4 一九八四年の悪魔




1 杜撰な液化天然ガス作戦

 一九八三年一月の最初の二週間、私は毎日をどれほど待ち遠しい思いで過ごしたことだろうか。来る日も来る日も、日本からの航空便の到着を、不安と期待に胸を高ぶらせながら待っていた。幾晩かの徹夜を含めて、過去ニカ月半にわたって取材したデータをまとめて書きあげた原稿を「文芸春秋」編集長宛に航空速達で送っていたので、採用になったかどうか気掛かりだったのである。
 「文芸春秋」は日本で最も大きな影響力を持つ月刊総合雑誌であり、アメリカで言えば、「アトランチック・マガジン」を俗っぽくして、「リーダーズ・ダイジェスト」と混ぜ合わせたような感じの雑誌で、読者層は政治家や財界人を含めた中産階級である。私は一〇年以上も昔に何度か記事を執筆したことがあるのだが、それ以来久しく関係が途絶えていた。
 書きはじめてから通算して六週間ほど費やし、九〇枚の原稿ができ上がった段階で、私が途方に暮れた理由は、ドームゲート事件に関してかなり衝撃力を秘めたルポルタージュをまとめたのに、日本にはこれだけ政治性の高い原稿を活字にする勇気と影響力を兼ね備えた雑誌は「文芸春秋」を除いて、存在しないと思ったからだ。そこで、一〇年ぶりに原稿を「文芸春秋」に送ることにしたのだが、全体の約六割が三カ月後の四月号に、ようやく掲載された。
 雑誌に私が書いた記事が出てドームゲート事件の荒筋が公表されるまで、日本のジャーナリズムはドーム石油社が経営難に陥っている事実や、石油公団が税金を大量に使ってやっているプロジェクトが粗雑であるばかりでなく、政治がらみの決定に基づいている、などといった報道をしたことは一度もなかった。
 ただ、一月の末に日商岩井を幹事会社にした日本の企業グループが、カナダから長期間にわたってLNGを輸入することが本決まりになった、という記事を書いたにすぎない。それは一九八三年一月二七日にカナダの連邦エネルギー庁がオタワで行なった発表を、日商岩井本社が翌二八日に「カナダLNGプロジェクトの件」という見出しで各新聞社に配布した、地図を含めて合計三枚からなるニュースレターに基づいたものである。この公式発表はバラ色に輝く記事で満たされていて、ドーム石油社の経営不安などまったく存在しないかのような内容だった。
 「カナダ国家エネルギー委員会(NEB)は、一月二七日記者発表を行ない、ドーム社と日商岩井によって申請されていた西部カナダLNGプロジェクトからのLNG輸出に正式認可を与えた。これによって、カナダから初めての日本へのLNG輸出が実現する。
 (1) 売り主 ―― ドーム石油社とNICリソーセズ社(日商岩井の一〇〇パーセント子会社で力ナダ法人)によるジョイント・ベンチャー。
 (2) 買い主および数量 ―― 中部電力一六〇万トン、大阪ガス五五万トン、中国電力と九州電力各三〇万トン、東邦ガス一五万トン。各受け入れ基地のうち四日市、柳井、大分は新規に作る。
 (3) 購入期間 ―― 一九八六年より二〇年間。
 (4) ガス供給 ―― ガスのうち約七五パーセントはアルバータ州(ガス供給社はトランスカナダ・パイプライン社)より、約二五パーセントはブリティッシュ・コロンビア州(ガス供給社はブリティッシュ・コロンビア石油公社)より供給される。同州はすでに昨年七月一五日に、本プロジェクトに対して二〇年間のガス供給を約束している。
 (5) 液化・積出し基地 ―― カナダ側における液化・積出し基地は、ブリティッシュ・コロンビア州西北部プリンス・ルパート地区に立地を予定している。また、その建設や操業はドーム石油社とNICリソーセズ社のほか、カナダ企業数社が参加して行なわれる予定である。基地の建設の所要資金約二〇万米ドルについては、日本輸出入銀行よりの制度金融を利用する計画であり、現在、日本側バイヤーとドーム社間で融資交渉が行なわれている。
 (6) 輸送 ―― LNGの海上輸送はタンカー五隻で行なわれ、その一部は日本開発銀行の融資に基づく計画造船で、新規建造する方向で検討中である。五隻の運航管理はドーム社とNICリソーセズ社の合弁で行なわれる予定である。
 (7) 新規パイプライン ―― アルバータ州境より液化・積出し基地まで約九百キロメートルのガス輸送は、本プロジェクト専用の新規パイプラインで行なわれ、その建設と操業はウェストコースト・トランスミッション社(WCTC)が行なう予定である・・・・・・」
 という内容であった。それにしても、日本国内ではサワリの部分しか報道されなかったが、NEBの報告書にある公聴会の記録を読むと、カナダの石油業界や地元のガス生産業者は、このLNG計画に反対の意見を表明しており、この事実は重要である。
 カナダ石油協会(CPA)は「危険負担の現実性を正しく評価するのに必要な情報が十分でなく、信憑性が疑わしい」と強く反対したし、第三者の立場からノーザン社は「業者側として見るなら、コスト面で大いに問題があるので計画に反対だ」という意見を表明し、このドーム石油社のLNG輸出計画はカナダの石油業界の支持さえ獲得できなかったのである。


数字の魔術とだましのテクニック

 日商岩井が東京で行なったこの公式発表によると、日商岩井は一〇〇パーセント子会社のNICリソーセズ社を通して売り手側として実際の建設と運営に大きくコミットするだけでなく、ガスの買い手側にもまわって、全体の一〇パーセントを取得するわけで、ビジネス戦略としては優れたものだった。ただ、公式発表に添付されている地図には、アルバータ州とブリティッシュ・コロンビア州の天然ガス田が全部書いてあり、この計画といかにも関係ありそうに、新規に建設予定のパイプラインが結びつけられていた。
 これを渡された新聞記者のほとんどは、全部のガス田がこの計画に直接関係を持つと思いこむだろうが、こういったしろうと騙しの手口を天下の日商岩井が使うとは意外だった。これは新日鉄を紹介する地図に日本中の製鉄所が載っているのと同じで、良心的だとはいえないが、こんな初歩的なミスを犯しても気づかない、ということだろうか。
 日商岩井の名誉のためによく解釈するなら、日商岩井自身が供給予定の天然ガスの分布はおろか、埋蔵量の概略も確認しないまま、ドーム石油社の言うとおりを鵜呑みにして、計画にのめりこんだ、ということになるのではないか。
 カナダから供給される天然ガスの価格が国際価格を二割も上まわり、割高であるだけでなく市況の変化に無関係に引き取りつづけなければならない義務を日本側は負っている。しかも、コストが年間ニパーセントずつ上昇を見込んでいると公表されているエネルギー価格の実態は、インフレ率が年間八パーセントという仮定が織りこまれているので、天然ガスの年間上昇コストは実質一〇パーセントに達するという数字の魔術が隠れているのである。これでは異常に高いエネルギーを買わされる名古屋や大阪の消費者こそいい迷惑であり、値上げ分はそのまま電力やガス料金としてはね返っていく仕掛けから逃れるすべがない。
 しかし、さらに醜い手口は、日本の輸出入銀行が税金を使って低金利でドーム石油社に融資するという液化プラント建設資金二〇億ドル(約五千億円)の内容である。一九八三年一月に公表されたカナダ・エネルギー庁の公聴会議事録の六ニページに記載されている文章によると、「リスク分析の結果、液化プラント建設コストが七億二千万ドルから一〇億ドルの範囲内でおさまる確率が九五パーセントだ」と書いてある。
 ところが、その五行下には実に奇妙なことに、「プラント建設代金一五億七千八百万ドルと建設期間中の金利二億二千三百万ドルにタグボート建造費一千五百万ドルで合計一九億六千六百万ドルを日本の金融機関から融資を受ける」と書いてある。わずか五行の間に代金は二倍に暴騰している数字の魔術は、あまりにも酷いものだと思わずにはいられない。
 杜撰なプロジェクトで日商岩井や中部電力が大損をするのは勝手だが、このようなケースでいつも跡始末を押しつけられるのは納税者と消費者であり、見えすいた手口で国民を騙そうとするなら、その責任は当然追及されるであろうと覚悟する必要がある。
 日商岩井に限らず、日本の商社は総合を頭につけて石油事業にまで手を出しているが、危険きわまりないことに、石油開発の本質と基本ノウハウを持ち合わせた人材が不在である。しかも、情報に対して正当な対価を払って基礎的なデータを集めたり、優れたコンサルタント会杜をいくつか選んで、ダブルあるいはトリプルのチェックを行なう習慣もないし、また、かりにそれをやったにしても、でき上がった報告を正しく評価できるだけの人材もいない。
 自分で数字が算出でき、リポートを書く能力を持ち合わせている人間だけが、他人の作った数字や報告書を評価できるのだし、評価とは一次元高いレベルに立って行なう判断であり、それをやるためにはプロフェッショナルとして一流になる訓練と修業が必要である。そして、それをやれる能力を身につけた人材が主役にたってビジネスを推進し、新しい価値を社会にもたらすことが生産関係の中心になっていくとき、知識集約型の産業社会が成立するのであり、情報をエネルギー源にした情報化社会が動きだす。
 総合商社がよりソフトウエアを指向し、優れた専門知識と教養の上に、判断力を身につけた人材群を育て、現在のようなハードウエア中心の大艦巨砲主義の体質を改善していくならば、知識集約型人材によって動かされる商社の前途は有望である。しかし、現在の商社の体質は知識集約型であるよりは労働力集約型に近く、評価され判断された情報よりも、むしろ、テレックスや国際電話という情報媒体を使って情報化しているだけというのが、その実態にほかならない。


