低迷日本の悲劇とアジア経済の活路

黄天麟(台湾・総統府・国策顧問)
藤原肇(フリーランス・ジャーナリスト・在米)



台湾からアジアを見る視点

藤原 この前お目にかかって対談したのは、アジアが金融危機で大混乱していた時で、黄さんは第一商業銀行の会長(董事長)でした。あの時の議論は「LA INTERNATIONAL」の1998年5月号に掲載され、「アジア経済危機の真相」と題して拙著「理は利よりも強し」(太陽企画出版)に収録し、読者に共感を持って読まれたそうです。
 あの時から3年が経過して現在の黄さんは、台湾政府の国策顧問に就任しており、政治的にも大きな影響力を及ぼす立場です。そこで今日はバンカー時代とは違う視座で世界を眺め、アジア諸国が直面している問題から始めて、将来の展望に至るまで議論したいと思うのです。

 藤原さんは発言しづらい問題まで切り込むので、どんな形で議論が進むか多分に心配です。だが、アフガニスタンで戦争が始まっているが、日本や中国大陸を巡る動きがここに来て流動的だから、経済問題を中心に意見を述べ合いましょう。

藤原 台湾から観察すると日本や中国のことが良く見えるし、アジアから次元を地球のレベルに上げることで、21世紀における問題点の諸相が明確になり、現在が歴史の重大な転換点に位置していると分かります。
 だから、米国に住む私は世界中を駆けまわって、歴史の証言を記録しているのですが、日本の現状が余りにも情けない状態なので、批判的な発言を敢えてしていることもあり、日本の権力者には煙たがられているようです。

 日本を思う藤原さんの気持ちは著書に表れていて、私も憂国の書としてあなたの本を読み、世界の側から日本を見る視点の意義を感じました。
 だが、残念なことにアジアの将来を考える上で重要なのに、中国大陸についての切り込みが不十分だから、今回の議論の軸に中国問題を置いて展開すれば、きっと実り豊かなものになると思います。

藤原 では、中国問題を背景に見据えながら、混迷に陥っている日本経済を金融政策の面で、こう思うという問題点の指摘から始めて下さい。

 日本のためということでアジアの立場で発言すれば、経済的にアジアで最も大きな力を持っていた日本が、中国にイニシアティブを奪われているために、アジアの安定を崩す原因になっているという現実がある。どうして中国が立場を強めたかと言えば、生産基地としての経済力を高めたためであり、本格的に中国が市場経済に踏み出したからです。
 かって、北京政府が共産主義路線を取っていた時には、日本はアジア最強の経済力を持つ国として、中国を抜きにして経済政策を推進しても、何も問題なくやることが出来ました。
 ところが、現在では日本が経済的に低迷している中で、中国経済は好況を呈しているだけでなく、日本の人口の十倍である12億の人民を背景にして、1979年の路線転換で市場経済を推進しているので、そのエネルギーを無視できなくなりました。


他力本願の資金に頼る世界の二つの覇権大国

藤原 でも、中国の国有企業のほとんどが機能マヒに陥り、経営破綻の深刻な問題を抱え込んでいて、日本の公団や事業団と同じで、時限爆弾化していますよ。

 確かに経営上の破綻は誰の目にも明らかだし、大陸沿岸部と内陸部の経済格差は歴然としています。それに、中国の市場規模は日本に比べて未だ小さいが、現在の段階では生産規模も小さいとは言え、生産力が持つエネルギーには、注目が必要です。

藤原 しかし、現在の中国はカジノ経済でバブルが膨張しており、こんな人為的な好況がいつまでも続くわけがありません。当事者は好況が永遠に続くと思うが、好況の実態がカジノ経済である以上は、いずれ何かのきっかけで行き詰まります。

 だが、日本がバルブ崩壊後の政策上の不手際で、あれだけの日本経済が死に体になったのを目撃した北京政府は、同じ醜態は避けて切り抜けるつもりでいます。

藤原 人材がいないために事態の悪化を放置し、日本政府は責任追及を避けて問題を先送りして、犯罪人たちに任せ続けたのが失敗の原因です。

 北京政府なら責任者を遠慮せずに処分して、銃殺でも財産没収でも断固としてやります。また、内乱を恐れず体制維持に全力を上げるにしても、実際の市場経済はしぶとく生き残るから、人民経済が持っているエネルギーは強力です。

