株式の一部を持っていたクウェート石油と結びつけて考えるのは短絡的である。
 かつてサウジの石油を支配していたアラムコは、アメリカ資本のエクソン、テキサコ、シェブロン、モービルなどの石油会社が株式を持ち合い、石油生産から輸送、精製、販売にかけての全領域を一手にコントロールしていた。また、クウェート石油に関しては、ガルフを吸収したサンフランシスコのシェブロンが、イギリス系のブリティッシュ石油(B・P)と共同支配をしていたのは歴史的な事実である。
 しかし、それは過去の事柄に過ぎない。1990年8月のイラクのクウェート侵攻が起こった時点においては、アラムコとクウェート石油には、ともに産油国政府の完全支配が実現していて、アラムコはサウジ政府の所有会社であり、クウェート石油はクウェート政府の所有になっていた。
 だから、アメリカ系の多国籍企業の中東石油への支配力は大幅に後退し、石油の買い付けを行って製油したり、販売ルートに乗せるという商社的な機能と、石油開発や生産についてのノウハウを産油国政府にビジネスとして提供する、一種の総合サービス会社になっていた。
 もちろん、南米の産油国やインドネシアなどでは、古いタイプの石油支配をアメリカのメージャーは未だに維持しているが、かつてセブン・シスターズと呼ばれた帝国主義的な体制を保っているのは、イギリスのB・Pと英蘭系のロイヤル・ダッチ・シェルの二社に過ぎない。
 この点で、欧州の王室が主要株主となっている2社だけが、古典的な多国籍石油資本として健在であり、アメリカの石油資本は、セブン・シスターズの一員のガルフが姿を消したように、支配者としては内容的にガタガタになっているのである。


オイルビジネスは変化している

 20世紀の前半から後半にかけて続いてきたパックス・アメリカーナは、メージャーとしての石油資本が全世界に張りめぐらしていた、力強い支配網によって支えられていた。しかし、1970年代に始まった産油国パワーによって、アメリカ系はストレートな力の支配を得意にしていたが故に、幾度かのオペック攻勢によって徐々に影響力を低下させていった。それに代わって台頭したのが産油国であるが、そこには地主としての王様連合と、反王制の共和国パワーとの分裂があった。
 クウェートの滅亡はこの二大勢力の相克だとも考えられ、「持たざる」産油国と「持てる」産油国が、ペルシャ湾を舞台に激突したという性格を持つ。しかも、サウジは王室を名のっているが、イスラムの視点でいえば、メッカとメディナの二大聖地の守護者にすぎず、ヨーロッパの王室とは異質の存在なのである。
 また、首位と2位の産油国であるソ連とアメリカは、ともに永らくスーパー・パワーとして、持てる産油国の地位を誇ってきたが、軍事偏重の産業構造を保持してエネルギーを浪費したために、財政破綻を招いて経済的な困難に直面している。
 こうして、過去5年間に世界の経済支配のパターンが大幅に変化し、王様連合は帝国主義のノウハウを使って生き残っているが、共和国グループは弱肉強食や傭兵化で体力を消耗してしまった。
 その結果、国際石油市場は王様コンツェルンの手で再編成され、現段階ではイギリスやオランダの王室の優位が圧倒的である。また、スイスやシティの金融市場を巧妙に使う、欧州の王室やバチカンの株式運用の手腕により、B・Pとロイヤル・ダッチ・シェルはいわば1部市場の雄としての地位を保持している。その資金がニューヨークで運用された場合は、アメリカのメージャーは一部市場の有力株だが、どちらかというと低迷状態にあり、それがパックス・アメリカーナの基盤を揺さぶる原因になっている。
 その下には2部市場に相当するものがあって、シェルと組んだブルネイの土侯や、アメリカの石油資本のノウハウの提供を受けている、サウジやクウェートなどの封建政体を採用した、中東の大手産油国がその構成メンバーである。
 さらに、イラクやイランをはじめとするオペック諸国や、ソ連、メキシコ、中国、エジプトなどの産油国は、技術的に立ち遅れたり各種の欠陥があるために、立場としては店頭銘柄的な存在である。ただ、アメリカとカナダの独立系の石油会社は、非上場の個人会社的な立場であり、石油開発のノウハウを持つ小回りのきく組織として、創業者利益を秘めた特有の魅力をたたえている。
 これが1990年代初頭におけるオイル・ビジネスの現況だが、このような実情を知らないエコノミストや評論家たちは、過去の幻影にとらわれたまま、今回の湾岸危機の背景として、メージャーの陰謀があるという愚論を振りまわしているのである。


