『財界にっぽん』2005年8月号



特集『ルルドの泉の秘密を求めての巡礼紀行』

万病を癒すという聖水が湧く土地を探訪する

文と写真 藤原肇理学博士(構造地質学専攻)



力トリック教徒の聖地ルルドの泉

 スペインとフランスを区切るピレネー山脈は、大西洋から地中海に向けて東西に延びており、北麓に位置するルルドはカトリックの聖地で、毎年のように500万人ちかい信者たちが、巡礼として奇蹟の泉が湧き出す洞窟を訪れる。

 8月18日から一週間続く[ルルドの大祭]の時には、ヨーロッパ中から臨時列車が仕立てられ、集まった信者や病人たちが讃美歌を歌いながら、マサビエル洞窟を出発して聖体を捧げて町を行進する。

 人口3万人の山隘の小さなルルドの町に、4万人を収容する療養施設が存在するのは、マサビエルの洞窟から湧く霊験あらたかな水が、病気を治癒する奇跡の力を持つと言われるからで、ここは世界でも珍しい病人が主人公の町だ。それだけに、長野の善光寺や四国の巡礼札所で感じるような、巡礼たちへの慈愛の気分が町中に漂っており、自分の人生に何の悩みもないと発見した人たちは、思わず天の恵みを感じて微笑むに違いない。

 ルルドの奇蹟の発端は1858年2月に遡る。

 零落した粉屋の娘の14歳のベルナデットが、薪集めにガブ川に沿って歩いていた時に、洞窟の前で一陣の風が吹いたと思ったら、明るく輝いた光の中に白装束のマリアが現れ、自分は[無原罪の御宿り]だと名乗って、顔を洗ってから泉の水を飲むようにと告げた。

 そして、来世での仕合せを知らされたのであり、この水で不治の病も治るという噂が広まったことで、洞窟の上に大聖堂(バジリカ)が建造されたのである。

奇蹟を求めてルルドを訪れる巡礼たちの喜悦

 町から大聖堂のある聖域(サンクチュエール)へ続く坂道の両側は、おみやげ屋や食べ物屋が軒を並べて賑わい、マサビエル洞窟から湧き出す聖水のお蔭で、水を入れる水筒やポリタンが店頭に並ぶが、聖水が数あるオミヤゲの中でも最高である。また、聖域に入ると宗教画や聖像が並んでいるし、騎十団の正装をした巡礼や観光客と共に、患者たちを車に乗せて洞窟と浴槽に導く行列が目立つ。

 火は生と死と共に善と悪を象徴しているから、太古の昔から懲らしめや浄化に使われており、宗教的な儀式にローソクの役割は重要だ。だから、大聖堂の脇で人びとはローソクを購入するが、中には自分の身長より大きなものを捧げて、それに清めの炎を点火して供養と祈念を託す人もいる。そう言えば、宇宙神ゼウスから火を盗んだプロメテウスは、予め良く考えるという意志と分別の象徴であり、人間に独立精神と文化革命を教えた大恩人だし、松明や篭火は幸せを願う原始儀式の基本である。

 ルルドの泉は不思議な治癒力を持つために、聖水の霊験にあやかるために体を清めたり、この水を心行くまで飲んで行く人が多いのは、火と共に生命の根源を象徴するのが水だからだ。また、大きなポリタン一杯に聖水を詰め込んで、オミヤゲとして持ち帰るのは喜びだし、遍歴の成果として遠路はるばる持ち帰った、ルルドの水の威力を隣近所にお裾分けして、無病と長生の喜びの種に使うのは楽しみでもある。

 巡礼の最終目的地はマサビエル洞窟であり、ベルナデットが聖母マリアから教えられた泉が、石灰岩を挟って奔流になって流れる様子は、ガラスの覗き窓を通じて観察できるし、頭上の岩窪には白衣のマリアが鎮座している。そして、マサビエルの洞窟を作る頑強な石灰岩を基盤に使って、その上にノートルダム大聖堂が建設されているし、付帯設備として聖水に全身を浸す浴場があり、湯治のためのサナトリウムになっている。