藤原 世界には他力本願の詐欺経済の覇権国があり、西の横綱が外国からの資金流入に頼る米国で、東の大関が他国の技術と投資を当てにして、低賃金と市場規模の手品を操る中国です。米国は金利差の魔術でTボンド(30年物の財務省債)を使い、利息を払って元金を人質にする手口ですが、ユーロの登場で魔力に陰りが出ている。
 また、中国ではカジノ経済が未だに賑わいを見せており、12億の市場という蜃気楼は、消えないでいます。

 だから問題なのです。12億人の市場という中国お得意の約束手形は、規模は未だ小さいが工業生産力が秘めるエネルギーは厄介です。
 このエネルギーを育てた要因には二つあり、一つは過度に切り下げられている人民元でして、もう一つは米国や日本のものを軽視できないが、台湾から中国に流れ込む資本と技術があります。

藤原 日本や米国より台湾の資本や技術の方が、中国に影響力を及ぼしているとは初耳だけど、情報としては非常に貴重だと思います。


極端なまでに切り下げられた人民元の威力

 そうなんです。香港の存在を無視すると暴論の印象を与えるが、投資規模では台湾と香港では比較にならないのであり、どう見ても台湾からの進出が圧倒的です。また、他の国が中国にどう進出しているかについては、先ず言葉の上での問題が障害になるために、直接的な資本と技術の移転が難しいわけです。台湾人なら大陸に乗りこんでも言葉が通じるし、同じ中国系として何も隠す必要がないと考えて、気を許してしまうという欠陥に支配されることが、台湾のビジネスマンには目立ちますが。

藤原 台湾人が進出したのは対岸の沿岸部だから、同文同種という気分も強いのでしょう。

 そうも言えます。だが、それより遥かに大きなインパクトを持つのは、人民元が目茶苦茶に切り下げられていたので、それが中国の生産拠点としての魅力に映り、経済における蜃気楼現象を生み出した点です。
 具体的に数字をあげれば簡単に納得できまして、1980年に人民元とドルの比率は1.5対1だったが、1990年にはそれが5.3対1になっており、1995年から現在までは8.3対1です。

藤原 80年から現在に至るまでの間に、日本円はドルに対してほぼ2倍に切り上がっているので、人民元に対し16倍も高くなったわけです。

 1980年頃の日本円はードル260円くらいで、1995年にはードルが100円になったから22倍になり、今は135円だから18倍ほどだから、どんなに大きな差が出来たかを考えてみて下さい。かって20年前に日中間のコスト差が1対1だったのに、現在は為替レートの変化で日本商晶のコストは、驚くなかれ20倍ちかくも暴騰したのです。
 それは、日本の企業の競争力が18%に低下して、中国製の商品にかなわないことを意味するから、日本国内で生産する限り市場で敗北するのです。

藤原 それは日本にとって実に恐ろしいことであり、メーカーが幾ら合理化しても競争で負けるから、苦し紛れに工場を海外に移転せざるを得ず、見るも無惨な失政の尻拭いをやらされたのです。しかも、日本の産業界は空洞化してしまったし、逆に中国は日本の資本や技術を手に入れて、工業生産力を高めて経済発展をしたのです。

 肝心なのは日本が中国には余り出ておらず、どこに行ったかというと東南アジアであり、アジア諸国の経済発展に大貢献した点です。日本が中国に進出する可能性もあったが、日本人が行ってもまともな取引は無理だから、実行したのは一部の大企業と銀行が中心でした。台湾人や華僑が上手にやるのを見れば面白くないし、中国人の本音は反日だから騙されるだけであり、日本人は米国の市場の方が好きなはずです。


アメリカ市場を中国に明け渡した台湾の教訓

藤原 かつて私は商社のコンサルタントをやったので、日本の商社ビジネスの実態を知っていますが、商社レベルでは中国の役人とは渡り合えず、自分の資金ではない政府の援助資金を使うだけであり、本当のビジネスはとてもやれないのです。日本人は真面目に働いて一生懸命やるのだが、複雑な人脈や幇が絡んで裏がある中国人社会では、その中に潜り込んでやれる人材は皆無に近いし、そんなノウハウを持つ日本人はいません。

