『月刊ザ・フナイ』 2013年5月号



日本のおぞましきアベジェクシオン政治
−欺瞞政治の蔓延と恐怖の権力の復活



藤原 肇 (フリーランス・ジャーナリスト/慧智研究所所長)
本澤 二郎 (ジャーナリスト/元『東京タイムズ』政治部長)






【編集部より】 本誌5月号制作中に、藤原肇氏より、対談の寄稿掲載を急きょ打診されました。ちなみに藤原肇氏には、2月号、3月号と「シリカ(珪素)対談」をご寄稿いただいており、この続きは、氏よりご投稿いただきました時点で随時不定期に掲載させていただく予定ですので、何卒ご了承くださいませ。
 今回は、日本の現状を憂えた藤原肇氏が緊急投稿くださいました本澤二郎氏との対談を掲載させていただきます。


***独立国の条件と不平等条約の蹉跌

藤原 独立に外国軍基地はないはずだし、治外法権など認めてはならないのに、日本は日米安保条約に拘束されていて、この基本的な権利さえ確保していない。だから、属国どころか属領に過ぎないのであり、今の日本は植民地以下の存在だと、神田の生まれの江戸っ子として冒頭に断言しておく。
 これまで50年間ほど外国で仕事をして来たが、私が留守の問に群馬や山口から上京して、日本を食い物にした世界レベルで四流の政治家たちが、税金の乱費でこの国を利権にしたために、現状は植民地より酷い状況です。未来を考える上で独立の問題は重要だのに、それが最高のタブー扱いの状態が続くが、これは総てを考察する上での基盤です。

本澤 全くそうですね。日本が独立国として運命を決め、自立した路線を選ぶ必要があるのに、菅内閣時代に登場したTPP(環太平洋経済協定)問題は、野田内閣を経て安倍政権に引き継がれたが、国会でほとんど慎重な審議も行われていません。そそくさと交渉参加決定を打ち出したが、あの協定にはいろんな罠があることが分かった。しかもTPP反対を公約して当選した議員が多数なのに、疑問が多い協定でも十分な審議をしていない。本来国会は議論をするための場です。国の方向と命運を振る重大案件にもかかわらず、国会でまともに審議が行われなければ、議会制民主主義の精神は踏みにじられて、事実上の独裁政治と同じです。

藤原 確かにTPPの取り扱いに関しては、議会政治が全く機能していないだけでなく、内容的にも幕末の不平等条約より酷くて、日米修好通商条約以下であるのは明らかです。幕末の時には鎖国をしていたので、日本と外国の間の実力の差が大きくて、不平等条約の強制も仕方がなかった。また、帝国主義の膨張期だったこともあったが、開国の要求で幾つかの港を開いており、それが攘夷運動を起こしたのも歴史的な事実です。だから、明治政府にとって不平等条約の改正問題が、最優先の政策課題になったのであり、岩倉遣外使節団を欧米に送り出して、独立国としての地位を確立するために、国を挙げて懸命に努力したのです。

本澤 明治の新政府が出来て僅か数年後に、あれだけ凄い陣容の顔ぶれを揃えて、条約改正を目指す使節団を欧米に送った、あの時代の為政者の意気込みは驚くべきですね。不平等条約を受け入れたことに対して、日本人が屈辱と反発の気持ちを抱いて、国家の体面と名誉を取り戻すために、全力を傾けたということが分かります。あの頃は自立していた証拠ですよ。

藤原 国際情勢に精通していなかったので、居留地での治外法権を幕府は認めたが、外国軍の駐留地は作らせなかった。だが、現在の日本には86ヵ所もの米軍基地があって、完全に治外法権を認めている上に、日米構造協議(SII)の名の下に内政を干渉され、今度はTPPで身ぐるみ剥がれても、ラチェット条項(※1)を含む秘密規定のせいで、後から参加の日本は修正もできません

本澤 TPPに関していい加減な対応でお茶を濁し、米軍基地の治外法権を容認するのであれば、指摘されるように属領であり、属国の名にすら値しない状態です。現に、外国軍の米軍に行動の自由を100%与えて、植民地同然の立場を受け入れており、こんな独立国は世界に一つもないし、日米安保条約の地位協定は悪辣です。

