『賢者のネジ(螺旋)』第八章 大杉栄と甘粕正彦を巡る不思議な因縁
( 基本参考資料 )


(C)「二つの亡国時代における日本版『離騒』の顕現」
若月弦一郎 ( 評論家 )      
     

 人材の涸渇が極まって国が乱れた時には、その任に不適で卑小な精神の持主が、本来なら指導者が座るべき椅子を手に入れることが多い。そして、無気力な時代精神が社会全体を支配する中で、人びとが愚民政治を甘受することによって、亡国が現実のものになることを歴史は教訓として伝えている。
 20世紀の半ばの太平洋戦争の時には、憲兵政治を強行した東条英機に率いられたことで、大日本帝国は翼賛体制の中で狂死の運命に甘んじた。時代の宿病に対決して独裁者を糾弾したのが中野正剛であり、国粋団体である玄洋社に連なった政治家の彼は、20世紀に余韻を残している明治の美文調を駆使して、首相、外相、陸相、内相、文相、軍需相、参謀総長を兼任した東条英機を標的に、「一発必中」を狙った玉砕戦法の筆誅を加えた。中野の「戦時宰相論」は日本人の感傷癖をつき動かし、過大評価を受けて歴史のエピソードとして輝いたが、独裁者にフォーカスした筆誅が自刃に係り結んだのは、20世紀が質量を持つ粒子中心の時代だったからである。
  昭和半ばの亡国現象は60年周期で再起して、森や小泉の破廉恥内閣の登場で平成の政治破綻となり、それが21世紀型の筆誅を新たに登場させた。記事を読み始めた人は森喜朗や小泉純一郎などが俗悪政治家であり、こんな人物を首相にした後味の悪さと共に、亡国政治への糾弾だと思った者も多いはずだ。
  しかし、ファシズム体制の言論弾圧はもとより、憲法蹂躙するイラク派兵に触れることもなく、新陰流の自刃は思わぬ方向に転じてしまう。スネに傷を持つ不良政治家どもを一刀のもとに斬り棄てたあと、21世紀を担う「場の理論」に基づく筆勢は、返す刀で堕落したメディアを大根切りにしている。 その効果はクラスター爆弾のように拡散するが、国際ジャーナリストの持つ開いた螺旋のスタイルは、中野正剛のピンホール爆弾とは異質の「戦時宰相論」を生み出した。そして、『真相の深層』の編集人の木村愛二が指摘した以上に、特集記事の「画竜点睛」という表現を超える価値を秘めていて、これは平成論壇における「画竜点睛」そのものであり、評論の形を取ることで「平成楚辞」の巻頭を飾っている。
  日本の言論界が暴政に屈して沈黙する中で、「善政不作為の罪」を犯す権力に立ち向かう舌鋒は、佞臣に挑んだ屈原の意気に共振する声を呼び起こし、「日本の論点」として燃え上がらせる場を育てることで、21世紀の言論戦の峰火であり続けるに違いない。

 


『賢者のネジ(螺旋)』第八章 大杉栄と甘粕正彦を巡る不思議な因縁 inserted by FC2 system