 話を人民元の問題に戻しますと、初め頃の中国には生産力も技術もなかったので、幾ら人民元を切り下げても大した効果はなかった。だが、1980年に40対1だった台湾元と人民元の比率が、1990年には25対1になったし、1987年に台湾の為替が自由化したこともあり、コストが倍になって競争力が衰えたので、台湾の資本と技術は大陸に大移動を開始しました。しかも、台湾にとって致命的になったことは、資本や技術の流失だけでは終わらなくて、アメリカ市場を中国に明け渡した事実です。

藤原 それは重大な指摘です。日本も自動車や工作機械などの例外を除いて、電化製品や雑貨では米国市場を中国に奪われたし、今では国内市場も中国製品に席捲されています。

 でも、日本の商品は未だ米国市場では強くて、健闘していると私は思っています。

藤原 そうでしょうか。日本の商品は商標をつけて勝負したのに対して、台湾はOEM(相手先プランドによる生産)を主体にした製品が中心のために、ブランドを持つ会社が台湾から中国に切り替えたのでしょう。
 完成品には生産国の名前をつけるが、部品にはいちいち生産地の名前は書かないから、コンパックやHPのマークが付いていれば、アメリカ人たちは米国の会社の製品だと考えて、生産国がどこかを余り気にしないせいです。

 それにしても、米国市場が中国に奪われてしまったことは、台湾の産業界にとって大変きついボディブロウでしたが、この経験は日本にとって教訓になるはずです。


アジア金融危機の原因は人民元だった

藤原 そうですね。現在の日本経済は長い不況で体力を消耗したから、アメリカだけでなく国内市場の確保も難しくなり、色んな分野で中国製品にやられています。

 日本人はアメリカ政府の顔色ばかりを気にして、円切り上げの圧力の苦しみを切り抜けるために、国内産業が空洞化するのを放置したので、結果として中国経済の強化を推進したのだから皮肉です。本当は円高ではなく人民元の切り上げが、アジア全体にとって必要な方策だったのに、その逆をしてしまったのは非常に残念です。

藤原 クリントン政権の歪んだアジア政策のせいもあります。だが、日本の政治家と大蔵省の役人は日米関係だけを考え、アジア全体の利益について配慮しないで、アメリカの戦術に煽られてうろたえてしまい、その場逃れの対応で円高に振り回されたのです。

 日本の企業が東南アジアになだれ込んだお蔭で、短期的な繁栄が生まれているが、生産技術や外貨準備高などで見た場合、日本と東南アジアを一緒にした数字よりも、実は台湾と中国を合わせた数字が大きかった。しかも、過度に引き下げられていた人民元に対して、切り下げるべき日本円が逆に切り上がったので、皮肉なことに台湾と中国の国際競争力の方が、日本と東南アジアの合計より強くなりました。
 その結果として、出現したのが東南アジアの金融危機であり、日本の国際競争力の低下を見越した上で、投機筋が日本の足を掬って打撃を与えたのに、メディアはそうは報道しなかったのです。

藤原 アジア諸国はドルとのペックを採用していたから、中国に較べて競争力では劣勢に立たされ、そのハンディキャップを狙い撃ちされたのです。

 しかも、1997年の金融危機に見舞われた後で、東南アジア諸国や韓国は通貨を切り下げたが、日本だけは円を切り下げずに円高を放置しており、それが日本経済の体力を徹底的に消耗させたのです。

藤原 中国の逆手を取る戦法で外交をすべきだったのに、今の日本にはそれをやる政治家が不在だし、外務省は裏金作りに熱中していたので、人民元を切り下げなかったと恩に着せたのです。
 アメリカに住む私が訪日して体感するのは、物価水準で見ればードル250円くらいの貨幣価値だから、円安の方向で金融政策をリードすべきです。