藤原 日本は属国以下の属領に過ぎず、プエルトリコ以下の存在にあるのに、日本人はその事実に気付いていない。だから、今の日本は幕末の徳川幕府に較べて、遥かにお粗末な政治的な立場だのに、誰もそれを指摘しないのが不思議です。


***次の世代の運命を考える思いやりの欠落

本澤 日本は外国軍を巧妙に活用してきたのも事実だが、幕末の志士が今のこの事実を知ったなら痛憤して、討幕ならぬ安倍倒閣運動が起きます。だが、今の日本人にはその自覚や気概もなく、身の回りの生活にあくせくしている。
 しかも、貨幣と国債の乱発による恐ろしい事態の招来を忘れて、株が上がったといって喜んでいる。財閥の意向を受けて宣伝するメディアが、悪の元凶であるのは問違いないが、それにしても民度が余りにも低すぎます。
 その理由の一つは、一部の富裕層が自分は豊かだと自己満足し、既得権を守る側にいることに気つかずに、危機感を持つのを忘れているからです。愚かな民の側にも問題がありますね。

藤原 しかも、プライオリティ(優先順位)の発想が欠如しており、緊急課題は原発の爆発による放射能汚染だが、これは全生命の運命を決定づけている。また、それまで年問1ミリシーベルトだった基準値が、事故の後で医学的な検証なしの法律改正で、一挙に20倍に引き上げられた暴挙は、絶対に許されていいことでない。しかも、日本が放射能を地球上に撒き散らしており、それがガイアの生活環境を汚染しており、人類の滅亡を招く犯罪に等しいのに、原発廃止が最優先の課題になつていません。

本澤 現実にフクシマでは原発は爆発して、最近でも4号炉の冷却電源は止まってしまった。これに火がつくととんでもない事故になり、日本列島どころか地球が破壊される事態になる。そのことについてさえ、政府も議会も口を閉ざしたままで、メディアも国民に伝えようとしない。ただでさえ原発が爆発したことで、毎日のように放射性物質が飛散しており、子供たちは内部被曝で健康を損なっている。だが、目の前で病人や死人が出ていないので、これから先も心配ないと錯覚してしまい、最悪の事態が起きると思う市民がいない。

藤原 イラクやシリアのような戦場では、目の前で死人が出るのを目撃するが、内部被曝は生命を緩慢に蝕むから、死体を直接に数えることはありません。

本澤 それをよいことにして、改憲による集団自衛権の行使や、派兵を容易にする改憲を安倍内閣はわめき、他方で、貨幣乱発でインフレ政策を推進している。だが、放射能被害は5年とか10年後に、確実な形でがん障害となって現れる。既にスリーマイルやチェルノブイリが、そのことをはっきりと証明しています。

藤原 その通りです。しかも、日本人が大切にしてきた考え方の中には、次の世代への配慮という精神があった。それが思いやりや心くばりと呼ばれて、品性と結ぶ美徳として尊重されてきた。昔の人は「財は公共の物」と言ってきたのに、今や拝金主義に毒されてしまい、現在のために未来を食い潰している。その典型が赤字国債の乱発による借金政策で、そのツケを総て次の世代に押し付けて、平然と税収の2倍の予算を支出しています。結局のところ、GDPの2倍を超える赤字国債を乱発し、それを恥と思わない政治家や官僚たちが、世界最悪の借金財政を推進している。
 こんなデタラメは許されないのに、今の日本ではマスコミが批判精神を失って、事実が何であるかを報道しない。
 しかも、役人が公僕精神を喪失してしまい、自分のことだけを考えるようになり、豊かで信頼し合う社会を作る使命感がなく、国民の幸せは無視されたままです。