一億人の座頭市

 公式発表の参考資料として添付された一枚の地図や公聴会の議事録を見ただけで、日商岩井がLNG計画に注入している対応の内容と問題意識におけるパーフォーマンスが手に取るように分かってしまう。パートナーになる相手会社の資本金の大きさや、立派な本社ビルといったハードウエアは、その組織が持つポテンシャルやパーフォーマンスの指標にはならないのだが、どうも相手のカンバンや名声に全面依存して、出されたデータを鵜呑みにしている、という印象が強い。
 そのよい例がカナダ最大の民族系石油会社という名声に輝くドーム石油社であり、役人天国の石油公団と口銭至上主義の商社は、人材がいないということのために、スッキリしない粗雑なプロジェクトにのめりこんでいる。
 日商岩井の場合は、情報不足が原因にしても、私企業の範囲内でやっている限りにおいては、たとえ計画が挫折しても、自分の責任で始末すればいい。だが石油公団の場合は、財政投融資に基づく税金を使い、しかも、政治がらみの不明朗な判断が、プロジェクト参加の大きな要因となっている以上、その責任は徹底的に追及されなくてはならない。特に石油公団や通産省の場合、ドーム石油社がカナダ最大の民族系石油会社であることを強調し、それゆえにカナダの政府が保証しているに等しいのでなんら不安要因はない、といった論法を使い、自己の立場を正当化しがちである。そして、この民族系最大という表現には粉飾された言葉の魔術があり、それを意識的に強調すると虚言になる。なぜならば、事実として数字を弄ぶ意味では確かにそのとおりだが、数字の背後にあるものを読みとるならば、それがいかに虚しいものであるかが明らかになるからだ。
 ドーム石油社はテーク・オーバーの繰り返しによって急成長したコングロマリットの変種であり、カナダ最大の民族系を名乗れたのは、一九八一年にコンチネンタル石油(コノコ)の子会社のHBOG(ハドソンズ・ベイ・オイル・アンド・ガス社)を買収したお蔭であり、実はHBOGがアメリカ系からカナダ系になったことにより、カナダ最大の民族系と称しても虚偽ではなくなったのである。
 しかも自分の二倍以上もある会社を、非常に無理をして強引な乗っ取り攻勢をかけ、それが実力不相応な企業買収であったために、自らは口や胃がさけてしまうほどの債務で身動きならなくなり、経営破綻に直面しているのである。またHBOG買収の前にも七九年のメサ石油社(六億ドル)や八○年のカイザー資源社(七億ドル)の企業買収を行なっており、ドーム石油社の資産や生産量の増加は、自らの石油発見能力によるものではない。
 ドーム石油社の実力は、これらの三大企業買収を行なう直前の一九七九年におけるカナダ全体のランキングを調べることによってはっきりするが、HBOGとドーム石油社を比べただけで、メダカが金魚を丸のみにしたことが一目瞭然である(表1)。
 こういった事実と歴史を知るならば「ドーム石油社がカナダ最大の民族系石油会社である」という用語法が、非常に政治的な言葉遣いだということも明らかになる。そう言っても嘘ではないが、使用目的にどういう効果を狙っているかが問題であり、当事者たちがそれを強調しすぎることによって事実をゆがめるおそれがある点は看過できない。
 産業社会のレベルで、日本が石油エネルギーの安定供給地を世界中に分散して確保しなければならず、それが日本経済の安全保障にとって最優先の課題であることは分かりきっている。誰もまだそういったことを強く訴えようとせず、日本の国策の根幹に石油危機への対応が組み込まれる前に問題提起をし、今から十数年前の段階で、それを本にして警告しつづけてきた体験からしても、私には石油の確保がいかに重要かよく分かる(拙著「石油危機と日本の運命」サイマル出版会刊参照)。
 それにしても、日本が最も必要としている人材を育てることなく、もっぱら利権漁りと金儲けに明け暮れたあげく、半可通として石油開発にのめりこんだことにより、日本人は一億人の座頭市を演じてしまった。だが、いくら自分の腕前は確かだと思っていても、目が見えなければ石油公団の役人が演じたように、寒いカナダで身ぐるみはがれてしまうことになるのである。






2 衝撃の連鎖反応

 「文芸春秋」の一九八三年四月号は、私が書いた九〇枚の原稿から五〇枚分を抜粋し、「誰も知らない第二の安宅事件」と題をつけた記事を掲載して、三月一〇日に全国の書店に配本された。
 それまで、日本国内にはまったく報道されなかった情報であり、発表されるや否や直撃弾として関係者に衝撃をもたらし、特に疑惑の構造の一角は週末だというのに、痛打を受けて大きく揺れ動いた。
 事件の意味する重大性は、直接関係を持つ一部の人にしか理解されず、八○万と言われる読者のほとんどは、年中行事のように繰り返される自民党がらみの汚職事件がまた騒ぎ立てられている、といった程度の受けとめ方しかしなかったようだ。
 だが、関係者には直撃地震の効果を生み、まるでスローモーション映画で再現したようなパターンで、体制化し切った日本の社会に新しい亀裂のプロセスが発生した。マジノ線のベトンを上まわる厚い壁が利権の砦を構成し、これまで聖域として立入りがほとんど不可能だった通産省の鉄壁に、ひび割れのモザイク模様が広がった。資源エネルギー庁や石油公団では、首脳部や理事を集めて緊急会議が開かれた。
 しかし、最初の過剰反応はドームゲート事件の震源地、カナダのカルガリーで顕著だった。「文芸春秋」が書店に出まわったのは三月一〇日であり、東京との時差が一五時間にしても、翌日にはカルガリーの北極石油に全文がテレファックスで送信され、スタッフ全員に禁足令が出た。国会に証人として呼ばれることを考えて、万全の措置が取られたのである。
 六月に予定されている選挙熱に浮かれた日本の政治家は、選挙よりも疑獄の構造を解明する方がはるかに重要であり、日本の運命にとって決定的な役割を演じるとは誰も気づいていなかった。提起された問題の意味を理解して、議会で証人喚問がされるまでに数力月かかるに違いないが、カルガリーの当事者たちは深刻に受けとめた。こういった緊急手配や総動員となると、日本人の才能は世界一であり、指令に基づいて一糸乱れないペースで身構えるが、これは能吏向きの日本人の訓練と臨戦的な緊張に生理的快感を覚える、あのエリート・サラリーマン特有の反応の仕方であった。