 マスコミは円が下がるとドル高だと騒ぐが、250円はともかく200円辺りが適正だから、過去のバカげた円高の修正だと考えるべきです。そして、手遅れになる前にそれをしておかない限り、日本の国際競争力は完全なまでに消失して、世界の市場は中国製の商品の洪水に覆われ、日本列島が工場廃櫨にならないかと心配です。


日本は米国の先制攻略(イニシアチブ)で叩きのめされた

藤原 日本人は如何に円高を乗り切るかだけを考えて、その対応に忙殺されていたのが過去15年間でした。その始まりは中曽根内閣時代のプラザ合意だが、黄さんと議論したことで問題の本質が円高ではなくて、人民元の過小評価の固定だと分かりました。
 それにしても、円高を日本経済の実力の反映だと思い込みアジア全体の経済体質に目を向けないで、日米関係の枠の中だけで一時しのぎに終始し、過去10年間つづいた不況に悩んで国力を消耗したのは、政治の不在を証明する見本みたいなものです。

 経済大国という意識にすっかり陶酔してしまい、バブル経済を野放しにして狙われる隙を作り、産業界の活力を奪う円高攻勢に煽られたことが、最初の段階で日本人が犯した過ちでした。
 だが、バブルでも経済における状況は悪いことでなく、問題はバブルが弾けて絶頂を過ぎた後の不始末に対して、厳しく取り組まなかった失敗が、致命的でした。

藤原 海部内閣から宮沢、細川を経て橋本内閣まで、党利党略と汚職に明け暮れた日本の政治が、経済を現在の悲惨な状況に導いたのです。また、指摘されたバブル経済を生んだ円高の実態というのは、日本の国力を疲弊させるための戦略であり、[構造障壁粉砕の先制攻略]を意味していたのに、SII(ストラクチュラル・インピーデイメント・イニシアチブ)を[日米構造協議]と訳し、インチキな役人言葉で誤魔化したので、経済の実態が見るも無惨なものになり果てたのです。

 [日米構造協議]という言葉から受ける感じは、和やかに話し合うという雰囲気を持っているが、インピーディメントという障壁の意味が脱落しており、本質は物凄い攻撃の意志を現していたわけです。しかも、伝統と密着する構造は協議で変化などしません。

藤原 悪質な誤訳を役人がわざとやったのです。あれは自民党が犯した実に酷い外交上の敗北であり、そのお蔭で日本政府は10年間にわたって、500兆円に近い公共投資を約束させられ、資金をゼネコンに吸い取られてしまいました。

 障害物を取り除くという言葉の隠蔽で、日本は障害物に押し潰されたわけです。

藤原 政府がアメリカの基本戦略に盲目だったせいです。ソ連を崩壊させたスターウォーのSDI(ストラテジツク・ディフエンス・イニシアチブ)と同じで、イニシアチブは相手を徹底的に叩きのめすために、先制攻略を発動して君臨し続けるのです。日本の政治家や役人たちの弛んだ頭脳では、高度な戦略発想への理解は不可能であり、日本の産業界の活力は削り取られてしまいました。

 日本がアメリカと共存するためにはコンプロマイス(協調)して、どうすることが最良かという国策を打ち立てれば、一方的にねじ伏せられることはないはずです。しかも、日米という限られた二国関係の枠だけでなくて、中国を含めた三国間の関係として捉えるなら、人民元の不当な安値を外交力ードに使えたはずです。


人質としての外貨準備と捨て金になる借款

藤原 日本の政治にそれを期待できない良い例が、バブルの時の不動産投機で潰れた長銀であり、4兆円以上も税金を注入したというのに、それをリップルウッドという怪しい投資会社が、僅か10億円のノレン代で入手しています。同じように戦後50年を費やして築いたのに、財界のトップを老人たちの君臨に任せたので、日本の経済体質を骨抜きにされてしまっても無自覚です。
 しかも、インタンジブル(掴み難い)でソフトなものを苦手にしたまま、積極的に人材を育てて来なかったために、デリバティブやインテリジェンスの戦いでやられてしまい、経済敗戦により亡国の淵に立っているのです。

 それはアジア各国に共通する欠陥でもあるから、日本人をそんなに責めても余り意味がなく、欧米の列強が資本主義を作って来た以上は、見劣りすると嘆いても仕方がありません。数学やインテリジェンスは彼らが発展させ、内容を複雑で高度のものにして来たのだから、人材を育てて活躍させることが大切です。