本澤 そうですね。国家予算は財務省の役人が決めるので、自分には関係がないと思う議員ばかりだから、収入と支出の問のバランスが崩れて、個人なら常軌を逸した経済感覚です。2013年度(平成25)の予算編成は、43兆円の税収で93兆円の支出になります。個人の家庭で月収が50万円の人が、月に100万円も生活費として使い、不足の50万円をサラ金で借りる、そんな支離滅裂なことが罷り通っているのです。
 また、国と地方政府の借金の合計額は、何と千兆円の大台を超えてしまったし、隠れ借金も加えると途方もない額です。赤字国債だけでも2013年度で700兆円を超え、国民一人当たり560万円の借金です。

藤原 そんな家計では破産が待ち構えており、借金地獄から抜け出すのは不可能だが、政治家と役人は国民のことを考えず、この浪費癖を止める気持ちは全くない。しかも、もっと派手に浪費して歓楽の限りを尽くし、この世の春を存分に謳歌したいというのが、今の日本を支配する驕りの空気であり、これは麻薬患者やアルコール中毒と同じです。

本澤 円を輪転機で刷りまくって円安にして、輸出産業にテコ入れすることにより、国際競争力を復活させてモノを作る。そうすれば不況を解消できるというのが、安倍がブチ上げている景気対策です。土地や株を上げて景気を良くしても、たちまち日本経済は奈落の底に転落する。この手のインフレによる経済刺激は、1985年頃からの中曽根バブルと同じです。

藤原 リーマン・ショックで金欠病の主人公は、ゴールドマンサックスや竹中を動かして、デリバティブと空売り作戦を使い、お調子者の日本人を骨の髄までしゃぶり尽くす。バブル景気で日本人の財布の紐が緩み、投機ブームの再来で気前が良くなれば、国富の1500兆円や郵貯の400兆円は、目の前に差し出されたニンジンだと見るのは、多分CSIS(戦略国際問題研究所 ※2)に陣取る連中の発想ですよ。

本澤 米国仕込みのマスコミを活用することで、新聞やテレビを財閥の意のままに使い、世論を都合のいいように誘導する。同時に、安倍が仕組んだ改憲と軍拡論を煽るならば、思考が停止した人の善い日本人は、一時的な景気に陶酔してしまい、危険な欺瞞政治に呑みこまれてしまう。
 しかも、野合趣味の自民党は公明党に続き、自信も実力もないみんなの党や維新の会を巻き込み、ここぞとばかり翼賛体制を作り始める。そして、火種としての尖閣列島を利用して、瞬間湯沸かし器的な日本人を丸め込むことで、日米産軍体制は容易に目的を達します。

藤原 首相官邸で国家安全保障会議(日本版のNSC)を発足させ、情報操作と統制が始動した歴史的背景には、安倍の登場による恐怖の独裁権力が、ネオコン路線の形で蘇生した症状が読めます。
 しかも、米国でのネオコン勢力の砦であるCSISが担う役割が、ナチスの政治理論だった地政学であり、狙いが生存圏の拡張にあるのは不吉です。

本澤 ブッシュ政権の支配が終わった時に、ネオコン勢力も姿を消したと思ったのだが、米国の首都・ワシントンにあるCSISに結集していたというのは驚きでしたね。


***アメリカ式の経済戦争と民活型の覇権地政学

藤原 それがアメリカ流の民活路線であり、米軍も補給と兵站(※3)はほぼ民営化されている。
 また、軍隊も陸軍を中心に下請けや委託で、戦争請負業が活況を呈している。太平洋戦争の前段階においても、中国の空軍はフライング・タイガーが、義勇軍の名目で戦闘行為を下請けした。
 また、先住民、スペイン、メキシコ、共産主義、ナチス、日本、イラク、イラン、テロリストという具合に、米国は常に外部に敵を作って団結してきた。しかも、敵を作り自己の正当性を主張して、戦時経済をテコに発展した米国の歴史は、日本と中国を友好国か敵国に仕立て上げ、日中両国を適当に振り回し続けて来た。

本澤 納得できますね。米国は相手が獲物になると判断すると、容赦なく活用したり悪用して使いまくり、逆に手強いと判断すると敵対して叩く。自分の国益を最優先にする点では、油断の出来ない帝国主義の権化であり、その手前勝手なやり口はすさまじいです。

