8 石油とニクソン訪中劇の背景



訪中声明の発表

 一九七一年七月一五日、「ニクソン大統領は、一九七二年五月までの適当な時期に中華人民共和国を公式に訪問する。これは、アメリカと中国の間に横たわっている意見の相異と立場の違いを話し合うことによって、両国にとって共通の利益を見出して、外交関係を改善するための第一歩である」という発表があった。
 これは、アメリカにとって最も優先的な政策とは、アメリカの利益を損わないことだという建国以来の基本的な立場を、アジア問題において主張したものといえる。それだけにこの声明は、世界の注目をアメリカの外交とそれを受けて立つ中国の上に釘づけすることになったが、アメリカの国際政治における基本姿勢を確認させられた各国の表情は複雑だった。もっとも、アメリカの利益優先という合衆国の自己主張に対してのある程度の準備と理解があったからこそ、この訪中声明に対して、世界各国が「一応驚きながらも歓迎である」といったきわめて常識的な反応を示したのだった。
 ただその中にあって、例外は「アジアにおける最大の盟友である日本の立場を無視した頭ごし外交だ」と騒ぎたてた日本の政界だが、この筋違いともいえる反応も、乏しい国際感覚しか持ち合わせていない、その体質からするとやむを得なかったともいえるだろう。
 さて戦後におけるアメリカの外交の姿勢は、一九四六年三月五日にミズーリ州のフルトンでウィンストン・チャーチルが行なった演説に端を発し、その後ダレス国務長官によって推進された冷戦の理論であることはよく知られている。またその後になって、ケネディとフルシチョフの間にとり結ばれた平和共存の政策は、戦後長らく続いてきた、アメリカのソビエト封じこめを解消したのだった。しかしそれに代って、中国を地上最悪の仮想敵国と見たてた世界戦略が、アメリカ外交の第一線に登場し、この立場からアメリカはベトナム戦争に深入りしてしまった。
 またその過程で、「反共の闘士」というイメージで政界に顔を売り、ついに大統領の椅子を獲得したのがニクソンであった。このような過去のいきさつから判断しても、長年アメリカが中国に対してとってきた態度を投げすてて、中国と仲なおりして、緊張を緩和しようといい出した背後には、何か重大な決意が隠されていると疑ってみてもいいのではないか。この点で思い出されるのは、訪中声明に一〇日ほど先だって行なわれたカンサスシティーでの演説だろう。その中でニクソン大統領は次のようにいっている。
 「今後の五年ないし、一〇年間における国際社会を支配する状況は、アメリカ、西ヨーロッパ諸国、日本と並んでソビエト、中国を含めた諸国の間で繰りひろげられる激しい経済競争であることは、はっきりしている。当然のこととして、合衆国はこの国際競争という試練において勝ち残らなければならないのである……」
 このニクソンのことばからも明らかなように、大統領の頭の中は、アメリカの利益を守ることがいかにアメリカの将来にとって重要かという考えで満たされている。当然のこととして、中国訪問の計画が、この演説の直後に発表されたことを考えてみると、アメリカと中国の間に存在している緊張を緩和することが、現在と将来における米国の利益に密接に結びつくという認識が強く働いていることが理解できる。
 なにしろ、現在地上を支配している第一級の緊張が、伝統的なパックス・アメリカーナ(アメリカによる平和)に基づいているにもかかわらず、この原則に新しい修正が加えられようとしていたからだ。これはアメリカの政治における、きわめて興味深い変化の現われだといえる。