藤原 昔から貯蓄好きな日本人と中国人であり、日台中の三国は巨額の外貨を蓄積して、それをニューヨークのTボンドで運用しています。しかも、円とドルの金利差が4%であるという手品につられて、米国に資金を提供して利息を喜んでいるが、円高のために元本が大幅に目減りしてしまった。
 だから、とても利息で穴埋め出来ないというのに、米国が得意にする借金政策に引っかかり、資産を骨の髄まで食い荒らされているのです。

 それは大国であるアメリカだからやれるので、幾ら台湾が高い金利を払うと宣伝しても、誰もカネを持ってこないのは自明の理です。ただ、アメリカと似た手口を使えるのは中国であり、今のところは低賃金やマーケットの大きさで、これを手品の種に使って宣伝しているのにつられて、台湾人がせっせと大陸に投資しています。
 将来はこの手口をインド人が使うようになり、世界中から資金をかき集めるかも知れないが、現在は台湾人がこの魔術に引っかかっているだけでなく、日本人やアメリカ人も誘い込まれているし、ヨーロッパ人までが中国に色目を使っています。

藤原 20世紀の歴史は列強が中国に進出して、莫大な借款を提供して工場を作ったと記録しているが、全部踏み倒されて一銭も回収していません。ロシアと日本は満州に巨大な投資をしているし、列強は中華民国政府に借款を供与しており、アメリカも蒋介石に28億ドルの軍事援助をしました。
 だが、中国政府が借りたカネを払った例はなく、他国に預けたり貸したカネは捨てたも同然で、返してもらえると思うのは心得違いです。


中国が世界貿易機構(WTO)に参加した影響

 身ぐるみを剥がされて元も子も失ってしまい、全て無くなると分かっているというのに、日本の円高と人民元の過小評価に眩惑されて、資本の有効な使い道に困った台湾人は、中国大陸に殺到して出かけて行ったのです。

藤原 そうですね。過小評価されて極端に安い人民元の威力は、中国政府にとって最強の武器として使えるから、そのメリットを最大限に使い続けるでしょう。
 だが、それを放置していたらアジアの経済は完全に破綻して、中国に市場を制圧される破目になるから、肉を切らせて骨を切る戦術を活用することです。人民元を相対的に切り上げるために円安を誘導し、アジア諸国も連動させて通貨の切り下げを試み、現在の不合理な通貨体制を再編成するためには、思い切った陽動作戦が必要になります。

 実際に簡単に行くとは考えられないけれども、純理論としてはその発想が要ると思います。このままズルズルと人民元安を放置すれば、日本経済は空洞化で全滅してしまうから、たとえ一時的に通貨の混乱が起きるにしても、起死回生を狙うためには大胆な挑戦が必要です。しかも、米国の経済も安泰ではあり得ないのだから、日本に代わり中国が経済大国として君臨して、アジアの盟主になったら恐ろしいことです。

藤原 でも、中国のWTO加盟によって状況が変わり、行く手に巨大なハードルが待ち構えているので、自由市場の経済と共産党支配が桎梏になって、大混乱に陥るのは避けられなくなって来ます。アメリカの長期戦略の基本パターンは、味方として育てた者を敵に仕立てて切り捨てることであり、イラクも日本もこの手口を使われたが、TWOに誘い込まれて乗せられた中国の将来が、イラクの鏡像にならない保証はありません。しかも、黄さんの專門分野だからご存知の通りで、脳死に近い日本の銀行よりも酷いのが、支離滅裂に陥っている中国の銀行の実態であり、金融システムと呼べない状況にあります。
 日本はダメな銀行を生き延ばすために税金を投入して、政治的な誤魔化しを続けて経済力を消耗したが、中国の場合は投入する資金も政府になく、外国からの投資や借款に頼って綱渡りをしています。だから、何かが切っ掛けで混乱の収拾がつかなくなり、共産党の支配体制は崩壊せざるを得ません。