藤原 犠牲の回避は指導者の能力と共に、その国の国民の民度の高さ次第です。残念だが、日本の政治家はダメ人問に属し、人の善さでは相手に気に入られても、国際舞台で優れた政治力を発揮して、尊敬された人はほとんどいません。元気が良かった戦前の松岡洋右外相でも、中華民国の顧維均(Wellington Koo)外相の前では無残で、議論に負けたので腹を立てた挙句、国際連盟から脱退してしまいました。
 また、A級戦犯容疑だった岸信介の場合は、巣鴨拘置所を出た直後にCIAにスカウトされ、スパイになった褒美として首相です。中曽根もキシンジャーにリクルートされて、岸と同じようにアメリカに奉仕したし、安倍の場合は統一教会とヘリテージ財団(※4)であり、首相が外国に操られては始末におえない。

本澤 戦後の日本の極右路線の始祖は岸だが、石原慎太郎もヘリテージ財団に取り込まれて、口先タカ派として馬脚を露呈している。しかも、安倍もヘリテージ財団でお目見え講演をした。安倍が首相になった経緯に関しては、藤原さんの『さらば、暴政』(清流出版)で拝見しました。だが、統一教会との関係という件に関して、集会で安倍が挨拶をした話が有名ですが、その他にどんな具体例があるのか、とても興味深いのだが、その点はどうですか。

藤原 安倍がロスに留学して英語を学んだ時に、コリアゲートで知られた朴東宣と接触していた。また、父親の安倍晋太郎も朴と非常に親しく、KCIA時代の朴東宣が安倍親子と緊密だった件は、『小泉純一郎と日本の病理』(光文社)の中に書いておいた。この本は日本語版の段階で3割ほど削られたが、ハングル版はソウル大法学部の必読書になり、英語の無削除版は世界の読者が読んでいる。
 日本語で幾ら本を書いてもダメで、世界に向けてきちんと発信しない限りは、コップの中の嵐で終わってしまい、世界史の中で位置づけられないから、日本の腐敗の大掃除には役立ちません。

本澤 しかし、岸は韓国利権と結んだ政治屋で、笹川良一と組んで日本に統一教会を持ち込んでいるという。そうしたことは生命の安全に関わるし、裏の世界のことはなかなか書けないので、そこまでやれる人が残念だがいない。藤原さんは海外が活動の拠点だから、地の利を生かしてレポートできるのです。

藤原 でも、東南アジアやアラブ諸国においては、それくらいは現実にやっている人が存在し、きちんと歴史の証言を残している。また、これからはインターネットがますます世界を結ぶので、それが威力を発揮するのだし、民間の方が活動の自由度では優れている。
 現に日本政府への接触の窓口は、ワシントンの米国政府の公的機関ではなく、ジョージタウン大学のCSISを始め、ヘリテージ財団のようなシンクタンクが、下請けとして担当しているのが現実です。

本澤 なるほど、それで最近の日米関係の在り方が分かった。野田首相の「ヤケクソ解散」を決めた直前に、帝国ホテルでCSISのシンポジウムがあり、その直後にアーミテージ一行が首相官邸を訪れ、野田首相と話し合ったという報道が、昨年10月末にメディアで取り沙汰された。情報筋によれば、その時に解散の時期について、彼らから入れ知恵を授けられたとか。

藤原 野田が負ける選挙に踏み切ったのは、トロイの木馬の役目を果たし終え、政権を自民党にバトンタッチすることで、ご主人の意向に従った可能性が濃厚だ。だから、不正選挙のノウハウを伝授してもらい、政権を再び手に入れた安倍としては、喜び勇んでワシントンに行き礼を述べたかった。


***恒例の参勤交代と奴隷宣言

本澤 TPPに参加することを手土産にして、安倍はワシントン訪問を1月に希望したが、オバマは多忙を理由にして断った。その辺に米国の世界政策に、微妙な変化を観察できます。
 元大統領候補のケリー上院議員が、クリントンに代わって国務長官に就任し、ヘーゲル元共和党議員が国防長官、彼らの立場は共にリベラル路線です。だから、改憲軍拡と反中姿勢が露骨な安倍の路線は、最後の4年に自己の色を出したいオバマに、一種の警戒心と不快感を与えたといわれる。
 しかも、訪米は2月に延期になった上に、晩餐にも招かれず軽いランチだけであり、会談も実に短時間で終わっています。その上、出迎えも共同記者会見もなかったから、米紙報道もベタ記事扱いで終わったように、タカ派の安倍へのメッセージは強烈でした。