メフィストフェレスのキッシンジャー登場
 
 だいたい、一国における政策の転換は政権の交代にともなって行なわれるのが普通だから、ニクソン政権の半ばになって、突然このような変化が起こったことに対して、理解に苦しむといった気持を持つ人が多かったのは当然である。またこのことは、ニクソン政権の第一期も終りに近づいた一九七一年になって、なぜ、アメリカの外交面での権限と影響力がほとんど国家安全保障問題担当のキッシンジャー大統領補佐官の手の中に移ってしまったか、ということと関連している。外交問題は、本来国務省が正式な国家機関として取り扱うべき問題だからだ。
 ハーバード大学で外交戦略の講座を担当していたキッシンジャー教授こそ、現代におけるメフィストフェレスだという認識に立たない限り、このアメリカを支配している情勢は何も分らないだろう。
 この点を理解するためには、フアゥスト博士と同じような人生航路をたどってきた戦後におけるアメリカが、果してどのような政治理念に支配され、またどのような姿勢をとり続けたかということを検討してみればよい。
 この立場に立って、戦後におけるアメリカの政治史とゲーテ文学の最高峰『ファウスト』を読みくらべてみると、まず第一にトルーマンに始まって、アイゼンハウアー、ケネディ、ジョンソンを経て、ニクソン政権の初期にかけての時代が、盲目的に信じきった正義と真理への志向がアメリカの政治の中で大きなウエイトを占めていたことがわかる。  
 それは、実力と名声を持った魅力的な人間のファウスト博士が、きわめて観念的な思想に影響されていた時期に対応する。しかし、観念論から醒めて、今度は現実の悲哀の中で虚脱感と幻滅感に陥っているとき、そこに黒犬に姿をやつしたメフィストフェレスが現われたのと同じで、ベトナムの挫折と、とどまることを知らないドルの没落の中に、戦略家キッシンジャーが登場してくる。そしてファゥスト博士がメフィストフェレスによってさらに強力な自己主張の可能性を提供されたように、アメリカは、キッシンジャーという特異な活動家が約束するアメリカの安全のために、国の運命のすべてをこの人の手の中に託そうとしている。またこれから深い関係を結ぼうとしている魅惑的なグレーチヘンが、実は北京生まれの中国政府だという筋書きになっている。
 この点をさらに深く理解するためには、キッシンジャーが一九六五年に編集したブレガー版の『国家の戦略における問題点』を一読すればよいだろう。その序文で彼自身が「国家の安全ということばを定義して、「核時代における国家の安全は、圧倒的に強力な戦力の支配により形成されるという伝統的な考えのわくをはみ出して、はるかに大きな概念になっている。それは政治的、心理的、経済的、そして社会的な要素を含むものであり、広い意味で、国際舞台における行動能力と生存権を確保するためのあらゆる活動を含んでいる」と述べ、そのあとで国家の安全保障と結びついた政策について論じた何編かの論文を紹介している。
 そこに見られるのは、戦後一貫してアメリカの外交を支配しつづけてきたイデオロギーに基づいた、仮想敵国封じこめというアメリカの姿勢に対する破産宣告である。そしてそれに代って、力の均衡を出発点に、刻々と移り変る状況に対応しながら、自国に有利な条件を作ってゆくという現実的な立場の主張が見うけられる。この本の中に現われているキッシンジャーの世界戦略に対する態度に光をあてながら、彼が自ら中国に乗りこんでお膳立てをしたニクソンの北京訪問の筋書を、その延長線上に置いてみることによって、なぜアメリカが今の時点で中国に接近しておかねば時期を失するという判断があったか、という理由も分ってくる。
 それは、キッシンジャーがニクソン大統領の分身として世界中を飛びまわり、外交におけるゲリラ戦術を展開していることと、彼の政治思想が、アメリカの政策そのものとして国政の上に反映しているという、舞台装置のための脚本のせいなのだ。別のことばでいうと、キッシンジャーの一人舞台に対して、ニクソンその人が一言も異議をさしはさまないでいる理由は「ニクソンのアメリカ」をキッシンジャーが完全に掌握して、時代のメフィストフェレスになりきってしまっているからに他ならない。


隠れた主入公"石油"