崩壊寸前の中国の銀行が潰れない理由

 共産党の支配体制は藤原さんが断言したように、失政のせいで大陸全域に広がる混乱が原因で崩壊しても、日本と違って大陸の銀行は全滅しません。大陸における共産党支配崩壊の可能性については、李登輝前総統が何年も前から言って来たし、何故、台湾独立論が台頭したかの思想的な背景に、その問題が大きく関係しているのです。

藤原 私もそう思います。李前総統の台湾独立論の表の意味は、台湾が国家として独立した存在だという悲痛な主張だが、裏の意味は大陸の共産党と台湾の国民党の破算です。同時にそれは日本の自民党体制の解体を通じて、対米従属で領土以下の存在である日本に対し、独立しろというメッセージだと私は読みました。

 それは読み過ぎです。ここから先は危険領域だから銀行の話に戻せば、中国が金融破綻を予想されているにもかかわらず、現実の経済はどんどん勢い付いていて、毎年7%の成長を維持している点が問題になる。大陸に行けば新しいビルがどんどん建っており、幾つかの銀行は経営破綻のために潰れても、投資した外国の企業が損害を蒙るだけで、今の所は中国政府は打撃を受けていません。
 そして、2008年の北京オリンピックを口実に使い、建築ブームが未だ5年以上も続くと宣伝して、外国からの投資を呼び込むのに大童です。
 なぜ中国経済が行き詰まらないかと言えば、それは台湾が毎年100億ドル(1.3兆円)を注ぎ込んでいるからで、年間100億ドルというのは巨大な資金です。

藤原 毎年100億ドルも台湾が投資しているとは驚きです。

 この100億ドルが台湾から毎年入る以上は、どんなに銀行が酷い状態でも中国は潰れません。それに加えて金額としては小さいが、東南アジアの華僑の資金も流れ込んでいます。中国の銀行制度がデタラメなのは確かだが、逆にこのデタラメさが強さになるために、あなたがいう経済破綻には簡単にならない。なぜ銀行が潰れないかの理解においては、日本の例に影響され過ぎていることもあり、日本と中国の違いについての認識が異なっているために、藤原さんの判断が厳し過ぎると考えます。

藤原 そうですか、それなら中国の金融破綻が起きない理由は何ですか。

 資産価値の萎縮が大きくなり過ぎることが、一般には銀行が潰れる上での根本原因です。銀行はキャピタル(資本)は小さいがレベレッジ(挺子)効果が大きく、アセット(資産)とライアビリティ(負債)の関係で均衡しており、大抵の場合は資産が十分の一にならない限り潰れません。
 それでは資産は何かというと貸し付け金であり、それは不動産によって担保されていまして、不動産価格が十分の一になれば銀行は潰れ、これは世界のどこでも通用する大法則です。

藤原 その大法則を熟知することが経営の基本であり、日本では不動産価格が十分の一になったために、銀行は動きが取れなくなってしまいました。
 バブルに狂った銀行のトップの無定見が大きいにしても、最終責任は自民党と組んだ大蔵官僚と共に、日銀の判断の誤りが金融破綻を招いたという意味で、日本の政治全体が無能だったのです。

 経済政策の面でアジアの優等生だった日本人が、どうしてあんな酷い不手際を演じたのか不思議であり、全く信じられないほどの大失敗でした。中国では日本のような失態を放置する愚行は許されないし、土地の値段が大暴落するのを防ぐ政策を考えます。


日本の外交上手が日本を国家破滅から救う

藤原 中曽根バブル以来の過去15年間の日本は狂乱の政治と形容しなければならないほど、見るに堪えない支離滅裂な状態が続いたのに、それを明らかにするジャーナリズムが不在でした。その結果が、現在に見る不始末の山でして、日本の公的債務残高は700兆円に迫り、85兆円の国家予算の10倍ちかくだから、1000兆円の大台になる前に国家破産に陥るし、その回避を実行する人材がいないのです。
 だから、CIAの非公式ウェブサイトと言われるサイト情報には、最近よく[ジャパニーズ・メルトダウン]という表現があるので、何とも気持ちが悪くて仕方がないのです。日本が経済的に行き詰まって破産しないために、どうすべきかという政策上の措置として、緊急に手を打てば役に立つ画期的なものがありますか。