藤原 現在のアメリカにとっての日本は、国家としての外交の相手ではなく、参勤交代か朝貢への扱いのレベルです。だから、シンクタンクの属僚が扱えばよく、海兵隊上がりの粗野なアーミテージとか、シンクタンクにおいて日本部長であるが、大学では准教授のグリーンに任せれば、それで済むという程度の扱いに過ぎない。
 首相の胸の裡はお見通しだから、適当にあしらわれたのが実態だつたが、日本のメディアは恒例の提灯記事で、首脳会談は大成功と書き立てたのです。
 だが、『ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)』のコメントは、「日本の悪名高い政治的不安定さで、1年以上は首相に留まれない程度だから、別の人にすり寄られるのを避けた」であり、安倍は疫病神扱いされているのです。

本澤 当然でしょう。ワシントンはイスラム圏と対決しているし、周囲に敵対国ばかりを構築してきたために、極右の安倍の機嫌を取ることによって、アジア政策に傷がつけば迷惑至極です。また、平和憲法を嫌悪している極右の安倍が、改憲で軍国主義化した後の日本は、天皇制国家主義へと先祖返りしてしまう。だから、オバマが戦前の大日本帝国に回帰する危険な路線に、支持を与えるわけがないのは当然だし、アジア人がそれを絶対に受け入れるはずがない。

藤原 オバマに軽くあしらわれた安倍が、CSISを訪れて行なった発言の模様は、ユーチューブで誰でもが簡単に見られます。しかも、日本の首相の恥知らずな挨拶を見て、非難の声が盛り上がったそうです。なにしろ、「ハムレさん、ご親切な紹介を有難う御座います。アーミテージさん有難う御座います。グリーンさん有難う御座います。昨年、リチャード・アーミテージ、ジョゼフ・ナイ、マイケル・グリーンや他の皆様方が、日本についての報告を出しました。そこで彼らが問うたのは、日本はもしかすると二級国家になってしまうのかでした。アーミテージさん、私からお答えします」と言った。そして、「日本は今も今後も二級国ではない」と続け、「私はカムバックしました。日本もそうでなければいけません」と安倍は述べた。
 だが、アメリカは安倍が政権を投げ出し、無責任な敵前逃亡をした実態を知っており、そんな安倍が胸を張っても張子の虎で、どんな日本が復帰したのかと苦笑していた。

本澤 私もその発言を読んで愕然としました。外務省OBで元外交官の孫崎享氏の発言として、「奴隷根性丸出しだ」という指摘は、多くのサイトに転載されて注目されたようだ。要するに「こんな男が首相か」という反応でしたね。

藤原 アメリカでは尊敬された人ならば、礼儀ある丁重な扱いを受けるけれど、軽蔑されてしまうと人間扱いされず、実に惨めな態度であしらわれます。肩書などは余り評価されないのは、「あの人の身分は何かと聞かないで、あの人は何ができるかと聞く。もし有能であるなら歓迎されるし、それを実行して確かだと分かれば、知り合いの総てから尊敬される」と書いた、フランクリンの指摘の正しさは、30年も米国に住んだ私が保証します。

本澤 肩書きではない実力主義の世界ですね。それにしても実に強烈な感じですね。

藤原 日米関係史の中に幾つも例があって、誇るべき日本人の代表は小栗忠順(※5)です。彼は日米修好通商条約の批准で渡米し、使節団の監察役として米国の金貨を調べ、日本の小判より質が悪いと見抜いた。小栗は交換比率が不適正であると主張して、米国の主張に「ノー」と言った。彼の慧眼に、アメリカ人は驚きと共に大いに敬意を払い、使節団の帰国に世界最新鋭の軍艦を提供し、「ナイアガラ号」で横浜まで送り届けている。使節団員の風格や礼儀正しさに加え、小栗の態度と深い洞察力によって、日本人への尊敬は高く盛り上がった。
 また、戦前知米派として知られた日本国大使の斎藤博が、ワシントン駐在中に病気で客死した時には、日米関係の調整の功績を讃えた米国政府は、巡洋艦「アストリア号」で遺体を横浜まで礼送し、友好への努力に感謝の意を示しています。