 このように、ファウスト劇に対応して展開してゆくアメリカの政治的状況の中に、メフィストフェレスの存在を発見することは重要である。そこで、ホワイトハウスの主人公が、なぜ自ら進んで北京まで出かける気になったか、という動機について検討してみると、ファウスト博士がグレーチヘンのどんなところに魅力を感じているのか、という点が問題になる。
 その筆頭にくるのは、アメリカが陥っていたベトナムの行きづまりの中から抜け出すために、これまでのいきがかりを一挙に投げ捨てて、中国と和解することによって、両国の間に世界の秩序に関する了解点を作っておこうという考えだろう。日本のジャーナリズムを支配している核大国による世界政治の取引き化という議論も、ここを出発点にしている。
 その背後には、一年半後にひかえていた大統領選挙への配慮として、国内にみなぎる反戦平和をとなえる世論を手なづけて、再選を狙おうとしているニクソンの打算が強く働いていたが、それとともに国連をはじめとした国際機関、あるいはアメリカ外交の主役となるべき国務省を形骸化しようとしているメフィストフェレスの狙いもみのがせない。
 またそれと同時に、中ソ間に横たわっている敵対関係を利用しながら、アメリカにとっては常に脅威の存在であるこの二大巨人国を牽制する立場を手に入れておこうという考えも、タカ派のキッシンジャーなら当然狙いを定めたところだ。
 このように総合戦力と不可分に結びついている政治的、社会的、心理的な動機が、米中接近にとって最も基本的なものであったことは疑いない。しかしここで、アメリカの安全を論ずる上で切り離して考えることのできない経済的な理由が中国側の利害と一致した点に、問題をとく鍵があるのだということを見落してはならないだろう。
 こういうと経済的な打算の面から外交問題を見なれている日本人の中には、「アメリカもまた、中国市場の持っている潜在的な魅力にひかれて、ついに中国に接近して行ったのか。それで分った……」と早合点してしまう人があるかもしれない。しかしそれは、あまりにも単純すぎる理解の仕方だというそしりをまぬがれない。加工貿易経済という宿命をかかえて、永久にそこから抜け出ることのできない日本の立場から、アメリカと中国の間に成立しようとしている歩みよりを解釈しようとすることは、この際あまり意味をもたないということに気がつかねばならない。
 確かにアメリカの経済界にとって、中国が魅力に富んだ市場であることにはまちがいない。しかしそのために、わざわざアメリカが、メイド・イン・USAの商品を売り込むために、従来からの仮想敵国政策を中止して、中国と手を結ぶ気になったと考えることは、あまりにも単純すぎないだろうか。それにも増して、中国が単に商品を手に入れるために、これまでのすべての行きがかりを忘れて、アメリカにほほえみを送ったと考えるのは、多分に困難だといえる。なにしろ、単に商品を手に入れるためならば、中国はいくらでも選択すべき相手があるのだから……。
 そこには両国が歩みよらなければならない歴史的な必然性があるとすれば、むしろこの体制の異なる二つの国が、ともに直面している経済的な隘路があって、それを解決しないまでも、お互いに確認しあうことによって、共通の利益を生み出す何ものかが存在すると考える方が、より妥当ではないかと思われる。
 果してそれは何か。両国の通商関係を通じて獲得する以上のものがもしあるとすれば、それはいったい何かという疑問に対する答えが、たったひとつある。それは、アメリカと中国という二つの巨人国の経済を維持していくために、どうしても欠くことのできないエネルギー問題であり、その中心に位置くする石油資源なのだ。
 将来におけるエネルギー問題の行方という観点に立つとき、初めて中国とアメリカは軍事的な対立関係はそのままにしておいても、お互いに接近しておかなければならない必然性が見つかるのである。ちょうどアメリカとソ連が、核ミサイルによる攻撃力と防備力のバランスにおいてついに歩みより、平和共存政策をとりはじめたように。こうしてここに登場した石油こそが、ニクソン演説の中で共通の利益と呼ばれているものに最もふさわしい、隠れた主人公であることがわかるのだ。  