なぜ私は書いたか

 さっそく英文の概略がドーム石油社に届けられるとともに、記事の意味することと、その影響についての検討が行なわれた。
 アウトラインで読んだ記事の内容はビルにとってショックであり、ドーム石油社として専門の翻訳者を雇うと、記事の全訳を命じたそうだが、日本人の甘さをなめ切っていた彼にしてみれば、当然の反応だった。石油公団や商社マンを相手にして、好き放題をやってきた彼にしてみれば、石油開発にまつわる問題で、ドーム石油社長でジャパニーズ・キラーの彼に楯つく日本人が出現することは、まったく青天の霹靂だったのである.
 同時に、東京のカナダ大使館経由の情報がドーム石油社に届いていて、この記事が書かれた情勢分析が行なわれた。そして、藤原がこの事件の火つけ役として記事を書いた動機として、三井物産との結びつきがある、という噂がカルガリーに流れた。
 それは、日商岩井とドーム石油社の間で推進されているLNG計画に競合して、三井物産とペトロカナダがLNG計画を持っており、すでに日商とドームの前に敗退していたが、万が一のことが起きれば浮上する可能性があるからだ。しかも、二〇年近くも昔の話だが、私がフランス時代に三井物産で資源開発に関係していた経験と、数年前にペトロカナダに買収されたペトロフィナ・カナダ社のジェオロジストだった経歴からすると、その辺の人脈が臭い、というのである。
 そう考えたくなる気持を理解できないわけではないが、それにしても、これは奇妙な論法だ。私が昔働いた組織に対して、永遠の忠誠心を感じるなどといったセンチメンタリズムは、プロフェッショナリズムとは最も相容れないからである.
 反官僚主義をしばしば口にし、それを信条のひとつにして生きる一匹狼の私が、自らの石油開発会社のオーナーであるのに、なぜ、ペトロカナダの役人の指図を受ける必要があるのだろうか。あるいは、『日本脱藩のすすめ』という著書で、商杜マンや銀行マンに脱藩して独立したらいい、とすすめている私が、自らアドバイスするのならともかく、そそのかされて役人の手先の役目をするなど、あまりに馬鹿馬鹿しくて仮定するだけでも大笑いである。
 第二の安宅事件にも似たドームゲートについて私が執筆した理由は簡単で、まったく杜撰なプロジェクトに大量の税金が使われ、しかも、長期的な視点に立って眺めると、ボーフォート海計画もLNGプロジェクトも、ともに日本とカナダ両国の真の協力関係に貢献しそうもないと判断したからだ。
 経営上の大失敗で破綻しかけているドーム石油社救済のために、太平洋の両岸で政治がらみの変なプロジェクトをやってもらうのは、納税者全体のことを考えても、あまり愉快なことではない。
 それに、お互いが補完関係にある日本とカナダが、両国の末長い協力関係の確立のためではなく、目先の利害に眼を奪われ、あまりにも粗雑なドーム救済計画にのめりこむのでは、何も知らされていない両国民はまったくの迷惑をこうむるばかりである。
 せっかく共同事業に乗り出すのであれば、次の世代にとって実りのある仕事をする必要があるし、国と国のレベルを超えて、人類の運命と文明の未来に貢献する方向で力を出し合うことが大切だ。私がプロとして関係している資源問題である以上は、いい加減なプロジェクトが、成り行きまかせで進行しようとする現実を黙視できないし、口をつぐんでいるわけにもいかない。
 なにしろ、カナダで生まれた私の娘は、日本人であるとともにカナダ人でもあり、父親としての私は、娘を含めて次の世代に対しての責任がある。そして、目先の利害にふりまわされたドームゲートのような内容のものではなく、日加両国と人類の将来のためになる、堅実で誠実なプロジェクトを、両国民の全面的な支持を背景にしながら、自信と喜びと戦略をともなった形で推進してほしいのである。
 たったこれだけの単純だが真摯な動機しかないのに、人は三井だのペトロカナダだといって、つまらない憶測を流した。


石油公団の丸秘緊急リポート

 時を同じくして、東京でも似たような事態が推移していた。理事会のあと、石油公団は国会答弁を意識して、緊急に弁明と反論のためのリポート作りを急いだ。緊急リポートは数日後には完成し、資料がほとんどだが、厚さ一センチ半もあるリポートが、表紙に部外秘のスタンプを押して通産省の幹部に配布された。
 石油公団の立場上、ボーフォート計画が決していい加滅なものではない、と強調していたに違いない。私がまとめた記事に対して、データを駆使して反論しつくすことは石油公団の力量では不可能であり、せいぜい人名や数量において事実誤認を指摘し、記事全体の信憑性を間接的に否定するのが関の山である。
 なぜならば、基礎データはすべてオペレータのドーム石油社が保有しており、解釈や判断自体が、ドーム側のジェオロジストやエンジニアに依存している点については、石油ビジネス一五年の私の経験が予想させるところだからである。しかも、ドーム石油社の技術スタッフと長らくつき合ってきた関係から、彼らのパーフォーマンスだけでなく、彼らが考えている地質学的なボーフォート海のポテンシャルについて、私は先の先まで読めているつもりだ。
 事実問題で石油公団が反論するにしても、決め手は地質学であり、二五年間地質を商売にしてきた私の目の前で、ボーフォート海の地質断面図を五枚でも一〇枚でも次つぎに描きながら挑んでくれる、石油公団の工ースと出会うことができたら、日本の石油開発事業の将来を考える上で、こんな嬉しいことはない。たとえば、図10のように、中生層の堆積盆地の上に石油を埋蔵する可能性を持つ新生層(第三紀層とも呼ぶ)は、四段階で発達する。しかもデルタ(三角州)性の砂質堆積物から泥質の深海堆積物に移行し、ドーム石油社の鉱区は主としてデルタ・フロント性堆積物やトルビダイト層で構成されているという模式図をまとめうる人材が要るのである。
 だが、そういったことは現在の石油公団の生態条件からすると、絶対といっていい確率で起こることはないのだ。なぜかと言えば、人材が欠けているからだ。そうであるがゆえに、ボーフォート海計画が決していい加減なものではなく、今の段階で失敗とか成功をうんぬんするのは、危険性や大きな石油開発の本質を知らない人の発言だ、と言いつづけるほかに仕方がないのが現在の石油公団の限界でもある。
 ボーフォート計画の九九パーセント以上は、石油公団が責任を取る立場にあり、責任を時間に押しつけるのが、当面として最善の策である。グループ内の四四社の民間各社にはボーフォート計画を評価できる人材がなくて、公団に半ば強制的に参加させられた経過からすると、石油公団にできることは言い逃れだけである。
 だから、自分たちは絶対に間違いを犯していない、と強調して、集点をボーフォート海からLNGに移すことが、石油公団にとって重要な戦術にならざるをえない。愚行の当事者から愚行の監督者の立場に身を移し、日商岩井に責任を押しつけて、トカゲの尻尾切り工作をすることがいかに有利であるかは、役人として保身上まず第一に考えつくことでもある。
 そうすることで、石油公団は言うに及ばず、通産省や自民党に災いが波及しないための努力をせざるえないのだし、そうしつづけたことで、これまで日本株式会社の疑獄の構造は崩壊せずに、役人天国が地上に出現して、大いにその繁栄を謳歌できたのである。