ルルドの泉の秘密のヒミツ

 孫悟空は岩から生まれた神通力を持つ猿だが、この物語りの真髄は錬丹術(錬金術)の秘伝として、岩石で出来た地球が生命の母体であり、生命は石を母に持つことが寓意の中心にある。石が火(日)と水によって風化して土になり、この上の中に日(太陽)と水の恵みで生命が生まれ、ヒ(火)とミ(水)とツ(土)の組み合わせの神秘が、ヒミツ(秘密)をもたらすという謎解きが平安時代にはあった。

 日本人は温泉や聖泉にまつわる秘密が大好きで、養老の滝や仙人水と名付けて陶酔するが、水は岩や土との接触を通じ変質や変性を遂げ、生命力を活性化する働きを高めるとすれば、ルルドの泉が誇る絶大な治療効果も、岩石に由来すると考えるのは科学的だろう。だが、ほとんどの人は物体としての水に注目して、場としての岩石や地質環境を見忘れており、水の霊力を奉って有難がる傾向が濃厚である。

 マサビエル洞窟を注意深く観察するなら、構成している石灰岩はジュラ紀最上部のポートランド層で、断層構造に伴う破砕状角礫岩(ブレッシア)化作用によって、カルシウム(Ca)のマグネシウム(Mg)置換で石灰岩が苦灰岩になり、微細な石膏の結晶が発生しているのを確認できる。この石膏質炭酸塩鉱物の存在は重要であり、同じポートランド層の石灰岩のドロマイト化は、神託で名高いギリシァのデルポイ神殿でも、私が学位論文をまとめるために5年過ごした、海岸アルプスのサン・トウバンでも共通の現象だ。

 だから、断層破砕に伴う変性石膏のエマネーション(発散作用)によって、未知の生命活性作用を促すとも考えられる。だが、そんな現代科学のレベルで説得し得ない、重力の場に関わる問題が関与しているかも知れず、地球の経絡のツボに結びつく可能性もある。

 それは1912年にノーベル生理・医学賞を受賞した、アレクシス・カレル博士が若き日の体験として、「ルルドヘの旅」(春秋社)の中で驚きと共に報告した、死にかけた娘が数時間の内に回復した奇跡や、コス島のアスクレピオンの湯治場の石膏礫にも結びつく。また、ルルドの南に広がる上石灰岩の衝上構造は、ダイナミックな地殻のうねりを記録しており、地球が秘める壮大な生命力の躍動を感じさせるが、大地の地場と鉱物共振が人間に治癒力を付与するにしても、秘密の謎は未だ手つかずのまま残されている。






解説 「ルルドに学ぶリクリエーション施設の経営を綱抜くノウハウ

明智秀康(経営コンサルタント)


「ルルドという地上最大のリクリエーションの場」

 ピレネー山脈の山麓に位置しているルルドの町は、病人を治癒する霊験あらたかな泉が湧くので、毎年のように全世界から500万人もの人が訪れ、世界で最も名高い聖地巡礼のリゾートだが、同時にリクリエーションを目指す湯治場でもある。

 十九世紀半ばに発見されたルルドの泉の治癒力は、カトリック教会のお墨付きを貰ったことも影響して、難病でも治すことで知られているために、ヨーロッパ中から奇病の患者が集まるだけでなく、バカンスを楽しむ観光客が訪れている。そして、聖水を汲んで持ち帰るために旅程の中に組み込み、家族揃って訪れるので重要な観光地になっている。

 泉が湧く石灰岩の上に建つバシリカ聖堂を中心に、泉の湧き出し口の近くに湯治施設や多くのサナトリウムも揃っており、巡礼用の門前町に沿ってホテルも並んでいる。それだけではなくて、マサビエル洞窟の上に聲えるノートルダム大聖堂を囲む周辺地域は、サンクチュアリー(聖域)と呼ばれて神聖な土地として保護され、いつも清潔で爽やかな状態に保たれているのである。