中国の石油問題
 
 こういうと、「まさかアメリカが中国に石油を掘りに行くわけでもあるまいに……」とか、「国民総生産からいっても日本の四割にしか相当しない中国が、なぜエネルギー問題で日本以上の評価をうけるのか納得がいかない」という人があるだろう。  それはもっともな疑問であり、日本人一般にとってなかなか理解しにくい点だといえるが、逆にアメリカ人たちにとってはきわめて自然に納得がいくのだ。その差が問題である。
 このことを理解するためには、まず、アメリカ合衆国が二〇世紀におけるエネルギー源の中心である石油を扱う石油産業とともに発展した国だという、その歴史を知る必要がある、だから合衆国は、世界における石油の生産と販売を独占することによって、その繁栄を獲得し、世界経済の支配者としての地位を確立したのだった。
 これは日本人にとっては至ってなじみの薄い考え方だが、実際にアメリカは、石油によって世界最大の国家を築き上げたといっても決していいすぎにはならない。なにしろほとんどの場合、黒い黄金と呼ばれる石油は、灼熱の支配する砂漠地帯や交通の不便な山岳地域がその産地と相場が決まっているのに、例外的に合衆国では、石油が気候条件に恵まれた都市の周辺にいくらでも発見できた。あるいは逆に、石油が見つかった地域が人間が住むのにたいへん適した場所だったから、油田の上に都市が発達したといってもいいだろう。
 現にアメリカ第一位の大都市のロサンゼルス、第六位のヒューストンなどは石油産業のおかげで大発展した町であり、市街地のあちこちで石油を汲み上げるポンプが休みなく働いているのを見かけることができる。このように、国内に石油産業が発達する条件に恵まれていた合衆国は、二つの大戦を通じて、地球上の石油の八割近くを支配することに成功して、そのまま世界経済の王者の地位を一手に入れたのであった。だから、この石油資源を支配するということがもしなかったら、今日のアメリカの隆盛と繁栄は実現しなかったと考えてもいいのだ。
 実際、世界の人口の一七分の一のアメリカが、地上における総エネルギーの三分の一を使っており、そのほとんどを石油と天然ガスでまかなっていることから考えても、地上で最も豊かな生活水準を謳歌しているアメリカの物質文明は、石油資源の上に築かれているといっても間違いない。
 ところが、こうして石油の恩恵を最大限に利用して発展してきた合衆国が、一九七〇年代の始まりとともに、石油危機の中で不安と焦燥に取りつかれ始めたのだ。ここにアメリカが中国に接近した動機がある。
 だがアメリカは、別に中国の石油を目あてにしているのではない。確かに中国全土の約半分が石油埋蔵の可能性を秘めていることは、地質学的にも明らかである。さらに黄河の河口から渤海湾にかけての地域は、アメリカ最大の石油産地であるメキシコ湾地域の地質条件と酷似しているばかりでなく、東シナ海あるいは南シナ海の大陸棚は、おそらくペルシャ湾に匹敵する莫大な量の石油がねむっている可能性があると考えられている。現在では、中国側に技術的な問題があるために、まったく手がつけられないままになっている。
 しかしアメリカ側では、海軍海洋オフィスの後援のもとに、この地域の物理調査を一九六七年以来行なっており、一九六九年には調査を終了して、大油田の存在を予想する報告書がアメリカ国務省を通じて国連のエカフェ委員会に提出されている。また、新疆省のゴビの砂漠のタリム盆地西部からズンガリア盆地北部にかけては、中ソ両国にまたがる大油田地帯として名高い。
 だから、中国はあの地域の国境紛争に真剣になっているのだし、ソ連もまた、フェルガナ油国からモンゴールにかけての未開発の石油資源が、自国の将米にとって死活問題になると考えて、中国と激しく渡りあっているのだ。
 中国は、現在一日当り約一〇万トンに達する石油を生産し、それにほぼ見合った消費量を記録している。生産量からすると日本の四五倍、合衆国の一八分の一だが、消費量では日本の七分の一、アメリカの二〇分の一ということになる。しかし経済活動には、それに対応したエネルギーの消費水準があることがはっきりしているから、今後中国の工業が発展するに従って、当然石油の需要とそれに見合った生産が急速に増加すると予想される。
 現にあらゆる経済活動が停滞して中国の工業化にとって深刻な影響を与えた「文化大革命」の期間に、中国の石油生産だけは例外的に大飛躍をとげ、二倍増していることは、イギリスの『エコノミスト』が驚きをまじえて報告しているところである。こうして石油産業は、中国経済の発展にとって、原動力になっており、今後もエネルギー需要の増加に伴って石油生産に力を入れることは、至上命令になってくることだろう。
 そうなったとき、中国が必要とするのは、いかに石油を効率的に開発するかという技術であり、石油を効率的に発見する能力なのだ。この点で、世界の最高水準にあるのが合衆国の石油産業である。ヨーロッパやソビエトは、アメリカに約五年遅れており、驚くべきことに日米間の水準の差は三〇年だといわれている。
 当然中国が受け入れたいと思っている相手は、アメリカ以外には考えられないし、またアメリカ自身にとっても技術の一部を提供することによって、中国の石油自給をうながし、それでなくても不安定にゆれ動いている中東で中国と摩擦をおこさないで済むとしたら、こんな願ったりかなったりのことはないのだ。そのことを戦略家のキッシンジャーが計算しなかったはずがない。  