三位一体的癒着による疑惑

 だが、このドームゲート事件において最も重要な点は、石油開発には危険が伴うし、結果が成功か不成功か明白になるまでは長い時間がかかる、という石油公団がよく使う欺瞞に満ちた言い逃れは、もはや通用しないという事実である。
 常套手段である被害者意識を悪用し、石油公団をはじめとした善良な日本人がドーム石油社によって騙されたというキャンペーンが、そのうち日本のマスコミ界に現われ、ジャックやビルがたいへんな悪党だったという記事が氾濫する日がくることだろう。だが、本当に悪いのはカナダ人たちではなくて、むしろ金脈の構造と結びついた閣僚や自民党代議士と結託する公団上層部の官僚と政商たちだと言うべきである。
 なぜならば、ドーム石油社は日本側に対して、石油ビジネスでは常識的な分担請負方式でボーフォート海の石油開発に参加しないかと、ファームアウトを申し入れているからだ。それに対して、石油公団の技術陣はこの計画が技術的、経済的、政治的な面で不確実な要素が多すぎ、税金を使って行なうには不適当だとの判断を下し、申入れを断わる方向での結論を出している。
 ところが、融資買油という日本独特の方式を使えば、うまみのある金脈操作ができると考えたグループが融資買油の筋書きを作った結果、ドーム石油社のファームアウト方式なら二億ドルも出さずに利権が設定できたのに、その二倍以上のコストを払って利権もウヤムヤな投資となり、まるでドブにカネを捨てるような契約内容になってしまった。
 また、一九七九年の第二次石油ショックの反動でOPECの不統一による石油価格の値下がりと、ドーム石油社が試みたHBOGの無謀な買収失敗による経営危機により、日本の疑獄の構造と手口の一部が露呈する破目に陥ったのだ。《一九八四年の悪魔》とでも名づけたらいい官僚、政商、政治家の三位一体的な癒着による疑惑と金権に結びついた支配の構造は、思いもかけない社会情勢のなかから姿の一部を見せることになるが、その正体がジャーナリストによって国民の前に全貌を現わすまでには、まだまだ長い時間が必要である。
 なぜならば、日本のジャーナリストはこの段階でようやく何か問題がありそうだと気づいたにすぎず、インドネシアやアブダビでは、いまだに露見せずに済んでいるより悪質な疑獄の構造については、まったく手つかずのままだからである。
 こうして、新聞記者たちが重い腰をあげかけた段階で、この記事の執筆動機が売名的なセンセーショナリズムだということとして、執筆者の信用の側面から傷つけていく戦術が現われた。
 このやり口は歴史のなかには数えきれないほど登場し、シェークスピアも好んで使ったプロットの代表だ。そこで、石油公団のスポークスマンや資源エネルギー庁の石油課長は、事実関係について問い合わせた記者たちに、「あんな記事はでっちあげです。信用できるわけがありません」とか「筆者はドーム石油社に就職したかったのに入社できなかったので、ドーム石油社には私怨があったようです」とまるで口裏を合わすかのように発言をしつづけた。
 しかし、こんな対応が長期間にわたって説得力を持つわけがなく、次の段階で、「藤原という男は頭がおかしい」という流言が出てきた。それを小耳にはさんだある新聞記者は、その三カ月前に私と政治学者の小室直樹が『脱ニッポン型思考のすすめ』という対談集をダイヤモンド社から出版したことを思い出して、「ついにあの対談コンビは世間様から、頭が狂ったと仲よく噂される破目になりましたな・・・・・・」と痛快そうに哄笑したのだった。
 それにしても、この流言は逆説的な意味において、石油公団や通産当局の苦悩を間接的に証明するものだったのである。



3 噂をつくる点と線

 「文芸春秋」に記事が出て数日あとに、私は身内の法事もあって、家族そろって日本の土を踏んだ。桜にはまだ早いが、細くけむる雨のなかに柳が緑に映える東京を訪れた私は、ちょうど広がりはじめた流言を記者から教えられるとともに、友人から東京のカナダ大使館がたいへんアクティブに動いている、という情報をもらった。
 カナダでは二月以来、石炭液化計画にまつわる汚職事件がジャーナリズムによって大きく取りあげられており、元エネルギー大臣のジェレッピーが、公務員は離職後二年間は関連事業につけない、という公務員法に違反しただけでなく、政府資金を百万ドルも補助金として受け取っていた。しかも、現職のエネルギー相のラロンドが議会で偽証したこともあり、コールゲート(石炭ゲート)の名でスキャンダル化していた。
 日本では、まだドームゲートは新聞種にもならないで伏流化していたが、コールゲートはカナダで大いに紛糾して、ついに、エネルギー大臣が更迭されたので、オタワの役人たちは東京から伝わったドームゲートのニュースに、さぞうんざりしたことだろう。
 ドーム石油社では英訳した記事に対して、事実問題で反論するために大わらわだった。ある友人が、ドーム石油社が作った「藤原論文における四八項目の事実誤認」というリポートの内容を教えてくれたが、ほとんどが末梢的なものにすぎなかった。記事のなかで、ドーム石油社のビルが四〇階建てとあるが、これは三三階建ての間違いであるとか、アルバータ州のプロフェッショナル協会の会長がブラウンと書いてあるのはブラウニングが正しい、といったことで、反論の急先鋒としてはあまり迫力がないものだった。しかも、反論のほとんどは翻訳に際しての用語上の誤りに基づいていて、私が破綻と書いたものを破産と誤訳し、それに対して未だ破産していないと主張したりするケースが多かった。
 ドーム石油社にも弁明の機会は提供されているのであり、公開の場でディベートしてもいいのだが、ドーム石油社の作った文書は、どういうわけか通産省や石油公団内部では極秘書類扱いにされていたのである。
 私としては、石油公団や通産当局がどんな対策をしているかはあまり興味がなかった。そこでもっぱら外国の新聞や雑誌の特派員たちと、金融問題を中心に意見の交換を行ない、ドームゲートが自由主義経済圏にとって致命傷を与えかねない、あの金融パニックの引き金にならないようにする方策を論じ合った。
 センセーショナルな騒ぎ方をして、ドーム石油社が急速度で崩壊すれば、恐ろしい金融界の取りつけをカナダに発生させる原因になりかねない。
 それでなくとも、現在の世界経済は文明の転換期と重なってたいへん不安定であり、ブラジルやメキシコだけでなく、カナダやイタリアを含めて、多くの国が債務不履行で、いつ破産宣告を受けるか分からない状況にある。カナダ政府は日本政府と並んで、先進工業国のカントリー・リスク・ナンバーワンの先陣争いをする朋友同士であり、赤字国債に依存して、辛うじて破綻をまぬがれているのだ。
 だから、万が一にでも、ドーム石油社が統率する二大計画のひとつが行き詰まり、倒産劇が現実のものにでもなれば、カナダにとっては大事件である。トルドー内閣の崩壊という単なる政治劇にとどまらず、国家としてのカナダの生存や、自由世界の存続の問題にもかかわってくるのである。