 これだけ危機的な状態に陥った金融界に対して、特効薬といえる政策を見つけるのは難しいが、不動産暴落の底を早急に確認することで、銀行の資産価値の復旧を試みるのが第一でしょう。
 中国の銀行は、山のような不良貸し付け(ノーパーフォーメンス・ローン)があるが、門出を開いて税制上の優遇措置を講じることで、台湾をはじめ各国が進出し易い環境を整えて、中国に投資したくなる政策を取っています。
 超円高の日本に同じ真似は出来ないにしても、外国企業の進出で不動産の需要がある限りは、土地やオフィスビルの価値が徐々にでも高くなって行けば、地価が支えられるので銀行は潰れません。
 別に北京の政治家が優れた政策をしたわけではなく、不動産の価格が十分の一に暴落するのを放置し、経済の基盤を壊すようなバカな真似をせず、経済の生理に人為的な干渉をしないということだけで、金融制度が自壊するのを免れたに過ぎません。

藤原 ということは、日本の為政者たちがいかに愚かであり、自らの手で経済の生命力を抹殺してしまったために、日本は自滅状態に陥ったことになりますね。

 日本人の藤原さんがそう決めつけるなら、憂国の気持ちに駆られて発言する以上は、信条と表現の自由を尊重するだけであり、今の私は隣国の政策をとやかく言う立場にないので、もっと頑張って欲しいと声援するだけです。

藤原 そうですか。日本がもつとマシな政府を持っていれば、そういう台湾の期待に応えるような政治姿勢を採用して、アジアに明るい未来の約束も可能だが、今の日本には外交が存在していないのです。

 とても残念です。ところで米国は対中貿易バランスを見れば、今年は100億ドルの赤字ですが、かって日本が米国に対し60億ドルの黒字だった時に、アメリカ政府は盛んに文句を言って貿易摩擦になり、日本に猛烈な剣幕で円高を強要しました。それを考えれば、今の対米貿易黒字額では日本より中国が大きいし、中国の対米黒字が100億ドルである以上は、なぜ文句を言わないのかと抗議して当然です。年間100億ドルもの貿易黒字であるから、アメリカ政府が人民元を切り上げるように、働きかける位の外交を期待したいと思うし、日本政府がもつと自信を持つことがアジアのためです。

藤原 大賛成です。極端に過小評価された人民元を切り上げることで、輸出ドライブに熱中する中国にブレーキをかけることは、アジア諸国だけでなく全世界のためになり、経済破綻と崩壊を防ぐ上で役に立つと思います。日本の疲弊で低迷している今のアジアにとって、軍事力と国際競争力を武器に膨張を続ける、中国の覇権主義は実に危険な路線と言えます。
 台湾からの年間100億ドルの直接投資と共に、日米の中国への企業進出を抑えることで、間接的に中国の覇権主義を制御できます。
 そうなれば、日本とアメリカが経済的な連携を強めて、台湾力ードを有効に使うことを考えるだけで、効果的なSFI(ストラテジック・フリージング・イニシアチブ)が発動できます。こんな長期戦略を発想できる指導者がいれば、アジア各国が多層構造の均衡の上に乗って、新しいアジア共同体に向けて動き出すことが可能になるが、そこまで考えるリーダーが登場するでしょうか。

 責任ある立場にいる人はそんな発言はできないし、片鱗を見せただけで政治生命を抹殺されるでしょう。それを政策的にやれるのはアメリカ人だけだが、彼らは中国に進出するために台湾にやって来て、台湾人と組んで中国投資に汲々としています。

藤原 実に残念です。そろそろ話をまとめたいのですが、結論としては人民元が安過ぎることに問題があり、それを標的にした戦略を発動しない限り、米国を始め全世界の産業界は空洞化します。
 だから、国際市場で中国の一人勝ちを容認したり、日本の救い難い金融破綻を放置すれば、資本主義経済の終焉を迎えそうな感じだが、そんな不安な気持を吹き払って突破口を切り開くためにも、叡知を結集した大胆な外交の展開が必要です。

(台北にて2月に収録)


記事 inserted by FC2 system