アメリ力は失うものを持っている
 
 アメリカの石油開発は、一九六九年以来著しい落ちこみ傾向を見せており、石油、天然ガスとも生産量が低下し、また埋蔵量そのものも減少の一途をたどって、石油危機が深刻さを増している。 
 現在確認されている合衆国の石油理蔵量は、百億トンであり、これは今後九年間の消費量と同じだから、かりに海外からの輸入と新しい油田の発見がないとすると、アメリカは一九八○年までに自国内の石油を使い果たしてしまうことになる。当然、現在知られている地球上の全石油の七割の埋蔵量をもつ中東地域に依存が強まるにちがいない。しかしここは世界の火薬庫であり、いつ紛争に火がついて大爆発をおこすか分らない情勢にある。
 サウジアラビアの石油の百パーセント、クウェートの五〇パーセント、イランとイラクの石油権益の三割近くをアメリカ系の石油資本が支配していることによって、中東石油の確保は、一応安定しているように見えるが、これも一九七一年二月のテヘラン交渉を契機に、石油輸出国機構(OPEC)の団結によって、バーゲニング・パワーのイニシアティブは産油国側の手に移ってしまっている。またインドネシアの全石油生産の九八パーセントはアメリカ系が握り、そのうちの八三パーセントをカルテックス石油が単独で支配している。インドネシアの石油は、公害のもとになる硫黄の含有量が、中東石油の平均の一〇分の一以下という良質のものだから、おおいに期待したいところだが、なにぶんその生産量は、ようやく日産一五万トンの水準に達したにすぎない。
 こうしてアメリカ自身、さし迫っている自国の石油不足に加えて、日ごとに高まりつつある石油諸国側からの攻勢を前にして、中東やアフリカといった地域で、中国と余計な摩擦をおこしたくないという気持が支配的なのは当然のことだ。
 できるならば中国の近い将来における自給体制を整えるために、この際協力しておいて、中国がわざわざベルシャ湾に石油を買いつけにやって来て、すでにでき上がっているアメリカのための秩序を乱すようなことがないように先手をうちたい。それにあと一〇年間は現在と同じ経済環境がつづいて、今まで石油開発に投資して来た資金を充分に回収しておきたいという気持が、アメリカ側にとてもつよく働いている。またあと一〇年、カナダのタールサンドやコロラドの油母頁岩、あるいは石炭のガス化と原子力発電がエネルギー源として充分使えるという見通しが立つまでは、時を稼ぐ意味でも中国を石油不足に陥らせないことは、アメリカの安全と密接に結びついている。
 なにしろ下手に急いで紛争の種を作ると、せっかく大事にしているトラの子の石油権益を失ってしまう恐れがある。あまり刺激しないようにしながら、石油の権益を守る目的のために第六艦隊を地中海に派遣してにらみをきかせているというのに、もし中東で紛争が起きるような事があれば、損をするのは石油権益を持っているアメリカなのだから。そして利益をうけるのは資源を自国の手に取りもどす産油諸国と、アメリカの石油支配崩壊を待ち望んでいるソビエトということになるだろう。また、中国はいずれにしても中東で失うものさえ持っていない。これがアメリカ側のよみであり、計算なのだ。
 それでなくともここ数年、ベルシャ湾入口のオーマンでは、中国で正規の訓練を受けた民族主義者たちがゲリラ活動を展開している。それに加えて、マスカット・オーマンや「休戦オーマン土侯国」という妙な名前を持つ、ペルシャ湾入口に面している国とイランは歴史的にも長い間いがみあいがつづいていて、危険な関係にあるのだ。万が一にも思いがけないことがきっかけになって、ぺルシャ湾の入口で戦乱が始まったら、第二、第三のスエズ危機が起こるだろう。そうなったら日本経済が、エネルギー不足で壊滅することはわかりきっているが、それにも増してアメリカの権益が最大限にかかっているサウジアラビア、クウェート、イランという世界の石油貿易の八割近くを占めるペルシャ湾産の石油が、完全に滞ってしまう。それを予防するためにも、アメリカは、石油問題で中国と手を結んでおかなければならない。そこでニクソンは北京に出かけて行く決心をしたのだ。  