本澤 アメリカ人が尊敬した場合には、もの凄い感謝の表現をするのですね。

藤原 そういう誇るべき日本人がいたのに、小泉のようにプレスリーの館を訪れ、ロカビリーを踊って嘲笑されてしまい、新聞に狂態だと書かれた首相もいます。


***バブル経済の復活とアベノミクスの欺瞞

本澤 安倍も小泉純一郎の子分ですよ。そんな程度の人物がアベノミクスを唱え、人気取りにバブル経済を推進しても、「恥のかき捨て」に等しい欺瞞ですね。

藤原 『さらば、暴政』の中に書いたことだが、安倍の『美しい日本』は久保木修己(※6)のパクリで、統一教会の会長が書いた本から、写し取ったインチキ本だったのです。だから、アベノミクスのお里は知れていて、これはレーガノミクスの模倣で、30年前のカジノ経済の再現になる。そして、日本人を再びバブルで陶酔させ、日本の社会を破滅に陥れかねません。

本澤 安倍の父親の晋太郎が所属していた、福田派で活躍したベテラン秘書に電話をして、話をした時に、彼は「アベノミクスに騙されて喜ぶ、国民の愚かさが情けない」と言っていました。そして更に「自国の通貨をどんどん発行して、それで景気が良くなるというのなら、世界に不況など存在しない」とも斬って捨てたが、政治を思いつきや出任せでやられては困る。

藤原 レーガン時代の米国はインフレであり、規制緩和と金持ちへの減税をテコに使い、軍需景気を盛り上げようと狙いました。だから、副大統領候補のブッシュまでが揶揄して、呪術経済政策(Boodoo Economics)と呼んでいるが、そのせいで米国経済は双子の赤字になり、国力は衰退してガタガタになりました。

本澤 安倍が日銀の総裁に手下を送り込み、輪転機で日銀券を刷りまくることで、株を上げて景気の上向きを狙えば、財閥や大手の輸出メーカーは喜ぶ。景気対策のために赤字国債を増やし、バラマキ予算で公共事業を拡大して、不況からの脱却を試みるわけだ。しかし、そうして参議院選挙で勝ち改憲を狙っても、ハイパーインフレで経済は衰退するだけだ。
 しかも、円安の操作で輸出工作を狙うならば、食料やエネルギー資源を輸入に頼っている庶民は、その価格高騰で苦しむし、増大する失業者と借金のために、国富は目減りし日本は貧しくなります。

藤原 政治家にまともな歴史感覚がないのが、日本の致命的な欠陥だと断言できるし、アベノミクスは空虚な詐欺話に過ぎない。為替操作で円を切り下げたインフレで、景気の回復を狙った昭和初期の政策は、二・二六事件と軍国主義を招来させたし、財政破綻が大日本帝国を崩壊させている。
 だから、不況はインフレで克服できないことは、歴史における相似象の教訓から学べるし、市場を求めた昭和初期の膨張路線は、ファシズム政治の台頭の原因だった。景気の問題を取り沙汰するエコノミストは、星屑のように数えきれないほどいるが、何を論じてもバブルには中身がない。日本人は言葉の意味を考えないで、曖昧な気分でイメージ言葉を好むから、「八紘一字(※7)」とか「民活」と聞いて、それに陶酔し政治的に利用されて来た。

本澤 「合理化」や最近の「人権保護法」も同じで、首切りや利権維持の言い換えに過ぎないから、マスコミ用語には用心が必要です。アベノミクスはネオコン路線の別名ですか。軍国主義と詐欺政治がその正体なのか。