かけめぐるショック

 オタワ政府は東京のカナダ大使館に対して、「文芸春秋」の記事を全面否定する方向で全力をあげるように、と指令した。この件に関しては、テーラー公使が統括責任者になったし、東京の広告宣伝会社をPR用に雇ってマスコミ対策を開始した。
 一月に行なわれたトルドー首相の東南アジア歴訪は、カナダの週刊誌「マクリーンズ」が"休暇旅行"と形容しただけでなく、見るべき成果は何もなかった、と極めつけたが、韓国に続いて東京に立ち寄ったとき、しめし合わせたように、ビルが東京にいた。そして、極秘裡に対日工作をしたのを見ても分かるように、カナダにとって、ドーム石油社を日本の資金で何とか救済することは至上命令だった。
 それにしても、目先の利害にふりまわされずに、カナダ側が理性的に対応することが、自由世界にとって一番大切なのである。
 オタワ政府やドーム石油社との間のテレックスは、日によっては膨大な長さに達し、東京からオタワやカルガリーに向けて行なわれた通信量も異常だったらしい。なにしろ、カナダ大使館が日加間の外交問題でこれほど素早く反応を見せたのは、大使館開設以来だといわれる。
 東京滞在わずか数日というのに、中南米諸国における飛行場作りを金脈に結びつける具体的な話や、石油輸入を通じて政治家たちが金脈を築いたエピソードが伝わってきた。知識や経験として、個々の話を知っている日本人はたくさんいるのに、それが国民の前にはまとまった形で現われてこないだけである。
 ところが、そのかなりの部分を警察がつかんでいて、逆にそれを材料に日本の政界を支配するほどになっていて、悪事を握られて揺さぶられれば、たとえ首相でもビクビクしていなければならないのだ。国内問題にはあまり興味がないというのに、きっかけを提供した私めがけて、情報の断片が押し寄せてきた。誰かがちょっと整理するだけで、利権金脈の鉱石はかなりの部分が掘り起こせる、という気がしたものだった。
 記事の発表から一週間後の一六日、LNG計画で最大のパートナーである中部電力の田中社長が記者会見を行なった。「第二の安宅事件と騒いでいる問題は、心配するほどのものではなく、ドーム石油社の経営危機に関しては不安を感じていないし、LNG計画には何ら支障はないと考える」といった意味の発言が、翌一七日の「日本経済新聞」朝刊にリポートされた。不安でないのなら大いに結構なことだが、そういっている口の先で、対策のために部長級の人物が東京に駆けつけて、善後策に走りまわっていた。しかも、中部電力の栗木燃料部長は、石油公団の江口元理事と八高で同級生だったというコネクションまでが伝わっているのだ。
 三月一七日、私は商社系の石油開発会社のトップと会食した。その時に、日商岩井が対応策を講じており、私の記事に反発した日商岩井が、藤原は三菱からカネをもらって執筆したのだ、と言っているとの情報を提供された。これまたカネが動いたというお粗末な中傷が始まったと思うものの、三井の時とは違って三菱と私のコネクションについて説明になる謎解きが、いくら頭をひねっても思い当たらなかった。この話を放送記者に喋ったところ、「天下の三菱と結びつけられたのは光栄じゃありませんか。三流商社からカネが出たなんて言われなかっただけで、かえって名誉なことだ、と感謝した方がいい」と笑われたほどである。
 カネに動かされてペンを執ったなどと言われるのは情けない話だが、札束に目がくらんで、二〇年以上もかけて築いてきた信用を損なう気になるほどカネには不自由していないのだから、どこかの国の高官たちと十把ひとからげにしてほしくないものだ。
 また、私は個人として、ドーム石油社に対して何の怨みもないどころか、会長のジャックは同じ地質学を専門にするオイルマンとして尊敬しているし、ビジネスマンとしての手腕では、社長のビルも大いに評価している。ただ、計画が二つともあまりにも杜撰であり、太平洋の両側で税金が乱暴なやり方で浪費され、政治がらみに事が運ばれるのが気に入らないだけだ。
 破綻しかけたドーム石油社のペースにひきずられ、虚飾のなかで事を強行して、日本とカナダの関係に深い傷を残す前に、もっと冷静になって、よりよい形で協力しあえる事業に作りなおしてほしいだけである。
 カナダは日本人の私を受け入れて、一〇年以上も市民として扱ってくれ、パイオニア的仕事に取り組むために、フロンティアを提供してくれた国である。私はカナダの資源ポテンシャルを、日本人の誰にもまして評価しているし、太平洋を間においた隣国として、両国は本当にいい仕事をやりあえるし、次の世代のためにも立派な協同事業ができる、と確信している。
 カナダと日本の長期的な友好関係を維持するためには、ドーム石油社の計画をプロとして目をつぶり、黙りつづけることは共犯になると信じて、あえて問題提起をしたのだ。だが日商岩井も、プロの私が他の商社から金で買われたと思いこむほどだから、現実の政治の世界では、猛烈な金が乱舞しているに違いない。


うわさの交錯

 新聞記者や友人が持ちよるインフォメーションを分析すると、奇想天外なシナリオまでが描けるようになる。私が泊まっているホテルのロビーには、夜中を過ぎても新聞記者たちがやってきて、その日に集めてきた情報を教えてくれた。
 フランス人の記者が来て、私がCIAに動かされてあの記事を書いた、と言っているグループがあるし、アメリカは日本がカナダと緊密にやりすぎることに対して、あまり好感を持っていないので、カナダ大使館は藤原がアメリカの利益のために動いていると考えているから、自重して行動する必要があると喋っていった。
 忠告は嬉しいが、それは見当はずれであり、たとえ相手が天下のCIAでも、私は役人の指図に従うよりは、何もしないでいる方がはるかに気分がいいのだ。それに、同じ理由づけをするなら、カナダが日本への天然ガス輸出を口実に、アメリカヘのバーゲニングに使おうとしていることに対して、CIAが反撃策としてドーム石油社のLNG計画潰しを考えたくらいの説明なら、なるほどとも思うが、カナダに対するアメリカの横恋慕というのでは、お粗末すぎる。
 すると案の定、私が国際石油資本の利益のために動いている、という噂をしている財界人がいて、念のいったことに売国奴呼ばわりをしている、と知らせてくれた新聞記者がいた。タイドウッドとかいう石油会社が、アメリカのエッソと一緒に西オーストラリアで天然ガスを液化して日本に輸出しようとしており、それがカナダのLNGと競合するので、日商岩井の計画を潰す謀略の片棒を私がかついでいる、ということになるらしい。
 カナダとオーストラリアは、石油開発ではつねにシーソー・ゲームを演じており、カナダが好況の時はオーストラリアが不況で、次には逆転するので、私の友人でコンサルタント業をしている連中は、二年か三年周期で両国の間を行ったり来たりしている。それにしても、私はオーストラリアにはまったく興味がないし、謀略ものは退屈しのぎに小説で読むことはあっても、自ら火中の栗を拾いに出掛けるほど若くはない。
 三菱、三井、伊藤忠といったところがオーストラリアに熱心だから、その辺に三菱と私が結びついている、と日商岩井が勘ぐった点と線があったにしても、コモン・ウェルズを天秤にかけて、ディバイド(分割)・アンド・コントロールのやり方で利益を追求する、あのブリティッシュ石油社が得意にするアプローチは、私にはまったく興味がないし、趣味にも合わないのである。それに、私にフロンティアヘの挑戦の機会を提供してくれたカナダを、何でオーストラリアの利益の材料に使う必要があるのだろうか。
 私は自分の信用を札束と交換するような者でもなければ、権力のまわりをうろうろする利権フィクサーでもないし、謀略と結びつく大物勝負師でもないのだが、三井、三菱、ペトロカナダ、CIA、国際石油資本といろいろ揃いに揃ったものである。
 次に出てくるのは、さしずめKGBだろうが、人類のフロンティアとしてのシベリア開発には興味があるとはいえ、ソ連政府のやり方にはまったく興味がない。なぜかといえば、われわれはこれから知識集約型の産業杜会を建設しなければならないのに、あそこでは、収容所列島にみられるとおり、労働力集約型のものしか存在を許されていないからである。敗戦直前のドサクサを利用して、満州で戦勝国の立場を手に入れたソ連は、一〇七万人の日本人軍民を戦犯としてシベリアに連れ去り、ラーゲリに収容すると強制労働につけた。
 これがポツダム宣言や国際法に違反する行為だと指弾する以前に、すでに技術集約化段階に至った人材としての日本人の技術力を活用せず、単なる労働力集約型の働き手としてしか使えなかったところに、ソ連という産業社会の後進性と効率の悪さが明白に現われている。ロシア人の保守性と結びついた官僚主義は、知識集約型の最先端をいく石油開発事業と最も不整合な関係にあるのである。