米中のギブ・アンド・テーク
 
 実際ニクソン声明があった後、アメリカのオイルマンの間では、大統領の中国への手土産は多分最新鋭の石油リグと呼ばれる石油ボーリングの装置か、大陸棚の石油開発に使う海洋掘鑿装置ではないかと噂されたものだった。ミサイルや原子潜水艦といった戦略兵器をのぞくと、現在の中国がいちばん求めているものは、ジャンボ・ジェットのボーイング七四七と石油開発技術であることは、中国の工業の発展規模からいっても簡単に予想される。
 もちろん自動車や繊維プラント、あるいはコンピューターや工作機械も、今の中国にとっては喉から手が出るほど欲しいだろう。
 しかし、あらゆる経済活動の原動力として最も基本的なものであるエネルギー源以上に重要なものは、工業化を推進している国にとって考えられない。ここで思い出してみるまでもなく、一九五〇年代において石炭問題がいかに日本を大きくゆさぶった大問題であったかということは、エネルギーの重要性を示している。
 また、自動車やコンピューターを中国が必要とするなら、その気になって交渉しさえすれば、売りたくてウズウズしている会社は西欧や日本にいくらでもある。現に鉄鋼などは、いくら「鉄は国家なり」と胸を張ってみたところで、あれは目方で取引きする商品にしかすぎないから、どう買い叩いても西独や日本から商人たちが連日のように抑しかけてくる。
 そうなったら石油開発にかかせない鉄パイプだけを安値で買いつければいいので、鉄の塊りなどは、中国人は泥で作った溶鉱炉でいくらでも作る能力をもっている。第一、鉄鉱石と石炭は中国自身で必要以上に生産できるのだ。  その点、大型旅客機くらいになるとコンコルドを共同で開発した英仏か、あるいはアメリカの飛行機会社に買いつけに行かねばならないが、石油開発になるともう、選択の余地がない。ソビエト自身がアメリカと協力して石油開発しないかぎり、非能率を克服できないと考えているくらいだから、中国だって相手に選ぶとしたらアメリカ以外に考えられないだろう。圧倒的に抜きん出た実力を持った国があれば、直接そこの国と関係を持つにこしたことはないからだ。柔道を修業する上で講道館が最も定評があったから、へーシングはわざわざオランダから日本にやって来たのだ。また絵の修業にはパリという町の持つ環境が他に比類ないから、この花の都に世界中から芸術家志望の青年たちが集まって来る。このように中国が求め、また合衆国自身が石油問題で中国と了解点を持ちたいと希望したところに共通の利害が生まれて、この二つの巨人国は互いに歩みよる態度を決めたのであった。
 これが日本では、ほとんど誰からも顧みられないまま、もっぱら政治的な議論として、「核保有大国における和睦」という形で論じられている米中接近の隠れた真相なのだ。なぜなら同じ核保有国には、イギリスやフランスもあるのだし、哀えたりとはいえ、これらの国は、ヨーロッパ共同市場という集合体を通じておおいに実力を持っているのに、ニクソンの北京訪問計画に対して相談相手にも加えられなかった。それとともに、遅ればせながらも訪中にひき続いて、ニクソンはモスクワに出かけて、ソビエトの最高首脳部とも会談を行なう日程もでき上がっていた事実がある。
 だいたいソビエトは、中東紛争と国際石油市場に対して、きわめて大きな影響力を持つ石油外交という戦略を背景に、アメリカの世界支配に挑戦している国である。このソビエト外交の伝統から考えても、合衆国大統領の北京とモスクワ訪問は、深刻になりつつあるアメリカの石油危機を前にして、たいへん意味深長なことだったといえる。
 それでなくとも、ニクソン大統領は、南カリフォルニアの油田地帯に地盤を持って、莫大な経済力と政治的な発言力を保有している石油資本家たちによって支援されている政治家なのだ。自由エンタープライズを旗印にした共和党から選出された大統領なのである。


パートナーシップの不足
 
 そこで日本では、なぜ米中接近をほとんど政治的な側面からだけ把えるという、きわめてかたよった議論が盛んであるのかということを考えてみよう。すると、そこに日本人の政治好きという性格が強く反映しているという事と、石油産業が発育不全なため、政治経済の本質を石油問題と結びつけて考える事のできるジャーナリストやエコノミストたちが存在しないということが分る。
 しかし、それにも増して、国の安全の問題を国防という狭い考えから解放して、キッシンジャー自身がすでに述べているように政治的、経済的、社会的、心理的な観点から把え、さらに文化との関連において国際的な視野から、多角的な目で見つめようという習慣が欠けているせいだということもはっきりする。
 この点は既に述べたように、ニクソンの訪中声明に対する日本側の反応が国際世論の中ではきわめて例外的な現われ方をし、「日本の立場を無視した頭ごし外交であり、国際信義に反するアメリカのやり方はまったくけしからん」といったものであった点からもうなずけるであろう。憮然としていた政界、うろたえて途方に暮れていた財界、あわてふためいてわめきちらしていマスコミ界にみられたその反応の中に、満足な国際感覚を持ち合わないまま、ある日突然親代りと信じていた人から見捨てられて、芒然自失している世界の孤児・日本の姿が浮きぼりにされていた。
 それは国際社会において、よその国のよいパートナーになるという努力を忘れたまま戦後二五年間をひたすら外交抜きで通商関係を拡大することだけに熱中して、社交しかして来なかった日本の悲哀が情けないほど現われていた。この点に見る限り、打ち続く老人支配の中で、日本の失って来たものは、あまりにも高価であった。
 国と国との間の信頼関係というものは、時間をかけながら丁寧に築き上げてゆくものだ。そしてその過程で相手の立場と主権を尊重しながら、パートナーシップというものが確立してゆく。国際関係においては、主体的な姿勢を貫き通すことと、相手の立場を理解し合おうと努力するプロセスとして外交の場が用意されている。いくら政権の担当考たちが本来話し合いの場である国会の性格をゆがめることに成功して、多数の力をかりて強行採決や審議打切りを日常茶飯事のごとく繰りかえしているからといって、同じやり方を国際社会に持ちこめば、誰からも相手にされるはずがないことは分りきっている。国内ではいくらでも通用する田舎芝居でも、それを対外関係の中に適応できるほど国際環境は甘くないのだ。だいたいニクソン訪中が発表されたあと、日本の政界と財界では、「日本側がこんなにアメリカに対して信義を尽しているのに、頭ごしの外交をやって、日本の立場を無視したのは許せない」という不満の声が高まったことは、われわれの記憶にまだ新しい。
 しかしパートナーである努力を捨ててすでに従属関係を選びとっているとしたら、そんな相手に、なんでいちいちおうかがいを立てる必要があるだろうか。「夫婦は信頼で結ばれた協力関係だ」と思っているのに、ガールフレンドの方は「身も心もまかせたのだから、末長く面倒みてもらわなければ……」と一方的によりかかって来るとしたら、男の側はなんで相手を対等なパートナーだと評価する気になるだろうか。 それでなくとも支配される側の真の喜怒哀楽の気持など、支配する側ではまったく問題にしていないというのに動物園のオリの中で生活を保証されているライオンには、飼い主である人間に対して野生の本能をむき出しにして挑みかかる自由は認められていないのである。
 聞くところによると、キッシンジャー博士は困ったことに、大の反日感情の持主だと噂されているそうだが、これはまったく筋違いの意見である。なぜならば、彼にとって、現在の日本は、好き嫌いの対象である以前に、アメリカの戦略を考えるにあたって問題にするにあたらない国にすぎないのだ。よりよいパートナーである以前に、何もかもあなたまかせで結構だという気持しか持ち合わせていないだけでなく、国際社会の中で孤立して一人よがりをいっている限り、アメリカにとって日本は、危険でもない代りに頼りにもならない国である。
 そこで戦略家であるメフィストフェレスのキッシンジャーは、日本のことをほとんど考慮しないまま、彼のやり方でアメリカのためのアジア政策を推進しているにすぎない。それを一方的に対等の立場にあると思いこんで、重大な考えちがいを犯していることに気がつかない日本側では、相手に無視されたと息まいていたのだ。もっとひどい扱いを受けている台湾の蒋介石でさえ、こんなに騒がなかったというのにこういったことを考えると、アメリカのやり方を非難する前に、自分たちの態度の中に外交関係をより円滑に展開していくことができない理由のあることに、われわれ日本人は気づくはずである。
 現在の日本に最も欠けているものが、幅広い国際感覚に根ざしたパートナーシップヘの努力であるとすれば、われわれはこの弱点を一日も早く克服するために力を合わせる必要がある。そして国際社会で真に理解され評価される国になるために、まず現実の国内政治の中で話し合いの訓練をすることから始めようではないか。  