藤原 だから、欺瞞路線については他の人に任せて、不毛なアベノミクスの話は打ち切りましょう。そして、われわれは日本の運命を狂わせる、安倍が目指す憑依された政治の実体が、憎悪に基づく妄想であることを示す、新しい言葉を見つける必要があります。日本文化の和歌や俳諧の世界には、隠喩や換喩をはじめアナグラム(※8)の伝統があり、それを現代風に生かしたら面白いと思う。

本澤 具体的にはどんな形のものとして、それを考えたら良いのでしょうか。


***おぞましさと結ぶ異常心理とアベジェクシオン

藤原 アベジェクシオンという言葉を提案するが、これは「おぞましい」とか「穢らわしい」という意味を持つ、フランス語のアブジェクシオン Abjection(※9)の言い換えであり、ジュリア・クリステヴァ(※10)が精神分析の用語として使っている。アブをアベに置き換えることによって、おぞましい政治という感じを付与すれば、安倍にまつわる嫌悪や卑屈の感じが、響きの中で唸っていると分かる。文学的には『悪霊』(ドストエフスキー著)の登場人物の心理で、『恐怖の権力』(ジュリア・クリステヴァ著)の中の解説によれば、禁忌しつつ魅惑される営みを意味し、排泄物的な汚物への嫌悪感と結びつくから、異常心理の政治的な状態を現しています。

本澤 何となく安倍のイメージにぴったりですが、もう少し具体的な内容に触れてみてください。

藤原 それではこんな例でどうでしょうか。哲学者のアントニオ・ネグリ(※11)ならば、「スターリニズムとカトリシズムの野合」と書き、歴史学者のA・J・P・テイラー(※12)教授なら、「ナチス・ドイツとソ連邦の軍事同盟」と表現するでしょう。

本澤 それなら非常に分かり易い? ちょうど自公体制や公明党と共産党が、かつて協定を結んだ例にもよく似ているし、アホノミクスよりはスマートな感じです。

藤原 そうでしょう。政治同盟に結びつく状況だけでなく、本来の意味は錯乱状態を表す言葉で、組織体や場所が持つ同一性や秩序が、おぞましい状態で破壊されてしまい、嫌悪感を呼び起こすイメージがあります。だから、安倍が平和憲法を憎悪して改憲を叫び、北朝鮮に嫌悪と怨念を剥き出しにして、理性的な対応が出来ない精神状態までも、アベジェクシオンの概念に含まれています。

本澤 欧米流の概念ですか。安倍が追求するものに共通しているかもしれません。それは安倍の頭の中にある超極右路線が持つ、異常性についての説明になりますね。ナチス体制での新秩序の支配により、軍事力や経済力は強化されたヒトラー時代のドイツに似ていますか。

藤原 たとえば、従軍慰安婦問題についての安倍発言が、全世界から拒絶反応で迎えられており、彼の驕慢な態度が日本への不信として、根強く残っていることに結びつきます。クリステヴァのアブジェクシオンには、兵隊たちによる婦女子への強姦や虐殺をはじめ、子供を殺して内臓を引き出すという、見るに堪えない行為も内包します。また、原発の放射能拡散の放置や売国行為で、国民生活を犠牲にする暴政まで含み、今の錯乱状態の政治とも結びつく。その意味では、安倍が日本の首相になってから、何をしようと狙っているかに関して、理性的な目で観察することにより、日本人は危機感を持つ必要があります。

本澤 私もジャーナリストの一員として、平和と軍縮を志向する立場から、そのことを痛感し発言して来ました。日本のメディアは財閥を擁護しているし、手にした既得権を守るために、批判精神を失ってしまっています。そして、権力監視をやめて権力に屈して癒着してしまい、正確な分析や提言の役目を果たさず、危機に連座している。自ら暴政を意識しない安倍政権が、不正選挙や世論工作で参議院選挙に勝てば、憲法改悪に乗り出すのは明らかです。そうなれば、翼賛体制の下で軍国主義を目指して、日本はいつか来た道を突き進むし、国民は不幸のどん底に転落しかねません。

藤原 本澤さんのような良心的な記者が、ジャーナリズムの世界から姿を消して行き、サラリーマン記者ばかりになれば、日本の運命は地獄と同じになります。その点でこれからも大変だろうが、健筆をふるい大いに頑張ってください。◎