4 トカゲの尻尾切り作戦

 カナダと違って、東京の夜空には冴えた星のきらめきがないが、私は星空を見つめながら地上における地の利について思いを馳せた時、最初に脳裡を駆けめぐったのはメキシコだった。
 経済破綻というメキシコの悲劇には日本の金脈が絡みつき、中南米からメキシコ経由でカナダにたどりついた金脈の黒潮が、ドームゲートを生んでいるとしたら、次は、当然アラスカにのびていくのが地政学における自然法則である.また、インドネシアから台湾、韓国と北上した岸・福田系の勢力が、途中をサハリンで田中系に切断されているとはいえ、アラスカに上陸を試みていることは、ワシントンにおけるロビー活動にも反映している。この事実は、数日前にアメリカを発つ時に、ラグナ・ビーチの大森邸で話題にしたことでもあった。
 大森実は戦後の日本が生んだ人材として最も幅広い取材活動を展開した国際派新聞記者であり、インドネシアやベトナムを舞台に活躍しただけでなく、毎日新聞ワシントン支局長時代に築いたアメリカ政財界の人間関係によって、大きな影響力をアメリカの政治に与える力を持っていた。
 現在は第一線をしりぞいて、カリフォルニアに隠棲して歴史を執筆しているが、大森説によると、岸・福田派の安倍晋太郎、田中派の江崎真澄、中曽根派の山中貞則という通産大臣経験者のほかに、民族系石油資本の出光興産を加えた四つのグループが、アラスカ産石油輸入をめぐってしのぎを削っている、というのだ。
 私はふと、プルドー・ベイの石油ではなくて、天然ガスを狙う日本人の策士がいて、それがことによると三菱ではないか、と考えをめぐらしているうちに、何となく資源金脈の全体像が分かりかけたような気がした。いずれ環太平洋金脈地図として闡明(せんめい)化するものが、日ごとに蓄積する情報によって次第に具体的イメージとなっていった。
 素材としての情報の宝庫という点で、東京での外国新聞の特派員たちとの雑談はもっとも有効であった。私は二〇年近い海外ビジネスの過程で、いつしか世界中にジャーナリストの友人を持つことになり、その情報を判断の材料に使うことで恩恵をうけるとともに、彼らのインテリジェンスと行動力、そして国際社会におけるチェック能力に敬意の気持を強めてきた。そして数人の顔見知りのジャーナリストたちと食事をしながら喋るだけで、カナダ大使館の内部の動きや、イギリスやフランスがこのドームゲートの成り行きに関心を払っていることを思いもかけず知って、大いに安心した。
 関心を払っているというのは、間接的にいろいろ有能な人材や機関がゲームに参加していることになり、ゲームのルールに忠実に、私が自らの信念に基づいたゲームズマンとして行動する限りにおいて、百万の味方を持っているのと同じになるからである。
 ゲームはフェアプレーで通せば、相手側もルール違反をする余地が少なくなり、自動車や飛行機を使ってカムフラージュした事故でさえ、完全犯罪として成立する可能性が少なくなるはずだ。だから、私は嘘をついたりスタンドプレーをしないで、あくまで頭脳ゲームとして渡り合うつもりだ。
 ドーム石油社、石油公団、日本とカナダの政治家や政府の役人といった混成部隊を相手に、こちら側はジャーナリストの友人たちを動員してゲリラ作戦を展開すれば、《一九八四年の悪魔》と名づけるのが最適である権力が作りあげた"悪の構造"はデタラメを無理押しできないのだ。こうして東京駐在の特派員たちと意見の交換をしている間に、石油公団や日商岩井の周辺で状況が大きく動いていた。


表面化したLNG計画の破綻

 三月二一日は、日本では春分の日で休日のため、三月二〇日から連休になる。この日「東京新聞」の朝刊がヒットを放ち、四段記事の見出しに「LNG計画暗礁に。石油公団債務保証を断る」とあり、次のような内容の記事が続いていた。
 「政府筋が一九日明らかにしたところによると、日商岩井がカナダ最大の石油会社ドーム社と共同で進めている液化天然ガス(LNG)プロジェクトの約四千八百億円(二〇億ドル)に上る資金調達が壁にぶつかり、同プロジェクトの推進が難しい状況になっている。
 同筋によると、資金面のかぎを握る日本輸出入銀行からの借入(総額の六〇パーセント、二八八○億円)に必要な債務保証の要請を石油公団が断り、輸銀融資が絶望的となっているためである。このままでは残り四〇パーセントの民間資金調達も困難となり、同プロジェクトは宙に浮いてしまうという(中略)。
 石油公団が今回債務保証要請を断ったのは、(1)公団の債務保証基金の保証枠(八三年度、四千六百億円)にそれだけの余裕がない。(2)カナダ側の事業主体、ドーム社が巨額の債務をかかえ、経営不安も表面化していて輸銀融資の対象として必ずしも適当ではない――ためである」
 この新聞記事が言っていることは、石油公団がLNGプロジェクトの不適性を間接的に認めているという点であり、この計画はもはや見込みがない、と宣言されたのと同じことだった。短期的に見ると、日商岩井にとっては不運に感じられるだろうが、戦略的には、幸運と結びつけうる要因があるということにもなる。
 内部情報によると、石油公団には統一見解ができていて、それは、「債務保証の正式な申し入れをうけてこれまで断ったことがない。しかし、プロジェクトごとに状況を検討して、保証の可能性がないことをあらかじめ表明するケースはありうる」ということで、いかにも役人らしい責任転嫁方式で、日商岩井をトカゲの尻尾化したのだった。
 だが、問題はこれから本格化するのであって、そんなトカゲの尻尾切りによってすべてが解決できると短絡的に考えるなら、石油公団の首脳と通産省の役人は大きな間違いを犯すことになる。単なる責任逃れをもくろんで、このLNG計画を切り棄てた以上は、日商岩井やドーム石油社が石油公団に見切りをつけ、民間金融をつけたり、カナダ政府の政治的コミットメントを取りつけて、日本政府もろとも、あくまでもガダルカナル作戦を強行する可能性も残っている。
 そうなると、日本とカナダの関係は長い目で見ていよいよこじれていき、両国は不信感だけでなく、金脈の疑惑を残すばかりである。石油公団には石油開発における戦略的発想をする頭脳は期待しえないし、ドーム石油社には、大事業を指導するだけの力量は残っていない。
 だから、ドーム主導ではなく、民間企業の総意を結集した形のまったく新しい路線を使い、カナダの天然ガスを液化して、日本だけでなく太平洋圏できれいなエネルギーを必要とする国々に輸出する、二一世紀にも有効なプロジェクト作りをすることが大切ではないだろうか。
 日本の商社や電力会社が中核的な役割を果たすのはいいが、汚れた政治金脈は断固として排除しなければならないし、政党という短期的力関係の利害打算で、プロジェクトが歪められないように努力する必要がある。その時に、パイオニアとして残したドーム石油社と日商岩井の経験と突破口は、カナダで永らく未生産のまま地底に眠ってきた閉締井(シャット・イン)の天然ガスを活用に供する上で大いに貢献したと、次の世代によってなつかしい気持で思い出されることになるに違いない。
 パイオニアが最後の勝利を手に入れた例は歴史においても数が少なく、残していった突破口と体験が次の世代に受け継がれて新しい成果と繁栄に結びついた時、その墓碑銘は栄誉に輝いて歴史のなかに名をとどめるのである。生成、発展、そして、衰退から今は滅亡への路線をつき進んでいるドーム石油社は、悪あがきをする代わりに、有終の美を飾る努力を果たさなければならないのである。
 しかし、カナダ政府や、当事者である日商岩井とドーム石油社は、そういった境地にたどりついていなかった。