「ルルドの町からノウハウを学んだデズニー・ランドのビジネス・ノウハウ」

 毎年のように絶え間なく訪れる巡礼の賑わいを見て、これを近代的な遊園地の形でまとめ直したら、素晴らしいビジネスになると考えたのが、アメリカ的な夢をビジネス化する才能に長けた、マンガ映画を作っているウォルト・デズニーだった。

 宗教を御伽噺で置き換えて賽銭を入場料に改め、健康のための聖水をソフトドリンクで置き替え、奉仕活動をするボランティヤーの人たちは、安い賃金でも働く若い人たちを配置することで、ルルドのやり方を遊園地の経営に応用したのである。

 日本の学問は明治の頃から外国からの輸入品であり、英語から翻訳した、一次情報に頼っている。だから、デズニー・ランドの原型がルルドとは知らずに、日本人は高いロイヤルティーをアメリカ入に払って、東京にデズニー・ランドを作って喜んでいるし、お客も造品に満足してビジネスとしても盛況だが、原点のルルドに行くことを誰も考えない。また、日本での成功に有頂天になったデズニー本社は、一.匹目のドジョウを狙ってパリの郊外に進出して、ヨーロッパ最初のデズニー・ランドを作ったが、それがルルドを模倣した張りボタだと見抜かれてしまい、フランス人を騙せず経営的に失敗している。本物のルルドを知っているフランス人にしてみれば、模倣作のデズニー・ランドなどはお笑いである。

「日本でデデズニー・ランドが成功した秘密は清潔感にあった」

 バブル時代に作った宮崎の「シーガイア」を初めとして、第三セクターを使った日本の思いつきの観光施設は、目算が狂ったために続々と倒産している。それは箱物の施設を作ればお客が来ると安易に考えて、その背後にあるノウハウの重要性を見落とし、カネを儲けることだけを考えたからである。マニュアルに従って二次情報を真似るのではなく、どこに一次情報源があるかをじっくりと考えることで、どっしりと歴史に根を持つ情報の原点が見つかる。

 このように考えて東京デズニーランドのビジネスが、他の遊園地経営に較べて成功していて、そこにルルドと共通しているものが存在しており、それが成功の原因になっていると読み取ることが可能になる。それは何か。

 ルルドはキリスト教徒にとって奇蹟と結ぶ聖地であり、日本の神社の境内や山岳仏教の街づくりを観察して、汚れのない清潔な感じが大事であることに気づいたウォルト・デズニーは、歓楽地に特有な不潔感を排除することが決めてだと理解し、それを東京デズニーランドに取り込もうと決断した。

 そして、清掃する人たちは汚い仕事をするのではなく、綺麗にする仕事の主役だと位置づけて、「清潔仕事を演じる主人公」としてコスチュームを身につけ、お客さんと一緒に会場に清潔な雰囲気を盛り上げる、保護者とか管理人の響きを持つ「カストーディアル」と名づけたのだ。

 日本人は昔から清潔好きの民族だというが、観光地はどこでもゴミが散らかり汚れが目立つのに、デズニーランドにはゴミの山や自動販売機はなく、総て人間が食べ物や飲み物を扱うヒューマンタッチで、ゴミの山もなく気持ちがいい。これがデズニーランドの成功の秘訣であるが、それに較べて日本の町や鉄道の駅は自動販売機ばかりである。手抜きを嫌う日本人が自動販売機で手抜きを受け入れ、日本人が日本の生活環境を味のないものにしているが、ルルドの町の楽しさはヒューマンタッチであり、人間の原点と結びついているのである。

 ピレネー山脈の山裾にあるルルドを訪れれば、百年以上の歴史を持つ巡礼地の持つ牽引力が、高野山や立山の宿坊施設と共通であり、そこに聖地とリクリエーションの組み合わせが持つ魅力として、清潔感とヒューマンタッチを生かしているところに、貴重なノウハウがあると気づくのである。

 コンクリートとガラス張りの町並みの中に、自動販売機が並ぶような味気ない街づくりをしたことが、どれだけ日本の文化を損なっているかを思う時に、ルルドの町にヒントを得たデズニーランドが、東京で成功した秘密の持つ面白さを痛感させられるのである。


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