日本の足場固め
 
 一九七二年二月のニクソンの北京訪問を契機にして、アメリカと中国は、国交正常化を目標にしながら、いよいよ緊密に接近しはじめている、そして両国の共通の悩みを解決できると判断した場合には、予想外と思われる大事業にも、協力して取り組むことがあり得るだろう。そしてその可能性がいちばん強いのが、すでに明らかになったように石油開発事業なのだ。
 それはここ一、二年以内に具体化するというようなものではないが、少なくとも一九七〇年代という単位で考えた時、決して起こり得ないといいきれることではない。もしそうなった場合、アジアの政治は大きく変化すると予想されるが、その時、日本の立場は、どのような形でアジア問題の中に位置づけられるようになるのかという点に関しては、今から考えておいてしかるべきだろう。またそうなったとき、現在のような日本の外交姿勢で果たして対応できるかという点はおおいに疑問だが、それならばどのように変化することを余儀なくされるかと考えると、石油問題の動きに関係して二つの答えを見つけ出せる。
 その第一は、米中の接近というまたとない機会を手がかりに、アメリカが切り開いたルートを利用して、日本もまた中国に対して積極的に近づいてゆくやり方だ。これは田中首相の訪中による日中国交正常化によって、すでに現実化の第一歩を踏み出したが、それと同時に、これは従来から対米従属といわれながらも、利益を獲得するためにはアメリカ一辺倒の取引きもやむを得ないと実行されて来た日本の財界の発想法そのものである。
 しかし、米中が共同で石油開発を始めたときには、日本は単にアメリカの足場になる以外は積極的な役目を演ずることはできないであろう。このことは日本の石油開発の実力からしてもやむを得ない。この点でその日にそなえて、日本がこの分野でアメリカに遅れている三〇年という莫大な差をうめて、一日も早く一流に近い実力を備えることは、日本自身の安全と将来における日本経済の真の充実度を築き上げるためにも手を抜けない課題だ。
 さて第二の答えは、米中の接近に対する当然の反動として、領土問題の他の従来からの懸案を一時棚上げして、日本とソビエトが急速に歩みよることであろう。もっとも現在の日本の政治的体質からすると、この動きを日本側のイニシアティブでおし進めることは考えられず、むしろ積極的にソビエト側から働きかけて来るのを受けて立つということになる。
 ソ連の内部には、アメリカと中国の関係が改善されることによって、自国が孤立化させられるのではないかという不安があり、アメリカを牽制するためにも西ヨーロッパ諸国と日本を利用しに来るというくらいのことは分りきっている。しかし果してそれを受けて立つだけの主体的能力と政治的実力が、現在の日本にあるかどうかが問題になるだろう。特にソ連側からみる限り、日本という国はお互いの反目と敵対関係を抑えて平和共存関係を樹立しておく必要がある国だが、パートナーとしての友好関係を結んでおいてお互いの運命を託し合うにはあまりにも魅力のない相手だと考えられている。
 どうせパートナーにするのなら、日本よりもむしろ合衆国を選ぶ方が幾倍も大きい利益が予想されるし、将来性もある。こういった計算が充分に行なわれた上で左手をさしのべて来るソビエトに対して、果たして日本がどの程度、身をのり出して行くかは興味あるところだ。
 しかし石油資源の確保ということを考えると、ソ連側から差しのべられる手を思い切りたぐり寄せておくことは、日本のエネルギー問題の将来と国家の安全という意味で必要不可欠である。
 なにぶん、日本が消費している石油の九割以上が政治的に非常に不安定な中東諸国からの輪入に依存している。万が一にでも中東石油の供給が停止することがあって、日本経済のあらゆる部分が麻痺してしまうという不測の事態が起こるのをさけるためにも、供給地を分散しておくことは大変賢明な措置だが、この点、ソ連のシベリア石油を利用できるようにソビエト政府に積極的な工作をしておくことは、米中接近に関連してきわめて大きな意味を持っている。それは、エネルギーの消費で少なくとも中国の七倍もの規模を誇っている日本が、アメリカの石油戦略の上で中国以下の評価しか受けていないことに深く関係しているからだ。  