二本建て低金利融資にみる政治の影

 オタワ政府は、日本側を説得して何とかこのLNG計画を蘇生させて、ドーム石油社の財政危機を助けるカンフル注射とリンゲル液として、日本の資金を引き出さねばならないと考えた。そして、四月後半にエネルギー大臣のクレチアンを東京に派遣するとともに、カナダ大使館のテーラー公使に、東京のジャーナリズムに対して、ドーム石油社の財政危機は克服されつつあり、ボーフォート海計画もLNGプロジェクトも、ともに日本とカナダの経済協力に大きな貢献をしている、と情宣活動を強化するように指令した。
 しかし、いくら政治家や役人が必死になってあがいても、ドーム石油社は、もはやかつてのドーム石油社ではなく、しかも、ジャックは引退を決意していたし、ビルも最高責任者としての社長の辞任が時間の問題だった。巨大化して破綻に陥ったドーム石油社の経営上の失策を多くの株主に追及され責任をとらなければならないのは、資本主義体制の健康を守る上での鉄則だからである。
 ドーム石油社の個性を生み、判断力や生理機能を司っていたこの二人は、会社のブレーンとして、解剖学的には大脳と間脳の機能を果たしていたのであり、発生学的なホメオスタシス(恒常性)から言っても、この二人を欠いたドーム石油社は、もはや同じドームではありえなかった。二人の個性と才能はあまりにもきわだっていたので、その役割は他のいかなるものをもってしても替えることは不可能だった。
 この点で、ドーム石油社は突然変異がカナダにもたらせた石油ビジネスにおけるミュータントであり、天才を生み出した遺伝学上の奇跡によって、その染色体は一代限りの不妊症の運命を与えられていた。またカナダ政府の気紛れによって、無理に早期分娩したドーム・カナダ社は、生まれた瞬間に生きながらえる上での星を見失っただけでなく、母親のドーム石油社もHBOGの肉体と入れ替ったのである。
 LNGの日本側受入れ先の代表格である中部電力は、すでに知多半島にLNG基地を作る工事を始めていたため、大あわてだった。もし、石油公団の債務保証による輸銀の資金が調達できないなら、市中銀行やユーロダラーを使った転換社債を公募して、資金調達を行なってでも、この計画を進めるべきである、という意見が高まっていた。
 スイスの銀行団が日本経済に対しての評価を引き下げ、日系企業による長期債券の引受けをあまり歓迎しなくなっていたとはいえ、電力やガス供給をする公益事業には、まだ二〇億ドルくらいの資金を調達する実力はいくらでもあった。
 ただ問題なのは、一月二七日にカナダのエネルギー庁から正式認可を受けるに際して、認可条件として年間六・五パーセントと八・六パーセントの二本建て低金利融資が義務づけられ、輸銀の資金をこの条件で動かせると読んで、日商岩井がそれを約束していた点である。
 これだけの低金利で大きな資金が動かせるということが決め手になって、このLNG計画は動き出すのに成功したのだが、輸銀の資金が使えずに、金利の高い市中金融を使うと、その分だけで逆ざやが発生する。
 これはあくまでも推測にすぎないが、ドーム石油社と日商岩井がブリティッシュ・コロンビア州の許可を得る時に発表した融資金利の九・七五パーセントと、二本建て低金利融資の差に問題になるものが潜んでいるのではないか。政治家の錬金術は、土木工事や商品取扱いだけでなく、有利な資金運用の謝礼としての政治献金にも及ぶであろうことは、当然の帰結として予想できるのである。
 それは自民党がつねに腐敗を糾弾されながらも、政権を独占してきたノウハウであり、自民党株式会社の生理学が日本株式会社の病理学をもたらし、日本という産業社会が発展すればするほど、ガンの症状が進行する、という悪循環を生んだ基本メカニズムにほかならない。
 しかも、ジョージ・オーウェルの天才が予告した一九八四年を待たずして、情報をコントロールして警察官僚による権力支配をめざすソフトなファシズムが日本に現われ、そこに政治家、政商、官僚が一体化して《一九八四年の悪魔》として、その姿をはっきり現わそうとしているのである。


ソフトなファシズムの足音

 問題は、日本列島をガン組織で覆い、至るところで自民党症候群を呈している金脈で結びついた疑獄の構造を、第三文明期を迎えようとする産業社会と世界のコミュニティーのなかに、はびこらせていいか、ということである。これは、労働力集約型のレベルに留まって、第一文明期の怨念に駆り立てられた国際共産主義運動の蔓延に対して、知識集約型の産業社会に移行しようとする人類が、戦略的に、どのように対処しなければならないかを考えるのと、同じ種類の課題である。
 ともに情報のスムーズな流れを阻害し、情報の官僚による独占支配を通じて生れた新しい特権階級が、国家という権力機構を全体主義の砦として使い、より自由で民主的な社会環境を追求する世界のコミュニティーと個人を抑えこみ、細胞の次元での変質と汚染を通じて、最終的にはそれを呑みこんでいく自己運動である。
 また、このような運動のパターンは歴史のなかに数多く観察できるのであり、簡単に言えば、絶対主義、封建主義、民主主義がどのような相関関係を持つかということとの関連で理解されるのである(図11)。
 モデルを第一文明期のギリシャに求めれば、絶対主義はペルシャに、民主主義はアテネに、封建主義はスパルタに特性的に現われて、興味深い相克と興亡の歴史を、小さなサイクルで綴っている。また、第二文明期のなかで最も明白なモデルを提供するのは第二次世界大戦期であり、絶対主義はソビエトに、民主主義は欧米連合に、封建主義はナチス・ドイツを盟主にした枢軸国によって特徴づけられる。 
 これは、後述するMTKダイヤグラムで試みるのと同じFAL三角ダイヤグラムでパターン化でき、それぞれ相互移行関係にあるだけでなく、政治体制が異次元間の非拘束関係で表現できる。それはまた、現象としては各次元における秩序性の形をとって現われることが理解しうる。非拘束性という用語は、おそらくニュートラリティということばでおきかえられるが、意味論(セマンチックス)が確立せず、中立性ということばが消極的な意味で一般化している日本においては、自由という概念に近い積極性をニュートラリティに持たせるのは難しいので、一応ここでは非拘束性という用語を採用しておき、この問題はあとで改めて考察しなおすことにしよう。






5 ブルネイと環太平洋金脈地図

 東京に滞在して一週間あまりが過ぎて、ドームゲートにまつわる情報が交錯するなかで、カナダと日本の将来が民主主義政治の後退と全体主義の台頭に結びつくのではないか、という危惧が私の心のなかで高まった。
 それは東京のジャーナリストたちと接触した印象を通じ、過去半年間に中曽根内閣が誕生したという一つの政治劇があっただけなのに、日本のリベラリズムの空気が雲散霧消してしまったと強く感じたからだ。日本の新聞や雑誌の記者たちが前かがみの姿勢になって、何となくいじけた感じで覇気がないことにそれはよく現われていた。
 私の問題提起と疑惑の構造に対する告発によって、権力構造の一部が被害を受けることもあるだろうが、長期的に見ればこれは日本だけではなく、カナダや自由主義経済圏の真の繁栄に貢献する面も大きいはずだ。出血を怖れるあまり医者が正しい診断をしなければ、それはある日命とりになる病気を放置することと同じである。
 メスを自らが取って病巣摘出の手術をするしないにかかわらず、診断をすることが医療問題のプロとしての臨床医にとって最も基本的な職務であるとすれば、石油問題のプロである私の責任は、ドームゲートにまつわる問題点と、石油に関係した金脈構造と疑惑を解明するうえで、ジャーナリズムの取材と追及に協力することではないか。
 ドームゲートを事件として明らかにすることによって、一九八四年になる前に《一九八四年の悪魔》に痛打を与えることが祖国の平和とリベラリズムを守るうえで役立つと判断した私は、東京にもう少し滞在して、情報の流れを整理しておこうと考えた。 
 そこで折からの連休を利用して一気に原稿を仕上げるために、私は静かな場所を求めて、東京から一時間ほど離れた大磯に出掛けた。ちょうどある実業家と久し振りに会う約束もあったし、日露戦争直前の伊藤博文の感慨を味わうつもりで、滄浪閣の庭を眺めながら、原稿用紙のマス目を埋める作業を行なおうと考えたのである。
 大磯の滄浪閣は東京から六〇キロ西の湘南海岸にある伊藤博文の別邸であり、海を眺め渡す庭園には椿をはじめ美しい花も多く、現在は中華料理を売りものにした貸席と料理屋になっている。東京は星空があまり冴えていないし、騒然としているので、瞑想したり日の出前の朝の冷気を浴びるのに適していないから、どうしても郊外に出掛けなければならないが、結果として大磯行きはたいへん有意義な旅行になった。