※1 ラチェット条項:ラチェットとは、一方にしか動かない爪歯車のこと。すなわち、いったん決めたら、後戻りは許されないという規定である。約定後、市場開放をし過ぎたと思っても、規制を強化することが不可能な条項である。ちなみに、このラチェット条項が入っている分野は、銀行、保険、法務、特許、会計、電力・ガス、宅配、電気通信、建設サービス、流通、高等教育、医療機器、航空輸送など多岐にわたり、米国企業に有利な分野ばかりともいえる。

※2 CSIS(Center for Strategic and International Studies 戦略国際問題研究所):米国ワシントンのジョージタウン大学内にあるシンクタンク。1964年に設立。ジョージタウン大学はアメリカにおける力トリック教会および、イエズス会創設の最古の歴史を持つ大学である。CSISはナチスの生存圏の思想を作ったハウスホーファーのナチス思想を米国に輸入する目的で、イエズス会のジョージタウン大学に作られたシンクタンクとして、地政学に基づく世界戦略を展開しており、対日謀略の司令塔であるともいわれる。ちなみに、小泉進次郎氏(小泉純一郎元首相子息)が2年ほど在籍していたともいわれる。また、渡部恒雄氏(渡部恒三氏子息)もジョージタウンで教育を受け、CSIS主席研究員として勤務し、現在は笹川良一氏設立の笹川財団(現日本財団)が創設したCSIS日本支部である東京財団の主席研究員といわれる。ちなみに、日本語に堪能なマイケル・グリーン氏は、CSISの現役日本部長であった。また、京セラの稲盛和夫氏がCSISに5億円を提供して理事に納まっているともいう。

※3 兵站:戦闘地帯を支える軍の諸活動・機関・諸施設の総称。物資の配給や整備、兵員の展開や衛生、施設の構築や維持などが含まれる。

※4 ヘリテージ財団:米国ワシントンD.C.に本部を置く保守系シンクタンク。1973年に設立。企業の自由、小さな政府、個人の自由、伝統的な米国の価値観、国防の強化などを掲げ、米国政府の政策決定に大きな影響力を持つ。

※5 小栗忠順:1860年、日米修好通商条約批准のため米艦ポーハタン号で渡米し、日本人で初めて地球を一周して帰国した。その後は江戸幕府の財政再建や、フランス公使レオン・ロッシュに依頼しての洋式軍隊の整備、横須賀製鉄所の建設などを行う。薩長への主戦論を唱えるも容れられず、罷免。戦後、明治政府中心の歴史観が弱まり、小栗の評価は見直された。

※6 久保木修己(1931〜1998):世界基督教統一神霊協会(統一教会)の日本の初代会長。

※7 八紘一宇:『日本書紀』巻第三の神武天皇の条にある「掩八紘而爲宇」から作られた言葉で、天下を一つの家のようにする意。転じて第2次世界大戦中に大東亜共栄圏の建設の標語のひとつとして用いられた。

※8 アナグラム(anagram):単語または文の中の文字をいくつか入れ替えることによって全く別の意味にさせる言葉遊びのこと。例として、Christmas = trims cash(クリスマス=現金をすり減らす)、「さかとも えり」は、「ともさか りえ」(本業は女優)の名前にアナグラムを施し、彼女の歌手名としたもの。また、「いろは歌」は47文字の仮名を並び替えて意味のある文にしたアナグラムとも言える。

※9 abjection:英語でも、下賎(げせん)、卑屈などを意味する。

※10 ジュリア・クリステヴァ(1941〜):ブルガリア出身のフランスの文学理論家、著述家、哲学者。

※11 アントニオ・ネグリ(1933〜):イタリアの哲学者、政治活動家。主にバールーフ・デ・スピノザの研究や、カール・マルクスの研究で知られる。

※12 A・J・P・テイラー(1906〜1990):イギリスの歴史家。ヨーロッパ近現代史専門。『第二次世界大戦の起源』(1961年刊)では、ナチス・ドイツの総統であったアドルフ・ヒトラーの評価を巡って大きな論争が持ち上がった。


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