米・中・ソのバランスの中で
 
 確かに日本は、石油を大量に消費している国だが、その生産と供給という意味では完全にアメリカの石油流通機構の中に組み入れられてしまい、単にパイプの一部と蛇口を持っているにしかすぎない。このことは、日本は自分の意志でエネルギー問題という一国の生命線に相当する重要な分野を取り扱う自由を持っていないのだということを意味している。
 またそれは、戦略的な観点からみると、いかに経済的な生産能力があろうと最新鋭の軍備を持っていようと、自分の首根っこを他国におさえられていることであり、従属国でしかないということなのだ。
 別のことばを使えば、日本はエネルギー問題では、アメリカ経済がすでに確立している石油資源の支配体制の中に完全に理没しており、それを内部からつき崩して新しい秩序を打ちたてようという野心も実力もない国だと評価されているということである。  この点、シベリアの石油資源に対して日本が積極的に関心を示し、具体的な行動をおこせば、これはアメリカも黙ってみているわけにいかなくなる。アメリカの石油資本は、金もうけになればオワイの汲み取りでも、死体の化粧業までもやってみせるという貪欲な日本の商社に働きかけて、太平洋側からシベリアに進出するために、日本を足場に使ってなだれをうって進出して来るだろうし、ヨーロッパ側からも工作を開始するだろう。
 こういった石油にまつわるアメリカ、ソ連、中国の間の微妙な力関係を充分読みとった上で、日本がそのバランスをたくみに取れる実力がもしある場合にかぎって、現代のメフィストフェレスのキッシンジャーがお膳立てしたニクソン北京訪中という筋書きは、頭ごしの外交どころではなく、日本にとっては百年に一度という絶好の機会となる。このチャンスを上手に利用して、子孫たちに肯定的な評価をうけるような仕事の足がかりを作っておくことこそ、日本人の真の能力をはかる一つの試験台になるだろう。
 それはまた、日本の置かれている状況の解消のためだけではなく、日本の直面している難題の解決への第一歩という意味で、大きな意味を持っている。
 いずれにしても、石油は日本経済の繁栄と没落だけではなく、日本人全体の運命を握るアキレス腱であるが、またアキレス腱がない限り、人は駆け足で走ることも歩くこともできなくなる。
 このことを念頭において、日本人がここで、自分の祖国が持って生まれた弱みを宿命だといって心配ごとのひとつに数えあげるばかりで放置してしまうことなく、それを克服しようと努力することによって、新しい希望を切り開くための門出にしなければならない。
 また日本人はこのような試練にとり組み、課題を達成するだけの資質を十分に持った民族であるし、ひとたび目的を設定することによって、そこにあらゆる努力を結集することを、歴史の中で実証してきた国民なのである。  


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