ブルネイをめぐる政治力学

 すでに論じたように、ブルネイは人口二〇万の土侯国であり、三菱商事はシェルと共同で天然ガスを開発し液化して日本に輸出している。その収入は言うに及ばず、蓄積した多くの経験は三菱のドル箱であるとともに財産でもあった。
 このブルネイが一九八四年一月一日を期して、土侯国としてイギリスの保護領であった立場を離脱して独立国になり、イギリスはグルカ兵を主体にした軍隊をひきあげることになっている。ところが新興国の例にもれず、官僚派と封建土侯派の反目があるうえに、サルタンは日本の商社がどういうわけか大嫌いだというのだ。その辺にどうも変な臭いがするのだが、何となく政治がらみの問題が潜んでいるのかもしれない。
 またサルタンは独立後に三菱をブルネイの事業から追放しようと考えており、その代わりを務める非商社系の日本の企業を探す下交渉をかねて特使が訪日中だという情報を、大磯の実業家が教えてくれた。来日したサルタンの密使は、政界や財界といろいろな形でコンタクトをとったらしい。ところが、この話のなかに、かの笹川良一が登場してくる。彼はブルネイで住友建設と組んでホテルを建設中だという。
 イギリスの伝統的な外交路線からすると、ブルネイが独立すればイギリス軍は全面的にブルネイ引きあげを行なうだろうし、そうなると軍事的空白状態が継続することになる。現にサバの領有問題をめぐって、フィリピンとマレーシアには対立があるし、宗教上の問題もあってミンダナオ島と同じように治安がおかしくなる可能性も強い。笹川ほどのフィクサーになると、そういった先の先まで読んだうえでブルネイ進出を決めたのではないか、という分析も可能になる。
 ボルネオ島をめぐって、イギリス、アメリカ、オランダ石油資本が三つ巴になる時に、笹川がどのように三菱やフィリピンのマルコスのフィクサーとして動くのか。そして、現在における布石は何か。こう考えていくと、ブルネイという小さな土侯国は一種の台風の目であり、この辺りにLNGをめぐる利権コネクションを解く鍵が潜んでいるのではないか、という予感が迫ってくるのだった。折からラジオは、中曽根首相が一九八三年五月の連休を利用してアセアン各国を訪問するニュースを告げ、その国名をインドネシア、タイ、シンガポール、マレーシア、ブルネイといった順序で伝えた。
 天然ガスの利権がサルタンの密使によって奇妙な取引きに使われ、笹川良一の姿が見え隠れしているブルネイの名がそこにあるのだ。それに、ブルネイのように独立していない国を首相が公式訪問をした例は、寡聞にして知らない。中曽根があえてそれをしようとする動機はどこにあるのかが、妙に気になるのである。
 アセアン諸国訪問が、日本の東南アジア外交上非常に重要であるにしても、ブルネイを訪問日程に組みこんだ理由には、天然ガスがからんでいるのではないか。あるいは、ブルネイのLNGの問題があるために、首相自らが出かけていく必要があるのか。
 そうなるとブルネイは政治金脈に組みこまれていくことになるが、はたしてそれが中曽根と笹川のコネクションか、中曽根と三菱の取引きになるのかが問題だ。三菱商事を事業主体にしたブルネイの液化天然ガスは、東京電力、東京ガス、関西電力各社のエネルギー源として日本の心臓に当たる大都市に生命力を供給しているが、二つの勢力(岸・福田系と田中系)が関わっているといわれる。
 まず第一に考えられるのは、サルタンの密使が試みていた線であり、三菱商事が築きあげたLNG施設を別のパートナーの利権にして、それを中曽根路線化する構想だ。これを笹川良一は狙っているのかもしれない。これまで主流を行く実力者に寄生して日の当たる場所を選びつづけてきた経過からすると、三菱とコネクションを作ることの方が、いかにも中曽根的やり方だ。





太平洋に広がる利権汚染

 中曽根外交には、経団連の瀬島龍三副会長を先ぶれに使った突然の訪韓と、四〇億ドル(一兆円)の手土産に続いて、ブルネイを狙ったアセアン諸国歴訪の軌跡など、すでに特徴的なパターンが読みとれる。
 当然のことに、彼の動きは、既成の自民党株式会社における歴史的な傾向と、新たに始まった旧利権蚕食運動を重ね合わせてダイヤグラムをつくれば、環太平洋金脈地図を描くことができる(図13)。従来の自民党には二大派閥の流れがあり、太平洋の東岸と西岸をはっきりと区分けして分布し、その源流はすべてインドネシアに始まっている。インドネシア賠償汚職を足場に、日本石油とプルタミナのラインでインドネシアの石油とLNGを利権化した岸信介は、弟の佐藤栄作と直系の福田赳夫の系列により、太平洋西岸に台湾、韓国の利権ネットワークを作りあげた。これが太平洋西縁連合としてのウエストリム連合であり、岸や佐藤の二世たちはこのなかでビジネスを継ぎ石油関連事業に地歩を築いている。
 それに対して、田中角栄を先鋒にして池田、大平、鈴木といった派閥の系列が、インドネシアから、オーストラリアを経由して、南北アメリカに利権の根を張りめぐらし、太平洋東縁連合としてのイーストリム連合を作り、これがドームゲート事件の発生に連なっている。
 それに加えてこのイーストリム連合は、資源派財界人を結集し、サハリンやチュメニを経由してアブダビを中核にしたアラビア半島までのびるユーラシア支脈を含んでいる。これは莫大な税金を使った利権網として過去一〇年間に築きあげられ、日本の腐食の国際ネットワークを生みだしている。そして、このような金脈の中枢に石油公団が位置すると同時に、三井、三菱、伊藤忠、丸紅、日商岩井といった大手商社が群らがって、石油、LNG、石炭というエネルギー源を日本の社会に供給する過程で、大量の資金が政治献金の形で政界に還流しているとみられるのである。
 ところが、田中角栄が中曽根康弘を首相にしたことにより、新しい金脈作りの自己運動を誘発し、中曽根は対韓借款で四〇億ドルを注入して、朝鮮半島に橋頭堡を築いたと思える。
 次に予想されるものとして中国大陸の利権があるが、とりあえずは、現在の自民党株式会社にとって最大の利権の地である東南アジアに対して、ブルネイのLNGに狙いをつけてクサビを打ちこむことにより、新しい太平洋中央枢軸としてのセントラル枢軸の確立を試みている。
 これはすでにでき上がっている太平洋の両岸に沿った金脈に対して、放射状的な広がりのパターンでたぐりこみをかけるわけで、老化現象の著しいウエストリムと、田中角栄の有罪確定の衝撃でガタガタになるであろうイーストリム連合を、側面から分断しようという野望が見えるのである。
 日本は世界各地でLNG計画に関係している。そのうちのいくつかは日本への輸入を見込んで計画が推進されているが、ここにきて需要が大幅に減退していることと、石油供給がだぶつき気味なために、その引取り面で短期的に持てあまし状態にあることは確かだ。だが、産業杜会の生命力である石油や天然ガスは、短期的な景気の動向や経済指標によって右往左往するのではなくて、長期戦略に基づいて供給の確保につとめなければならないものである。
 そういった視点で眺めるなら、カナダのLNGと日本が結びつきを持つのは大切なことであり、ドーム石油社と日商岩井が試みようとするような杜撰なものでなく、もっときちんとした計画ならば、それが何倍もスケールの大きな長期構想であっても、私は双手をあげて賛成したい。ただし、それが日本とカナダの両国民の未来にとってプラスになるような共同事業であり、ドーム石油社の延命策のために政治的に仕組まれたものでなければの話である。いずれにしても、現状のままでは、あまりにも不明朗な作為が強すぎて、日本輸出入銀行の融資という税金を使ってやるには、お粗末すぎる話にすぎないのである。
 こうして、ドームゲートは日本のジャーナリズムの挑戦するところとなったが、ドームゲートはさらに、ブルネイのLNGと環太平洋金脈とからみ合う連鎖の構図となっているのである。



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