稚拙な外交が生む国難

 その石油市場の一角を構成するクウェートが粗雑な外交対応を行ったために、石油に浮かんだ国の滅亡をもたらしたが、日本の外交的対応も同じように遅れている。
 イラク政府がフランス人の人質全員の解放を発表した時、イラクの分断工作に不快の色を表明したフランス政府は、結束を弱める懐柔策は断乎拒絶すると公式発表した。国際政治の世界は非情であり、国家の威信と国際信義の前には「お涙頂戴」は通用しない。
 プリマコフ・ソ連特使の中東諸国訪問や、パリで行われたゴルバチョフとミッテランの首脳会談、それにブッシュの中東首脳歴訪の動きに見るように、外交的な解決を目ざした努力が着実に進んでいる。
 強行姿勢をとっているアメリカとイラクを前にして、このようにフランスやソ連を中心に平和的な紛争解決の努力が進んでいる時に、アメリカが日本の派兵を要求しているというタカ派の宣伝に踊らされて、日本では憲法が棚上げ状態にされた議論が行われていた。問題が意図的にすり替えられてしまい、憲法解釈や自衛隊員の兵備の議論になった背景には、改憲を狙うグループによる、ドサクサまぎれの世論工作が機能していた。
 彼らはイラクの侵攻を千載一遇のチャンスに生かそうと、国際協力という口実で「国連平和協力法案」を強行突破しようとした。いくら国連や平和という言葉で飾り立てようとしても、傭兵と戦争という正体を隠し統けることは不可能である。
 しかも、国際法をどんなに拡大解釈しても、アメリカ軍は国連軍ではなく、地上軍はサウジ領内で実弾演習も許されず、さらに戦車や大砲の照準の調整もできていない状況にある、ファハド国王支配下の、単なるサウジの備兵である。また、サウジ領内に駐留している各国の軍隊は、指揮系統からも各国別の備兵の混成部隊にすぎず、多国籍軍と呼べる統一された組織体ではない.
 こういったものを支媛するために日本が派兵するのはまったくナンセンスであり、せいぜい足手まといになるのが関の山だが、混乱して支離滅裂の日本政府にはそれがわからないのである。世界が正統な外交ルートを使った努力をしている時に、日本だけが非公式ルートの抜け駆け工作をしたり、泥縄の国連平和協力隊の創設に血道をあげて、世界の大勢から大きく取り残されているのは、海部内内閣の政治的無定見と指導性の欠如を明示していた。
 10月28日に閉会したローマでのEC首脳会談は、白国民だけの解放を求めて各国が単独交渉するのを厳く戒めて、人質問題で共同歩調を取り結束するようにと強調したが、これは抜け駆けを行いがちな日本人を意識した、日本向けのメッセージだった。しかし、中曽根元首相のスタンドプレーに巻きこまれて、人質救済の感情的側面に気を奪われて興奮してしまい、それが同盟国の結束を裏切る抜け駆けだという視点が、日本には脱落したままである。
 日本の外側から眺めると、白民党議員団がつき従ったり、日航特別機のチャーターまでしているので、国会の承認や政府の依頼のないプライベートな行動が、あたかも政府特使の派遣のような印象を与えるのだ。
 このような政府の稚拙な外交姿勢は、国際社会における日本の立場を根底から損なうものであり、クウェートが身をもって示した、亡国の教訓から何も学ばないなら、日本の運命は非常におぼつかないものにならざるを得ないのである。


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